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二話 メシウマ原理主義者カース

 死んだ魔物が残す遺留品ドロップには魔法物質が含まれ、それは分離・抽出されて様々な物に利用されている。

 例えば、無限に熱を発するムスペリウムは、暖房や保温器具、純度の高い物は溶鉱炉に利用される。魔力を込める事で浮力を発生させるラピュタイトは飛空船に欠かせないし、魔法を無効化するミスリルは戦闘を生業とする者にとって垂涎の品だ。大陸共通貨幣シアン硬貨にはグブレイシアンが含有され、暑い夏には冷気を発するフェンリウムの需要が高まる。

 魔法物質が無ければこの世界の生活水準は遥かに下がり、「快適ななんちゃって中世ヨーロッパ風ファンタジー」から「貧困に満ちたリアル中世ヨーロッパ風ファンタジー」に転落する事だろう。


 そんな文明を下支えする魔法物質であるから、需要は大きい。流通する魔法物質のほとんどは魔物に由来し、その魔物を狩る魔物ハンターは魔法物質産業の根幹を担う一次生産者として、それなりの名誉と収入を得ている。

 転生した影響なのか、幸い俺にはあり余る才能があり、狂乱猿ファンキーモンキー程度の比較的弱い魔物なら屠殺感覚で狩れるが、その俺でも年一ぐらいでけっこうな怪我をする。魔物ハントは命懸けなのだ。特に需要が高く希少なミスリルを落とす飛竜ワイバーンなどは単騎で町を落とすほどの戦闘力を誇る。それを狩る魔物ハンターが尊敬されない訳がないし、儲からない訳がない。

 魔物ハンターとしては中堅レベルの俺でもそれは変わらず、食道楽で散財していても、運び込んだ死にかけの少女を治療する金ぐらいは貯金できていた。辛うじて。


「それで貯金を使い果たした訳か」


 宿屋のベッドで眠る少女の枕元に座ったラティは座った目で言った。半年分の稼ぎに相当する高級魔法薬を使ったかいあって、少女の怪我は綺麗さっぱりなくなっている。髪の毛までは生えず、目の下のクマは消えていないし、ハゲたままで、ガリガリに痩せた体は変わらず、未だ頭が涼しそうだが、峠は超えただろう。


「訳ですよ。いやぁ、人助けは気持ちいいな」


 こいつぁ今夜の飯はさぞ美味いだろう。メシウマ状態!


「馬鹿っ、どう考えても厄介事だろう。今はいいが、この後一体どうなる事か。コイツが兵士に追われた重犯罪者だったらどうする? 貯金まで全部崩して……!」

「貯金はすまん。まあまた稼ぐからさ」

「そういう問題ではない。こんな拾いモノ相手に大金を使って。いざ自分が重症を負った時に金が無くて治せない、ではやりきれないだろう。私はカースの為を思って言っているんだ」

「使ったものは戻ってこない。何をしたかじゃない、これからどうするかだ」

「このっ、ちゅ、ちゅー!」


 ラティが甲高く鳴いた。怒り過ぎて呂律が回らなくなっている。

 正直ちょっと酷かったとは思っている。せめてラティに一言断ってからにするべきだった。だが彼女は瀕死だった。少しの遅れで死ぬかも知れなかった。相談する時間を惜しんだ俺の考えも汲んで欲しい。


「まあこれから生活のグレードは下がると思うが、やっすいパンとスープでも胸張って良い気分で食えるんだ。見殺しにした事後悔しながら高い肉つついてるよりよっぽどいいだろ?」

「はっ。そんなに人助けが好きなら慈善事業でもすればいいだろう」

「冗談じゃない。俺だって助けたくて助けた訳じゃない。できるなら自分のためだけに金使って高級料亭で酒池肉林したいさ。今回のは事故だ事故。通り魔に遭ったようなもんだ。ラティを助けた時と同じで。分かってくれよ」

「うぐっ……ずるいぞ、それを言われたら言い返せないだろう」


 少し卑怯な台詞だが効果は抜群で、ラティはピンと立てた尻尾をしおれさせ渋々引き下がった。

 ラティとの出会いは三年前で、宿の裏手で猫の集団になぶり殺しにされそうになっているのを助けたのがきっかけだ。人の言葉で命乞いをしていなかったら普通にスルーしていた。その時猫に散々引っかかれ、傷から菌が侵入したらしく、膿と高熱で数日苦しんだ。

 当時はよくも俺の仏心を引っ張り出しやがって、油で揚げて喰うぞ、と思ったものだ。懐かしい。


 そしてそんな俺の性分で命を拾ったラティが、今回の事に文句をつけられるはずもない。


「悪いな、苦労かけて」

「全くだ」


 ラティは不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、心なしか笑った気がした。












「うめぇ! 麦粥うめぇ!」

「ふむ。たまには野菜の芯も悪くない」

「かーっ! 白湯が五臓六腑に染み渡るゥ! 舌が浄化される!」

「塩を舐めるだけで旨さを感じるとは。それだけ生物が根本的に必要としている成分だという事か」


 少女を助けた夜。部屋に朝の余りを温め直した麦粥と亭主さんから分けてもらった野菜屑を持ち込んで晩餐(総額20シアン≒20円也)を楽しんでいると、ベッドがもそりと動いた。噛めば噛むほど苦味が滲み出るしなびた根っこを齧りながらそちらを向くと、少女がぼんやりと目を開けていた。半身を起こし、機械を思わせる無表情で俺たちを見たあと、何かに気づいた様子で頭に手をやった。そこには白い頭巾が被せられ、何もない頭部を隠している。


「おはよう。そのままじゃあんまりだと思ってな。頭巾被させてもらった。嫌ならとってもいい」

「……このままで」


 少女の返答は病み上がりだというのに思いの外しっかりしていた。これなら少しぐらい話しても大丈夫だろう。


「ここは君が倒れてた場所の近くの宿借り亭って宿だ。俺はカルナマゴス=ウタウス。魔物ハンターをやってる。カースと呼んでくれ。君の名前は?」

「ルピタ」


 少女は無表情のまま、起伏のない声で端的に答えた。何かショックを受けて感情が麻痺しているのか、これが素なのかは分からないが、できれば後者であって欲しい。年頃の女の子の心の癒し方なんて知らんぞ。年頃じゃなくても知らない。男の癒し方も怪しいぐらいで、自分で自分を癒すのに精一杯だ。

 俺が明後日の方向に思考を逸らしていると、丸い腹をさすってテーブルに敷いたハンカチに寝そべっていたラティが少女の名前に反応した。


「ルピタ、だと? その名前は――――」

「待て、詮索はよせ。ルピタ、腹減ってるだろ。とりあえず食え」


 話をこじらせようとしたラティを制し、食べかけの麦粥を差し出す。

 死にかけの少女が治って、飯を食う。今はそれでいい。モノを食べる時は、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。


 ルピタは差し出した粥とスプーンを受け取ろうとしたが、手が震えていた。受け取ってもこぼしてしまいそうだ。俺は一度手を引っ込め、スプーンで粥をすくった。

 感情の見えない顔で俺と粥を交互に見るルピタに、水っぽいびしゃびしゃの、しかし湯気のたつ暖かい麦粥がたっぷり乗ったスプーンを口元に向ける。

 ルピタは数瞬動きを止め、ためらいがちにゆっくり口を開いた。


 口に粥を入れ、食べさせてやる。

 ルピタは緩慢に咀嚼し、目を閉じ、ゆっくりと飲み込んだ。

 そして、深く、長いため息を吐く。

 頬には一筋の涙が伝っていた。


「美味いか? ん?」

「今までで、一番」

「そいつぁいい。ルピタとは仲良くなれそうだ。ほらもっと食え」


 ルピタは終始表情がなかったが、何よりも雄弁に粥をむさぼった。

 食事を終え、食器を戻しに行こうとした時、ルピタに声をかけられ振り向く。


「カースさん」

「呼び捨てでいい。なんだ」

「粥と頭巾をありがとう」

「どういたしまして。ラティ、ちょっと下にいるからルピタを見ていてくれ」

「ああ」


 流石にルピタの前で「お前が思ったより食べたせいで食い足りないから食べてくる」とは言えない。幸いラティには伏せた意味も伝わったようだ。

 俺は食器で手が塞がっているので足でドアを開け、宿屋の一階へ降りていった。











 部屋に残されたラティは、カースの足音が消えてから、ルピタに尋ねた。厳しい、尋問するような声音だった。


「ルピタという名前から察するに、お前の苗字はルフェインだな?」

「…………」

「沈黙は金と言うが、今の沈黙は肯定に等しいぞ。髪が無いのは銀髪を隠すためか?」

「違う。路銀が足りなくなったから、売った」

「ふむ。真実だが、全てを語っていない、といったところか」

「…………」

「素直で結構。なるほど、事情は理解した」


 ラティが言い切ると、ルピタはベッドの上で体を強ばらせた。それを一瞥し、ラティは前脚と尻尾を器用に使って広げていたハンカチをたたみ始める。


「安心しろ、この話は伏せておく。カースにはお前が話すべきと思った時に、お前が話せ」

「助かる。けど、なぜあなたが話さないの」

「私もカースに自分の事情を話していないからな」


 ラティは寂しげに言うと、ルピタにもう寝るように促した。ルピタは探るような無表情でラティをしばらくじっと見つめた後、目をそらし、横になって毛布をかぶった。

 窓から差し込む柔らかな月明かりが、一人と一匹を優しく照らしていた。


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