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selection.19 激突!清貧王カンピスン(後編)

「邪魔するぞ!」

「お邪魔いたします」

「ぴー!!」


 元気の良い来客である。


 ゼルード商会ゼルメナルガ支部。ラグラ、ミル、そしてノイノイは、フィリシスの招きによって意気揚々とやってきた。ゼルードは揉み手擦り手、カンピスンはやや渋い顔で出迎える。ラグラは胸を張り、完全にいつもの調子を取り戻してこう言った。


「茶などは出さなくて良いぞ! 貴様らの出すような茶など、低級でとても飲めたものではないだろうからな! フハハハハハハ!!」


 高笑いして歩きながら、段差に蹴躓いで思いっきり転倒するところまでいつもの調子だ。


「ふええ、ミルぅ……」

「坊ちゃま、下を確認して歩かないと危険でございます」

「でも俺、なるべく上を向いて歩こうって決めたから……」

「ご立派な心がけです」


 よしよし、とラグラの背中を撫でるミル。その光景を、ゼルードとカンピスンは生暖かい目で見守っていた。


「フィリシス嬢ちゃんはこちらでお待ちでゲスー」


 ゼルードに案内される形で、2人と1匹は改めてその部屋に入る。執務机に腰掛けたフィリシスが『やっほー』と手を振っていた。ラグラはふんと鼻を鳴らす。


「しょっぱい部屋だな。俺が貴様にあつらえた研究室の半分もない。広さも機材もな」

「そお? 意外とこのくらいでもなんとかなるのよ?」


 フィリシスはそう言って、執務机から立ち上がった。ゼルードとカンピスンは、部屋にまでは入ってこない。


「ままま、とりあえずよく来たじゃない。座って座って」

「構うな。このようなソファには座らん」


 彼女の手の先にあるものを一瞥し、ラグラはあっさりと吐き捨てる。フィリシスは、ちょっと首を傾げながらこう尋ねてきた。


「ラグラ、怒ってるの?」

「ふん、どうかな」


 怒りに似た感情が多少あることは、否定しない。


「まあ、うん。えっと」


 だがフィリシスはそれ以上追及することもなく、仕切りなおすために咳払いをする。


「えっと、とりあえず最近の状況とか、これからについて話すわね」

「ふむ」


 さて、そこから、フィリシス・アジャストメントの話が始まった。


 内容を要約すると、こうだ。

 フィリシスは現在、割と充実した毎日を送っていて、今の生活には満足しているらしい。そんな折、ゼルードから清貧印専属クラフターの話を持ちかけられ、どうしようか悩んでいる、というところだ。

 さもありなんだな、と思いながら、ラグラは聞いていた。ここ数日の彼女の様子を見ていればわかる。


 黙って聞いているラグラの顔を、フィリシスは覗き込んできていた。


「ラグラー」

「なんだ?」

「やっぱ不機嫌よね?」

「………」


 あえて答えずにいると、フィリシスは『ふんー』と鼻を鳴らして、腰に手を当てた。


「まったくもう、子供なんだから。そんなに拗ねないでよ」

「なんだと?」

「次の売り出す商品の試作品、せっかくだからあなたにあげるわ! この私の自信作! 部屋の隅っこに溜まった綿埃を主な原材料に……あっ、これ秘密だったわ!」


 そう言って彼女が取り出したのは、一着のプレートメイルであった。ラグラは目を細める。彼の《鑑定眼》で読み取れるのは、材質や性能数値、スロットの有無程度のものだ。確かに材料は綿埃だったが、防御修正は650と相当に高い。ダンジョンの下層部から採掘されるミスリル製メイルにも迫るレベルである。


 だが、それゆえにラグラは苛立ちを募らせた。


「どう? すごいでしょ。ゼルードやカンピスンも褒めてくれたわ! 綿埃からこれだけの防具を作り上げるなんて信じられないって! こういうのこそ私の天職だって」

「ふん。まあ、確かに凄いな。大したものだ。それは認める!」


 差し出されたプレートメイルはミルが受け取る。それを横に見ながら、ラグラは正直な感想を口にした。


「だがゴミだ!!」

「えっ」

「ゴミだ! なんの価値もない!!」


 ぽかんと口を開くフィリシスの顔を、正面から見据える。ミルが、ノイノイを抱えて一歩下がった。


「貴様の話は終わったなフィリシス! ならこちらの用件だ! 俺は今日、貴様の作ったものが全部ゴミだと言うためにここに来た!」

「なんですって!?」


 さしものフィリシスも、こんな言葉をぶつけられるとは思っていなかった様子だ。あらゆる感情よりも先に、戸惑いが出てきている。


「貴様言っただろう! 魔導調整を行うのに、何かを作るのに、中途半端な妥協はしないと!」

「い、言ったわ! 言ったから全力注いでるんじゃない! 妥協なんかしてないわ!」

「この綿埃のプレートメイルに関しては、そうかもしれんな!」


 ミルが足元においたそのプレートメイルを一瞥して、しかしラグラはさらに続ける。


「だがこんなものが! 貴様の作れる最高傑作ではないだろうが!!」


 その言葉を受けて、フィリシスが目を見開いた。


「貴様に苛立ちを感じていた理由がようやくはっきりしたのだ。貴様はもっと良いものを作れる! 素材さえあればな! その為に俺の城にきたんだろうが! それがなんだ、こんな小さく収まりおって!」

「う、うん、でも……」

「でも、なんだ!?」


 メンタル10万の怪物が、このように狼狽えるのは珍しい。だがそれでも、ラグラは優越感など感じる暇もない。いまこの時点においても、苛立ちの方が強かったのだ。


「私、何のために作り続けるんだろうって思うと、ちょっとわかんなくなっちゃって……」

「フン! 俺をあまり失望させるなよ!」


 だがその言葉にも、ラグラは鼻を鳴らす。


「チヤホヤされるのは気持ちよかっただろう! 気持ちはわかる! 俺もそうだからな! だがそれで、俺は自分の求めるものを妥協したりはしないぞ! ただ集めるために集める! 厳選するために厳選する。貴様もそうだと思っていたが、違うのか? 一億万年に一人の天才美少女!」

「………!」

「それでも理由が欲しいならくれてやる! フィリシス!」


 ラグラはとうとう、フィリシスににじり寄り、その胸ぐらを掴み上げて額をぶつけた。


「俺のために作れ! 貴様が必要とする素材はすべて用意してやる! あらゆる素材を厳選し尽くしてやる! だから貴様も俺のために作れ! 俺は厳選王子として、世界最高のアイテムを見繕いたいのだ! そして悔しいが、貴様にはそれを作るだけの才能がある!!」


 いつもと同じようで、しかし、いつもと全く違うラグラの様子に、フィリシスは目を白黒させている。厳選王子はようやく一息つき、フィリシスのローブから手を離した。『すまんな。興奮しすぎた』と、丁寧な謝罪を入れようとした、まさにその時である。


「許さんぞ! 厳選王子!!」


 ガシャアアアアアン、と窓ガラスを破り、銀髪を振り乱した優男が室内に乱入してくる。男は『ぐわあああ』と叫びながら、ガラスの破片が散らばった床の上をごろごろと転がり、しかしそのまま立ち上がってラグラと相対する。


「我らが清貧の女神をたぶらかすつもりか!? 男としても見下げ果てた奴!」

「あまり貴様に言われたくはないんだが……カンピスン……」

「清貧の女神! 惑わされてはならぬ! 貴女のその白魚のように美しい指先は、貧しき民への施しを紡ぐためにあるのだ!!」

「う、うん……」


 乱入者は、清貧王カンピスンであった。彼が片手に得物を携えているのを見て、ミルはその目を緊張に釣り上げる。ノイノイともども、臨戦態勢に入るのが見て取れた。


「厳選王子、貴様がやらんとしているのは血を吐きながら続けるマラソンだ! 性能の良いものを求め続けてはキリがない!」

「だから死ぬまで続けられるんだろうが」

「それに清貧の女神を巻き込むな! 貴様一人でやれ!!」


 カンピスンは、その細目をカッと見開いてラグラへと詰め寄っていく。右手に握った剣を、ラグラへと突き付けた。


「せっかく我が人生プランが上手くいきそうだったのに、貴様のせいで台無しだ!」

「人生プラン……」


 ラグラはぽつりとその単語を反芻して、真横で呆然と立つフィリシスを見る。


「貴様、まさかそこまで……」

「ふ、わからんだろうな厳選王子! 5年前、帝都周辺をさまよっていた我は、ある日女神に出会ったのだ!」

「わからんし、その話長くなりそうだからあまり聞きたくないぞ」


 だいたい後出しでいきなり『フィリシスは5年前に出会った運命の人だった』なんて言われても困る。そもそも5年前と言えばフィリシスは12歳で、カンピスンは少なくとも20歳前後であった頃だ。やはりこいつはロリコンだった。イズモ公爵と同類の人間だった。

 フィリシスは元伯女である。幼い頃はさぞかし愛らしい箱入り娘だったのだろう。今となっては見る影もないが。ただまぁ、昔の彼女は今ほど眼鏡が似合っていなかっただろうと勝手に推測し、悦に浸る


 そうこう考えている間にも、カンピスンはとうとうと思い出話を語り続けた。


「……そこで出会ったのが女神だった! 彼女は、飢えた我に食べ物を施してくださったのだ! それは雑草と泥でできた雑炊だが、我の腹を満たし、しかもなぜか栄養が豊富で我に活力をみなぎらせた! その時我は確信したのだ! 人に贅沢など必要ないのだと! 雑草と泥だけの食生活であっても、そこに愛さえあれば良いのだと! その教えを広めるために、我は清貧王となったのだ!」

「そいつがフィリシスだというのか」

「そうだ! 覚えていらっしゃるだろう、清貧の女神よ!」

「覚えてないわ」

「キエエエエエアアアアアアアアアアア!!」


 カンピスンは剣を持ったまま両腕を掲げ、奇態な舞を披露する。


「まあ、なんだ貴様。ライフプランに特定の人物を組み込むなら慎重になったほうが良いぞ」

「ええい、16になってもおしめが取れないような男に言われたくはないわ!」

「と、取れたもん! おしめは取れたもん!」


 これ以上突っ込まれるとまた要らん恥をかきそうなので、ラグラは早々に切り札を切ることにした。すなわちフィリシスである。彼女の方を向き、このように言う。


「フィリシス、一応、貴様が人生を狂わせたんだから貴様からも何か言ってやれ」

「ん、わかったわ」


 ここで嫌な顔を見せないのが、フィリシスという少女の美徳であろうか。


「せ、清貧の女神……」


 カンピスンは改まった表情で少女を見つめる。


「いい機会だから言っておくわね。清貧印の専属クラフターの話、やっぱ遠慮させてもらうわ」

「何故だ、清貧の女神よ!」


 絶望的な表情を浮かべるカンピスン。


「貴女が進もうとしているのは荊の道、終わりのないマラソンだ! 貴女は、どこにでもあるようなものから、素晴らしいものを作り上げる神の指先を持っている! 何故果てしないものを目指そうとするのだ!」

「んー、何故だーって聞かれると、まぁ色々あんだけど」


 フィリシスは頭を掻きながら呟く。視線をきょろきょろと彷徨わせつつも、そう迷った気配というものがない。


「私、好きなのよね。マラソン」


 ぽつりと漏らしたその一言に、カンピスンは結果的に完膚なきまでに叩き伏せられる。彼の甘言では、フィリシスは留めておけなかった。結局のところ彼女は、カンピスンの理解できない生き方を好む少女だったのだ。


「うっ、ぐ、ぐううっ……」


 からん、と力なく取り落とされたカンピスンの剣を見て、ミルとノイノイは臨戦態勢を解除する。


「いやー、勝負はついたようでゲスねー」


 ちょうど一件落着といったあたりで、がちゃりと扉を開き、小柄な壮年の男が姿を見せた。ラグラは目を細め、短く男の名前を呼ぶ。


「ゼルード」

「どもども、ラグラ坊ちゃん」


 帽子を取って気取った挨拶をするのは、カンピスン同様この一件の裏側にいたもう一人の男、ゼルード商会のゼルードだ。


「だから言ったでゲしょうに。カンピスンの旦那。あっしはこうなると思ってたでゲスよ」

「………」


 無言で睨むカンピスンには一瞥もくれず、ゼルードはパチパチと算盤を弾いていた。


「アーチストって奴は、扱い辛いんでゲスよ。まぁ、あっしとしちゃあ、想定分はきっちり稼がせてもらったんで構わないでゲスー」

「ゼルード、フィリシスに安い武器を作らせるのは貴様のアイディアか?」

「あー、まーそーでゲスねー。フィリシス嬢ちゃんには昔から目をつけてたでゲス。今回はカンピスンの旦那と利害が一致したんで、まー、いろいろとね」


 清貧王のネームバリューを活かせば、プロモーションも楽と踏んでのことらしい。まあ、実際大したものだった。売れ行きは大盛況で、ゼルメナルガのアイテムショップは軒並み閑古鳥が鳴く有り様だ。


「ただ、素材が素材なんで、そう長持ちはしないでゲス。使い込んでボローくなっても修繕できるのはフィリシス嬢ちゃんだけ。しばらくすれば、ゼルメナルガもまた元通りになるでゲス」

「ふん」


 腕を組んで鼻を鳴らすラグラ。当初からそこまで計算済みではじめた計画なのかどうか。それはわからない。が、フィリシスが清貧印のクラフターから退く以上、新しい武器や防具は徐々に市場から消えていき、スラグ鑑定雑貨をはじめとした武具屋のシェアも回復していくだろうということだった。


「カンピスン、貴様はこれからどうする?」

「……清貧の女神を我がものにできなかった以上、これ以上こだわっていても仕方あるまい」


 カンピスンはあからさまにテンションの下がった声でそう言う。


「極貧生活からはおさらばだ。結婚資金のために口座に預けていた自著の印税で、また新しい事業をやるか……」

「貴様割と本気で行動が気持ち悪いな……」

「まぁ別に良いんじゃない?」


 フィリシスの言葉はあっけらかんとしたものである。


「お金をかけずに色々をやるっていうコンセプトは良いと思うわよ。実際、お金なくて困ってる人もたくさんいるし。そういう人を助けるためになんかやるんなら、私もちょっとは手伝うわ」

「………!」


 カンピスンの表情はと言えば、その言葉に、一筋の光明を見たかのようであった。立ち上がり、フィリシスの両手をがばっと掴む。


「おお、清貧の女神……!」


 その声は完全に感極まっている。ラグラはやや不愉快そうに顔をしかめた。


「やはり貴女は、我が見込んだ通りの方だった……! わかったとも。我はこれからも、貧者のための1ヶ月1G生活を続けよう……!」

「おいフィリシス、貴様はいまの一言でこの男の一生を決めかねんのだぞ。もう少し慎重になれ」


 ともあれ、そのような形で、フィリシス・アジャストメントを巻き込んだ一連の騒動は終わりを迎える。翌朝、清貧印の在庫一掃セールが行われ、フィリシスは惜しまれながらも清貧クラフターの引退を宣言した。それから一週間もする頃には、大通りの様々な店にも客足が戻り始め、ゼルメナルガはいつもの様子を取り戻したという。


 なお、清貧王カンピスンは、今もなお帝国の貧民街で1ヶ月1G生活を続けている。その姿は貧困層にも強い希望を与え、カネがなくても案外なんとかなるというまったりしたムードによって、貧民街の犯罪は減少傾向にあるようだ。

 変わったことと言えばカンピスンの趣味で、フィリシスの言葉を真に受けた彼は最近マラソンを始めたらしい。来月開催されるという、帝国縦断マラソンにも、貧民街の希望を一身に背負って出場するということだった。




 さて、




 ラグラとフィリシスであるが。


「久々にダンジョンについてきたいと言うから連れてきたらこれだよ!」


 荷車の中でラグラは、キャベツの芯に埋もれながら叫んだ。


「ダンジョンの中にこれだけ大量のキャベツの芯があることも理解に苦しむがそれを見つけてくる貴様もまったくもって理解不能だ! 俺なんか一個も見なかったぞ!」

「どうやら、才能の差が出たようね!」

「貴様自分の方がさも優れていますと言うような顔で語るのはやめろ! 良いか、俺たちが探していたのは盾だ! それが何故! 貴様はキャベツの芯などを!」

「タマゴのカラもあるわよ」

「生ゴミばっかじゃないか! 俺の荷車を三角コーナーと勘違いしてるんじゃないのか!?」


 このやり取りも久しぶりである。ノイノイは、うず高く積み上げられたキャベツの芯の上をぱたぱたと飛び回りながら、ラグラとフィリシスのやり取りを見守っていた。ミルは当然のように御者台だ。


「良いか! 貴様は二度と連れて行かん! 城の中でおとなしくしていろ!」

「任せて! 私は城の中でおとなしくしていることにかけても人後に落ちない、一億万年に一人の天才美少女よ!」

「それ聞かないでいると寂しいけど、いざ聞くとウザさしか感じないな!」


 両者の勢いもよく保つものであったが、このあたりでようやく息切れしてくる。二人は肩で息をしながら、荷車の壁に背中を預けてぐったりとした。


「クソ……。やはり貴様との付き合いはエネルギーの消耗が無駄に激しい……」

「ねーラグラー」


 荒い呼吸を繰り返すラグラに、フィリシスが声をかける。


「これから私、何作ればいいのかしら」

「なんだと?」

「だってラグラ言ってたじゃない。『俺のために作れー』って」

「言ったか? 俺、そんなこと」


 まったく記憶にないな、と首をかしげるラグラの頭の上に、ノイノイが着陸した。


「ぴー」

「……そうか、言ったか」


 やはり、モノの勢いで取り返しのつかない言わされることが増えたな。と思う。


「で、何作れば良いの?」

「とにかくだな。俺が厳選し尽くしたものよりも、もっとすごいものをだな、ばばーん! と、どかーん! って感じの奴をだな。そういうのを作ってもらいたいな!」

「なるほど! もっとすごいものね!!」


 曖昧極まるラグラの言葉に、拳を強く握るフィリシスである。


「最強の武器……。言わばそれだ。作ってみたいとは思わんか」

「作ってみたいわねー……」

「その為なら素材の厳選は惜しまん」

「うん……」


 キャベツの芯に埋もれながら、二人はしみじみと語り合った。


 厳選を行うものと、調整を行うものの共通の夢。そのひとつは確かに〝最強の武器〟だ。ラグラが厳選し、フィリシスが作り上げる。その末に最強の武器が生まれるならば、これ以上のことはないだろう。

 しばらくすると、金角獣の引く荷車が、厳選城モット・セレクションに到着する。珍しく酔わなかったラグラは意気揚々と降り、フィリシスとノイノイもそれに続いた。頭の上に乗っかったキャベツの芯が、ぽろっと草原に落ちた。


「さて、城に戻ってアヒルちゃんの厳選でもするかー!」

「そうねー。私もアヒルちゃんの調整しなきゃねー」


 ラグラとフィリシスは大きく伸びをして空を仰ぐ。

 ここ数日は、ダンジョンに潜っての厳選も再開したので実に毎日が充実している気がする。キャベツの芯に埋もれることも、まあまあ笑って許せるレベルだ。さあ戻るか、と思って城の方に顔を向け、そうしてようやく訝しむように首をかしげる。


 そこには、ラグラの知らない人影がいたのだ。


 装いから伺える上品さは、おそらく貴族、公族特有のものだろう。鎧櫃の上に腰掛けて、本を開いている。腰に剣をさしているところからするに、あるいは騎士だろうか。御者台から降りたミルが、警戒した様子を見せているのが珍しい。


「どうも。お城にいらっしゃらなかったようなので、待たせていただきました」


 男がパタンと本を閉じて立ち上がる。ラグラは訝しみ、尋ねた。


「誰だ?」

「皇帝聖下の使いのものです。今まで何度か書状をお送りしていたのですが、お返事をいただけなかったものですから。イズモ公爵ではダメだろう、と思って。代わりに僕がね」


 口ぶりからするに、おそらくイズモ公爵よりも上の立場の人間だ。大公、あるいは属国の王族クラス。だが、そんなことまったく気にしないように、フィリシスはラグラに尋ねた。


「なんか書状きてたの?」

「わからん。全部捨ててしまっていた」

「でしょうね」


 男は苦笑いを浮かべている。ラグラは一歩前に出て、警戒を解かないミルを片手で抑えた。


「要件を聞こう」

「そんな緊張することでもないですよ」


 そう言う男の視線は、ラグラとフィリシスを交互に見る。その後目を閉じ、このように言った。


「皇帝聖下の魔杖を新調するにあたり、聖下はその製作者にフィリシス・アジャストメントさんを御指名されました」


 ぴくり、と、フィリシスが動きを止めるのがわかる。


 ラグラも話には聞いていた。皇帝の魔杖。定期的に新調し、皇帝が常に携える帝国の権力の象徴だ。そして同時に、フィリシスが父より勘当を言い渡され、帝都を離れてこのメノスティモ平原を訪れることになった、そもそも切っ掛けでもある。

 そしてまた、父グラバリタがかつて皇帝に献上し、以後一度たりともそれを上回る杖ができていないという伝説を打ち立てたのも、同じ魔杖であったはずだ。


 男は続ける。


「もし応じていただけるのであれば、フィリシスさん。あなたには自らの持てるすべての力を駆使し、最高の杖を作っていただくことになります」


 フィリシスは黙ったまま答えない。男は彼女にぴったりと視線をつけて、確認するように、ゆっくりと言った。


「製作期限は一ヶ月。さあ、どうなさいます?」





厳選王子のアイテム厳選道

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