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三話 とりあえずお茶を濁す

 朝!

 食わずにはいられない!


 という訳で朝食だ。宿屋の一階に降り、端のテーブルを借りて黒パンと野菜スープを頼む。まだ空が白んできたばかりの時間帯で、他に客はいない。所在なさげにしているルピタの分も頼み、二人と一匹で一日の活力を得る。


「カース、昨日はゴタゴタしていたが剣の手入れはしたのか?」

「あっ……ま、まあ歪みもなかったし、魔物の血と脂は死体と一緒に消えるから」

「一応出かける前にしっかりチェックしておくと良い」

「りょーかい。あと椅子も壊れっぱだ。朝イチで持ってくか」


 普段座っているものとは別に、来客用の余分な椅子は一脚しかない。それが壊れているからこのままではルピタが座る椅子がない。

 いや、そもそもルピタはこれからどうするつもりなのか。助けてくれてありがとうさよなら、でも俺は一向に構わないし、好き! 結婚して! でも構わないが。できれば後者の方が……いやでも正直頭頂部の砂漠が気になる。頭巾があると目立たないが、その下を知っていると。

 ガチガチに固いパンをスープに浸してつつきながら、聞いてみる。


「ルピタはこれからどうするんだ?」

「どうすればいいのか分からない」


 分からないのか。俺も分からない。場当たり的に拾っただけで、拾った後どうしようなんて欠片も考えていなかった。とりあえず今食ってるふやけた黒パンが美味い。それだけで助けて良かったと思えるが。

 無責任に「どうすればいいのかじゃない、どうしたいかだ」という月並みな言葉を吐く事もできるが、話を聞いてからがいいだろう。ラティが言ったルピタ犯罪者説が頭に引っかかっている。したいようにさせた結果通り魔被害続出、では殺人教唆のようなものだ。


「とりあえず事情を話せるだけ話してみたらどうだ? 内容によっては協力できるかも知れない」

「……私はカースに命を救われた恩を感じている」

「お、おう? 改めて言われるとむず痒いな」

「恩返しをしたいけれど、そうすると私の事情にカースを巻き込むかも知れない」


 ルピタは食事の手を止めて、躊躇いがちに、しかし無表情で言った。


「私の身の上を話す。その後に私がどうするべきか、カースの判断に従いたい。それでどんな結果になっても」

「もう話すのか」

 

 ラティが何か呟いていたが、それよりルピタの台詞に気をとられる。

 何か重くないか? かなり重要な事を話そうとしているのは雰囲気で理解できる。これは軽い気持ちで聞いたらダメなヤツだ。話せとは言ったが怖気づいてしまう。


「い、いやァ、よく分からないが大切な事なんだろ? 自分で判断しないと後で後悔するんじゃないか?」

「自分で判断して、カースに任せるべきだと思った。私の心がそうしろと言っている。あの時助けられていなければ私は死んでいた。カースがどう判断しても、私に後悔はない。例え拾った命を失う事になったとしても」


 そう言い切ったルピタは表情一つ変えず。無表情は会った時からだが、冗談で言っているのではない事ははっきり伝わってくる。

 お、重い。やっぱりこの娘重いぞ。この年頃の子なら「助けてくれてありがと☆ いつかお礼するね! ばいばい!」ぐらいでいいんじゃないか。それで俺が死ぬまでお礼に来ない、までがワンセットだ。あるいはチャチな贈り物をしてそれっきりとか。

 衝動的な善意にここまで全力で応えられると、嬉しいが、ちょっと引く。もっと気楽に考えても良いと思うが。


「まあ聞くだけ聞こうか」

「ありがとう。では……まず、私は厄介事を抱えている」

「だろうな」


 ここまで怪しい状況が揃っていて何の憂いもない健全な一市民だと思う奴はいないだろう。ルピタも話の枕に前置きしただけのようで、落ち着いて続きを話す。


「私の本名はルピタ=ルフェイン。魔神ルフェイン様の被造物が一族、ロトカエルの一員だった」 

「魔神の……つまり魔族か」

「そう」


 魔族というのは、人間をベースにして魔神に改造された、言ってしまえば改造人間の一族の総称だ。翼が生えていて空を飛んだり、魔眼を持っていたりと、何かしらの魔法っぽい能力を持っている。

 数が少ないため人間より若干下の立ち位置に甘んじているが、人口で上回ればあっという間に地上の覇者になるだろう。


「だったって事は今は違うのか」

「それが話の中心になる。私達ロトカエルは生まれつき体内に魔導炉を持っていて、増幅した大量の魔力を使い、消費の大きい魔道具を操る事を得意とする。この魔導炉はロトカエルの心臓の変わりにもなっていて、ロトカエルでこの器官を持っていない者はいない。増幅機能は十歳を過ぎた頃に本格的に稼働を始めるのだけど、私は十歳になっても魔力増幅ができなかった」

「なるほど、要するに落ちこぼれね。だからイジめられてるって訳か」


 誰にでもできる事ができない。それは十分迫害の対象になる。

 度を過ぎたイジメによる死亡、あるいはその未遂事件。前世の平和な日本でも稀にあった事だ。


「いや。殺されかけている」

「こ、殺され?」


 落ちこぼれだから殺す? なんだそれ。怖すぎだろ。

 ルピタはまるで他人事のように冷静に、淡々と続ける。


「検査の結果、私は魔導炉を二つ持っている事が分かった。二つの魔導炉が邪魔をしあって魔力増幅が上手くいかない。これは異常な事で、私は異常を排除するために死刑になった。殺される前になんとか逃げ出して、追手に追われながら遠くこの町に逃げてきた。逃げている間に怪我をしたし、お金を持ち出す余裕はなかったから、雑草と泥水しか食べていなかった。怪我と空腹で動けなくなっていたところで、カースが助けてくれた」

「……心臓二つあるから死刑って。正気じゃないな。本当かよ」

「真偽については私が保証しよう」


 訝しむと、黙って聞いていたラティが口を挟んだ。


「知っての通り魔族は人間を改造した種族だが、この改造が不完全であり、不具合を抱えた種がある。そういった種族は寿命が短く、病気になり易く、生まれつき欠陥を持っている者が多い。種族や創造した魔神の方針にもよるが、中には欠陥を持って生まれてきた者を排除し、その子孫を残さないようにする事で、より完全に近い遺伝子が残るようにする風習を持つ魔族もいる。できそこないを消して優秀な者だけを残していく訳だな。ロトカエルはそういった種族の中でも最も苛烈だ。欠陥を持つ者が見つかればロトカエル全体に通達され、殺して消そうとする。ルピタの言葉と状況に矛盾はない」


 ルピタの表情を伺う。能面のような無表情だ。だが否定はしない。

 そうか。

 つまりかつての仲間達がよってたかって殺しに来ている訳か。

 そうか……


「……まあ食べなさいよ。亭主さーん! 鳥肉! 一番いいやつ一人前お任せで!」


 何と声をかければいいのか分からなかったので、とりあえず肉を頼んでおいた。


 話の通りなら、ロトカエル視点ではルピタは犯罪者らしいが、俺にとっては純然たる被害者だ。できれば助けたい。

 しかし流石にルピタを魔族集団から護り続け、人一人の命を背負う覚悟は持てそうにない。かと言ってこうして関わってしまった以上、知らないフリをするのも憚られる。

 ひとまず思いついた事を聞いてみる。


「その追手はどんな奴らなんだ?」

「どんな。えっと、衛士のルドガー、筆頭魔術師ルーテシア、ルゥおばあちゃん、執行者ルッテン。他にも何人かいるみたいだけど、確認できていない。里の戦力の半分は来てると思う」

「やばそう。外見の特徴は?」

「私と同じ」

「ルピタと同じ」


 思わず視線が頭部にいく。ルピタは視線に気づき、さっと手で頭巾を抑えた。

 妙な空気になった所にまた知恵袋ラティが補足を入れてくる。


「ロトカエルの旅装は基本的に黒のローブとマントだ。他は個人による。皆銀髪だから、それが良い目印になるだろう。ルピタのように切ったり、フードか何かで隠したりしていなければそれで判別できる」

「髪を染めたりは?」

「連中はルフェインに授けられた銀髪に誇りを持っている。まっとうなロトカエルなら染めたりはしないし、色が分からなくなるほど切り詰めもしない」


 言外にまともで無いと言われたルピタは顔を伏せた。余計な皮肉を言ったラティの尻尾をデコピンで弾いておく。


「ちゅっ!?」

「ルピタはあれだろ、変装で髪切ったんだろ」

「そう。あまり効果は無かったけど。私達は生物固有の魔力を視る事ができる。見た目を変えても魔力までは変えられないから」

「じゃあなんで髪切ったんだ」

「途中までは魔力を隠す首輪型魔道具を持っていた。髪を切ってそれを使っていれば見つからなかった。でも、この町に来た時、ルッテンとばったり会って魔道具を壊されたから」


 首の怪我もその時にやられたのか。俺は割と紙一重でルピタを拾ったらしい。

 もう隠れて逃避行は無理。迎え撃つ、のも無理か。俺も幾らか腕に覚えはあるが、莫大な魔力でポンポン魔法とかいう理不尽現象をぶっぱなしてくる集団をどうにかできる気はしない。かといって投降すれば死。

 いや待てよ?


「ここはロトカエルの里じゃないぞ。ヒトの町だ。白昼堂々人殺したらあっという間にお縄だ。大通りを歩いて常に誰かと一緒にいるようにすれば」

「魔族間の殺人は許される。法的にはヒトの国でも魔族が同種を殺すならば問題は無いと習った」

「……正気か?」


 思わずご意見番を見る。ラティは頷いた。


「人目につく場所で殺すのはマナー違反である、という程度の認識だ。一般にはそれほど知られていないが、兵士になればそのあたりの規則も教えられる」


 う、うわあ。

 今まで魔族は漠然と浮世離れした超人集団だと思っていたが、案外闇が深い。ヒトに生まれて良かった。

 それからいくつか質問したり提案したりしてみたが、ルピタの詰みっぷりが分かるだけだった。追手は探索系の魔道具があるらしく、精度は低いもののどこに逃げても大雑把に(この町のどこか、という程度)位置を特定される。後はそこからしらみつぶしだ。ロトカエルにとっては欠陥を持つルピタの存在自体が罪であるので、何があっても許される事はない。兵士などの公的機関は魔族内の争いに不干渉であるため、追手に加担はされないが味方もしてくれない。正面切って追手をぶちのめす脳筋解決法も戦力差がありすぎて不可。戦力差をひっくり返すだけの手札もない。


 これはダメみたいですね。


「すまん、解決法思いつかない」

「いい。それで、私はどうするべき?」


 改めて問われ、悩む。

 ルピタは恩返しをしたいらしいが、関係を持っていると追手の殺戮に巻き込まれる可能性がある。

 放り出せばそこで縁は切れるが、それは死ねと言っているようなものだ。胸糞悪い。

 どちらも嫌だ。


 というかそもそもルピタの命運を託されたこの状況がおかしい。どうしてこうなった。

 ルピタの人生は背負えないし、見捨てられない。

 ……ここは問題の先延ばしでお茶を濁そう。全く根本的な解決になっていないが。先延ばしている内に天啓の如く事態が解決する事もあるだろう。解決しなくても寿命はいくらか延びる。


「ルピタ、とりあえずこの宿……宿借り亭に部屋を借りるのをすすめる。あ、俺とは別の部屋で。自分の生活費は自分で稼げよ」

「分かった、そうする。けど、たぶん追手は宿の中まで踏み込んでくる。迷惑にならない?」

「大丈夫だ。踏み込んできても追い返される」

「私がここにいると分かれば力づくで押し入ると思う」

「大丈夫だ。絶対追い返される。力づくなんて無駄だ。亭主さーん! ロトカエルの殺人鬼が押し入ってきたらどうする!?」

「私の目が黒い内はこの宿で騒ぎは起こさせん」


 大声で厨房に声をかけると、亭主さんが野菜を超スピードで切りながらきっぱり言い切った。目の黒い内はと言うが、亭主さんは碧眼だ。


「なっ?」

「…………」


 無表情のルピタの無言が不安を物語っている。まあ俺も逆の立場だったら不安になるか。


「ラティも何か言ってくれよ」

「む? ああ、彼は顧客の情報を漏らさない。ルピタがここに宿泊している事を追手に告げ口する事はない。他の宿泊客も何か後ろ暗い事情を抱えている者ばかりだ。ルピタを売る事はないだろう。それに、彼には誰も勝てない」

「そんなに強いの」


 ルピタが厨房で鍋を振るう、覇気の欠片もない中肉中背のおっさんの姿を見て首を傾げた。

 気持ちは分かる。とても強そうには見えない。

 だがな、ルピタ。

 実際強くないんだ。


「弱い。一般人に毛が生えたぐらいだと思う。口も上手くないし、権力と繋がりがある気配もない。ただ、すごい。いやすごいのか? 異様というか奇妙というか……と、とにかく大丈夫だ」


 ルピタは納得していないようだったが、俺も納得させられない。亭主の凄さは実際に見なければ分からない。

 納得はできなくても俺の言葉に従うという宣言に嘘はなく、ルピタは食器を片付けるついでに宿泊手続きをしに行った。

 これで一安心だ。


 怪我こそ治ったが病み上がりのルピタは今日一日安静する事になり、俺は剣の手入れをしてから椅子を担いで魔物狩りへ出かけた。厄介事が舞い込もうが世界が破滅しそうになろうが何事もなかろうが、腹は減るし、腹を満たすためには稼がないといけない。やる事はいつもと同じだ。

 俺は家具屋の親父に椅子を預け、ハンター組合に向かった。


 荘厳な石造二階建てのハンター組合は、貴族の邸宅かというほどの規模を誇る。前世の総合デパートのようなもので、魔物出現情報の取り扱い、遺留品ドロップ買い取り、遺留品ドロップからの魔法物質抽出、魔法物質加工・販売、魔道具作成・販売、魔物ハンター基礎訓練、引退した魔物ハンターの仕事斡旋など、魔物に関するあれこれは大体この建物の中で納まる。

 今回利用するのは、というか毎回利用しているのは一階の一番奥にある魔物情報センターだ。


 全ての魔物は虚空から湧き出るように出現する。強い魔物ほど辺境に、弱い魔物ほど人里近くに現れる傾向があるが、具体的にこのポイントに出現する、と決まっている訳ではない。出現傾向の偏りはあっても、ランダム性が強いのだ。

 稀に固定の出現ポイントが発見され、遺留品ドロップ目当ての商家がその土地を囲い込んで独占しているという噂もあるが、真偽のほどは確かではない。


 魔物情報センターは魔物の出現情報を集め、分析し、魔物ハンターに売る。魔物ハンターは買った情報を元に魔物を狩り、手に入れた遺留品ドロップを売る。

 情報を買わずに自分で魔物を探しても良いが、アテもなく歩き回るのは時間のムダだ。基本的に情報を買ってそこへ狩りに行った方が率が良い。魔物の性格は動物と同じで、人を食料と見て襲ってくる奴もいれば、人の気配を察知した途端に逃げていく奴もいる。その魔物の性格や行動原理をあらかじめ知っておくという意味でも、情報は必要だ。


 魔物情報センターの前には受付カウンターと巨大な掲示板があり、掲示板には魔物の名前と数、町からの距離、情報料が書かれた紙がベタベタと貼られている。この紙を剥がして受付に持っていき、金を払えば詳細を教えてもらえる。


 今日は朝にルピタと話していたので少し出遅れた。掲示板の前には既に人だかりができている。俺は群衆の後ろで背伸びをして両手を上に伸ばし、手の上に乗せたラティに良さそうな情報が無いか見てもらった。


「また狂乱猿ファンキーモンキーがあるぞ。八~十匹、徒歩二時間、八百シアン」

「パス。少しキツくても稼げるやつで」

超合金竜フルメタルドラゴン一頭。徒歩七日、五万シアン」

「それ討伐隊組む奴だろ。正気か」

「冗談だ。ルピタの事もある、あまり長く宿を空けない方が良いだろう。近場で何か……む? ロトカエルがいるぞ。右の柱のあたりだ」

「げ」


 声を潜めたラティの言う通りにそちらを見ると、黒いローブを着た銀髪の男が目に入った。何かを探すようにじろじろ群衆を見回している。

 昨日までなら珍しい髪色の奴がいるな、としか思わなかったが、ルピタの話を聞いた今では死神にしか見えない。


 そわそわする。何も悪い事はしていないし、俺とルピタの関係もまだバレていないはずだが。

 なんだか男が俺を探している気がして、ラティを急かした。


「適当でいいから早く」

「なんだ、何を慌てる事がある? こんな時こそ堂々としている方が」

「いいから、頼むから。心臓に悪いだろ」

「……分かった」


 ラティが人だかりの服や頭の上をちょろちょろ伝って掲示板からとってきた紙を手に、俺は素知らぬ顔で受付に向かった。本当に素知らぬ顔ができていたかは知らない。


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