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八話 平和は動乱への落差を作るために存在する

 夢うつつだった。


 空を飛んでいる。

 心臓に感じる激痛。

 ベッドから見上げる天井。

 宇宙を漂う。

 引きつった腹。

 何かに丸呑みにされる。


 夢と現実を彷徨って、いやもしかしたらずっと夢の中だったのかも知れないが、やっとはっきり目を覚まし現実を認識した時、ちょうど窓から朝日が登るのが見えた。

 ベッドから身を起こそうとして、胸に走った激痛に耐えかねて倒れこむ。反射的に体を支えようとして突いた手からも悶絶する痛みが走った。


「っおぉ……」

「おはようカース。私の声が聞こえるか?」

「ああ」


 一言喋るだけでも傷に響く。自然、返事は小声で短くなった。顔だけ横に向けると、枕元に座ったラティがアップで映った。

 目線で尋ねると、それを汲み取って話してくれる。


「倒れてから二日経っている。ルピタは無事。カースも命に別状は無い。後遺症が残るかも知れないが……そうだな、一番気になっているだろう事を言っておこう。食事に支障はない」


 素晴らしい。それだけ分かれば満足だ。目を閉じて力を抜く。

 友人を窮地から救って、自分も助かった。ド畜生オブド畜生も冥府送り。文句なしのハッピーエンドだ。それで飯が食えるなら文句があろうはずもない。


「ん、寝るか? できれば胃に何かいれ」

「食べる」

「まあカースならそう言うと思った。だがしばらく療養だ。金銭的問題もあるが、弱った体のために油っこい物は厳禁。アルコールや刺激物も控えてもらう。消化によい炭水化物を煮込んだ汁物中心になる」

「卵粥」

「分かった、そうしよう」


 ラティは料理を注文するためにチョロチョロ階下に降りていった。その間に部屋を見回すが、人の姿はない。

 誰もいない。

 …………。


 正直、起きたらルピタが横にいて、俺が目覚めたのに気付くと泣き腫らした顔で「心配したんだからもう! ぷんすか!」と言ってハグしてくる妄想をしていた。命張ったんだから美少女の抱擁ぐらいの褒美があってもいい。ルピタは頭頂部が荒野でも頭巾してるから普通に美少女にしか見えないし心が美少女だから総合的に美少女だ。

 で、期待を裏切って部屋にはネズミ一匹。嬉しいが、物足りなくないかと言えば嘘になる。

 部屋の扉を勢いよく開けて「カースが起きたって本当!? 心配した(略)」という展開かと思えばそんな気配もない。静かなものだ。


 ルピタもけっこうな怪我をしていた。あいつはあいつで大変なのだろう。そっとしておいてくれるのも勿論ありがたい。

 でももうちょっとこう、ね。あってもいいんじゃないだろうか。


 戻ってきたラティにそれとなくルピタについて聞いてみると、訳の分からない事を言い出した。


「ルピタは術後に熱を出して寝込んでいる」

「は?」


 ラティが語る衝撃の事実。今、俺の胸の中にはルピタの魔導炉……心臓が収まっているらしい。ラティの指示でルピタが自分の中から自分で魔導炉を一つ取り出し、俺の破れた心臓と交換。俺は一命をとりとめ、ルピタは傷口から菌が入ったため熱を出した、と。

 は、はえええええええ! 確かに「なんとかしてくれ」とは言ったが、またとんでもない方法だな! 心臓移植手術はそんなに簡単にできるものじゃないだろう。回復魔法(物理)か。

 え? 手術道具が裁縫セット? 正気か? ルピタは麻酔無し? それは正気じゃないな。


「鍼で幾らか痛覚は抑えたが、それでも相当の激痛があったはずだ。気絶せず手術を完遂した精神力は賞賛に値する」


 気絶したらどうなってたんだ。聞くのが怖すぎる。


「それにしても今回は肝が冷えたぞ。もうルピタを助ける事にとやかくは言わんが、もうこんな危ない橋を渡る事がないように手を打っておきたいな。最低限、ルピタにも自衛手段を持たせたい。カースが良ければあのゴミクズが持っていた魔道具のうち魔鋼布ハードクロスは彼女に渡しておく。拘束眼パラライザーは売却して二人の治療費と生活費に充てている。事後報告になるが金が底をついてしまっていたから不可抗力という事で勘弁して欲しい。それと――――」


 ラティの声を聞いている内に意識が緩んでいき、話が頭に入らなくなってくる。聞いているだけで疲れるほどに体が弱っていた。

 しかし現実と夢の境界をふらつきながら食べた卵粥は命の味がする極上の旨さだった。


 ああ。

 生きていて、良かった。










 ラティ曰く、魔族は魔法的な特殊能力を持っている代わりに基礎能力が低いらしい。壊力嵐迅は使えないし、筋力、体力、免疫力、回復力など、全てヒトより一段落ちる。聞いたイメージでは文化系と体育系ぐらいの差だ。鍛えれば覆る程度だが、素のままでは明確な隔たりがある。

 その貧弱魔族たるロトカエルのルピタは、俺に拾われた時、長い逃避行で衰弱し、瀕死だった。回復薬で怪我だけは治り、復調してきたところで更に自分の腹をかっさばいて心臓移植手術。心臓ぶち抜かれた俺もヤバいがルピタも相当ヤバい。

 だから手術から十日後、俺の方が先に動けるまでに回復したのも道理だ。


「起きてていいのか?」

「大丈夫」


 ベッドから半身を起こしたルピタは、内臓を雑巾絞りするような痛みがあって泣きそうだけど傷が開くようではないから大丈夫、という雰囲気をにじませた無表情で言った。

 本人が良いというなら深くは突っ込まないが、どうも早くベッドから出たがっている様子が不安だ。前世でいえばやっと高校生になったぐらいの女の子が外道畜生とはいえ家族が目の前で死ぬのを見、自分も死にかけたのだから、精神的にも肉体的にも十分な休養が必要である。

 その点、俺は男だし精神年齢三十超えだし死んだ経験すらあるし、休養はそこそこでいい。そんな事よりディナ~だ。今晩はようやくラティが肉を解禁してくれた。楽しみで仕方ない。


「俺に気を遣うなよ。治りかけで無理して倒れて悪化するのが一番困る。ゆっくり休んでくれ。ジュース飲むか?」

「……もらう」


 温めても美味しい糖蜜入りミックスジュースを渡すと、ちびちび飲み始める。

 頭巾の端から銀色の髪がこぼれて見え、出会った当初からの時間の経過を感じさせる。色々ありすぎただけで実際はようやく一ヶ月が経とうかというところ。時間が歪んだような不思議な気分である。前世と今世合わせて一番濃密な一ヶ月だったかもしれない。

 そしてその一ヶ月前に端を発し、俺とルピタを生死の淵に追い込んだ案件はまだ解決を見ていない。


 ルピタを追っているロトカエルは一人ではない。むしろ一人減らしてしまった事により、追手の増援がかかるかも知れない。ルーンハルトの言い草からして、奴を片付けた事によってロトカエルの間ではルピタの罪状が追加されたと認識しておいた方が良さそうだ。腰が引けて追手が減る、というのは望み薄。奴らがルピタ殺害を諦める事はない。

 脅威は依然健在だ。流石にもうルピタが宿の外におびき出される事はないにしても、どんな方法で殺しにかかってくるか分からない。


 一つだけ救いなのは、どこまでいっても魔族同士の争いに行政は関与しない、という事だ。それはつまり、ルピタがロトカエル達を返り討ちにして殺したところで、罪に問われる事はない、という事である。

 あの戦闘の目撃者はいない。おそらく、ルピタが罠に勘付くのを警戒し、あまり多くのロトカエルは伏せなかったのだろう。俺達が寝込んでいる間にラティが現場検証をした結果、ルーンハルトともう一人のロトカエルの痕跡しかなかったという。生き残った俺達が黙っていれば、ロトカエル達も兵士もルピタが追跡者を返り討ちにしたと解釈する。方や蹴り殺され、方や斬り殺されている訳だが、魔道具さえあれば非力なルピタでもそういう殺し方ができる。ロトカエルは怪しむかも知れないが、兵士にバレなければ問題ない。

 よしんばバレたとしても、明確に俺が関わったという証拠が無い限り、見て見ぬフリをしてくれるだろう。兵士も面倒な仕事は増やしたくないはずだ。お役所仕事振りは世界が違っても共通である。


「二人共、これからの事だが」


 テーブルの上で、インクをつけた前脚をペン代わりに器用に帳簿をつけていたラティがおもむろに言った。


「さしあたっての生活費は拘束眼パラライザーの売却で賄える。二人にはじっくり療養してもらうとして、カース。お前の魔導炉……心臓に問題がある」

「まあ知ってた」


 深刻そうに告げたラティに軽く返す。同種族間の心臓移植ですら拒絶反応やら何やらが問題になるのに、常識的に考えて異種族で問題が無い訳が無い。

 だが、死ななきゃ安い。移植されなければあの時死んでいたのだから、とりあえず移植に成功して今こうして生きているだけで人生丸儲けだ。


「それで? 余命はどんなもん? 脈拍が上がると心臓が破裂して死ぬとか?」

「ごめんなさい、私のせいで」

「おっとぉ、ルピタ、そろそろ謝るのはやめようか。もう充分謝罪はもらった。これ以上は鬱陶しいだけって言っただろ。ルピタを助けたから残り少ない人生を最高の飯を食って過ごせる。長い人生をダラダラと後悔しながらクッソ不味い飯食って過ごすよりずっといい」

「それでも、私がもっと気をつけていれば……」

「だからさぁ」

「盛り上がっているところを悪いが、カースが想像するような致命的な問題はない」


 ラティが話を戻しにきたので、とりあえず問答を中断して先生の診断を傾聴する。


「ロトカエルの魔導炉はヒトに適応するはずだ。激しい運動も問題無いし、経年劣化も無い。ただ、魔力増幅機能が使えない」

「ならオールオッケーじゃないか」


 聞く限り今までと何も変わらないという事だ。それの何が問題なのか。心臓取り替えてパワーアップできるならしたいが、弱体化ですらなく現状維持なら文句も問題もない。


「正確には増幅はできるが、同時に魔導炉が暴走する」

「何だ、爆発でもするのか」

「その通りだ。カースの体は内側から爆発四散する。街の一区画程度は消し飛ぶ威力が出るぞ」

「ふぁっ!?」


 なんだそれ怖過ぎぃ! 冗談かと顔色を伺うが、ラティは真面目そのもの。

 なんてこった。心臓に爆弾抱えた気分だ。文字通り。


「だから絶対に増幅しようとするな」

「しないしないしない。そもそもやり方が分からん」

「偶然増幅してしまう事はないはずだが、念のためにな。言っておかなければ試していただろう?」

「そりゃまあ……」

「ルピタはやり方を知っているだろうが教えるなよ」

「もちろん」


 ルピタは深く頷いた。

 あれこれと話している内に頼んでいた夕食が届く。今日の肉は奮発して水竜の尾肉だ。適度な柔らかさに深みのあるとろけるような味わい、肉ならではの芳醇な香りとたっぷり溢れる肉汁。この世界では最高ランクの肉で、焼肉パーティで出た時は注意して最後に食べる必要がある。最初に食べるとその後に食べる肉が全て水を吸った雑巾にしか感じなくなるのだ。全く罪深い肉である。

 皿の上で湯気をたてる肉をラティと一緒にじっくり味わっていただく。ルピタはまだドクターネズミストップがかかっているので、ドロドロに煮込んだ野菜入りの卵粥とホットミルクだ。


「うめぇ! 肉うめぇ! 肉っ……肉? 肉かこれ? 本当に? 肉という概念を超えてないか? もはや肉と一緒にするのは失礼じゃないか?」

「肉に貴賎はない。安い肉もきっと頑張ってる」

「そうは言ってもこれはな。王と貧民並に差があるぞ」

「王肉! そういうのもあるのか」


 貧民は王に及ぶべくもないが、貧民は貧民で馬鹿にしたものではない。小銭に換金するためにせっせと街中のゴミを拾い、一般に賎しいと嫌がられる仕事をこなす。日々の暮らしの充実のためには欠かせない。ここぞという時の高級肉。日々を潤す安い肉。どちらが欠けても豊かな食生活は保証されない。

 それはそれとして、尾肉の付け合せのスライス赤サボテンがまた素晴らしい。淡白であっさりした身が口の中に残った肉汁を絡め取り植物と動物のハーモニーを奏でると共に、肉の風味を拭い去りリセットし、改めて肉の味を楽しませてくれる。ううむ、これを考えた奴は天才だ。


「そういえば、情報を入力するだけでどんな食べ物でも創れる魔道具の話を聞いた事がある。それがあればその肉も食べ放題?」

「おい馬鹿余計な事を言うな」

「いいなそれ。でもお高いんでしょう?」

「高いに決まっているだろう。一生そのためだけに金を貯めて買えるかどうかだ。そもそも流通しているか怪しい。買おうなどと言い出すなよ、絶対だぞ」


 魔道具はすべからく高級品だ。先延ばし時計ディレイ・クロノグラスも例に漏れない。制限が多く使い道が限られ、偶然引退する魔物ハンターの先達から譲り受ける機会があったためかなり安く手に入ったのだが、それでも相当の金が旅立って行った。

 そしてもちろん、ルピタの言うような神器の如き魔道具が安い訳がない。

 何よりも、


「俺は旨い飯を食いたいんじゃない。旨く飯を食いたいんだ。そりゃあ旨いモノを旨く食うのが一番だが、その魔道具を買うために無理して節約をするつもりは無い」

「買わないんだな?」


 心配性な金庫番ラティが念を押してくるので頷いてやる。


「買わない。剣がもう修理より買い直した方が安いぐらいボロッボロだし、またロトカエル連中と戦う可能性を考えて戦力増強もしたい。他に金の使い道はいくらでもある。食費も馬鹿にならんしな」

「馬鹿にならなくしているのはカースなんだが」


 ラティと食費を減らすの減らさないの、何百回したか分からない不毛な言い争いをしていると、いつの間にかルピタが食事の手を止めていた。じっと両手に持った深皿を見下ろしている。


「どうした? 口に合わなかったか? ……あ、そうだなすまん食事中に口論なんてゴミクズがする事だった。飯が不味くなるもんな、悪かった、ごめんなさい許して下さいなんでもしますから」

「い、いやそれは別に気にしてない」


 土下座しようとしたが女神のような懐の広さで赦された。引き気味だったが。

 なんて慈悲深いんだ。俺が逆の立場だったら部屋から叩き出している。食事中に自分達の子供をダシにして罵り合ったり、前世の記憶があるとも思わず子供だから分かりはしないだろうと高をくくって陰湿な皮肉の応酬をしたりする奴らは死ねばいい。まあ死んだから俺は街に出てきた訳だが。

 ……やめよう、思い出すだけでせっかくの王肉が台無しになる。


「それは、って事は何か気にしてる事があるのか。お兄さんに話してごらん?」

「ええと……やっぱり、これは高いなと思って」


 そう言って卵粥の皿を軽く持ち上げた。

 高い。

 高いか? 滋養はあるが、中流階級そこそこのランクの料理だと思うが。俺の稼ぎから考えて特別高い訳ではない。はず。


「普通だろ。なあ?」

「ああ。療養中である事も考えれば妥当なところだ」


 珍しく値段に関してラティも同意する。

 しかしルピタはまだモヤモヤを抱えた無表情を浮かべている。


「私のせいでカースとラティを困らせてる。こんな良いものは食べられない。私は一番安い薄い麦粥でいい」

「は?」


 思わず真顔になる。

 コイツ何か言い出したぞ。聞き間違いか? 自分から食事のグレードを落としに行く、だと?


「正気かルピタ。もしかして頭打ってたのか?」

「打ってない、大丈夫」

「大丈夫じゃないだろ。誤解してないか? 金が無い金が無いって話はしてたが食うに困ってはいないぞ」

「誤解もしてない。私の食事は最低限にして浮いたお金を貯めたい。それに私、麦粥好きだから」


 ルピタが正直美味しい物も食べたいけど麦粥が好きなのは本当だしこう言っておけばカースも納得してくれるかな、という取り繕った無表情で言った。


「あのさぁ……」


 頭を抱える。

 遠慮し過ぎだ。身を削る献身もここまで来ると麗しいというより痛々しい。俺が食を重要視しているからだけではない。ベッドから出られない病人が栄養食を拒否するのはどう考えても行き過ぎている。死にたいのかコイツは。

 ルピタが俺に多大な恩を感じているのはヒシヒシと伝わっている。恩に誠実に報いようとするのは美徳だ。俺も嬉しい。それが適度なら。これは度を越している。


 唐揚げを美味しそうに頬張って、俺に無表情ながらも熱く唐揚げという料理から受けた感動を語ってくれたお前はどこに行った?

 ルピタは俺の食へのこだわりを理解してくれていると思っていた。ルピタが食べる事を我慢して浮いた金で俺が喜ぶと本気で思っているのか。

 分かっていない。全然分かっていない。これならラティの方がまだ分かっている。ラティはなんだかんだ言いながら俺と同じものを食べ、同じ喜びを共有してくれている。それがどれほどありふれていて、同時に得難いものなのか。


 ルピタは善意から俺を苦しめようとしている。やめてくれ、そういうのは。


「よーし、分かった、こうしよう。ルピタ、俺を恩人と思うのはやめよう。友達になろう」

「友達?」


 ルピタはなぜ突然その言葉が出てきたのか分からない、という無表情で首を傾げた。

 俺も熟考の末に出した言葉では無かったが、しっくりきていた。俺はルピタを気の合う友人だと思っていたが、思えばルピタからそんな台詞を聞いた事は一度もない。

 心のおもむくままに言葉を続ける。


「そうだ。親友でもいい。というより親友だな。俺はルピタが好きだ。一緒に飯食ってて美味いし、なんというか、落ち着く。これからもずっと仲良くやっていきたいと思ってる。ルピタはどうだ?」

「私は……私も、カースが好き」


 おおっと。

 好きだけどこの「好き」がLoveなのかlikeなのか分からない、という恥ずかしそうな無表情で言われるとこっちも反応に困る。もっと軽く答えて欲しい。いやルピタが嫁に来ても俺は一向に困らんが、今はそうじゃない。そういう話じゃない。


「なら今から俺とルピタは親友だ。一緒に飯を食いに行ったり、別の料理頼んで一口交換し合ったり、バカ話で笑い合ったり、悩み事を相談したり、喧嘩して仲直りしたり。そういう仲だ。迷惑かけたら「ごめん」でいいんだ。助けられたら「ありがとう」でいいんだ。親友だから。ルピタは俺に命の恩があると言うけどな、俺だってルピタに命を助けられてるんだぞ。兄弟の杯なんてもんじゃあない、命を助け合って、心臓を分けあったんだ。俺達は対等だ。下について俺を仰ぎ見るような事はしないでくれ。それでも恩義は消せないというなら、なおさらそうしてくれ。自分だけ皿を床に置くのはやめてくれ。一緒のテーブルで、一緒に食べよう。俺はルピタに隣にいて欲しいんだ。下でも後ろでもなく」


 何か告白じみた言い方になったが、紛れもない本心だった。

 これからルピタとどんな関係になっていくにせよ、かしずかれるのは嫌だった。前々からその気はあってモヤモヤしていたが、これ以上悪化したらと思うと気分が悪くなる。

 簡単に言えば、上司部下で飲む酒より同期の同僚と飲む酒の方が旨い現象だ。高級料亭で下にも置かない接客を受けながら食う懐石料理より、友達とダベりながら食うファーストフードの方が旨い現象と言い換えてもいい。


 ルピタは目を閉じ、じっと考え込んでいるようだった。雰囲気が正直者なルピタには珍しく、内心が伺い知れない。というよりも、かなり複雑に色々な感情が入り乱れているような気配がある。

 これはまさか外したか?

 恩人だとは思ってるけど親友とか吐き気がする、とか言われたら立ち直れないぞ。まさかだよな?


 微妙な緊張感が漂う。いや俺が緊張しているだけか。なんで緊張してるんだ。分からない。

 しばらく間を置いて、ルピタは目を開け、俺をまっすぐ見た。思わず背筋が伸びる。


「カース」

「あっはい」

「私もその肉、一口食べたい」

「……おお、食え食え!」


 俺は笑って、ルピタの皿に残りの肉を全部入れてやった。












 最近亭主さんは宿を留守にしがちだ。珍しい事である。俺が宿借り亭に部屋をとって以来厨房以外で見かけた事がないから、てっきり宿の外では生きられない生態をしているのかと思っていた。半分本気で。

 亭主さんが留守にしていようが宿の守りは完璧で、どうも留守中は宿泊客以外宿を認識できなくなっているらしい。ロトカエルの認識阻害が広がった形になる。雑というべきか丁寧になったというべきか。とにかくそんな訳で、相変わらずルピタの安全は理不尽ガードによって保証されている。ゆっくり療養中だ。


 俺はというと数日前から魔物狩りを再開した。まずは肩慣らしとしてゴブリン狩りである。

 ファンタジーにおける序盤雑魚の代名詞としてスライムと双璧を成すゴブリン。この世界でも例に漏れず、最弱の魔物の名を欲しいままにしている。膝丈の背丈で醜悪な猿のような外見をした奴の強さは子犬以下で、子供でも倒せる。遺留品ドロップ売却価格も最安値の1シアン。単品で買取商に持っていくとちょっと嫌な顔をされるほどだ。ほとんどゴミのようなものである。一説には遺留品ドロップから魔法物質を抽出する工程で足が出かねないほど収益効率が悪いらしい。

 そんなゴブリンの良いところは「手足が動けば倒せる」と揶揄されるほど弱い事で、駆け出し魔物ハンターの最初のターゲットとしてよく選ばれる。情報を買い(ゴブリンは0シアン)、魔物探し、倒して、遺留品ドロップを回収し、売る。一連の手順を体得するために最適なのだ。俺も最初は(最初だけ)お世話になった。


 とはいえゴブリンは流石に弱すぎた。壊力嵐迅無しで軽く蹴って死ぬ魔物のどこに苦戦すればいいのか。ラティの勧めで最弱の魔物から勘を取り戻していく事にしているが、あまりにも弱すぎて逆に鈍る気すらしてくる。


 今日もゴブリン狩りより狩場との往復で疲れて戻ってきた俺を、ルピタは冷やしたおしぼりを用意して待っていてくれた。


「お疲れ様。どうだった?」

「部屋で筋トレでもしてた方が建設的だった」

「まあそう言うな。死にかけから蘇ったばかりなんだ、安全マージンをとって取りすぎる事はない」

「いや取りすぎはあるだろ。ゴブリンはない。亭主さんは?」


 おしぼりを返しながら何か注文しようと周りも見ると、ルピタが厨房を指さした。『ただいまセルフサービスとなっております。 亭主』と書かれた紙が貼られている。


「手抜き過ぎぃ! いや張り紙があるだけマシなのか? どこに行ってるんだ」

「亭主さんなら昼前にちょっと顔出したけど、目を離した隙に消えた」

「あの人何やってるかホント謎だな」


 セルフサービスなら仕方ない。勝手に厨房に入り、濃厚で生臭い白濁液を火にかけて温める。

 山羊乳が沸騰するのを待つ間に戸棚を漁り、野菜を発見。適当に皮を剥いて適当なサイズに切る。


「カース、包丁使い上手いね」

「そりゃあ刃物で斬るのが仕事だからな」

「あ、調味料は量らないの?」

「面倒臭い」

「火を通す時間測ってる?」

「大体でいいんだよこんなもん」


 ルピタはまさかカースは食べる専門の料理下手なのでは私がなんとかしないと、という使命感に駆られた無表情をしているが、そんな事はない。

 自分で言うのもなんだが、俺は料理の才能がある。感覚的に料理をしてもまず失敗しない。大成功もしないが。

 煮立った山羊乳に臭みを消すための香りの強いハーブを入れ、次に煮え難い順に大きさを大体揃えて切った野菜を投入。最後に調味料をひと振り、ふた振り。


「ほら味見」

「……美味しい」

「そのうちルピタの方が上手くなる。自信持て」


 小皿にフィーリング野菜スープをとって飲ませてやると、ルピタはあんなに適当に作っていたのに私より美味しい、とショックを受けた無表情をしていた。すまんな料理上手で。

 しかしルピタの方が上達するだろうというのは本心だ。いつか旨い飯を作って欲しい。俺はそれを旨く喰う係だ。


「私も一品作る。炒め物でいい?」

「いいねぇ。頼んだ」


 対抗心を燃やしたのか、ルピタが厨房に立った。若いな、と呟いてチーズを齧り始めるラティに老成を感じる。

 ルピタは料理を始める前に、壁にかけてあった亭主さんのエプロンを身につけた。サイズが合わないはずだが、ルピタが着ても不思議と丈が合っていた。それから頭巾を付け直して髪がこぼれないようにするのだが、そこで俺はルピタの髪がショートカットほどの長さに伸びている事に驚いた。


 ずっと頭巾に隠れていたから、伸びる過程は見ていない。だから急に伸びたように錯覚しただけなのだろうか。ルピタと出会ってからの日数を指折り数えてみる。

 …………。

 いや、早すぎるだろ。まだ二ヶ月経ってないぞ。どうしてこんな長さになってるんだ。市松人形か。

 あ、カツラか!?

 いやでも銀色のカツラなんて売ってるか?


 じろじろルピタの髪の生え際を見ていると、視線に気づいてそわそわし始める。


「カースは、銀髪嫌い?」

「いや全然。むしろ好きな方だ。それはそうと髪伸びるの早くないか? エロいからか」

「性的嗜好と髪に因果関係は無い。魔族特有の遺伝子に由来する異常体質ではないか? 昔から髪が伸びるのが早かっただろう」

「うん。小さい頃からこう。よくルフェイン様に気に入られてる証だって褒められた」

「そういえば銀髪はロトカエルの誇りだとか言ってたな。白なら分かるがどんな成分が入れば銀色になるんだか。銀でも食べてるのか」

「ロトカエルは特殊な代謝の副産物として体内に銀を生じる。それを体毛を通じて排出しているだけだ。銀を食べるなどというワケの分からん食性は無い」

「え、そうなんだ。知らなかった」

「体の中で銀を作る時点で充分ワケ分からないんだよなあ。それでなんでラティはルピタロトカエルが知らないロトカエルの生態を知ってるんだ」

「それは勿論、物知り鼠だからさ」


 ぐだぐだ話している内にルピタは炒め物を焦がしていた。失敗作はこの後スタッフが美味しくいただきました。














 翌朝早く、俺はラティと今日の獲物について話し合いながらハンター組合に来ていた。


「だからいつもより一段落とすぐらいの魔物でいけると思うんだよ」

「まだ剣を買い直していないだろう。もう少し下げた方が無難だ。なぜ強い魔物にこだわる? 金欠でもないんだぞ」

「いやさ、あの修羅場超えてかなり強くなった気がするんだ。今ならロトカエルの五、六人ぐらいまとめていける」

「それは気がするだけだ。今度こそ死ぬぞ」

「バッサリ来るなぁ。まあ五、六人は冗談……ん? なんだあれ」


 魔物情報センターの掲示板の前に人だかりができていた。この時間帯から人だかりは珍しい。何かとんでもない魔物の情報でもあるのだろうか。

 人だかりの中にヴァイン兄貴を見つけたので、聞いてみる。


「兄貴、なんですこれ? ヤバい魔物でも出たんですか」

「カースか。魔物……なのかよくわからん。距離の意味もわからん。情報料はやっすいが胡散臭くてなぁ。カースはアレ知ってるか?」


 歯切れの悪い言い方をしたヴァイン兄貴が掲示板の中央を指す。

 そこには、でかでかと

『ハンター急募:エイリアン、数不明、約十二億光年~三千光年、10シアン』

 と書かれた紙が貼られていた。


_人人人人人人人人人人_

> 突然のエイリアン <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

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― 新着の感想 ―
[一言] 八話を読みました。 カースがルピタに対して『対等』な接し方を心から望んでいること。ルピタがそれに応えようとしていたこと。二人の関係性が尊いものだと感じました。
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