第一話
ある日思い立ったナアマは、一人で花摘みに出かけた。母親のバスケットを持ち出し、村外れの丘に向かった。
丘陵地帯の中にある村、シオンで暮らしているナアマにとって、丘に行くこと自体は珍しくない。むしろそういう場所くらいしか遊び場所がなかった。
兄と二人、よく遊びに行く。
しかし今回、兄はいない。一人で丘を登らなくてはいけない。まだ十二歳のナアマにとって頼れる兄がいないことは、大きな不安材料だった。
無事、丘の上にたどり着いたナアマはまず、自分の村を一望した。
風車塔以外に高い建物はない、とても小さな村だけど、そこに住む一人一人は確かに生活していて、自分もその一部なのかと思うと子供ながらに感心する。
目線を上げると青空のキャンバスが見え、刷毛で白い絵の具を伸ばしたみたいな細い雲が浮かんでいた。
「やっぱり、今日来たのは正解!」
ナアマは草原に座り込み、野花を摘み始めた。赤い花、青い花。ナアマを惹きつけるものは数あれど、探しているのは一つだけ。ラキシュというこの丘でしか咲かない珍しい花だ。
ラキシュのことを知っている者は、シオンの村にも少ないだろう。ナアマ自身、兄から教えてもらうまでその存在に気付いてなかった。特別、綺麗な花でもない。
地際からまっすぐ上へ伸びた茎に、無数の赤い花が咲いている。風に揺られるその様は、血の付いた指のようだ。
やっと見つけたラキシュを抜き取ったナアマは、それをバスケットに放り込むと同時に寝転んだ。
「眠らないよう気をつけないと……」
そうは言っても瞼が重い。民族衣装の袖から伸びる白肌は、見た目通り日に弱いのだけど、ナアマは構わず日向ぼっこを続けていた。
すると、それを邪魔する謎の声が聞こえた。
「もし、お嬢ちゃん」
それは知らない男の声だった。それだけ分かると、ナアマはうたた寝を再開した。
「そこの髪の長いお嬢ちゃんだよ。あの村の娘かい?」
「はい、一応……」
無視しきれない相手だと感じたナアマは目を開け、男を睨む。男は大きな荷物袋を背負っており、見たところ旅人だ。
「それは良かった。私は旅をしている者なんだが、今晩、お嬢ちゃんの村で宿を借りたく思ってね」
ナアマの態度に悪い顔ひとつせず、あくまで紳士的に手をさしのべる旅人。
「もし良かったら、村の案内を頼みたい」
旅人の手を取り立ち上がったナアマは、バスケットを拾い上げ、微笑んだ。
「うるっせーぞ。ハゲ。これでも食らってろ!」
ナアマはバスケットからラキシュの花を一輪もぎ取り、旅人の口にねじ込んだ。
「毒のある花だ。一時間しないうちに強烈な腹痛がやってくるから、急いで村に行った方が良い」
目を白黒させている旅人に、ナアマはもうひとつ教えてやった。
「よく聞け、俺は男だ!」
滑り転がるように丘を降りる旅人を見送って、彼は再び寝転んだ。
とにかく人物描写が苦手。