第三話
セルグの誕生日から数日後、ナアマの誕生日がやってきた。その日、ナアマは兄と一緒に釣りへ出かけた。
水車小屋から続く小川を辿って歩き続けると、やがて人気のない森に入る。そこから更に歩き、森の最奥とも言える暗い場所を抜けると小さな滝壺にぶつかる。
そこはほとんど人の手に侵されてない清らかな場所。活きの良い魚がたくさん泳いでいる。
ナアマとカインは大小それぞれに合った岩場に腰掛け、言葉もなく釣りを始めた。
二人が揃ってこの場所に来るのは、大切な話がある時だけだ。念を押して決めたわけではないけど、なんとなくそうなっていた。
ナアマが釣り竿をピュンと振り、滝壺に餌を落とした後、隣に座っているカインも釣りを始める。カインが腕を振りかぶった瞬間、何もなかった手の中に釣り竿が出現した。
まるで魔法のようなことを起こした張本人は、何事もなかった様子でナアマに話しかける。
「誕生日おめでとう。ナアマ、今日でお前も十三歳だ。まず何がしたい?」
シオン村では十三歳で成人扱いになる。その歳になれば、それまでになかった様々な権利、自由が手に入る。
「そういえば、セルグ君は一番に髪を切っていたね。ずいぶんさっぱりした様子だった。そりゃそうか、初めて切ったんだから」
十三歳になるまで髪を切ってはいけないという独特のしきたりを含め、シオンでは大人と子供を区別する習慣が根深い。その由縁は太古にまで至るという。
「セルグと同じは嫌だ!」
パシャン!!
驚いたように飛び跳ねた魚を見て、ナアマは声をひそめる
「カインはどうしたんだ? 大人になって最初に何をした?」
「何だったろう? それこそ十三年前、ちょうどお前が生まれた年の話だ。髪を切ったかもしれないし、酒を飲んだかもしれない。何にしろ、一番が何かなんて大した問題じゃない」
この話を振ったのはカインの方だ。ナアマは少し不服に思う。
「とにかく俺は、旅に出た」
「えっ!」
そんな話、聞いたことがない。ナアマは竿の引っ張りに気付いていたが無視した。それほど興味深い話だった。
「成人した年に村を出て、三年ほど旅をした。ここにない物を食べて、ここにない物を見てきた。ナアマはまだ小さかったから覚えてないと思うけど」
「カインは凄いな。俺も旅に出たい」
「やってみると良い。見えなかったものが見えてくる」
「あ、もしかして、その不思議な力は旅をしていて?」
「これのことか?」
何も入ってないコップを左右に揺らしてみせるカイン。次の瞬間、それはナアマの目の前でコーヒーの入ったコップに変化した。
コーヒーを一口飲んだカインは、いつになく真剣な顔をして話し始めた。
「いや、これは俺が十三になった時、目覚めた力だ。たぶん、こいつが関係してるんだろう」
額にある紋章を叩くカイン。それは生まれたときからそこにある、刺青のように決して落ちない痣。
村人はこれを呪われた子の証だと言い、カインを蔑むけれど、ナアマは全然そう思わない。
「さっきのやつ、俺にもできるかな?」
カインのコーヒーを一気飲みし、コップを空にしたナアマは、カインと同じ手順でコーヒーを淹れようとしたが、全然ダメだった。
「俺には無理なのかな」
「そうかもしれないな。でも良いじゃないか、こんな力なくても」
それはまるで、自分に言い聞かせるような寂しい口調だった。なんだか不安になったナアマは、急いでその場を和ませる。
「いや、カインが出来ることは俺にも出来るはずだ。兄弟なんだからな!」
「そうだな、そうだったな」
「カイン、引いてる! 竿、引いてる!」
二人は桶が魚で一杯になるまで釣りを楽しみ、やがて家に帰った。結局、カインが旅をしていた理由は分からなかった。