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selection.03 バカの壁

「フィリシス! 皇帝聖下の聖杖をお作りさせていただくという栄誉を賜ったのは、本当か!?」


 その日、フィリシスの父トレイトが、満面の笑みで尋ねてきたのを覚えている。フィリシス・アジャストメント、17歳の誕生日のことであった。アジャストメント伯爵家の令嬢として、美しいドレスに身を包んでいたフィリシスは、滅多に感情を表に出さない父の珍しい態度に驚きつつも、このように答える。


「え、ええお父様。先ほど、皇宮の方に呼ばれて、何かと思ったら……」

「ははは……! そうか、さすがはフィリシスだ。おまえは我が一族の誇りだな!」


 トレイトの笑顔からは、日ごろの厳格な態度は微塵も感じられない。


「私もアジャストメント家の当主として、皇帝聖下の聖杖をお作りさせていただいたことはあるが……初めての御聖頼を賜ったのは23歳の頃だった。記録を娘にあっさり塗り替えられるというのは、誇らしくもあり、悔しくもあるが……、いまはただ、喜んでおこう……!」


 まるで我がことのように快哉をあげる父を見て、フィリシスは複雑な気持ちになった。


 と言うのも、ひとつ不安があるのだ。

 フィリシスは天才である。それは自覚もあった。だが、万能の天才ではなかったのである。

 魔導調整師、魔導発明家としての家系に生まれ、そのサラブレッドとして才能を遺憾なく発揮してきたフィリシスは、そもそもその素材を見つけ出すのが致命的に下手くそという欠点があった。

 母の誕生日にケーキを作らねばならなくなった時も、キッチンにあるはずの材料をひとつも見つけることができず、結局掃除用具室にある新品の雑巾を使ってバースデーケーキを作ったのだ。完成したのは、それはそれは立派なバースデーケーキで、家中のものは誰ひとりとしてその材料が雑巾であることを疑わなかった。フィリシスとしては、その秘密を墓まで持っていくつもりだ。


 まぁ、ケーキは良い。


 問題は皇帝聖下の聖杖である。さすがにこれを雑巾でお作りするわけにはいかない。


「お父様、聖杖のその……材料のことなのだけど……」

「ああ、そうだな……。金属であれば最高級品のオリハルコンプラチナなどを取り寄せるべきだろう。加工は難しいが、おまえなら問題はないはずだ。万年神樹の幹を使用しても良いが、やはり見た目の荘厳さも……いや、これはもう、私が偉そうな口を叩けることではないな」


 父の視線にこもる信頼が心に突き刺さる。これでは到底、材料の用意を頼める雰囲気などではなかった。

 いや。いや。

 雰囲気がなんだ。皇帝聖下の聖杖である。ここで下手な真似をすれば、自分だけではなく家名全体に泥を塗ることになるのだ。恥を忍んででも、自分の欠点を告白するべきだろう。フィリシスは意を決して口を開いた。


「あのね、お父様。実は私……」

「おまえならできる、フィリシス。おまえは、天才だからな」

「ええ、任せてお父様! 私、やるわ。だって私は、天才だから……!」


 フィリシス・アジャストメント。天才と言われるとだいたいノせられてしまうのである。


 それからというもの、フィリシスは努力した。方々のツテを使い、最高級品のオリハルコンプラチナとジュエルクォーツ、天煌石、アダマンチウムなどを取り寄せ、そしてその全てを紛失した。素材を見つけることがヘタクソという致命的な欠点は、既に概念系特殊能力コンセプティヴ・スキルの域にまで到達していたのである。竜殺しの逸話を持つ武器が、対竜兵装としての性質を持つように至るのと、同じようなものであった。


 だが、フィリシスは諦めなかった。基本的にメンタルの強い子なのである。


「私は天才……、私は天才……、私は一億万年に1人の天才美少女……」


 ここまでくると完全に自己暗示の領域だったが、フィリシスは本気である。


「私は天才……、雑巾からバースデーケーキを作ることだってできるのよ。そう、言うじゃない。シャイラードは剣を選ばないって……」


 そんな折、フィリシスの目に留まったものがある。彼女の視線の先、山のように積まれたそれは、父・トレイトが発明し、いまや帝都中で大ヒットを飛ばしている人気商品、便所用尻拭き紙こと〝トイレットペーパー〟であった。


 直後、フィリシスの脳裏に凄まじいまでのインスピレーションが迸る。


 出来る。

 これさえあれば、皇帝聖下が今までに手にしたどんなものよりも、遥かに優れた聖杖を作り出すことができる。確かに、オリハルコンプラチナを使用した究極の聖杖には遠く及ばないだろうが、それでも、かつて皇帝へと献上された品々など、問題にならないような、素晴らしい逸品ができる……。


 そう思った時、フィリシスは既に、トイレットペーパーへと手を伸ばして……、





「まずい! これ走馬灯だわ! 走馬灯だわこれ完全に!」


 がばっ、と身体を起こしながら、フィリシスは叫ぶ。


 周囲をきょろきょろと見回すと、そこは薄暗い地下洞窟のようだった。上にはわずかな穴が空いていて、そこから光が差し込んでいる。そうだ、あそこから落とされたんだわ、と、フィリシスは思い出した。

 見れば目の前には看板と大きな扉があり『お帰りはこちら』と書かれている。


「過去を振り返っている場合じゃないわ! ファイトよ! スタンダップ! スタンダップ、私!!」


 そう言えば全身から良い匂いがする。これはシチューだわ、と思った。この上質な香りは、カイザーサーモンを始めとした12種類の魚介を、カマクラマウンテンの雪解け水でじっくりと煮込んだブロードをベースに味付けしたものに違いないだろう。最高級の素材を惜しげも無く投入し、しかもコックの腕も良い。


 負けていられないわ。フィリシスは拳を握る。

 だが、同時に確信を得る。この城ならば、最高級の素材をすぐさま手に入れることができる。自分の才能を正しく活かせる場所なのだ。


 厳選王子ラグジュアリー・セレクション。厳選王グラバリタよりあらゆる厳選術を叩き込まれた厳選界のプリンスだ。彼とコンビを組むことさえできれば、フィリシスは魔導調整師としての本懐を遂げられる。彼女はまさにそのためにきたのだ。

 フィリシスの師、マスター・カローラも、そのために彼女にこの地を指示してくれたのである。


「待っていなさい、厳選王子! こんなちっぽけな穴ぐらで、私の闘志はくじけないわ!」


 そう言ってフィリシスが取り出したのは、結局皇帝へ献上したもののすぐに突っ返された聖杖である。とてもトイレットペーパーを素材にしたとは思えないほどの頑健さと多機能ぶりを備えたその杖を、フィリシスは天に掲げた。


 相変わらず、上からは光が差し込んでいる。


「落とし穴を開けっ放しにしたのが間違いだったわね! 私は、『お帰りください』なんて扉からは帰らない! この、聖杖グリュンヒルドの力、見せてあげるわ!」


 フィリシスの掲げた聖杖の先端部から、神々しい光が迸った。





 落とし穴の周りに散らばったステンドグラスの破片を、ミルとお掃除ゴーレムが片づけている。

 ラグラはソファに腰かけ、ひとりお風呂に浮かべるアヒルちゃんの厳選をしていた。


「勢い余って机ごと下に落としてしまったな。壊れてしまったかもしれん」

「確認してまいりますか?」

「いや、構わん。また厳選しなおせば済む話だ」


 超一級品のテーブル、椅子、そして鍋が犠牲となった。が、まぁあのあたりなら厳選しなおすのもそう難しいものではない。もったいないことはしたが、またやることがひとつ増えたと考えればトントンだろう。次から飯を食うところに困ると言えば、まぁそうなのだが。

 今日のダンジョン探索は予定を変えて、またテーブルの厳選に出かけようかと考え始めていた。しかしテーブル厳選を行うには、改めて準備をしなおす必要がある。厳選対象に合わせたスキルの再構築とアイテムの持ち込みが、厳選を生業とする者ゲンセナーの常識だ。


 例えば、いまやっているアヒルちゃんの厳選である。


 超一級品のアヒルちゃんを見つけ出すために、ラグラの目の前には35度、40度、45度、50度のお湯の入った水槽がそれぞれ置かれ、ひとつひとつ丁寧に浮かべながら浮き具合と塗装のてかり具合、まったり感、癒し度数などを測定していく。当然、鳴き声も重要だ。厳選城モット・セレクションの荘厳な居間に、『ぐわっぐわっ』という、アヒルちゃんの鳴き声が響き渡っていた。

 超一級品アヒルちゃんの厳選に必要な《鑑定眼》のレベルは10で、これはラグラの手持ちスキルで十分まかなえるレベルだ。例の雑貨屋のスラグが持つ《真・鑑定眼》のようなネイティブスキルは必要ない。これに、より厳選効率を上げる為、波を立てずにアヒルちゃんをお湯に浮かべる《明鏡止水》、お湯の温度を保つ《人肌のぬくもり》などのスキルをセットするのがコツだ。


「ふむ……」

『ぐわっぐわっ』

「鳴き声のトーンが黄金値より0.2ズレているな……。惜しいが、妥協はできん」


 厳選からあぶれたアヒルちゃんを、そっと籠に入れつつ、ラグラは考え込む。

 すでに超一級品のアヒルちゃんは、20個ほど厳選を済ませている。だが、ラグラは、彼が自慢する超一級品のお風呂に、厳選しつくされたアヒルちゃんを浮かべて入浴するのが夢であった。夢のために妥協はできない。理想個体のアヒルちゃんを見つける為、暇さえあればアヒルちゃんの厳選をするのだ。


 その時不意に、落とし穴の下からまばゆい光が輝きはじめる。


「なっ、なんだ!」

『ぐわっぐわっ』


 如実に狼狽し、慌てふためくラグラ。ミルはすぐさま跳ねて、そのラグラを護るように前に立った。光を警戒し、更に一歩下がる。ミルの細い腰にラグラは抱きついて震えていたのだが、ミルは一切微動だにしなかった。


「魔導光です。坊ちゃま」


 微動だにしないままに、冷静な一言を放つミル。


『ぐわっぐわっ』

「あの女、魔導師だったのか!? そんなそぶりは一切なかったぞ!」

『ぐわっぐわっ』

「魔杖による魔導増幅です。下がっていてくださいませ」

『ぐわっぐわっ』


 魔杖には本来、魔導増幅系統の特殊効果が付随しているものが多い。だが、この魔導光はラグラの見たどんな光よりも強く、眩いものであった。これだけの魔導光を放つということは、術者自身が相当な力を有しているか、あるいは魔杖による魔導増幅効果が高いかのどちらかだ。

 ばばっ! とばかりに、先ほどの少女・フィリシスが飛び出してくる。手には光を放つ魔杖。顔には勝ち誇ったかのような表情を浮かべている。フィリシスとラグラの視線が、空中で交錯した。


「改めて挨拶させてもらうわ、厳選王子!」


 フィリシスは飛び上がりながら、人差し指をびしりとラグラへ向ける。


「私はフィリシス! フィリシス・アジャストメント! 一億万年に一人呼ばれる天才美少女よ!」


 術式の制御が失われ、魔杖から魔導光が消える。少女は再び、落とし穴の中へと落ちて行った。

 ラグラはアヒルちゃんを片手に持ちながら、ぽつりと呟いた。


「なんだったんだ、あいつは……」

『ぐわっぐわっ』

4話で一端キリがつくので、21時に4話投稿して今日はオシマイにします。

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