selection.01 厳選道に妥協なし!
大陸の北端は野良ダンジョンの群生地だ。僻地でありながら、ダンジョン探索に励む冒険者たちが集い、やがて物流が生まれ自然発生的に誕生したのが、〝探索都市ゼルメナルガ〟である。
そのような経緯で生まれた都市であるからして、見れば非常に雑多な印象を受けることだろう。メインストリートには様々な道具の売買を行う小さな小屋が軒を連ね、少し大きな建物があるかと思ったら、それはだいたい酒場か民宿だ。道を少し外れたところには娼館も建ち並ぶ。道を行きかう冒険者たちは、戦利品を持ち帰る意気揚々とする者や、命からがら逃げかえり顔面蒼白である者、そしてこれから挑むダンジョンに対して、期待を膨らませる者など、これもまた様々であった。
そんな中、ひときわ尊大な態度で堂々と通りを歩く、一人の男の姿があった。
キュイラスの胸部に差したダンジョン通行許可証からするに、彼もまた冒険者の一人なのだろう。だが、他の冒険者とは明らかに、その装いが違った。
身に纏う衣装の、その素材すべてが一級品。特撰されたライトオリハルコン製のポイントアーマーは、スキルスロットが数多く設けられた特注品で、全身を覆う鎧下にはなんと、帝国貴族ですら入手が難しいとされるA級ジュエルビロードを用いられている。
ゼルメナルガに来てまだ日の浅い冒険者であれば、どこぞの金持ちが余興がてらに英雄ごっこをやりにきた、と思うのだろう。
だが道行く冒険者の多くは、まず彼の姿を認めて予感を抱き、次にその後ろをしずしずと歩くメイドの姿、そして金角獣に引かせた荷車を見て、このような確信を抱くはずだ。
ああ、あれが噂の厳選王子なのだ、と。
「フハハハハハ! 感じるかミル、この嫉妬と羨望の眼差しを!」
とうとう堪り兼ねたように、厳選王子ラグジュアリー・セレクションは高笑いする。
「一級品の装備に一級品のメイド、一級品の金角獣、むろん荷車の材料もすべてが一級品! そして極め付けは、一級品の俺!! すべて一級品で固めて往来を歩くことの、なんと心地良いものか!」
「おっしゃる通りです、ラグラ坊っちゃま」
ミルと呼ばれたメイドはこくりと頷いた。
「そしてその一級の品々はすべて、坊っちゃまがご自身で厳選なさったものでございます」
「フハハハハハハハハハハハハハ! その通りだミルよ! まぁ、おまえだけは親父が選び抜いたものだがなぁ!!」
ラグラは天を仰ぎながら高笑いする。
厳選バカ王子ラグラは、そのままメイドのミルと金角獣を連れ、メインストリートに面したひとつの店に立ち寄る。『スラグ鑑定雑貨店』という看板が掲げられたその店では、カウンター越しに煙草をくわえた女店主が顔を出している。
「なんだバカ王子、また来たのかい」
泣きボクロの特徴的な女店主は、ガシャリ、と義手をカウンターに乗っけて身を乗り出した。
「おまえのところが、総合的に評価して一番良い店なのでな! 俺が厳選に厳選を重ねた結果だ。厳選王子の眼鏡にかなったことを、店の宣伝文句にしても構わんぞ! フハハハハ」
「それで。商品を見せな」
「うむ、ミル」
「はい、坊ちゃま」
ラグラが命じると、ミルは一礼をして、馬車の中から荷物の山を取り出した。
いずれも、ダンジョンで発掘した武器だ。メノスティモ平原の野良ダンジョンで発見される武器や防具は、おそらく超古代に製造されたと思われる。だが経年による劣化が激しいものばかりで、良品、理想品と呼ばれる類のものは全体の1%にも満たない。
いずれも簡単な鑑定は済ませてある。だが、詳細な性能まで確認するだけの鑑定スキルは、ラグラは持ち合わせていない。スロットが限界なのだ。効率よく厳選して回るために必要なのは、鑑定スキルだけではない。目的の性能に合致したアイテムを取得するためのスキル構成というものは、きちんと存在する。
だから、スラグの店に持ってきた品々はすべて一定以上の水準は持ち合わせているが、それが果たしてラグラの目的の品かどうかは、これから判明するのだ。
この光景を見て、周囲にぞろぞろと冒険者が集まってきていた。
スラグは一枚の鑑定書を取り出すと、鑑定結果をすらすらと書きだしていく。
種別:長剣
素材:ダマスカス
命中修正:20
攻撃修正:330
スロット:50
エンチャント:
エレメンタル・フレイム
解説:
稀少合金ダマスカスを素材にして作り出された長剣。現在では作り手が少なく、レアリティが非常に高い。
「ダマスカス製のロングソード。攻撃修正は330。空きスロット50……」
スラグの言葉を聞いて、冒険者たちがどよめいた。『330?』『ダマスカス武器では最高傑作クラスだな……』『あんなのを掘り当ててくるなんて……』。そんな声が聞こえてくるが、ラグラは気にもとめない。
「エンチャントは? Eフレイムだけか?」
「だけだな」
「ゴミだ。要らん」
「あいよ」
スラグはパチパチとそろばんを叩く。冒険者たちが、さらにどよめくのがわかった。
これこそが厳選の最終段階だ。ダンジョン内である程度選別したアイテムを鑑定屋に持ち込み、最終的な数値の良し悪しを判断する。《鑑定眼》で判別できるのはアイテムの能力までであり、それが果たして全体の中でどれほど理想的な数値を有するアイテムなのか、それを判断するのは、ラグラが蓄える膨大な知識量である。
攻撃修正330のダマスカスソードは、一般的には強力な武器だが、それでもラグラの知る知識の中ではゴミだ。もっと高い攻撃修正とスロット、あるいは有益なエンチャント効果を持ったダマスカスソードは、いくらでも存在する。
「あのぉ……」
ミルが、次の武器をスラグに差し出そうとした時だ。その冒険者の中の一人が、おずおずと声をかけてきた。
「なんだ」
「要らないならその剣、売ってくれませんか……?」
「ふむ」
そう言われてラグラは、冒険者のいでたちを確認する。駆け出し、ではない。鎧はミスリル製のスケイルアーマーと、ちょいと良いものを使っている。面倒だがスキルを起動してステータスを閲覧すると、筋力値と器用値がやや高く、あとはおしなべて平均的なファイター気質の性能をしていることが確認できた。
スラグを見ると、彼女は小さく肩をすくめる。
「アタシは2万5000Gで買い取るよ」
「じゃ、じゃあ3万出します!」
ゼルメナルガにおいても武具店というものはある。だいたいは、帝国などから流れてきた加治屋が経営しており、初心者から中級者まではそこで武器をそろえるのだ。例えば、いまこの冒険者が携えている剣、鋼製のロングソードなどはおよそ2000G。それでもかなり良い品だ。特注品でも1万Gあれば間に合うことが多く、2万Gともなると全身をミスリル製のフルプレートアーマーで揃えることもできる。
ラグラは「ふん」と鼻を鳴らした。
「では2万5000を俺に支払い、残り5000を鑑定代としてスラグに渡してやれ」
「は、はいっ! ありがとうございます! あの、すぐに準備してきます!」
冒険者は思わずガッツポーズを取って駆け出す。
見たところ、あの鋼の剣が攻撃修正80から100前後といったところか。悪い品ではないのだが、やはり厳選した発掘品には敵わんな、と思う。市販される武器にはエンチャントをかけられていないし、それを求めるならば付与魔法店を訪れる必要がある。
市販される武器の最高水準が、ロングソードであれば攻撃修正200。1万本に1振りと呼ばれる奇跡の逸品であっても250程度だ。これにキーンLv5のエンチャントを施すことで、到達できるラインが攻撃修正312。攻撃修正330というのは、破格なのだ。
が、ラグラにとっては話にならないゴミである。
「次の商品を見せてもらってもいいかい」
「うむ、ミル」
「はい坊ちゃま」
ミルは恭しく頷き、一本のロングスピアをカウンターに乗せた。こいつは期待のできる品だった。ラグラの口元が緩む。
「ミスリル製のロングスピアか」
「うむ。ざっと鑑定したところ、攻撃修正は700を抜けていた。聖銀槍の限界値が確か580だったろう」
「あー、そうだね。746だ。でもキーンのエンチャントレベルは4だね」
「む……」
攻撃修正580の武器にキーンLv4を施した場合の攻撃修正は696のはずだ。700を超えていることは理論上ありえない。ラグラは考え込みながら尋ねる。
「カースか?」
「御名答」
スラグは苦笑いしてそろばんをはじいた。
「カースのエンチャントレベルが5だ。こいつで攻撃修正に50ゲタ履かせてるね」
カースというのは呪いのエンチャントのことだ。エンチャントレベル1につき、任意のステータス修正値に10の補正がかけられる。が、装備するだけで様々な災難に見舞われるし、そもそも外せなくなる。アクシデントを嫌う冒険者には敬遠される品だった。
「待て、それではエンチャントレベルの合計が9になっている。ミスリル武器は抗魔力が高いからエンチャントレベルの上限値は8のはずだぞ」
「スキルスロットに魔力拡張の護石がつまっている」
「クソが! 要らん! タダでくれてやる!」
スキルスロットに初期から詰まっている護石は外せない。武器の拡張性を犠牲にしているようなものだった。だいたい、ミスリル武器やオリハルコン武器といった抗魔力の高い武器に魔力拡張の護石など、無駄もいいところだ。不一致極まりない。ゴミである。
「ミル、次だ!」
ラグラの乱暴な命令に、ミルは嫌な顔ひとつせずに武器を運ぶ。
「オブシディアン製の片手斧、1020の40、EフレイムとEフリーズ、あとはガーディアンがレベル5」
「いらん、次!」
「オリハルコン製のクレイモア、1800のにじゅ……」
「オリハル武器でスロット60以下はクソだ! 次!」
「神樹製のコンポジットボウ、725の5、キーンLv5、ガーディアンLv5、あと……」
「カース5だろう! 要らん!」
かくして、黒山の人だかりが見守る中、すべての武器の鑑定が終了した。ラグラの眼鏡に敵った武器の数は、ゼロ。大量の武器はすべて、スラグ鑑定雑貨店に買い取られた。見守る冒険者たちは口ぐちに『なかなか良い掘り出し物だった』『あとで買いに来よう』などと話し合っている。ラグラはそれを横目に鼻で笑った。
ハイエナの妥協勢どもが。そんなんだから一流にはなれないのだ。
「アタシが言うのもなんだけどさ、バカ王子」
スラグは煙草をふかしながら、大量の金貨を袋に詰めてカウンターに並べていく。武器の買い取り代金だ。ミルは無言で前に出ると、その袋をすべて片手で抱えて金角獣の荷車に積み込んでいく。大のオトナでも腰を悪くしそうな重量だったはずだが、ミルは顔色ひとつ変えない。厳選されたメイドというだけのことは、ある。
「要求が高すぎやしないかね。今回はけっこう良いの多かったよ」
「いつもよりはな! だが、すべてゴミだ。俺は妥協するつもりはない」
厳選王子ラグラの厳選道に妥協はないのだ。ミルが金貨を詰み終えたのを見て、特に合図もせずに歩き出す。ミルは黙って金角獣の手綱を引き、ラグラの後ろを追った。
「お疲れ様です、坊ちゃま」
「ああ、おまえもな」
再び、ラグラとミルは並んでストリートを歩き出す。今日のダンジョン探索はもう終わりだ。大した収穫はなかった。あとは厳選された家に帰り、厳選された風呂に入り、厳選された食材を厳選された調理ゴーレムに調理させ、厳選した食器に載せて食べるだけだ。そして厳選されたパジャマに着替え、厳選されたナイトキャップをかぶり、厳選されたクマちゃんを抱いて厳選されたベッドの中で寝る。
それこそが一流の過ごし方だ。ラグラは一流である。
「坊ちゃま、差し出がましいようですが、ひとつ質問をよろしいでしょうか」
「なんだ、ミル。言ってみろ! 許す!」
「坊ちゃまは現在、平原中にダンジョンにもぐり、武器や防具を厳選なさっています」
「当然だ。厳選道を極めるのが、親父に託された俺の使命だからな!」
フハハハハ、と笑いながら、ラグラは歩く。
その後ろを歩くミルの表情は変わることがない。一歩一歩、精密機械のように変わらぬ歩調でラグラの後ろを歩きながら、ミルは続きの言葉を発した。
「厳選を終えたあと、坊ちゃまはどうなされるのでしょう」
「……なに?」
ラグラは想定外のことを聞かれたと言うように、ミルの方へと顔を向ける。
「武器や防具の厳選をされたあと、一体坊ちゃまはどうなさるのでしょう。と、そう思いまして」
「フッ……知れたこと」
だが、すぐにラグラの表情は笑みへと変わった。
「次の厳選を開始するだけだ。俺は、世界のあらゆるものを厳選する」
「坊ちゃま、道具とは使われてこそ輝くものです」
「かもしれん。だが、俺は道具の使い方を知らん」
使い方を教わってこなかった、という方が正しい。厳選王グラバリタは、息子ラグジュアリーに厳選のやり方は教えたが、それ以外のものは何一つ教育してこなかった。厳選すること以外にラグラができることと言えば、あとは歩くことと喋ることと寝ることくらいなものである。
そのようなラグラであるからして、厳選以外のことをするという発想がない。集めた武器や防具を、どのように扱えば良いのか、ラグラにはさっぱりわからないのだ。だから、武器と防具の厳選が終われば、次の厳選を開始する。
「さようでございますか」
ミルはそのように頷き、それ以上のことは言わなかった。
「失礼な質問をいたしました」
「フハハハハ、構わんぞミル! 許す! おまえは俺の親父が厳選した超一級のメイドにして、俺とはかれこれ12年の付き合いになるのだからな!」
「もったいないお言葉です。坊ちゃま」
ラグラが笑い、ミルが一礼する。彼らはゼルメナルガのメインストリートを抜け、メノスティモ平原の彼方にそびえる厳選城モット・セレクションをめざし、帰宅の途に就いたのであった。
そんな二人の背中を眺める、ひとつの姿がある。全身をローブに包み、杖をついてよろよろと歩く少女の姿だ。よくみれば、そのローブの素材は全てティッシュペーパーで、杖の素材はすべてトイレットペーパーの芯である。だが、ローブの防御修正は100を超え、ガーディアンLv5のエンチャントがかけられていたし、杖の方は40にも及ぶ豊富な拡張スロットと、マジックアシストLv5のエンチャントが付与された形跡が確認できる。
ありていに言って、異様であった。
「あれが……厳選王の息子……」
息も絶え絶えといった口調で、少女は呟く。
「ついに見つけたわ……。最高の〝素材〟を持ち合わせた……男を……!」
じゃらり、と、
ローブからぶら下がる大量のエンブレムが音をたてる。
大陸鍛冶ギルドの一級鍛冶師認定証、大陸三大賢者一人マスター・カローラによる魔導師教程修了証、帝国調理師会によりマスターコック許可証、その他もろもろ。一人の人間が一生かかってもたどり着けるかどうかわからないエンブレムの数々が、無造作に吊るされているのだ。
「マスター・カローラ……。たどり着きました。厳選王グラバリタの膝元へ……!」
少女は拳を握り、いまは遠き地にいる師匠へ感嘆を告げる。
少女の名はフィリシス・アジャストメント。帝国はじまって以来の天才と呼ばれ、齢17歳にしてあらゆる資格と特殊教程を総なめにした帝国貴族アジャストメント家の嫡女。だが、たった一つの才能を有していなかったが故に一族から白眼視され、故郷すらも追われることになった。
フィリシスはあらゆるアイテムを最高級の品物に鍛え上げられる、神の手を有していた。彼女がハンマーを振るえば、1万本に1つと呼ばれる奇跡のような逸品が、ほいほい量産されると言われている。彼女が作り上げた料理は、帝国中の貴族を唸らせ、皇帝の賛辞すら受けた。
そのようなフィリシスが、一族の恥さらしと呼ばれた理由。
彼女は素材を見つけるのが致命的にヘタクソだったのである。皇帝陛下に献上する杖を作らねばならないとき、フィリシスはついに自分の力では杖の素材を揃えることができず、たまたま燃えるゴミの袋に入っていたトイレットペーパーの芯を用い、その杖を完成させた。
客観的に見て、それは帝都の加治屋に並ぶ一級品の杖にも並ぶ出来栄えであったとされるが、こともあろうにトイレットペーパーの芯から作られた杖を皇帝に献上したと知り、フィリシスの父アジャストメント伯爵は激怒したということである。
「マスター・カローラ! 私、やります! 世界最高の魔導具調整師として、このゼルメナルガに、骨をうずめる覚悟です!」
一人でテンションをあげる少女を、周囲の冒険者たちは気味悪げに避けて通っていた。
この後、19時にも次話を投稿するです