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selection.05 ダンジョンに潜ろう!(準備編)

「どうして私に朝食を作らせてくれないのよ! 見たでしょう、雑草からステーキを作るあの神業を!!」

「俺が貴様を家に置いておくのは、アヒルちゃんの調整をさせるためだ! 貴様は俺に借金があることを忘れるな!」


 朝っぱらから威勢の良い口喧嘩が、厳選城モット・セレクションに響き渡る。厳選王子ラグジュアリー・セレクションと、魔導調整師フィリシス・アジャストメントは、額と額をごっつんこさせ、互いの顔面に唾を吐き散らしながら、火花をバチバチ言わせていた。


「アヒルちゃんの調整ならたくさんやったわ! 他のこともやらせなさいよ!」

「ほう、ではいったい幾つのアヒルちゃんを救えたんだ!?」

「7892体よ!」


 ばばっ、とフィリシスがテーブルの上に被さる布を取っ払う。そこには、木目すら見えないほどの密度でびっしりとひしめく、個性豊かなアヒルちゃん達の姿があった。1匹たりとも同じアヒルちゃんはいない。厳選漏れしたアヒルちゃんの、それぞれ僅かにことなる個性に合わせ、フィリシスは万別の調整を施したのである。

 さしもの厳選王子も、このアヒルちゃんを目の当たりにすれば言葉を失う。


「おお……」


 ラグラの声は、驚愕に打ち震えていた。


「どう? これが一億万年に一人と呼ばれた天才美少女・私の実力なのよ!」

「ではあと83411体だ!」

「それ全部厳選漏れ?」

「そうだ!」

「あなたの目に叶ったアヒルちゃんは何体いるの?」

「22体だ!」

「厳選って厳しいのね!」


 ゴーレム達が運んできた厳選漏れアヒルちゃんの山を眺めながら、感心したように頷くフィリシスである。


「坊ちゃま、フィリシス様、」


 二人を呼ぶ涼しげな声が聞こえ、扉が開く。厳選された超一級品メイドのミルがそこに立ち、恭しく一礼をした。


「お食事の準備が整ってございます」

「ほう、案内しろ!」

「かしこまりました」


 フィリシスがはラグラの城にやってきてから、1週間近くが経過していた。毎朝のように朝食を作らせろと主張する彼女の要求を頑なに突っぱつつも、朝食にフィリシスが同席することを許可する程度には、ラグラのフィリシスに対する態度も軟化しつつある。まったく変わらないのはミルだけで、相変わらず1人では何もできないラグラに、甲斐甲斐しく尽くしている。


 さて、その朝食の席のことであった。


「なに、ダンジョンについて来たいだと?」


 ミルが口元に運んできた超一級品の料理を、口に含み、咀嚼し、嚥下する。その一連の動作の後、ラグラは表情を訝しげに歪めた。フィリシスは澄まし顔で頷く。


「あなたのお父様、つまり厳選王グラバリタがこのメノスティモ平原に居城を構えたのは、数多のダンジョンが林立するこの環境が厳選に適していたからだと聞いていたわ。ここ1週間はアヒルちゃんと戯れていたけど、基本的には毎日、ダンジョンに潜るんでしょう?」

「だからついて来たいというのか。フン、相変わらず身勝手傲慢極まりないなフィリシス・アジャストメント。あ、ミル、次はそのスープ飲みたい」

「こちらはまだお熱くございます」

「ならばふーふーしろ」


 ミルはその命令を忠実に実行し、スプーンの中のスープにふうふうと息を吹きかけた。


「私はもっと色んな調整をしたいのよ! あなたが厳選した超一級品の武器だって、私が強化を施すことで超絶無敵最強の一級品になるわ!」

「一理あることは認めてやろう! だが貴様をダンジョンに連れて行くわけにはいかん!」

「なんでよ!」

「冒険者ギルドの登録証を持っていないからだ!」


 ラグラはばん、とテーブルを叩いて、懐から1枚のカードのようなものを取り出す。

 冒険者ギルド登録証、すなわちギルドカードと呼ばれるものだ。メノスティモ平原一帯に生息するダンジョンはすべて冒険者ギルドによって管理、統括され、探索にはギルドカードと届け出が必要になる。ラグラはカードをチラ見せした後、すぐに懐へとしまった。


 ラグラの言葉にしては珍しく簡潔かつ合理的な説明であったので、さしものフィリシスも口をつぐんだ。その間、ラグラはミルがふーふーしたスープを満足そうに口に含む。


 その後もなんとか連れて行って欲しいとせがむフィリシスではあったが、ラグラはそれを全て突っぱね、昼前にはミルを引き連れて久々のダンジョン探索へと出発することになったのである。





 まぁ結果的にはフィリシスをやり込めたことになるので、ラグラはえらく上機嫌であった。天下の往来を大股で歩き、久々に探索都市ゼルメナルガの大通りを歩く。ここ1週間姿を見せていなかった厳選王子の登場に、道行く冒険者たちはにわかにざわめいた。


 厳選王子が来た。

 夕方ごろにまた来ればおこぼれにありつけるか?

 待て、あとでギルドに行ってどのダンジョンに行ったかの確認だ。

 ミルさん……相変わらずお美しい……。


 そのいずれもが、ラグラの自尊心を大いに満足させる。そう、やはり厳選王子ラグジュアリー・セレクションの世間の評価とはこういうものでなければならない。間違っても、あのような小娘に良いようにされるべきものではないのだ。

 さて、まずラグラは、ダンジョンの探索届けを出すべく、冒険者ギルドへと向かう。大陸の辺境と言えど、多くのダンジョンを管理するゼルメナルガのギルド支部はかなりの大規模だ。


 その扉を開けながら、ラグラは先ほどの屋敷にやり取りを思い出し、笑いが止まらなかった。


「フハハハハハハ! 実に心地がいいな。見たかミル! あの女の悔しそうな顔を、どうやらようやく自分の立場を自覚したらしい」

「よく来たわねラグラ、待っていたわ!!」

「帰るぞミル、急に熱が出てきた」


 くるりと背を向けたラグラの後ろ襟を、ガッと掴む力があった。

 もはや、説明するまでもあるまい。フィリシス・アジャストメントである。


 確かにラグラが出発前牢屋に閉じ込め、厳重に鍵をかけ、決して出られないよう幾重にも渡るデストラップを仕掛けてきたはずの、そのフィリシスが、いまギルドに併設された酒場でミルクを片手にラグラを出迎えていたのであった。


「なんで貴様がここにいるんだ! 信じられん!」

「あるがままの現実を受け入れるのよ、ラグラ」

「そういうことを言っているのではない!」

「一億万年に一人の天才美少女を舐めないで! あの程度の鍵、私の技術の前では赤子の足にスピニングトゥホールドを仕掛けるより容易いことだわ!」

「例えが鬼か! デストラップはどうした! 爆破、毒ガス、毒針、すべて解除してきたのか!?」

「半分くらいは発動したけどなんとか生きてるわ! 日頃の行いね!」

「なんでこいつこんなにメンタル強いの」


 見れば、フィリシスのローブはそこかしこが煤け、破れていた。その言葉に嘘はないのだろう。人智を逸した根性の持ち主であった。ありていに言ってちょっと頭がおかしい。いや、それは最初からわかっていたことか。


 ともあれ、衆人環視である。

 酒場に集まっていた冒険者や、ウェイトレスのねーちゃん、バーテンダー、受付カウンターのギルドガールなどが、それぞれ目を丸くしてこちらに視線を向けていた。ラグラも大概に厚顔無恥であれば、特に居心地の悪さを感じることもなかったのだ、が、


「ギルド内での暴力行使は禁則事項だ! 忌々しいが、ミルに貴様をつまみ出させるわけにはいかん!」

「そうなのね、良いことを聞いたわ!」

「目に余る迷惑行為があった場合はギルドガーディアンに通報する権利があるからな! ともあれ座れ!!」


 椅子をぴしりと指さすと、フィリシスはミルクを持ったまま席に着く。ラグラも無言のままその対面に腰掛け、その席に最初から着いていた冒険者の男は、スパゲッティ・ナポリタンの皿を持ったまま居心地が悪そうに立ち去った。ミルはしずしずとラグラに付き従い、その椅子の後ろ側に立つ。


 ようやく話が落ち着いたのか、と、周囲の意識も他へと移っていく。ラグラはまず、フィリシスを連れていけない理由をきちんと説明せなばらないと感じた。口を開こうとしたその時である。


「きゃあ、やっぱりラグラ様よ!」


 自分の名前を呼ぶ黄色い声が聞こえた。はたと振り返ると、先ほどダンジョンから帰還したばかりと思しい、数人の女性冒険者グループが、ばたばたとこちらへ駆け寄ってくる。


「ラグラ様、お久しぶりです! 今日のお召し物も素敵です!」

「1週間もギルドにいらっしゃらないからあたし達心配してましたー!」

「ラグラ様ぁ、握手してくださいー!!」

「うむ」


 駆け寄ってきた女性冒険者達の賛辞を当然のように受け取りながら、ラグラは彼女たちと握手を交わしていく。握手してもらった手を握り締めながら、きゃぴきゃぴと喜ぶ少女たちを、ミルはいつものような澄まし顔で、フィリシスは唖然とした顔で眺めている。


「ラグラ、その子たち、何?」

「俺のファンだ!!」


 ラグラは両腕を背もたれに乗せ、踏ん反り返るようにして叫んだ。どうだ、見ろと言わんばかりである。


「あなたのファン!?」

「そうだ! まぁ当然だな! 俺のこの溢れ出る才能とカリスマ、そして美貌! 加えて財力まであるとなれば、世間の女たちが放っておく理由もなかろう!!」

「なるほど!」


 フィリシスはすぐに納得がいったように頷く。


「世の中には奇態な趣味をした人たちがいるのね!」

「貴様いつか俺以外の誰かを怒らせて刺されるぞ」


 ラグラのファンは幾らかいるが、その中でも特に熱心なのが彼女たちラグラガールズだ。追っかけが高じて冒険者になってしまったのだから徹底している。むろん、最初から冒険者で、あとからラグラのファンになった娘だっている。

 伝説の冒険者・厳選王グラバリタの息子、そして本人もあらゆる一級品を手元に揃える一流冒険者だ。ラグラを評価する冒険者は多いのである。


「そう言えば聞いてください、ラグラ様! 私、今回の冒険でとうとうシルバーランクになったんです!」

「ほう、成長したな! まぁ俺には及ばんが!」

「シルバーランク?」


 ラグラガールズの一人とラグラがかわす会話を聞いて、フィリシスが首をかしげる。ラグラは「フッ」と笑って人差し指を立てた。


「良い機会なので教えてやろう! ギルド登録証、すなわちギルドカードにはランクが存在する! ランクは、本人のレベルやステータス、功績などを勘案して上がっていくものでな!」

「あー、そう言えば冒険者ギルドでは、登録者の一部能力を数値として可視化する技術が完成されてるって聞いたことあるわね」

「そうだ! それがギルドカードであり、ギルドカードランクだ! サヤカ、せっかくなので見せてみろ」

「あ、はい」


 サヤカと呼ばれたラグラガールズの一人が、ベルトのポシェットから1枚のギルドカードを取り出す。ラグラはそれを受け取り、テーブルの上に置いた。フィリシスも身を乗り出して確認する。


 ギルドカードにはこのように書かれていた。


登録者名:サヤカ・ノンドーロフ

ランク:SILVER

レベル:50

筋力:113

耐久:90

知力:75

精神:91

敏捷:162

体力:156

魔力:52

ネイティブスキル

《真・武器習熟:長剣》

スキル

《感覚鋭敏Lv6》《さきどりLv5》《魔法剣Lv8》

(以下略)


「ふーん、五感とか魔導知覚とかは数字にならないのね」

「手先の器用さや魔導制御もな! つまり、貴様の強みはギルドカードには反映されないということだ!」


 ギルドカードをサヤカに返しながら、ラグラは人差し指をフィリシスに突きつける。


「このネイティブスキルっていうのは?」

「それはそいつが生まれた時から持ち合わせているスキルのことだ! ネイティブスキルにレベルは存在しないが、《真・◯◯》は《◯◯》というスキルのLv50すなわちMAXに相当する! っていうか聞け!」


 ラグラはテーブルをバンと叩いて叫んだ。


「探索できるダンジョンやクエストの難易度上限はギルドカードランクによって左右される! 貴様の行動力だ! もうギルド登録の受付を済ませているのだろうが、俺のダンジョンはプラチナランク限定だからな! ゴールド以下では入場できん!」

「あんたのダンジョン?」

「何も知らんのか貴様は! 良いか、ダンジョンにはオーナー付きと野良があるのだ! 野良ダンジョンの最下層をクリアした者がそのダンジョンの所有権を持つ! ゼルメナルガを訪れる多くの冒険者の最終目標は、ダンジョンオーナーになり入場収入だけで暮らせるようになることだが、俺たちのようにオーナー付きばかりに潜る連中もいる! アイテムを集めるのであればオーナー付きの方が都合が良いのだ! 何故だかわかるか!」

「わからないわ!」

「よし教えてやる! 擬界平面上に誕生する空間生命体であるダンジョンは、そこに挑む冒険者の実力に応じてその生態を変えるのだ! 強い冒険者ばかりが入っていれば手強いダンジョンになり、弱い冒険者ばかりが挑めばぬるくなる! ここまでは!」

「わかるわ!」

「ダンジョンは個体ごとに、産出するアイテムの傾向が異なるが、質は難易度により影響される! 我がセレクション家が保有するダンジョンは親父がアイテム傾向を厳選し、プラチナ限定の入場規制をかけることでダンジョンレベルと出土アイテムの質を上げてきたのだ! だから貴様のような新米ぺーぺーの冒険者は入場できん! ざまーみろ!」

「よくわからないわ!」

「そうか! もう知らん!」


 ラグラは乱暴にテーブルを叩き、改めて椅子に座り込んだ。荒い呼吸を繰り返す彼の姿を見て、サヤカは改めてこう説明する。


「つまりラグラ様のダンジョンは、強いアイテムがたくさん出るけど、弱い人は入れないってことです」

「わかりやすいわ!」

「まぁうちの保有するダンジョンは全部ミルがソロ踏破しているので正式な保有権はミルのものだ。親父が保有権ごとミルを買い取り、俺が継承したので俺のものになっている」

「へー」


 フィリシスはローブの中から1枚の木板を取り出しながら相槌を打つ。これはギルドカードではなく番号札だ。どうやら、現在はステータス精査中であり、まだギルドカードは発行されていないらしい。

 しかしギルドカードランクは先ほど言ったように、当人のレベルや実績、ステータスに応じて決定される。調整師として手先の器用さや魔導制御能力が突出しているであろうフィリシスだが、それらは全てスキル統合され、ランクには大きな影響を及ぼさない。


「まぁ、私のギルドカードが完成すればはっきりするわね! 私がラグラのダンジョンに潜れるか!」

「フン、待つだけ無駄だと思うがな!」

「そう言えばラグラもプラチナランク?」

「とぉぉぜんだろう! ダンジョンに入場するには所有者であってもプラチナランクだ! フハハハハハ、見てみるか!?」


 そう言って、ラグラが懐から取り出したギルドカードは、確かに白金色の輝きを放っている。フィリシスがまたも身を乗り出して、ラグラガールズ達も同様に覗き込む。ミルだけが平然と立っていた。

 ギルドカードを確認するなり、フィリシスは目をひん剥いて叫んだ。


「レベル628!?」

「フハハハハハハ!」


 ラグラは腕を組んで高笑いする。そう、確かにラグラの掲げるギルドカードには、「レベル:628」の文字が燦然と輝いている。これほどのものとなれば、プラチナランクというのも納得だろう。だが、ラグラは更に続ける。


「すごいだろう。レベル600超えはこの大陸すべての冒険者ギルドを見渡しても数えるほどしかおらんのだ」


登録者名:ラグジュアリー・セレクション

ランク:PLATINA

レベル:628

筋力:10

耐久:10

知力:10

精神:2

敏捷:10

体力:10

魔力:10

ネイティブスキル

《希少性:髪》

スキル

《鑑定眼Lv48》《アイテム知識Lv50》《集中力Lv50》

(以下略)


「すごいわ」


 フィリシスは唸った。


「そうだろう!」

「ネイティブスキルの《希少性:髪》ってなに?」

「髪の毛の色がちょっと珍しいことを示すスキルだ!」

「へー」

「発生確率250億分の1と言われていてな! あらゆるネイティブスキルの中でもトップクラスのレアリティを持つ!! まさに厳選王子たるこの俺に相応しい!!」


 何故かフィリシスの視線が生ぬるくなったような気がするのだが、ラグラガールズ達はきゃあきゃあとラグラを褒めそやすのでまったく気にならなかった。『ラグラ様、以前見せてもらった時から成長されているわ!』『本当! 精神1だったのが2になっているわ!』『レベル600を超えてもまだ伸びしろがあるなんて、さすがだわ!』ラグラは腕を組みながらうむうむと頷いている。


 フィリシスはふと、その視線をラグラの後ろでずっと立っている、無表情なメイドに向けた。先ほどから何度か話には上がりながら、一切の自己主張をしないミルである。


「ダンジョンオーナーはミルなのよね?」

「はい」

「じゃあ、ミルのカードもプラチナなんだ?」

「はい、おっしゃる通りでございます」


 フィリシスの問いに対しても、ミルは恭しく返礼をするのみであった。


 言葉数少なく、厳選王子ラグラにずっと付き従うこの有能なメイドのことを、フィリシスはずっと気にかけていた。彼女が厳選に厳選を重ねて選ばれた最高の素材を持つメイドであることは、もはや疑いようもないが、おそらくそれだけではないだろう。見せる所作から所作が完璧なのだ。戦闘技能面においても、相当な習熟をしていることがうかがえる。


 一体彼女はどれほどのステータスを有しているのか。気になるところではないか。


「ミルのギルドカードも見たいんだけど、良いかしら」


 フィリシスがその言葉を口にした瞬間、周囲の空気がぴしりと凍りつく音が、確かに響いた。


 活気と喧騒に満ちていた冒険者ギルドに、一瞬の静寂が訪れる、その視線が一斉にミルへと向けられる。ラグラガールズですら同様だったが、ミルは一切動じることなく、ラグラの方へと視線を向けた。ミルの主人たるラグラもまた、ミル同様に一切気にした様子を見せない。


「ふむ。ではミル、見せてやれ」

「かしこまりました、坊ちゃま」


 そのやり取りの直後、冒険者ギルドは悲鳴に包まれた。まずはラグラガールズが一目散に背中を向けて逃げ出し、他の冒険者たちも一斉に出口へと殺到する。ウェイトレスやバーテンダーは厨房へ、受付で笑顔を振りまいていたギルドガールズも、次々と事務所の中へと飛び込んでいく。


「えっ、えっ、なに!? なに!?」


 周囲の変容に、さしものフィリシスも驚きを隠せない。その時、彼女は逃げ惑う男のこんな声を、確かに聞いた。


「早くしろ、目が潰れるぞおおおおおお!!」

「目が潰れ……えっ?」


 短めのエプロンスカートの裏側から、ミルが一枚のギルドカードを取り出す。カードの放つ輝きは、確かに白金色であったが、それ以上に眩い何かを放っていた。平然と座るラグラの横顔を鮮烈に照らし出すそれを、直視してはいけないと、フィリシスはその時直感した。


 フィリシスには、そこから先の記憶がない。





 フィリシスが目を覚ましたのは、冒険者ギルドの医務室である。心配そうに覗き込むラグラガールズの顔が真っ先に視界に飛び込んできて、次に初老のギルドドクター、以前一緒にラグラの城を訪れたゲゲドモンガ氏などが見える。


 はっ、と上体を起こしたところでようやく、真横に座っているラグラのふてぶてしい顔が確認できた。


「目が覚めたか」


 ラグラがそう口にする。


「どうやら視界は良好なようだな。ミルのギルドカードを見て目が潰れなかったのは俺以外では初めてだ」

「ラグラ、私は……」


 まだくらくらする頭を押さえながら、フィリシスはぼうっと口にする。

 ギルドカード? そう言えば、何やら恐ろしい数字の羅列を目にしたような記憶があるのだが、脳がかき乱されたような感覚があって、いまいちはっきり思い出せない。ずきり、と額が痛んだ。


「脳の自己防衛機能が働いたのでしょう。あまり無理に思い出そうとすると、シナプスが焼き切れたり、精神に異常をきたしたりする可能性がありますからな」


 ギルドドクターはそれだけ言うと、『では私はこれで』と告げ立ち上がった。ゲゲドモンガ氏やラグラガールズが、ドクターに頭を下げて見送る。


 そこでようやく、フィリシスはラグラの後ろに待機するメイドの姿を見ることができた。それまでは脳が意図的に存在を遠ざけていたのか、しかし今ははっきりとその存在を知覚できる。

 そう、ミルだ。彼女のギルドカードを見せてもらったのだ。その直後、フィリシスは意識を失った。なんだかすごいステータスだった気がするのだが、あまりにも天文学的というか、神々しいというか、現実味が薄いというか、そんなイメージしか残っていない。あるいは、人間の脳が処理できる情報量を超越していたのだろうか?


「あ、ギルドカード!」


 フィリシスはぱん、と手を叩いた。


「私のギルドカードよ! もうできた!? プラチナランク以上なら一緒に行けるのよね、私!」

「ちっ、覚えていたか」


 ラグラは舌打ちとともに吐き捨てる。


「そこの記憶も一緒に消し飛んでいれば良かったんだがな! もう出来ていたぞ、こいつだ!」


 そう言って、厳選王子はフィリシスの毛布の上に一枚のカードを投げた。

 ギルドカードだわ、とフィリシスは思う。銀色かしら? と一瞬思ったが、すぐにかぶりを振る。これは、この色は、


登録者名:フィリシス・アジャストメント

ランク:PLATINA

レベル:32

筋力:41

耐久:265

知力:12

精神:104958

敏捷:52

体力:90

魔力:86892

ネイティブスキル

《天賦の才:製作》《天賦の才:調整》

スキル

《神の指先Lv50》《魔導制御Lv50》《不屈Lv50》

(以下略)


「プラチナランクだわ!!」

「レベルは低いが一部の突出したステータス、習熟技能の高さ、そしてレアスキルの《天賦の才》を二つ持っていることが評価されたんだ! ここまでとは思わなかった! くそったれ、俺の鑑定眼もまだまだだ!」

「仕方ないわ! 私は一億万年に一人の天才美少女よ!」

「そういうことはもっと知力を伸ばしてから言え!」

「何よ! あなたより2も高いのよ!」


 フィリシスは毛布をがばっと蹴飛ばし、ベッドの上に仁王立ちした。


「どうやら私の実力は証明されたようね! ラグラ、私を置いていきたくば置いていくが良いわ! でも私もプラチナランク、あなたを追いかけてダンジョンまで行ける! まあ割と手強そうだけど、私の進撃を止めることはできないでしょうね! 何せ私は、一億万年に一人の天才美少女、フィリシス・アジャストメントなのよ!!」


 高らかな口上を聞き、ラグラガールズとゲゲドモンガ氏が拍手喝采をあげる。割れんばかりの音を聞きながら、ラグラはフィリシスのギルドカードを手に取り、改めてこう呟いた。


「なんでこいつこんなにメンタル強いの」

次の話は12時くらいに投稿しますぅ。

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