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last selection 厳選道に終わりなし!!

「フィリシスの奴、上手くやってるかなぁ……」


 厳選王子ラグジュアリー・セレクションは、ぽつりと呟いた。


 完成した〝神杖ラグリシス〟を携え、フィリシスが帝都へと向かったのはもう二週間も前の話だ。ミルの俊足ならばともかく、馬車で行き来するのであれば、帝都には一週間前には到着しているはずである。無論、中継都市に設置されたポータルを駆使しての話だ。

 神杖ラグリシスは会心の出来栄えだった。ラグラが作ったわけではないが、それでも半分はラグラが作ったようなものだ。何よりフィリシスがそう認めてくれた。二人が全力をだし、初めて作り上げた傑作中の傑作。皇笏ライゼンドグランドをはるかに凌ぐスペックを持ち、皇帝に献上する品としては申し分ない。フィリシスの汚名をそそぐには、これ以上ないほどの魔杖であろう。


 無事に献上できれば、の話だが。


 よしんば、献上できたとして、フィリシスがその後帝都やアジャストメント家で上手くやっていけているかにも、いささかの不安が伴う。控えめに言っても、あの娘はエキセントリックだったのだ。


 執務机に向かうラグラの手元には、数枚の書類がある。書面には暗号のようなものがウネウネと書き連ねられ、それを解明するためのメモ帳が、他にも大量に散乱していた。


「心配でいらっしゃいますか」

「バカを言うな。心配など……まぁ、ちょっとはしているが」

「フィリシス様は大丈夫です。しっかりしていらっしゃいます」

「そうかあ?」


 ミルは執務室に備えられた本棚の整理をしている。ここ数ヶ月の状況の変化で、蔵書の大半は時代遅れの遺物となった。厳選史を紐解く上での貴重な文献足り得るが、ぶっちゃけここに置いておくにはただの肥やしだ。

 ノイノイもミルを手伝っている。城に連れて来た時よりもひと回りほど大きく成長していた。ノイズラプターが成体になるまでおよそ一年ほどかかるが、そうなった時には、ノイノイの部屋や通路を改めて設えねばならない。


「まぁ、やって行けるならよし、やって行けないならまた戻ってくるだろう。その時はまた城で面倒を見るさ」

「フィリシス様がそれをお望みなら?」

「うむ」


 ラグラは腕を組んで頷く。自分も寛容になったものだ。不思議と悪い気持ちはしない。


「ラグラ坊ちゃま、私の望みをひとつお話ししてもよろしいですか?」

「なんだ。公休日を増やすか? 月に4回までは許すぞ。ノイノイもいるしな。もう泣かない」

「その話は後々させていただきたいですが、私は成長された坊ちゃまと晩酌できる日を楽しみにしているのです」


 古い書物をおおよそ本棚から出したミルは、涼しげな笑顔を浮かべてそう言った。


「もちろん、勤務時間外で」

「考えておこう。ミルの膝枕がなくても安眠できるように今特訓中だ」

「はい」


 そう言えば、勤務時間外のミルに会ったことは一度もない。父グラバリタは結構ラフだと言っていたし、フィリシスは案外変わらないと言っていた。どちらなのだろう。いや、どちらでもあるのだろうが。


 二人がそんな話をしている時だ。


「たーだーいーまーっ!!」


 玄関の方角から、やおら大きな声が響いてきて、ラグラとミルは顔を見合わせた。


 フィリシスの声だ。

 いの一番に部屋を飛び出したのはノイノイだった。ラグラもすぐにそれを追おうとして立ち上がり、素っ転び、ミルに立たせてもらってから、走る。エントランスホールまで向かうと、例のローブを着た勝気そうな少女が、腰に手を当てて立っていた。


「フィリシス!」

「二週間ぶりね、ラグラ!」


 呑気にVサインなどする彼女の様子がちょっぴり腹立たしい。


「ぴー!」

「ノイノイ! あなたも大きくなったわねー」


 胸元に飛び込んできたノイズラプターの子供を抱きしめ、わしわしと撫で回す。


「どうして戻ってきたんだ」


 ラグラは眉に皺を寄せて尋ねる。


「皇帝の機嫌を取れなかったのか?」

「え、私? バッチリに決まってるじゃない。私とあなたが力を合わせて作った神杖ラグリシスよ。当然合格したし、私の汚名も注がれたわ」

「じゃあ……」


 やっぱり、実家の方とのトラブルなのだろうか。ラグラが珍しく尋ねあぐねていると、フィリシスは大きく伸びをする。


「やっぱここは落ち着くわねー。ミルー、お茶飲みたいわ」

「淹れて参ります」


 恭しく頷くミル。


「……結局、どうだったんだ」


 ラグラは最終的に、そう尋ねた。フィリシスは『んー』と考え込む仕草を見せて、 こう答えた。


「長くなるからねー。歩きながら話すわ」





 帝都に連れて来られたフィリシスは、まず父であるトレイト・アジャストメントと再会した。


「よく帰ってきたな、フィリシス」

「はい、お父様」


 トレイトの表情は複雑だ。決して煙たがっているわけではない。娘が帰ってきたことを歓迎する思いはあるのだろう。だが、素直に喜んではいない様子だった。結局、フィリシスが破顔した父を見たのは、彼女が皇帝聖下の使命を受け、杖製作を任されたと知った、その時だけだった。


「杖を用意できたそうだな。見せてみろ」

「はい、お父様」


 フィリシスは、父に神杖ラグリシスを差し出す。


 自分だけではない。ラグラの、いや、あの城で関わった多くの人が力をあわせて築き上げた一本だ。素材にだって自信がある。例え父であっても、何か言わせたりはしない。

 しばらく杖を検分していたトレイトだが、フィリシスに杖を突き返してこう言った。


「大したものだ……」


 わずかに、微笑を浮かべる父。


 それは、フィリシスが2度目に見た、父トレイトの笑顔である。あの時のようにはしゃいだりはしなかったが、彼女にとってはそれで十分だった。驚くフィリシスに、父は続ける。


「やはりお前は、私の自慢の娘だ。明日は胸を張って、皇帝聖下に杖を献上してきなさい」

「……はい、お父様」


 見れば、フィリシスをまず実家まで連れて来た皇帝の遣いが、小さく肩をすくめていた。トレイトは、フィリシスの欠点に気付けなかったのは父親である自分の落ち度だと言い、さらにはそのことを指摘してくれた遣いへの謝辞を述べていた。どうやら、あの優男が口利きをしてくれたらしい。


「憂いや後腐れは、ない方が良いでしょ?」


 遣いの男は、そうとだけ言った。


 父親とのわだかまりを解くにはまだ時間がかかる。が、その最初の一歩を踏み出せたことに間違いはない。唯一、これでフィリシスが厳選城に逃げ帰る理由を失ってしまったことが、心残りといえば心残りだった。

 ラグラとフィリシスの関係に、なんら変化があるわけではない。フィリシスが求めれば、ラグラは厳選した一級素材を彼女の元に届けてくれるだろうし、ラグラが求めれば、フィリシスは究極のアイテムを作り出すことだろう。だが、自らあの城に赴く機会は、もう早々ないに違いない。


 ちょっぴり、寂しい。


「フィリシス、明日は早い。ゆっくり休みなさい」


 父トレイトが優しい言葉をかけてくれる。フィリシスは頷き、久々に実家の自室へと向かった。


 翌朝、フィリシスは遣いの男に連れられて、帝宮へと向かった。

 久々となる、皇帝聖下との謁見。年齢を感じさせない若々しさと、神々しいまでの輝きを放つ男が、玉座に腰掛けていた。フィリシスが片膝をつき挨拶すると、皇帝聖下はにこりと笑う。


「久しいな、フィリシス。そなたが調整したアヒルちゃんは、今でも私の宝物だよ」

「もったいないお言葉でござます。皇帝聖下」


 では早速杖を見せよと告げる皇帝に、フィリシスは神杖ラグリシスを差し出した。


 まず銘を告げ、素材を告げ、性能を告げる。さらにフィリシスは、それに関わった多くの人々の名を告げ、皇帝聖下はその言葉に深く頷いていた。言葉の締めくくりとして、フィリシスは最後にこう告げる。


「かの傑作、〝皇笏ライゼンドグランド〟をも超える逸品です」

「ほう。なかなか大きなことを言う」


 皇帝聖下は杖を手に取り、検める。


「万年神樹に神翁獣の素材か……。私の好みとは外れるが、確かに強い力を感じる」


 そのまま杖を掲げ、〝試魔の儀〟に入った。

 皇帝聖下が杖にわずかに魔力を込め、その力を確かめるためのプロセスだ。すでに及第点には到達しているはずだが、この儀式を経て、ライゼンドグランドとラグリシス、どちらが優れているのかはっきりする。


 皇帝が杖に魔力を込めたその瞬間、まばゆい光が周囲を覆い尽くした。





「帝宮がね、全壊したのよ」


 フィリシスがあっさりとそういうものだったから、ラグラはポカンとしてしまった。


「全壊?」

「全壊よ。全壊。抗魔処理の施された白虹石製の壁がね……」


 皇帝聖下は大爆笑だったという。


 神杖ラグリシスは、かつて厳選王が献上したという皇笏ライゼンドグランドを、はるかに上回る性能を有していた。その証左が、わずかに魔力を込めた瞬間にバラバラに崩壊した帝宮だ。


「そうか……!」


 ラグラは思わず快哉を叫んでいた。


「そうか! 全壊かぁ! やったな、まったく、大したものだ! フハハハハ、フハハハハハハハハハ!!」


 自分の探し出した素材を元に、フィリシスが作り上げ、それがライゼンドグランドを超えたのだ。ラグラにとって、これ以上ないほどに愉快な報告であった。上機嫌に笑うラグラを、フィリシスは紅茶を飲みながら満足げに見つめている。


「ま、それでね」

「うむ!」

「さすがにここまでとは思ってなかったみたいで、お父様が自信失くしちゃってね」

「うむ?」

「私、家督を継ぐことになったのよ」

「う、む?」


 なんでも、完全に自信喪失となったトレイト・アジャストメントは引退を決意し、自らの地位と財産をすべてフィリシスに譲ることにしたのだという。フィリシスはそれを受けることにし、数日前にすべての手続きが完了した。


「では、こちらにいらっしゃるのはアジャストメント伯爵になるのですね」

「そうよー」


 若き女伯爵はにっこりと笑う。


「それは……なんだな。祝福するべきか?」

「おめでとうって言ってもらえるのは嬉しいけど、ラグラ、私ね、あなたにお願いがあってきたのよ」

「なんだなんだ。しおらしいな。伯爵効果か?」

「あなた、言ったわよね。私が何かを作るなら、素材を全部集めてくれるって」

「うむ」


 じゃあ、と、フィリシス・アジャストメントは口を開いた。


「帝宮建て直すことになったから、手伝ってくれない?」

「良いだろう!」


 聞けば、それがフィリシス・アジャストメント伯爵の最初の仕事になるという。粉々に粉砕された帝宮を、フィリシス自身の手で再建するのだ。反対の声もあったが、皇帝は大爆笑しながらもはっきりと彼女を指名した。


「図面は引くし、私も直接建設現場に出向くわ。足りないのは素材なのよ」

「フン、魔杖の次は帝宮か。言っておくがフィリシス、俺は皇帝のお抱えにはならんぞ」

「わかってるわ。私もよ」


 ラグラとフィリシスは互いに視線を交錯させ、力強く頷きあう。

 作るからには、素材の厳選だけでは済まさない。フィリシスの手足となって働く人夫の一人一人に至るまで、完璧に厳選する。それが厳選王子としての誇りの証左であり、最高の作り手であるフィリシスへの礼儀だ。


 フィリシスは、決まりね、と言って立ち上がった。


「出発はいつにする? 向こうにはかなり長く滞在してもらうことになると思うわ」

「すぐに出る。ミル!」

「かしこまりました。坊ちゃま」


 それまで待機していたミルは恭しく頷き、一本の大きな鍵のようなものを、ラグラの元へと運んできた。フィリシスは首をかしげる。


「なにそれ」

「ミルの公休日に、貴様に連れまわされて地下の宝箱を見つけたことがあったろう! その中に入っていたものだ!」

「えっ、じゃあ暗号解けたの? ていうか、暗号あったの?」

「本棚の整理をしていたら見つけてな! 貴様がいなくて寂しいのでそのまま解いた!」


 ラグラはそう言うと、食堂に設置された大きな鍵穴に、がしゃこんと鍵を差し込んだ。

 捻ると、城全体が大きく振動し、そこかしこで歯車の回る音がし始める。


 厳選城モット・セレクションが変形を始める。腕が生え、足が生え、鉄兜のような顔面には怪しい双眸が輝く。これは、かつて厳選王グラバリタが息子ラグラのために、城に残していたいくつかのギミックのひとつ、〝厳選城バトル・セレクション〟であった。


「相変わらず大したものね。あなたのお父様は」

「だが、貴様も城を拵えるというからには、これ以上のものを作ってもらわねば困る」


 城の変形によってしっちゃかめっちゃかになった食堂で、ラグラとフィリシスはそう語り合った。


「では行くか、バトル・セレクション!」


 ラグラの叫び声に応じるかのように、バトル・セレクションは背中から炎を吹き出し

ゆっくりと飛び立つ。ミルはこれだけ揺れる城の中でも一切バランスを崩さず、散乱した机と椅子を元の位置に戻していた。


「ねぇ、ラグラ」


 フィリシスがぽつりと尋ねる。


「む、なんだ」

「最強の杖を作って、次に最高の宮殿を作るけど、その後はどうなるのかしら」

「フン、なんだってよかろう」


 そう答えるラグラは椅子に腰掛け、いつになく上機嫌だ。


「俺と貴様ならなんだって作れる。俺たちの伝説は始まったばかりなのだ」

「いつまで続けるの?」

「貴様が俺を頼る限り、死ぬまでだ」


 フィリシスの言葉ひとつひとつに、答えるラグラは嬉しそうだった。それは本当は、二人にとっては確認するまでもない、当たり前のことであったのかもしれないが。それでもラグラは胸を張って答えた。


「厳選道に終わりはない」

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