selection.13 正しい風邪薬の飲ませ方(前編)
ばたん、と扉が開いて、フィリシス・アジャストメントが入ってくる。
「ラグラー、絆創膏ちょうだーい」
「なんだと」
書斎で久々にアヒルちゃんの厳選をやっていたラグラは、眉をしかめて顔をあげた。
22体から21体に減少してしまった厳選アヒルちゃんの内の1体を早く補充しなければならないのだが、当然すぐさま見つかるものではない。ラグラはやや不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「ばんそーこー。あるでしょ?」
「あるにはあるが、貴様にやる絆創膏はない。うちにある絆創膏は、親父が厳選した世界最高の絆創膏だけだ」
そう言って、ラグラは視線をアヒルちゃんに戻す。愛らしい個体だが、おしりの色彩に少し黄色みが足りない。残念だが厳選漏れだ。そっと細かく分類された厳選漏れ用ボックスに仕舞いながら、ラグラは話を続ける。
「指に巻けば傷は一瞬で治り、溢れ出る活力で全身からオーラが立ち昇る」
「それ絆創膏の意味なくない?」
「フッ、それだけではないぞ。防御修正は実に500。更に《物理耐性》がついているので実質1000を超え、抗菌フィールドによって患部を完璧に保護する。だが、貴様には1枚もくれてやらん!!」
「でも私、指を怪我したのよ」
「その程度で……うわぁ、グロッ!」
再度顔を上げたラグラが目撃したのは、到底『怪我をしている』では済ませられない惨状を迎えたフィリシスの人差し指である。見ているラグラがちょっぴり気持ち悪くなるレベルだった。
なるべくフィリシスの指を見ないようにしながら、ラグラはこうも言った。
「ミルを呼べミルを! ミルの治癒魔法なら一瞬だ!」
「ミルは客の応対中よ。応接ゴーレムが全部メンテナンス中だから」
「呼べば来るだろうが!」
「ミルが応接対応してない間に私が長話を続けると良くないから呼んでも来るなって言ってなかった?」
「そういえば言った!」
ラグラは舌打ちをする。それでもあの有能なミルだ。あと数分もすれば無礼な客人を追い返して……、
「ねぇ、ラグラー」
「ぎゃあああああ! やめろ、その指を俺の視界に入れるな! わかった、絆創膏出してやるから!」
「大丈夫? ラグラ、また流されてない?」
「流されてるかも! だがその傷を放置しておくことは俺の精神衛生上……うわぁ、血が! 血と肉が絨毯に滴ってる」
「骨もよ」
「要らないよその解説! え、なに、このドロドロの白い奴骨なの!? なんで貴様そんなに冷静なの!?」
ラグラは逃げるように厳選された執務机の下へ逃げ込み、そこから厳選された小さな救急箱を取り出した。書斎には緊急時のために、こうした医療品や食料の備蓄がいくらか存在する(のだが、以前ミルが家を空けた時はすっかりそれを忘れていた)。
解説するもおぞましい状況となったフィリシスの人差し指を治療するため、なるべく患部を見ないようにしながら、ラグラは彼女の前に救急箱を持ってきた。
「そもそも、何故その傷が絆創膏でなんとかなると思ったのかわからんのだが……」
「でもなんとかなるんでしょ?」
「うちの絆創膏ならな! だがその前に消毒をせねばならん」
そう言って中から取り出すのは、厳選されたピンセットと厳選された綿と厳選された消毒液だ。消毒を行わないまま絆創膏を巻いてしまうと、指の中に有害な菌を閉じ込めてしまう恐れがある。特に今回の場合、フィリシスの指はなんかただ事ではない感じになっているのだ。
ラグラは、ピンセットで綿を摘もうと四苦八苦し、汗をダラダラ流しながら、およそ5分後になんとか成功した。
「相変わらず不器用ねラグラ……」
「うるさい! ならば貴様がやってみるか!?」
「任せて! この私の手にかかれば、ピンセットで綿を摘まむなど雑作もないことだわ!」
「いや、良い。絶対3分くらいかかるし……」
そもそも誰にとっても雑作もないことだ。この書斎の中のアベレージが過剰に低いだけである。
「こうして用意した綿に、親父が厳選に厳選を重ねて選び抜いた超一級品の消毒液をつける。良いか。この消毒液は当然、人体に有害な細菌をすべて殺菌、さらにあらゆる状態異常を解除するだけでなく、」
ぴゅっ、と消毒液がはねて、とうとうと語るラグジュアリー・セレクションの右目に付着した。
「ぐああああああああ!!」
「ラグラ!!」
「だ、大丈夫だ! この消毒液は人体に無害! 目に入っても骨をすり潰すような激痛が走るだけで特に問題はない!」
のたうち回りながら、なんとか心配かけまいとそう言うラグラに対して、しかしフィリシスは消毒液のビンの裏を眺めてこう言った。
「でも、裏の説明書に、目に入ったら真水ですすいでくださいって書いてあるわよ」
「なんだと!?」
「そしてこんなところに都合よく真水があるわ!」
「それ俺がアヒルちゃんの厳選用に用意したやつだ! おいやめろ、なんで俺の後ろ襟を掴む!? なんで俺を水槽の方まで引っ張っていく!? っていうか力あるな貴様!」
「目を開けていてね、ラグラ!」
直後、フィリシスが水槽の中にラグラの頭を突っ込むのだが、その光景はどう控えめに見てもミステリーサスペンスの水殺シーンにしか見えない。ラグラの悲鳴はうたかたと消え、がぼがぼという耳心地のよろしくない音が、しばし書斎に響き渡った。
ばしゃ、とフィリシスがラグラの頭を水槽から引っ張り上げる。
「ラグラ、大丈夫? 水飲んでない? 意識ある?」
「なぜ貴様はそういつも気遣いのタイミングが3歩くらい遅いんだ……」
下手に意識を失おうものなら、人工呼吸に挑戦しようとしたフィリシスによって気道を塞がれ窒息死しかねない状況であったので、ラグラは《集中力Lv50》のスキルをフルに活用して命を繋いだということである。
「ラグラ、状況に流されている場合ではないわ! 私、絆創膏を貰いにきたはずなんだけど、まだ絆創膏を手にとってすらいないのよ!」
「うむ、まずは指の消毒からだな! ところでフィリシス、なんでそんな大怪我を?」
「んっとね。アヒルちゃんの調整をするために、ミルにダンジョンからパラサイトローパーの子供を何匹か持ってきてもらったんだけど」
「貴様はアヒルちゃんに何をするつもりだったの?」
フィリシスはその言葉には取り合わず、自らの人差し指を眺めて眉をひそめた。
「ちょっと扱いをミスっちゃって、右腕に寄生されそうになってね。ノイノイに高周波ブレードで切除してもらったのよ」
「そうか、あいつもう人体切除できるくらいまでレベルアップしてたんだ……」
「私の育成の賜物ね。当然、一級魔物ブリーダーの資格も持ってるわ。ほらほら」
ローブからぶら下がった資格証明章のひとつを得意げに見せるフィリシス。あらゆる調整のプロと謳うからには、まあ当然だろう。この資格はどちらかと言えば競竜レースの盛んな大陸南方で重宝されるものであり、帝国貴族が取得するようなものでは、本来ないのだが。
「ところでラグラ、まだ綿に消毒液をつけられないの?」
「む、むぅ……」
「相変わらずね。大丈夫よ、人に得手不得手はあるものだわ! この一億万年に一人の天才美少女フィリシスが、綿に消毒液を華麗に浸す様をお見せするわ!」
「それ一日に一回は言わないと死んじゃう病気なの?」
フィリシスが胸を張って言う姿にいささかの不安を感じつつも、自分一人ではろくに綿を消毒液に浸せないと判断したラグラである。結局のところ彼は、ピンセットと綿と消毒液を、やや躊躇いがちにフィリシスへと手渡した。
その数分後、客への応対を済ませて書斎へと戻ってきたミルが見たのは、全身の傷からおびただしい量の血を流して床に転がる、ラグラとフィリシスの姿だった。
「絆創膏を貼るのって、命がけなのねぇ」
「貴様だけだそんなの! なぜ自分の指を治療しようとして俺をメッタ刺しにするんだ!」
「でもラグラにピンセット渡したら今度は私をメッタ刺しにしたじゃない」
それはおそらく、事情を知らない者が見ていれば、悪霊憑きに支配された2人の男女が狂気のままに互いを突き刺し合う凄惨な光景に映ったかもしれない。が、ラグラとフィリシスは、互いをピンセットで突き刺しあっていたその時点では正気であり、ミルの治癒魔法で怪我を快癒させた今もまた、正気であった。
才能の極振りというのは恐ろしいもので、ラグラもフィリシスも、己の得意とする分野以外はてんで下手くそである。互いをピンセットで突き刺しあっていたのは、別に日頃の恨みつらみを爆発させたわけでもなんでもなく、治療行為が致命的に下手くそという、ただそれだけの事実に起因するものであった。
2人は現在、〝くつろぎの間〟の大きなソファに並んでくつろぎながら、ミルが血まみれになった書斎を掃除し終わるのを待っていた。
「そういえばラグラ、検証の方はどれくらい進んだの?」
「もうほぼ終わった。霊子情報の解析には時間がかかったがな。こいつが、苔の魔導書のデータだ」
「どれどれ」
ラグラの差し出した一枚の紙を、フィリシスは受け取る。
「魔法攻撃修正、最低値が110で最高値720……。結構ムラがあるのね」
「レベル8以上のダンジョン、あるいはプラチナランク限定のダンジョンでは、400以下のものはほとんど出現しないはずだ。この間貴様が拾ってきた奴はまごう事なきゴミだった」
フィリシスは次に、魔導書が個別に有する魔導書技能についての記述を見る。苔の魔導書は、非常に強力でレアリティのものが付与されやすい傾向にあるらしかった。スロット自体は決して多くはない。神樹素材の武器と、傾向としては非常によく似ている。
エンチャント効率はそこそこ良いようだが、そこまで調整しがいのある魔導書ではなさそうだな、とフィリシスは思った。魔導調整師として気になるのは、あとは合成素材としての素養くらいだが、それはフィリシスが自分で検証するべきことだろう。
「総合的な性能として、人皮装丁、オリハルコン装丁を越えうる魔導書であることがわかった。スロットが少ないということは、その分吟味する項目が少ないということだから、厳選難度も言うほど高くはないな」
「出現条件は?」
「それがよくわからんのだ……」
ラグラは頭を掻きながらぼやく。
「霊子情報を解析しても、はっきりせん。可能性としてはダンジョン自体に異常が起きているということだが……」
「情報更新直後のゆらぎって可能性は?」
「なくもない。だがまぁ、やはりはっきりせんな」
出現条件がはっきりしないことには、効率良く厳選を開始することはできない。霊子情報の解析をしてもわからないということは、また出現位置や時間などを洗い直し、いくつかの仮説を打ち立てるところから始めていくしかないのだ。
「ラグラ、要らなくなったら苔の魔導書あったらもらっても良い? 合成材料の素養についていろいろ調べたいのよね」
「構わんぞ。書斎の掃除が済んだらミルに持って行かせる」
ちょうどそのあたりで、掃除を済ませたミルがゴーレムを引き連れて戻ってくる。
「坊ちゃま、フィリシス様、お待たせしました」
「早いな。流石はミルといったところか。フハハハハハ」
「もったいないお言葉にございます」
ラグラが立ち上がり上機嫌で褒めると、ミルは恭しく一礼をした。
「では書斎にまた移動するか。アヒルちゃんの厳選も続けねばならんし、それがひと段落したらまた苔の魔導書の出現情報を検証せねばならん!」
「後ろから失礼いたしますが、坊ちゃま」
「む?」
書斎に向けて移動しようとするラグラを、ミルが呼び止める。
「先ほどゲゲドモンガ支部長がいらしまして、ゼルメナルガの方でカレハ熱が流行しているので注意するようにと」
「ふむ、カレハ熱か……」
ゼルメナルガの市長であり、冒険者ギルドの支部長を務めるババドモンガ・ゲゲドモンガ氏である。私利私欲のためにギルドの規律を悪用するような男だが、こうしたところはキッチリしていて、ゼルメナルガから離れた場所に居を構えるラグラのような冒険者たちにも、きちんと回覧板をまわしてくれる。
だが、それ以上にラグラが気に留めているのは、どうやらカレハ熱という単語のようであった。フィリシスが不思議そうに首を傾げる。
「ラグラ、カレハ熱って?」
「この地方特有の熱病でな。顔が枯葉のように赤くなることから名前がついた。去年、ちょうど親父がその特効薬を厳選していたんだが……」
そこで厳選王子ラグラは、一端言葉を止めた。
「いたんだが……?」
「その志半ば、親父は病にかかって死んだ。薬も間に合わんでな」
「そう……。お父様、厳選王の……」
「いや、親父が死んだのはただの風邪なんだが」
「あ、うん」
一瞬微妙な表情をしてしまったフィリシスに、ラグラは腕を組んで続ける。
「俺は親父が死んだあと、この世界にあるすべての風邪薬を厳選し、あらゆる急性上気道炎……すなわち風邪を完璧に治す風邪薬をついに見つけ出したのだ。あれが親父が死んでから、俺が一人で厳選した最初のアイテムだった。厳選した風邪薬10本中に3本は親父の墓に備え、2本は帝国連盟の医学協会にくれてやった。後日なんか賞状みたいのが届いたが、権威主義には興味がないのでゴミ箱に捨てた」
「なんだかお父様が亡くなったしんみりした話から、いっきにあなたの自慢に話が飛んだような気がするわ」
「まぁこれ完全な自慢だからな」
そう言って、ラグラは書斎を目指して再び歩き始めた。フィリシスとミルが後ろに続く。
「親父のことは尊敬しているしその死を悼まなかったわけではないが、こういうのはクヨクヨするよりさっぱり割り切る方が親父の為にも良いのだ。まぁこの話には続きがあってな」
「ふんふん」
「カレハ熱は気道の炎症を引き起こすウィルス性の病気ではなかったので、俺の厳選した薬は効かなかったのだ。というわけで、カレハ熱の特効薬はまだ発見されていない。少なくとも1年前の時点では見つからなかった」
「あらあら」
「だから、間違ってもカレハ熱にかかるなよ! なんといっても特効薬がないからな!」
「そんなこと言うと私かあなたのどっちかがかかりそうだからやめましょう」
「それもそうだな!」
しかし、そんな流行り病があるとは恐ろしい話だ。カレハ熱。地方特有の病気とは聞いたが、確かにフィリシスには聞き覚えがまったくない。帝国の薬学試験をパスした彼女としては、いろいろ気になるところはあるのだが、一年前の時点で特効薬が存在しなかったということは、進んで研究しようとする薬学師がいない限りは、やはり現時点でも開発はされていないのだろう。
フィリシスはラグラの隣を歩きながら、ふと気が付いて後ろを振り向く。ミルは静かに二人を見送るようにして立っている。
「これ、ミルがカレハ熱にかかるってパターンはないわよね……?」
その言葉を受け、さすがの厳選王子ラグラも顔をしかめた。
「そんなことになったら俺たちは全滅だな……。ミル、手洗いうがいはしっかりしろよ」
「お心遣い感謝いたします。ところで坊ちゃま」
「実はゲゲドモンガ支部長がカレハ熱にかかりまして……」
翌朝早く、厳選城モット・セレクションの扉を叩いた遣いの者は、ラグラの姿を見るなりそう言った。
「そのパターンはあまり想像していなかったな」
「誰も得をしないわね」
テディベアを小脇に抱え、寝巻のまま玄関口に立つラグラの隣には、やはりパジャマ姿のフィリシス、そしていつもの給仕服を着たミルがいる。フィリシスの頭の上では、ノイノイが静かに寝息を立てていた。ノイズラプターは夜行性のはずだが、最近は完全にラグラ達同様の健康なライフサイクルを送っている。
そんなことよりも、ゲゲドモンガ支部長のカレハ熱だ。ゼルメナルガには有能なギルドドクターが駐留してはいるが、明確な治療法が存在しない現在、焼け石に水的な対処療法を施しながら、本人の免疫力に頼るよりほかはない。
「それでもカレハ熱は治らん病ではないぞ。対処を誤れば死ぬ危険が強くはあるが、一週間も安静にしていればだな……」
「しかしギルドドクターは今夜が山だと……」
「展開早いなおい!」
ラグラが突っ込む横で、ミルがぽつりとつぶやく。
「そういえば、昨日こちらにいらした時点で、だいぶ調子が悪そうでいらっしゃいました」
「あのおっさんさてはドジっ子か!? カレハ熱のことを伝えに来た本人が罹患していたら本末転倒だろうが! おいミル、貴様もこれから街に行って検診を受けて来い! カレハ熱は魔導感染するからな!」
「かしこまりました、坊ちゃま」
大気中の魔力の流れに乗じて感染する感染経路のことである。細菌が待機中の魔力濃度にすりつぶされて死ぬまでの時間はわずかに4秒だが、このメノスティモ平原は比較的魔潮の流れが速いため、半径5メートル以内は魔導感染の感染経路たりうる。すなわち、ミルも放っておけばカレハ熱を発症する可能性があった。
そのままラグラはくるりとフィリシスに振り返る。ミルが屋内へと引っ込もうとするので、とりあえず彼女にテディベアを手渡しておいた。改めてフィリシスに向けて言葉を発する。
「フィリシス、俺たちも街に行くぞ!」
「え、なんで?」
「決まってるだろうが! ミルが検査入院なんてすることになったら、俺と貴様とノイノイだけで数日間過ごさねばならんのだ! 一日でもあのありさまだったのに、何の準備もしないままミルに数日空けられたら俺たちは間違いなく死ぬ!」
「私は死なないわよ。ほら、結構頑丈だし!」
「そうだったね! じゃあ訂正するけど俺は死ぬ! 死因は餓死か出血多量のどちらかだ!」
後者の場合、凶器はフォークであることまで明白だ。ラグラとしては当然、こんなところで死ぬつもりはない。ミルに次いで部屋の中へ戻ろうとするラグラの裾を、それまで黙っていた遣いの者がひっつかむ。
「お待ちください、厳選王子!」
「まだいたのか! なんだ!」
「我々の望みはもう、あなただけなのです! カレハ熱の特効薬を、厳選してはいただけないでしょうか!?」
「むっ……!」
いつものラグラならちゃぶ台をひっくり返す勢いで突っぱねるような頼み方だったが、さすがに人の生死が関わっているとあってか、ラグラは一瞬言葉に詰まる。だが、水玉パジャマの腰に手を当てて、ラグラは難しい顔を作った。
「良いか、よく聞け遣いの者」
「スズキです」
「そうか、よく聞けスズキ。親父と俺は去年、必死でカレハ熱の特効薬を探して回った。カレハ熱はダンジョン群生地域特有の霊子疾患なのは知っているだろう。俺たちは、それに対応する薬は現在この世界に存在していないという結論に至ったのだ。理論上存在しないものは、厳選できん」
「そんな、では……ゲゲドモンガ支部長は……!!」
スズキは悲壮な顔を作って泣き崩れた。
「ゲゲドモンガ支部長は、ゼルメナルガとギルド支部の開発に尽力されてきたのです。川沿いの肥沃な土地をすべてブルドーザーゴーレムで更地にし、帝国の大手ゼネコンと結託して都市を開拓し、その後も支部長の座を使って様々な談合を企画し利益を生み出し続けてきたゲゲドモンガ支部長が、何故……!」
「病人にあまり鞭打ちたくないけど多分それ天罰だよ」
「明日には楽しみにしていた女体盛りだったんです!!」
「おたふく風邪の子供が遠足を楽しみにしてるのとはワケが違うぞ! よしんば病気が治ったとしても病み上がりでそんな不衛生そうな遊びをするな!」
ラグラがド正論をスズキに突き付ける一方で、フィリシスは難しい顔をしながら何かを考えている。パジャマの裾を掴んで泣きつくスズキをなんとかはがそうと四苦八苦するラグラに、やがて彼女はこう告げた。
「ねぇ、ラグラ」
「なんだ! できればこの粘着スズキ男を引きはがすのを手伝え! ノイノイのソニックハウルを使っても良いぞ!」
「私に、カレハ熱の特効薬を作らせてもらえないかしら」
「なんだと!?」
ラグラは、信じられないものを見るような目をフィリシスへと向ける。だが、彼女は大真面目だ。
「ダンジョン群生地特有の霊子疾患。そう言ってたわね。このお城にある、あなたが見つけたっていう超一級品風邪薬をベースに調合を続けて行けば、できる気がするわ。化学薬品じゃなくて霊草系でしょ?」
「ふむ、まぁストックは5本……。貴様の腕は悔しいが認めざるを得んからな。無理だと断じることはできないが……」
「それに薬が出来れば、ミルが発症してもすぐ治せるわよ。わざわざカレハ熱の流行ってる街で宿を取る必要もなくなるじゃない」
「それもそうだな!」
腰に手をあて、大いに頷くラグラ。彼の足にしがみついていたスズキもまた、歓喜の涙を浮かべた。
「良いだろう、許可してやるぞフィリシス!」
「厳選王子、それでは……!」
「スズキ、帰ってゲゲドモンガに伝えろ。運が良ければ助かるとな!」
「は、はい!」
「だがアレだ」
ラグラは途端に神妙な顔になって、スズキにこう告げる。
「女体盛りはやめさせろ」




