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一話 主人公という生き物特有の落とし者を拾う習性

 この広大な宇宙に生命が存在する確率は実際どれぐらいなのか、実は数式で表す事ができる。西暦1961年に考案されたドレイクの方程式という数式で、これを計算すると宇宙には人類とコンタクトを取れる程度の文明を持った生命が存在する惑星が10はあるという結果が出る。この式が提唱されてから科学者たちは本気になって地球外生命体を探しはじめ、大国の国家プロジェクトの原動力にすらなった。

 では範囲を広げて別次元も含めると、知的生命が存在する可能性はどれぐらいなのか。それも数式化されているのかもしれないし、されていないのかもしれない。

 ただ、少なくとも地球の他に一つは知的生命の文明があると俺は考えている、なぜなら俺自身が実際にそんな世界に転生して、今こうして生きているからだ。








 昼下がりの草原で、いつも通りに魔物狩りを終えた。

 剣を振り、血糊を落とす。太陽にかざして指を這わせ、刀身に歪みが無い事を簡単に確認してから鞘に収めた。細かいメンテナンスは宿に戻ってからだ。


 足元には危ないクスリをキメたパンクロックな猿のような魔物が転がっている。足で小突けばずっしり重く、血の臭いも生々しい。これだけなら突然変異した猿かと思うのだが、魔物というだけあって普通の生物とは違い、死後数十秒で消える。死んだ後に消える魔法生物だから魔物だとか、消えた後に魔法物質が残るから魔物だとか、諸説はあるらしいが、重要なのは飯の種になるという事だ。


「ラティ、終わった。頼む」

「ふむ? 分かった」


 声をかけると、胸ポケットからひょいと飛び出したラティが地面に着地し、すんすん鼻を鳴らして猿の死体が消えた後に残った小指の先ほどの石を前脚で器用に拾い、背中に背負った小袋に入れた。そのまま草の間に駆けていく。

 これもいつもの事だが、自分で遺留品ドロップを集めなくて良いのは楽だ。魔物の遺留品ドロップは大抵小さな石で、特にこういった草原だと草に紛れて探すのに苦労する。相手が一匹なら倒して消えるのを待って回収すればいいだけだが、複数体いると悠長に戦いながら回収するわけにもいかず、戦闘終了後に草をかき分けて小さな石コロを探す事になる。

 その点ラティはネズミならではの視線の低さと俊敏性、鼻の良さを生かしてあっという間に回収してくれる。俺が魔物を倒し、ラティが遺留品ドロップ回収。良い相棒を持ったものだ。ラティもきっとそう思ってくれているはず。


 やる事もないのでぼんやり待っていると、草が揺れてラティが戻って来た。


「見つけたのは五個だけだが、狂乱猿ファンキーモンキーは五匹だったな?」

「五匹だった」

「うむ。確かに」


 手を差し伸べると、ラティは腕伝いにちょろちょろっと駆けのぼり、胸ポケットに戻って顔だけ出した。


「よっしゃ帰るか。肉食おう肉。鳥がいいな」

「また肉か。もっと野菜を食べろ」

「食べてるだろ」

「肉を減らして野菜を増やせと言っているんだ。肉は高いだろう。清貧をすすめる訳ではないが、食費が出費の七割は流石にどうかと思うぞ」

「馬鹿お前俺が本気出したら九割行くぞ」

「やめてくれ胃が痛くなる」


 軽口を叩きあいながら、草原をのんびり歩いて町に戻る。空に薄くかかった雲の切れ間からは昼間の白い月が見える。その模様は地球の月と同じようでいて、どことなく違う。やはり異世界なのだ。ここは。


 二十一世紀初頭の記憶と比べればこの世界の文化レベルは低いが、慣れれば案外どうという事はなく、不便も感じない。海外の田舎に移り住んだぐらいの感覚だろうか。

 田舎で生まれ育ち、十二で街に出て就職。ラティを拾って一緒に仕事を始め、四年経った今では一人前の魔物ハンターだ。

 魔物狩りにも慣れ、狩りというより屠殺、屠殺というより単なる仕事になった。遺留品ドロップ買取商とも顔なじみになり、すっかり街に根を下ろした感がある。


 せっかくファンタジー世界に生まれ変わったのだから、魔法使いになったり一国一城の主を目指してみたりもしたいが、魔法習得・使用にはけっこうな大金が必要で、特に政情が悪い国や国が立つような未開拓地もないため、王を目指すならクーデターしかない。どちらも無理だ。

 そんな事をラティに話して返った答えは「冒険小説でも読め」だ。身も蓋もない。しかし実際のところ、冒険活劇は空想で満足しておくのが現実的だろう。毎日働いて汗を流し、美味い飯をたっぷり食べる。時々休んで演劇を見に行ったり、ちょっとした旅行に出たり。それで充分。残業も屑上司も無能部下も無いのだから文句を言えばバチが当たる。


 小一時間歩き、町に着いた。門番に通行料を払って城門を通り、中に入る。昼をだいぶ過ぎ、夜にはまだ早いという半端な時間であるため、人通りは少ない。洋風の石造りやレンガの建物が並び、ぽつぽつある露店は休憩中なのか、品物を下げている店も多い。まばらな通行人の金や黒、白といった髪色に時折天然色の紫が混ざったり、背中に翼があったりするのは流石異世界といったところか。


 拠点にしている宿屋への道すがら、ラティが言った。


「確かランプのオイルが切れていたはずだな。私が遺留品ドロップを売るついでに買って来ようか?」

「そりゃ助かるが、お前オイルなんて運ぼうとしたら圧し潰されるだろ」

「小瓶程度なら支障ない。それより、今朝出かける時に部屋の椅子を蹴飛ばして足をとってしまっただろう? カースはあれを修理に持って行ってくれ。早い方がいい。日が暮れれば店が閉まるから」

「オッケー、分かった」

「寄り道するなよ?」

「分かってる」

「買い食いもするなよ? 今月は間食が多いぞ」

「馬っ鹿お前、旬の果物クレープなんて売ってたら買うしかないだろ! 不可抗力だ」

「カース」

「……分かった、一つだけにする」

「まあ、それでいい」


 ラティはため息を吐き、遺留品ドロップの入った巾着袋を背負い、横道に入りうっかり踏まれないように端の方を駆けていった。

 よし。一つだけなら高いやつ買おう。


 宿屋へ近道をしようと小道に入る。高い建物の壁に挟まれた小道は薄暗く、踏み入れた途端に町のざわめきが遠のいた。俺は転がっていたゴミをまたぎながら財布を取り出し、幾らまでならラティが激おこ状態にならないか思案し――――


「ん?」


 足を止め、振り返る。今またいだのは本当にゴミだったか?

 地面に転がっているそれは一見して薄汚れたボロ布に包んで捨てられた大きなゴミだ。悪臭もするから生ゴミかも知れない。ただ、またいだ瞬間に人の腕がチラッと見えた気がする。

 まさか死体……?


 例えファンタジーな世界だろうと、こんな小道に死体が転がっているのは尋常ではない。明らかに何かの事件だ。

 まあ薄汚いおっさんが酔いつぶれて大地の抱擁に身を任せているだけという可能性もあるが。


 興味半分、怖いもの見たさ半分で後ろに戻り、足の先でつついてみる。少し動いた。ほっとする。生きてる。


「もしもーし。大丈夫ですかー」

「…………」


 しゃがみこんで声をかけると、何か小声で答えたようだが、聞き取れない。やっぱり酔っ払いだろうか。それともまさかの行き倒れ系ヒロイン? ラノベ展開来る?

 美少女一割、よっぱらい九割ぐらいの期待度で軽く転がして仰向けにして、顔を隠しているフードらしき布をとってみる。その人物は無抵抗で布を剥がれた。


「こ、これは!」


 布の下に現れたものをみて、俺は驚愕した。

 その人物はひどい怪我を負っていた。包帯代わりだろうか、喉に巻かれた布は血が染み込んで真っ赤に滲んでいる。顔全体にかすり傷が目立ち、頬には大きな青アザもある。目元には濃いクマが目立ち、かなり過酷な目に遭った、あるいは遭っている事は容易に想像がつく。喉の怪我のためか、かすれるような呼吸音と共に弱々しく上下する胸は少し膨らんでいて、その人物の傷を負ってもなお整った顔立ちと相まって、俺と年齢が近い十五、六の少女である事を告げている。

 そして、一番衝撃的な事だが――――


 ――――その頭はつるりとしていて、髪は一本もなかった。


 …………。

 そうか。

 なるほど。

 ハゲか。

 そっかぁ……


 まあね? ハゲでもパーマでもおっさんでも少女でも、放っておいたらこのまま死にそうな奴を見てしまった以上助けるさ。何か釈然としないが、見捨てたら飯が不味くなる。その時点でもう助ける以外に選択肢はない。

 くっそ、どうせ行き倒れるなら俺の知らないところで行き倒れて欲しかった。そうすれば爽やかな気分で買い食いしていられたのに。


 少女からは明らかに厄介事の匂いがする。兵士に預けたり医者に連れて行ったりするのはまずいかも知れない。俺は悪態をつきながら、生きているのが不思議なほど冷え切った少女を背負い、とりあえず急いで宿屋へ向かった。


 新ジャンル:ハゲヒロイン

 流石にハゲっぱなしはないですが。

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