第五話
シオンの中心地にある風車塔。それを目印に人が集まり、商いをする場所をこの村では広場と呼んでいる。
広場は日中こそ、商人や婦人客で賑わうが、夜になると明かりひとつない怖いほど寂しい場所だ。
それを知っていてなお、ナアマは広場に向かっている。フィンネルという乾燥ハーブを買って帰るため、広場に商人が残っている可能性にかけた。
時間帯的には有り得ない話ではない。しかし、今日のシオンは妙に暗い。商人も引き払ってしまっただろう。そう分かっていながら、ナアマは前に進んだ。兄を爪弾きにする村への復讐心、憎しみを払拭するための儀式が、必要だった。
予想通り、広場は真っ暗闇で何も見えない状態になっていた。
しかしその中にひとつだけ、小さな灯りがあった。
近寄ってみるとそれは、馬車の荷台に置かれたランプだった。馬はまだ繋がれたままだ。毛並みの良い黒馬。
「ちっこい泥棒だな!」
「うわっ!!」
急に飛び出てきた人影はケケケと意地悪く笑いながら荷台から降り、ランプの明かりに照らされた。
人影の正体は、なんとも凛々しい顔立ちの女性だった。身長はナアマより余裕で高く、全体的に骨太で逞しい。
「あんたは一体なんなんだい? この村の子ってことは確かなんだけど、女の子がこんな真っ暗闇を出歩くのは止めといた方が良いよ?」
お前こそ誰なんだ? 見覚えのない顔だ。服装からしてなんか浮いてるし、さては村の外から来た奴だな? 色々聞きたいことはあったが、ナアマにとってそんなものは二の次だ。
「俺は女じゃねえ!!」
男とは思えない華奢な容姿から皆に笑われ、非力さ故に女扱いされ、ナアマの女呼ばわりされることへのストレスは、常に限界スレスレなのだ。
相手が女でも構ったことではない。踏み込んだ足を軸にジャンプし、勢いそのまま右拳を女の顔面に叩き込む。
「悪い悪い、男の子だったのかあ。も~しわけね~」
女の顔面にねじ込んだはずの右拳は、謎の圧力によっての寸前で完全に制止し、全く動かない。結果、ナアマは右手を支えに宙ぶらりん。
「な、なんだお前! 何してんだ!?」
「何って、よく見なさいなあ」
ナアマの体はブンブンと振り回される。その頂点であるナアマの右手は、女の片手によって固く握り込まれていた。
「うわぁんぁんぁあああ!」
「ぽいっと」
いともたやすく投げ捨てられたなナアマは、尻餅をつく。
「コソ泥じゃないなら用はないよ。帰った帰った。今日は店じまいさ」
「店じまい?」
「ん、あ? あたしは行商人のマギー。いろんなところを旅しながら商売してんの。この村に来んのは初めてでさあ。よく分かんないんだ、ここどこ?」
馬車の荷台を見れば、食材を中心とした商品が整理されており、日中普通に彼女と会っていれば、行商人としか思わなかったに違いない。
「行商人……」
相手が商人だと分かり、頭を働かせたナアマは、良い提案を思いつく。
「ここは広場だ。商売をするにはうってつけの場所さ。他にも詳しいこと、知りたくない?」
「知りたい、知りたい」
「フィンネルというハーブを売ってくれれば、教えてあげるよ」
「フィンネル? 調味料の? あるけど、塩とか砂糖とか、もう少し高価な物もあるよ?」
「よけいなお世話だ」
「交渉成立」
ナアマがポケットから代金を出した直後、今まで聞いたことのない巨大な爆発音が響いた。
そろそろ真面目にストーリーを考えないと破綻しそうです。