prologue 厳選王子の旅立ち
大陸の北端、多くの野良ダンジョンが大量発生する平原の外れに、聳え立つ城がある。
厳選城モット・セレクション。
見るものの心を奪う荘厳なたたずまい。壁に用いられた一級品の白虹石が、沈む夕陽を七色に反射するその美しい城である。この城は、かの厳選王グラバリタ・セレクションが厳選に厳選を重ねた一流建築素材で建てたと言われていた。
あらゆる冒険者の、羨望と憧憬、そして嫉妬を一身に集めた男、それが厳選王だ。
厳しい審美眼と、決して妥協しない鋼の精神を持ち合わせた厳選王は、この世のありとあらゆるものを厳選し、常に自身が超一流と認めた品しか身近に置かなかったのである。彼の送る絢爛豪華な日常には、周辺諸国の王侯貴族ですらお目にかかれぬほどの調度品が揃えられ、やがて厳選王は、もっとも成功した冒険者として、多くの若者をダンジョンへと誘う、一大冒険者ブームを巻き起こした。
だが、そんな厳選王は、その日病床に臥していた。
その病は単なる風邪であったと言われているが、なにせ厳選王である。あらゆる霊薬を厳選し、包帯を厳選し、絆創膏を厳選した厳選王も、風邪薬の厳選だけは終えていなかった。 『風邪の特効薬を開発すればノーペロリ賞がもらえる』とは有名な話であるが、とうとう厳選王は、自らを納得させる風邪薬を発見することができず、周囲にその功績を惜しまれながら没した。
厳選王は今際の際、枕元に息子を呼び、こう言ったといわれている。
『ラグラよ、俺は今まであらゆるものを厳選してきたつもりだった。だが実際はどうだ。今となっては死に場所すら選べん。ラグラよ、おまえは俺を越える厳選王になるだけの素質がある。俺が求めた厳選道の先に何があるのか、その目で確かめるのだ』
厳選王の遺言を、息子ラグラは一字一句逃さずに聞いた。
彼が、父の果たせなかった風邪薬の厳選を成し遂げ、ノーペロリ賞を受賞したのは、その翌年のことであったという。