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selection.18 激突!清貧王カンピスン(中編)

「まずフィリシス嬢ちゃんに作って欲しいのは、武器と防具なんでゲス!」

「武器と防具? 料理とかじゃなくて?」

「まぁ、じきに食いもんも作っていきたいでゲスねー」


 ゼルード商会ゼルメナルガ支店。

 大陸北方商会ギルドに属するゼルード商会が持つ、最北端の支店だ。フィリシスが案内されたのはそこである。てっきり、清貧王カンピスンの招きがメインであると思われたから、割と面食らってしまった。


 カンピスンはその端正な顔立ちを歪めることなく、静かにこう言った。


「清貧の女神よ……。我らが作ろうとしているのは、貧者のための武具なのだ……」


 深い意味合いを滲ませた清貧王の言葉に、フィリシスは首をかしげる。


「貧者のための武具?」

「そう……。このゼルメナルガは、冒険者ギルドの支部長ゲゲドモンガの手によって、おぞましいまでの拝金主義が罷り通っている……。カネのあるものが力を手にし、そうでないものは這い上がることすら許されない……。地獄のような街だ……」

「あー、まあ、あの趣味の悪いおじさんが支部長じゃ、そうよねー」


 フィリシスは出されたお茶を飲みながら、こくこくと頷いた。


「でも、別にそんな悪いもんじゃないと思うんだけど」

「おお! なんと、清貧の女神よ!」


 カンピスンが、くわっとその細目を見開いたので、フィリシスはちょっとびっくりする。


「あなたまでそのようなことをおっしゃるのか! 愚かなる拝金主義、贅沢主義に冒されてしまったのか!? 草を食み、紙切れを纏っていたという貴女の姿はどこへ行ってしまったのか!?」

「べ、別に好きでやってたんじゃないんだけど……」


 ちなみに今彼女が纏っているローブは、いまだにトイレットペーパーで出来たものだ。防御修正は480。《魔法耐性》と《詠唱補佐》、《領域拡張》などのスキルパーツが埋め込まれており、魔法職垂涎の一着となっている。ただまあ、火属性と水属性には弱い。


 ともあれ、先方の要求は理解した。


「よくわかったわ。ひとまず、やっすい素材から強い武器や防具を作れば良いのね!」

「そうでゲス! フィリシス嬢ちゃんは天才だから、きっとできるでゲス!」


 ゼルードの発したそのワードが、図らずもフィリシスの心を奮い立たせ、さらには闘志に火をつける。


「天才! そうよね、天才の私なら完璧にやってみせるわ! 任せてちょうだい!」


 フィリシスはどん、と胸を叩き、胸を張る。


「なんてったって、私は……」





 それから、数日が経過した。


 ラグジュアリー・セレクションは、連日の苦労がようやく実り、苔の魔導書の厳選が行えるようになっていた。毎日ダンジョンに潜り、クリプトヒュドラやノイズラプターに追いかけ回され、アイテムを回収して、戻る。そんななんでもないような厳選ライフが、ようやく戻りつつあった。

 今日もラグラとミル、そしてノイノイは、無事にダンジョンから帰還した。


「割と本気で役に立つなノイノイは……」

「アイテム探知能力に優れていらっしゃるようですね。ダンジョン生まれだからでしょうか」

「ステータスがプラチナランク相当になったら、冒険者登録させよう。ノイノイに探させたアイテムも持って帰れたほうが得だ」

「ぴー!!」


 今日のダンジョンアタックの成果は、比較的大漁といったところである。ラグラは、意気揚々とスラグ鑑定雑貨にアイテムを持ち込み、鑑定してもらい、そして酷く落ち込んだ。


「またゴミばかりか……」

「ぴー?」

「いや、気にするなノイノイ。いつものことでな」


 今日の戦利品は、苔の魔導書を中心に魔導書アイテムが多数。ノイノイのおかげで比較的効率よくアイテムを集めて回れたため、さらにもうひとつ別のダンジョンに潜って、長剣や槍などの近接武器を発掘してきている。

 が、どれも理想品にはギリギリ届かない、ラグラから見ればガラクタと言って差し支えないものだった。


「まぁ、構わん。スラグ、買い取ってくれ」

「あー、それなんだけどね、バカ王子」


 涙ぼくろの目立つ女店主は、少し気まずそうに苦笑いを浮かべている。


「今日は買い取れないんだ。鑑定代だけ払って、そいつは持って帰ってくんないかね?」

「うむ?」

「最近、あんたの厳選漏れ品もすっかり売れなくなってさ……」


 その言葉を受けて、ラグラはようやく気付いたように周囲を見回した。

 確かに、普段はできていて当然の黒山の人だかりが、見えない。厳選王子がアイテムを持ち帰った際、当たり前のように待ち構え、スラグ鑑定雑貨の前にたむろするハイエナ達の姿が、見当たらないのである。

 正直なところ、ラグラは妥協品に群がるああした連中のことはどうでも良いと思っていたので、言われるまで気づかなかった。


「どうしたんだ? いきなり連中の目が肥えたってわけでもなかろうが……」

「それはね、あれさ」


 義手の人差し指バーナーでタバコに火をつけ、スラグは大通りの一角を顎で指し示す。

 そこには、以前この店の周りにできていたような人混みが、見事に出来上がっていた。押すな押すなの大賑わいで、この大通りに面する多くの武具店がシャッターを下ろしている中、その店だけが別次元のような活気を見せている。


「なんだあれは。随分盛況だな」

「新しい武具店さ。オリジナルメイドのね」

「なに?」


 言われて、ラグラは首をかしげた。


「現状、俺が持ち帰る武器や防具よりも性能の優れたアイテムを生み出すことは、人間の手では不可能なはずだが?」

「まぁね。実際、あそこで売られている長剣は、せいぜい攻撃修正300オーバー。他の店売り武器よりは遙かに強いけど、バカ王子が持って帰ってくるほどのもんじゃあない」

「じゃあなんであんなに盛況なんだ?」

「安いんだよ」


 スラグは、ふーっと紫煙を吹き出してぼやく。


「原価なんてまるでかかってないような値段で、それも大量に叩き売りしてるのさ。その辺で拾ってきた石ころが材料なんじゃないかって言ってる奴もいるくらいでね。1本10Gだったかな。ウチのより多少性能が低くても、100Gもあれば一級品の装備が全部揃うし、残った資金で他の準備に充てられるだろ。だから人気なんだよ」

「なら貴様も10Gで売ったらどうだ。俺は別にこの武器を1本1Gで売っても構わんぞ」

「そりゃちょっとゴメンだね」


 煙をくゆらせつつ、苦笑いする女店主である。


「あんたからは相当安く買い叩いてるけど、アタシも鑑定屋だからさ、良いモノに、必要以上の安値をつけたくないんだよ。ただまあ、買い取ってちゃ商売になんないから、今回はお引き取り願うってことさ」


 まぁ、スラグがそういう姿勢でいるならば、ラグラからこれ以上強く言うことはできないだろう。買い取ってもらえないならば、引き取るまでだ。少なくともラグラとしては、これをあの群がるハイエナどもにくれてやる気にはなれない。顔馴染みで、目利きの確かな鑑定屋だからこそ、安値で売りつけることを許していたのだ。


「しかし、1本10Gだと。一体どんな連中が作ってるんだ」

「ふはははは……」


 ラグラがぼやいた直後、謎の笑い声が響き渡った。ラグラは驚き、如実に狼狽を見せる。


「なっ、なにぃ!? 誰だ!!」

「ぴー!!」

「坊ちゃま、あちらです」


 ミルが指差した方を見やれば、はす向かいの屋根の上に、銀髪をたなびかせる優男が不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「カンピスン! 貴様か!」

「その通り。とうっ……!」


 清貧王カンピスンは、屋根を蹴り、空中4回転5捻りを加えながら、そのまま見事に頭から大地へ突っ込んだ。


「お、おう……」


 とりあえず何かリアクションをしてあげた方が良いような気がして、ラグラは辛うじてそう呟く。


「厳選王子……、見たかね。これこそが清貧の力……。清貧の女神の力なのだよ……」

「材料に石ころとか言われてまさかと思っていたが、やっぱあれフィリシスが作ってたのか」

「違う! 清貧の女神!!」

「ああ、うん! そうね! 清貧の女神ね! 俺にとっちゃ女神どころか破壊神だけどね!」

「ふふ……。破壊とは新たなる生の始まり……。破壊と再生、命を司るその行為は、確かに清貧の女神に相応しい……」

「ミルぅ! こいつなんかヤだよ! 突っ込みづらいわ絡みづらいわでめんどくせぇよ!」

「ファイトです、坊ちゃま」


 ぐっ、と拳を握り、メイドのミルが頷く。こいつ段々態度がおざなりになってきてるな、とラグラは思った。


「それで、なんだ! カンピスン、貴様はその貧乳の女神に……」

「貴様ぁ! 清貧の女神の母なる大地を思わせる幼子のような胸を侮辱したな!!」

「こいつもロリコンかよ! あいつに惚れる男にロクなやつはいねぇな!」


 厳選王子は頭をがしがし掻きながら、なんとか話を進めようとする。


「とにかく、原材料石ころってことは原価0円か。ボロい商売だな貴様」

「ふ、俗いな……厳選王子……」

「俗いなってなんだよ。勝手な言葉作るなよ」


 まぁフィリシスが作っているなら合点がいく。雑草からステーキを作るような女だ。石ころから名剣を生み出すくらい、わけもない話だろう。銭ゲバのゼルードが、その商業的価値に着目するのもよくわかる話だ。ただ、仮にも清貧王と名乗る目の前の男が絡んでくる理由、それだけがよくわからない。


 いや、ひょっとしたら、清貧の女神に惚れこんでるだけか?


 だとしたらお笑いだが、同時にちょっぴり、正体不明の不快感を持て余す。


「あ、ラグラだ! やっほー!」


 そんな折、ちょうどこちらに手を振って歩いてくる少女の影があった。


 まぁ、フィリシスである。カンピスンは彼女の姿をみるや、顔をほころばせた。こいつガチだ。ラグラは途端に面倒くさい気持ちになる。


「おお、清貧の女神……!」

「ああ、うん。おつかれー、カンピスン」


 フィリシスがひらひらと手を振ってカンピスンに挨拶する。


「ミルとノイノイも、元気そうねー」

「はい、フィリシス様もお変わりなく」

「ぴー!」


 メイドとノイズラプターも、次々フィリシスと言葉をかわした。ふん、と鼻を鳴らし、ラグラは彼女に話しかける。


「で、調子はどうだ。フィリシス」

「フッ、順調よ」


 腰に手を当て、大きく胸を張るフィリシス。


「私が作っているのだから当然でしょう? ゼルード商会の清貧印は、冒険者にも主婦にも大人気よ」

「清貧印?」


 怪しげな文句に思わず眉をしかめるラグラである。


「そう、お金がない人のために作った武器よ。カンピスンってね、その節約術で主婦のファンが多いんだって」

「それは知ってるが」

「そのカンピスンの名前を借りてプロモーションしてるのがこの清貧印の武器と防具なの。原材料はちょっと言えないけど、カンピスンが持ってきた素材を、私が加工してゼルードが売るのよ。見ての通り大人気だわ」

「そうか」


 まあ、買う奴の気持ちはわからんが。


 そんな気持ちを正直に吐き捨ててしまいたかったが、こんなところで言ってもみっともないだけな気がするので、口には出さない。それまで散々フィリシスにみっともない姿をさらしているという事実は、また別にしても。厳選王子にもこう見えてプライドはあるのだ。

 とりあえず、現段階で確認しておかなければならないことはひとつだ。


「フィリシス、楽しんでいるのか?」

「え? んー、まぁそうね。結構楽しいわよ」


 と、


 そのようににっこり笑って言われてしまえば、ラグラはもう何も言えない。


「みんな、私の作ったものを嬉しそうに買って行ってくれるのよ。おかげで、なんか充実感が凄いわ」

「そうか」

「やっぱり、何かを作るって、こういうモノがゴールにあったり、すると思うのよ」


 腕を組み、うんうんと頷くフィリシス。見れば、カンピスンがちょっぴり勝ち誇った顔をしていたので、ラグラの表情は一層険しいものとなる。なるべくそちらの顔面は見ないようにすることにした。


「あっ、おい、あそこにいるのはフィリシスさんじゃないか!」


 不意に聞こえる知らない男の声に、ラグラはここが天下の往来であることを思い出す。


 見れば、通りの西からも東からも、わらわらと冒険者たちが姿を見せている。あれほど群がっていた清貧印の武具店からも、徐々に人だかりが解散しつつあるところだったので(売り切れたのだろう)、通りの真ん中に立っているフィリシスへ視線を向ける者は、あっという間に数を増した。


「本当だ、〝清貧の女神〟フィリシスさんだ!」

「なんだって、あの清貧印のメインクラフターの!?」

「やだ、本物よ!」

「サインください!!」


 冒険者たちは、まっすぐにフィリシスの方へと駆け寄っていく。その勢いたるや雲霞か怒涛の如くであって、道端に立っているラグラのことなど気にも留めない。それが、あの厳選王子だと気づいたものすら、おそらく皆無であったことだろう。


「のわぁっ!?」


 当然、どんくさいラグラは人ごみに轢かれてしまう。


「み、ミル! ノイノイ! 助けてえ!」

「かしこまりました。坊ちゃま」

「ぴー!」


 一人と一匹はすぐに頷き、瞬時にできあがった大行列に圧殺されそうになるラグラを救い出す。


「フィリシスさん、はじめまして! おれ、あなたのファンなんです!」

「あなたの作った武器100個買いました!」

「私は買えませんでした! でも明日にはまた入荷するんですよね!?」


 冒険者たちはいっせいにフィリシスを取り囲み、チヤホヤしはじめる。やや困惑気味の彼女の真後ろで、清貧王カンピスンが銀髪を掻き上げ、笑った。


「ふ……。清貧の女神はお忙しい……。まずは一列に並んで用件は一人5びょ……のわぁっ!?」


 直後、後ろの方からも押し寄せた冒険者たちに突き飛ばされ、カンピスンの悲鳴は喧騒に消えた。


「あいついまいち扱いが雑だな……」

「なんの、まだまだ……」


 しみじみと呟くラグラの前に、カンピスンが這い出てくる。


「と、とにかく見ただろう厳選王子……。清貧の女神はいま、充実しておられるのだよ……」

「結構なことだな」


 自然と、吐き捨てるような口調になった。


「まぁ、構わん。これで腕を磨いて帰ってくれば……いや、帰って来なくてもいいが……」

「坊ちゃま」

「城に戻るぞ、ミル、ノイノイ」

「かしこまりました」

「ぴー!」


 やはり勝ち誇ったような顔をするカンピスンの表情を見ないようにしながら、ラグラは彼に背を向ける。


「あっ、ラグラ……」


 何やらフィリシスがこちらを呼ぶような声がしたが、すぐには振り返らない。それからしばらく歩いて後ろを見ると、困りながらもどこか嬉しそうな笑顔をしたフィリシスが、押し寄せる冒険者たちの対応をしていた。


「坊ちゃま」


 ミルの呼びかけに、ラグラはかぶりを振る。


「人気者になるのは気分の良いものだ。気持ちはわかるから、なんとも言えんな」


 彼に言えるのは、せいぜいその程度のものであった。





 さて、それから更に数日が流れる。


「これは悪夢か……」


 げっそりとした表情で見上げるラグラの視線の先には、全長5メートルばかりのフィリシスのオリハルコン像が建てられていた。

 それだけではない。ゼルメナルガの街はいまや、どこへ行ってもフィリシスの顔を見かけるレベルである。清貧印の武器や防具にはすべてフィリシスの横顔が刻印されるようになり、フィリシスの似顔絵を描いた絵画が飛ぶように売れている。どこから嗅ぎつけたのか吟遊詩人たちは一様にフィリシスのうたをうたい、甘味処ではフィリシスまんじゅうが供される。


「ずいぶん人気者になっちまったね」


 鑑定雑貨屋のスラグもとうとう半ば店をたたんでおり、ラグラがアイテムを持ち込んで来た時のみ応じるようになっていた。片腕が義手になった涙ボクロの女店主は、タバコを加えながらラグラの真横に立っている。


「これは異常だ……。異常だぞ。見ろあの冒険者どもを。鎧の上から〝フィリシス命〟とか書かれた法被を着ている。正気の沙汰とは思えん……」

「そりゃあ、ゼルードの奴はやり手だからさ。売れると思ったら、ガンガンプロモーションをかけるよ」

「だからってこれはなんだ!? あいつは神様か何かか!?」

「清貧の女神だろ」


 ハートマークのついた法被である。やや小太り気味の冒険者たちは『フィリシス様は愛らしゅうござるなぁ。ドゥフフ』『いやはや、しかし拙者としてはもう少し身体にボリュームが……』『おっと、貧乳はステータスにございますぞ。フォカヌポゥ』とか話し合っていて、これが割と真剣に吐き気を催すレベルで気持ち悪い。ただ、『フィリシスは貧乳』発言を耳ざとく聞きつけた、巡回中のフィリシスGメンによって彼らはあっというまに忠戮されてしまったので、その会話はこれ以上聞かずに済んだ。


「なんだよフィリシスGメンって……」

「フィリシスファンクラブの中でも一定以上に実力を持つ冒険者がつける栄えある役職らしいよ」

「ファンクラブまであんのかよ! あいつの人気はとどまることを知らねぇな!」


 清貧印のセールスは好調だ。武器や防具に限らず、あらゆるアイテムがフィリシスの手によって製造され、そして安値で売られている。ゼルメナルガの職人や商人たちは、次にいつ自分たちのパイが脅かされるのかと、戦々恐々しながら日々を過ごしていた。


「あ、ラグラ様ー!」

「む……」


 フィリシスのオリハルコン像を見上げていたラグラに、知人の声が届く。


 振り返ると、軽戦士風の装備に身を包んだ女剣士が、戦利品の積まれた馬車を引いて戻ってくるところであった。


「サヤカ。久しぶりだな」

「お久しぶりですー。ダンジョンの帰りですか?」

「まぁな。お前もか」


 サヤカ・ノンドーロフは、厳選王子ラグジュアリー・セレクションのファンを標榜する女子冒険者パーティー〝ラグラガールズ〟のメンバーだ。だが、今となっては、かつての厳選王子の威光を証明する数少ない一人となってしまっている。

 ゼルメナルガに厳選王子ありと言われたのは既に過去の話。今や、この街の有名人の座は、すっかりフィリシスに明け渡してしまった。ミルと一緒に大通りを歩いていても噂になることはない。


 寂しい、とまでは思わないが、なんとなーく釈然としない。


 と、思っていたラグラは、ふとサヤカの装いに違和感を感じた。


「サヤカ、おまえ、ひょっとしてその法被……」

「あっ、気づきました!? 私もフィリシスファンクラブに入っ……」

「キエエエエエエ―――――――ッ!!」

「きゃあっ!?」


 ラグラは両手をあげ、怪鳥音を響かせながら思いっきり跳躍した。


「ええいっ、おまえもか! おまえもか! おまえもあの女をチヤホヤするのかあ!」

「ら、ラグラ様!? ラグラ様どうしました?」

「嫉妬かい、バカ王子」

「それが俺もよくわからんのだ!!」


 驚いて思わずしりもちをつくサヤカと、飄々とした態度のスラグ。その二人に対して、ラグラは大声でわめき散らす。


「だが、どうにもあの女がチヤホヤされてヘラヘラしているところを見ると無性に腹が立つ!」

「で、でも、フィリシス様は凄いじゃないですか」


 お尻についた砂をはたきおとしながら、サヤカはやや控えめに反論する。


「材質が何かはわからないですけど、あんな安値で、こんなに強い武器を作れるんですよ? 凄い人は評価されて当然じゃないですか」

「ああそうだ! 奴は凄い! 大したものだ! だがなサヤカ、おまえが持っているそれなんか、フィリシスの奴が手癖で作れるような……」


 そこまで言いかけて、ラグラはぴたりと動きを止めた。


「ラグラ様?」

「そうか、なるほど……! そういうことか!!」


 ぽん、と手を叩いて、厳選王子ラグラは一人納得する様子を見せる。


 わけがわからないのは、おそらくサヤカの方だろう。いきなり理不尽な叱責を受けたかと思えば、すぐさま矛を収め、一人で頷いているのだ。スラグの方はさして興味がないとでも言うように、煙草をふかしているだけだった。


「感謝するぞサヤカ、どうやら俺は自分の抱いていたモヤモヤの正体に気付くことができたようだ!」

「え、えっと……。ラグラ様のお力に慣れたのなら、何よりですけど……」

「フフ……フハハハハハハハ……! 何かひとつがはっきりするというのは、心地の良いものだな!」


 腕を組んで高笑いをするラグラのもとに、メイドのミルがノイズラプターの幼体を連れて戻ってくる。ラグラは、やや上機嫌な態度で、それを迎えた。


「おお、ミル! どうだった!」

「先ほどゼルード商会のところでご挨拶に行きましたら、フィリシス様より直接の御招待を賜りました」

「そうか、ちょうどいいな!」


 ミルの言葉に、ラグラは大いに頷く。スラグは煙草をくわえたまま首を傾げ尋ねた。


「なんだい、ゼルード商会行ってなんかするつもりだったのかい」

「いやなに、ミルに動きを探らせていただけだ。さっきも言ったが、ちょっとモヤモヤするところがあったのでな。行くぞミル、案内しろ」

「かしこまりました、坊ちゃま」


 そんなやり取りのあと、厳選王子ラグラはミルに連れられて、さっさとその場を去ってしまった。


 そこに遺されたサヤカとスラグは、微妙な空気のまま、互いに顔を見合わせていた。





「厳選王子が来るそうだな……」


 壁に背中を預けながら、清貧王カンピスンが薄い笑みを浮かべている。フィリシスはテーブルの上に置かれた様々な書類に目を通しながら頷く。


「うん、私が呼んだの。これからのこととかも話したいしねー」

「例の件は考えてくれたかな? 清貧の女神よ……」

「あー、清貧印の専属クラフターの話? それも含めてねー。私、今一応、ラグラに雇われてるし……」


 フィリシスがいま処理しているのは、ゼルードから大量に渡された契約書の類だ。

 ゼルード商会プロデュース、清貧印の武器と防具。ひとつひとつに、製作と販売、マージンなどに関する契約が別途に発生し、フィリシスはいちいち目を通さなければならなかった。非常にめんどくさいが、作ったアイテムが売れて、喜んでもらえるのは嬉しい。それを思えば、そう苦にはならない。


 予想以上の売れ行きに、ゼルードは笑いが止まらないと言っていた。そうして持ちかけられたのが、この清貧印の専属クラフターとなってはもらえないか、という相談だった。


 どうしようかなー、という、思いはある。


 先日、ミルと晩酌をした際に交わした言葉があった。あの時は酔っ払ってあまり覚えていないが、つまるところ、魔導調整師としての、自分の目的や目標についての話だった。

 そのことを言うなら、今のフィリシスには間違いなく〝目的〟がある。今、彼女の周囲にいる人間はフィリシスの力を必要としているし、ゼルメナルガの冒険者たちは、みんなその実力を認めてくれている。


 ただ、気になるのは、


「ねー、カンピスン」

「何かな……。清貧の女神よ……」

「最近、ずっとラグラが不機嫌そうなんだけど、理由わかる?」


 そう、気になるのはそこだ。城を出る時からそわそわしている感じはあったが、ここ数日はもっと酷い。挨拶しても返答はおざなりだし、大抵フィリシスはすぐファンに囲まれて身動きが取れなくなってしまうので、まともに会話することだってできやしない。


 私、なんか怒らせるようなことしたかしら、と思う。


「ふ……」


 カンピスンは不敵な笑みを浮かべた。


「え、なに、なに?」

「厳選王子はまだ子供……。嫉妬しているのだ」

「やきもち? 誰に?」

「あらゆるものにだよ……」


 ここで何故勝ち誇ったような顔するのか、フィリシスにはよくわからないのだが、まぁとにかくカンピスンは勝ち誇ったような顔をした。


「清貧の女神、貴女と言葉をかわす機会が減ったことに、苛立っているのだよ……。ふふ……」

「はー」


 書類から顔を上げて、思わず妙な相槌を打ってしまう。


「彼、寂しがってるの?」

「間違いなくな……。幼稚な男だ……」

「まー、そうね。ラグラ子供っぽいとこあるもんねぇ……」


 フィリシスはしみじみと頷いて、カンピスンにこう言った。


「私が作った、次の商品の試作品、持ってきてくれる?」

「ほう……、何故だ……?」

「ラグラにあげるのよ」


 あっさりと言う彼女に、カンピスンは顔をしかめる。その露骨な表情の変化にも気付かず、フィリシスは続けた。


「このあと来るからね。寂しがってるんだったら、構ってあげなきゃ」


 机の上に置かれたアヒルちゃんを撫でるフィリシス。その辺の適当な素材で作った、一級品には程遠い、それでも精巧なアヒルちゃんである。顔つき、特に目元のあたりが、ラグラにちょっと似ていた。


「私、お姉さんだしねー」

『ぐわっぐわっ』


 アヒルちゃんの呑気な鳴き声が、部屋の中に響き渡った。

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