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十二話 組立式少女エルトア


 地球は青かった、などと言う暇もなくあっという間に母星から旅立った。宇宙船のイメージにありがちな発進時の強烈な加重もない。味気なく呆気なく、宇宙の旅は始まった。ベルトを外し窓の外に寄って見てみると、航行速度のあまりの速さに星の光が赤や白の線になって流れていた。なんとなく前世の夜の首都高をを思い出す。


「私はしばらくこれを読んでいる。船内を見てきたらどうだ? 荷物も置いてこい」


 椅子の上にしおりを広げ、尻尾でページが捲れないように押さえながらラティが言った。チェックインの手続き中に子供達に旅館を探検させておく母親のようだ。要は熟読の邪魔だからどこかに行っていろという意味か。俺としても魔神謹製の宇宙船には興味がある。言われるがまま荷物を持ってコクピット(仮)を出ると、ルピタとアウレもついてきた。

 コクピットは最上部にあるため、とりあえずはしごを下りる。途中でふと思いつき、上を見上げてみるとルピタの揺れるローブの中身が見えた。


 ズボン履いてた。

 そうか。ズボンか……

 ……別にガッカリしてない。


 はしごを降りて先に行こうとしたところで、違和感を覚えた。


「あれ? そういえば重力あるな」

「ジュウリョク?」

「重力。ほら万有引力の、って分からないか」

「星が持つ、地面にあらゆるものをつなぎ止める力の事です。宇宙にはこれがないので、水中にいるようにフワフワ浮くはずなのです」


 首を捻るルピタにアウレが説明する。なんで知ってるんだお前。


「詳しいな」

「歳だけはとっているので」

「へえ。何歳?」

「黙秘します」


 こいつ魔神じゃないだろうな。アイリスさんが魔族だと言っていたからたぶん違うだろうが。

 疑惑の目を向けると、微笑んで何か、と聞いてくる。思わず顔面を鷲掴みにして吊り上げたくなった。一体なぜこいつの微笑はこんなに腹が立つのか。

 もやもやを抱えながら探検を進める。宇宙船P-893には宇宙船とは思えないほど豊富に部屋があった。スポーツジムで見るような器具の数々が並ぶトレーニングルーム。麻雀やトレーディングカード、ボードゲームの類や古臭いレコードとプレイヤーが山と押し込まれた娯楽室。風呂もある。宇宙では水が貴重なのではなかったのかと突っ込みたくなったが、なにしろビッグバンを起こせる連中だ。物資もエネルギーも作りたい放題。人工重力も水の生成も思うがままだろう。


 荷物を置こうと居住区、というより寝室に入ると、そこは荷が崩れた倉庫のようになっていた。博物館にあったものを引っ張り出してきたというのは本当らしく、案内板や説明が書かれたプレートが乱雑に押し込まれ、展示品と思しき装飾された剣や、壊れた鎧、ケースに入った何かの植物の種、小型キャタピラやロボットアームなどもまとめて積み上げられている。二部屋あったが、両方そんな有様だった。


「荷物置くどころじゃないな。片付けないと」

「アウレさんの荷物は?」

「ありますね。これです。丁度いいですし、片付けは私がやりましょう」


 そう言ってアウレはごちゃごちゃした山からキャタピラとロボットアームをひょいと取り上げた。


「それお前の荷物かよ!」

「アウレさん力持ちだね」

「種族柄、替えの手足は必需品なのです。骨格が強いのでかなりの重量に耐えられますし、ヒト族や他の魔族と比べて筋力も高めですね」


 アウレは自分の手足をガチャガチャと弄って外し、手際よくロボットアームとキャタピラに換装した。紫髪に白ローブのいかにもな御令嬢の手足が、鉄火場を走破しそうなゴツイキャタピラと工場感溢れるロボットアームになってやがる。なんだこれは。クリームシチューと一緒に納豆が出てきたようなチグハグさだ。

 アウレは元々付けていた手足を服をかけるように部屋の隅のハンガーに吊るすと、案内看板をまとめてロボットアームで掴み上げた。


「お二人はトレーニングルームを使いますか? 使わないようでしたらそちらに移動させますが」

「あ、ああ。それでいい。トレーニングルームでいい」

「私も」


 アウレは上半身だけ半回転させ出口を向き、キュラキュラとキャタピラを動かし案内看板を運んでいった。色々な意味でもう見送るしかない。部屋に積み上げられた荷物の中には海賊船長にお似合いの鉤付き義手や、どう見ても逆関節の義足が混ざっている。ルピタはハンガーに吊るされた両手足をしげしげと眺め、困惑した無表情で呟いた。


「変わった人」

「文字通りな」


 ハゲ少女の次は組立式少女か。一体俺の周りの女性関係はどうなってるんだ。


 熟練フォークリフト乗りの如く凄いペースで荷を運んでいくアウレに下手な手伝いは邪魔になりそうだったため、自分達の荷物を部屋の外に置き、先に残りの部屋を見て回った。

 中央の机上にSFチックな宇宙船P-893の立体映像が投射されている制御室。

 ゆっくり回転する三つの光輪に囲まれた直径五メートルほどの球形の金属が部屋を占有しているエンジンルーム。

 トイレ。

 一基しかない不吉な脱出ポッドと覗いて回り、最後のひと部屋を残すのみとなったところで、仕事を終えたアウレが合流した。二本足に戻っている。手の方ももう工業化されていない。なんだか安心した。


「申し訳ありません。遅くなりました」

「いや、グッドタイミングだ」

「窓の外は夜だけど、そろそろお昼だから。アウレさんも一緒に食べよう」

「ここは……食堂ですか」


 アウレが見上げた視線の先には、神々しい「食」「堂」の二文字を掲げるネームプレートがはめ込まれた扉があった。

 食堂。宇宙船で一番重要な設備だ。一説には、宇宙船の酸素が漏れ出し水を失いエンジンが故障し通信が途絶しても、食堂さえあれば部活でエースになって成績が上がって彼女ができるという。俺の脳内にもそう書いてある。

 そろそろ小腹が空いたところだ。始めての宇宙食に心躍る。宇宙怪獣の隕石焼きがあったりしても驚かない。


 部屋に入ると、タイルが敷かれた食堂の中央には素朴な木のテーブルが並び、壁際には食券売り機のようなものが置かれていた。厨房やカウンターは見当たらない。

 ふむ。


「SFでこんなの見たことあるな」

「エフエフ?」

「あれは自販機でしょうか」

『ラッシャアセー!』


 機械に近づくと、突然あからさまな合成音声がチャラい声を上げた。ルピタがびくっとしてキョロキョロ周りを見る。


「誰?」


 お約束の反応に思わず笑った。喋る自販機ぐらい何も珍しくない。二十一世紀の日本にだってあった。しかしファンタジーの住民にとっては違うのだろう。

 アウレがルピタに説明している間に、機械を調べる。ディスプレイに日本語で丁寧な使用法の説明が表示されている。

 和、洋、中、エスニック、宇宙、燃料の六種類から料理を選べるようだ。この世界には日本も西洋も中国も無いのにこの分類である。魔神文化への日本の食い込みが激しい。魔神の中に俺と同じ日本からの転生者がいるのかも知れない。誰だか知らないが中々やりおる。

 懐かしの日本食にも心惹かれるが、ここはやはり宇宙料理だろう。燃料料理も別の意味で気になるがひとまず置いておく。


 宇宙料理の項目をタップすると、アイウエオ順でズラリと料理名が出てきた。揚げ物や煮物、カロリー、冷温、甘い辛いなどで細かくソートできるようになっている。音声検索・注文もできるようだ。

 えー何々、隕石素揚げ。超空洞ヴォイド真空乾燥圧縮ッキー。マグマオーシャンスープ……? 正気か。どれもヤバそうだ。ヒトの食べるものではない。

 ざっと流し見て一番無難そうなものをチョイスする。超小型ブラックホールアイスにもかなり心惹かれたが、食べたら最期次元の彼方に消えそうだ。なぜSFモノ最大級の脅威を料理に使っているのか理解できない。


「無重力培養クロレラの恒星煮込みで」

『クロレラ煮込みスネ! カシコマリャシター!』


 かしこまった一秒後には自販機のディスプレイがスライドして、美味そうな湯気が立つドンブリが出てきた。


『チラクロレラ煮込みニナリエス!』


 俺に続いてルピタが麦粥を、アウレがご飯と味噌汁と焼き魚を頼み、三人でテーブルを囲んだ。

 俺はさっそく濃厚な緑色の液体をスプーンですくう。見た目は抹茶のようだ。クロレラは海藻だったか、微生物だったか。どちらにしても恒星要素は見当たらない。恒星の味がするのか?

 悩むより食べろという格言の通りに口に含むと、海苔のような味がした。やっぱり海藻じゃないか。これは多分恒星で加熱しただけの普通のクロレラスープだ。


「いただきます」


 懐かしい言葉が聞こえ、スプーンを咥えたまま顔を上げる。アウレが手を合わせていただきますをしていた。それから箸を取り、器用に焼き魚から骨を外していく。その動作一つ一つに、物凄い既視感を感じる。

 ルピタは麦粥を食べながら、アウレが二本の棒切れで魚を解体していくのを物珍しそうに見ていた。


 ……まあ、そうだな。ここまで情報が揃えば決まりだろう。

 エルトア・アウレは、俺と同じ、元日本人だ。


 だからどうしたという訳ではないが。

 俺の前にも誰かこの世界に転生してきて日本語を広めていたようだし、俺もいる。二度ある事は三度ある、というし、他にもいるだろうとは思っていた。まさか目の前に現れるとは思っていなかったが、もしかしたら地球からの転生者は割と多いのかも知れない。

 転生者のレアリティは低いようだし、現代知識でTSUEEEできる状況でもない。改めて本人に転生者かどうか確認を取る必要もないだろう。そんな事より飯だ。クロレラは思っていたより葉緑素な感じだった。肉か米、麦が欲しい。

 一度席を立ち、自販機で肉肉しそうな宇宙料理を探す俺の背後で、アウレとルピタが和やかに話している。


「アウレさんは医者? 神官?」

「両方、でしょうか。私達の種族、ドヴェルグを創造した魔神シャトレーヌ様に仕える家系ですので、一応はシャトレーヌ様の神官という形です」

「一応」

「一応です。シャトレーヌ様は崇拝を求める方ではありませんので。魔族の中でも私達の創造主信仰は緩い方と思いますよ」

「いい神様なんだ」

「そうですね。この杖を下さいましたし、こうして世界中の人々を救ける機会も頂けました。シャトレーヌ様には感謝しています」

「ふうん。どうしてアウレさんはそんなに人を助けたいの? 趣味?」

「……贖罪です」

「贖罪。夜更かししたとか、歯磨きしなかったとか」


 ルピタよ、いくら深窓の令嬢っぽいとはいってもそこまでフワフワした理由は無いと思うぞ。家宝の皿を割ったとかそういう――――


「いいえ、もっと重い罪です。私はかつて殺人を犯しました」


 おっと。想像以上に重かった。アウレは虫も殺せない顔してるクセに死ん葬の令嬢である可能性が?


「私を裁くべき人はこの世界に誰もいない。だから私は、自分で自分に罰を与えるしか無いのです」

「……深い事情があるみたいだけど。その話、私達が聞いていいの」

「これから運命を共にする事になるのですし、あなた方には知っておいてもらった方が良いでしょう」


 食べる音が止まった。アウレの穏やかな口調が躊躇いがちで、迷いのあるものになる。


「聞いて下さい。私には前世、こうして生きている人生の前に、別の人生を歩んでいた時の記憶があります。その前世で私は、その、愛しさ余ってですが、恋人を……殺してしまって」


 宇宙料理のメニューをスクロールしていた指が止まる。酷い寒気と共に、全身の血がざあっと引いていく音がした。

 こいつ、まさか。


「本当に、本当に愛していたんです。彼のためなら命も惜しくなかった。でも、あの時は気が高ぶってしまって。彼を殺した後すぐに我に帰って、私も後を追いました。それで生まれ変わって。きっと二回目の人生は彼への償いのために神様が用意してくれたんだと思って」


 目眩がする。

 こいつ、ただの転生者じゃない。

 こいつは、


「人を殺した罪は、人を救う事でしか贖えない。私にとって俊也は世界そのものでした。だから私は世界を殺した贖罪として、遍く全ての人と、世界を救うのです」


 前世で俺を刺殺した女だ。


恋愛要素だぞ、喜べよ

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