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冒険者通り十三番!  作者: 鼠色猫/長月達平
第二章  『部屋の片づけは協力してやりましょう』
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『お部屋の片づけ(女性陣編)』



「プリカの手伝いにきたつもりだったんだが……こっちはこっちで大変そうだな」


 廊下からちらりとプリカの部屋を覗き、視界が緑一色なのを確認してアルは呟いた。そのまま回れ右してノエルの方の手伝いに回ろう、と英断しかけたところで、


「アァァァルゥゥゥウ……助けてぇぇぇ」


 後ろ髪を引かれる声に嫌な顔をして、アルはため息をつくと部屋に入り込んだ。


 プリカの部屋は昨日と内装を変えたらしく、全体的に成長しすぎた蔦や得体の知れない花々が咲き乱れる、ちょっとした密林ダンジョンと化していた。

 そのダンジョンを手探りに、一握りもある蔦を千切りながら声の方角に進んでいく。


「アルゥ~……お願いだから、ちょっと助けてぇ」


 泣き顔を逆さまにして、手足を草の蔓に絡め取られたティファがぶら下がっていた。全身をくまなく蔦に締めつけられ、体のラインが浮かび上がってお子様は見ちゃダメだ。


「ちょっ、なんで目ぇそらすのよっ!」


「俺、紳士だからさ。嫁入り前の娘さんのエロい格好なんか見てられない」


「不問に処すからお願い助けてっ。もう頭に血が溜まって限界が近いのぉっ」


「不問か、了解。やっぱり女の子は白が似合うよな!」


「笑顔でさわやかに何を語るかぁ! あぁ……頭に血がさらに上るっ」


 なるほど。叫ぶティファの顔色はアルのせいで赤面が加速している。逆さ吊りはとても辛い。親子ゲンカで負けるとよくやられたものだ。よし、と意気込んで手を伸ばす。


「とにかく、すぐにこの緑の魔の手から助け出してやるからな」


「まあ。それは止めておいた方がいいと思いますよ」


 突然背後から出現し、やんわり頬に手を添えたプリカに顔を向ける。彼女は体のあちこちに葉っぱや蔦の名残を残し、それなりの被害を被った格好で微笑んでいた。


「止めるな、プリカ。早くティファを助けないと今に頭がボンバーヘッドする。俺の知り合いのク・シーも、頭に血が溜まりすぎて呂律がおかしくなったんだ。ボンバヘッ」


「まあ。そうなんですか? では、仕方ないですね。この蔓はサギタスという悪戯好きな植物のもので、丁寧にほどかないと怒って捕まえている動物の手足を引き千切るという困ったさんなのですけど、急ぎならしょうがないですね」


「そうだ、急がないと。ボンバヘッのことを考えれば、そんなことは些細なことだよ」


「些細なことかっ! 無理無理無理ぃ! 手足もげたら死んじゃうっ! ほどいてぇ!」


 逆さの首を振ってティファが嫌がるので千切るのは断念。ボンバーヘッドの制限時間に焦りながら、蔓に手をかけてほどき始める。


「というか、そんな危ない植物がどうしてこんな部屋の中に……」


「実はこの植物の根が風邪に大変効果がある薬になるんです。それで採取しようとしたんですけれど、用法を誤ってしまって。水に浸けると爆発的に成長するんですね」


「ボンバー繋がりだな。っていうか、プリカは大丈夫だったのか?」


「はい。実はエルフには植物と意思疎通する緑の加護があるんです。ですから一生懸命お願いをして、何とか穏便に解放してもらったところなんですよ」


「なんかエルフといいドワーフといい、ちょっとずるいなその特性……」


 言いながら重なった蔓をずらし、奥の蔓を手前に、というような作業を続ける。


「ティファが白目剥いて無言になってるから急がないとな……左っと」


「お手伝いに来ていただいたのに申し訳ないです。左ではなくて右ではありませんか?」


「いや、ここは左だろ。それでこっちの足を輪っかから出して……」


「まあ。それだと左足の関節が逆向きに。早急に頭を解放させることを優先しないと」


 言い合いながらどんどんティファの関節がこじゃれていき、限界に達したティファが赤の魔法で焼き払うまでに三十分近くかかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「オヤオヤオヤ? 半分だけヘアスタイルを変えたんですネ。私的な評価はグッドですが、浮かない顔はバッドで似合いませんヨ?」


「火の手がちょっと容赦なくてな。半分アフロで見映え悪いが気にしないでくれ」


「そですネ、バランスはちょっと……さっきまでの全アフロ、似合ってましたヨ」


「アフロがイメチェン後の姿だ! 今朝まではフィーバーしてなかっただろ!」


 ノエルの手でずいぶんと様子の変わった部屋を、もっさり頭で見渡し感嘆する。地下室やテラスを要求した二人と違い、やや大きめの部屋を一つだけ求めたノエルはその部屋を自室兼礼拝堂という、神の信徒的にはどうなんだというスタイルに改装していた。


 窓際には燭台が置かれ、四人掛けの長椅子が並んでいるところはイメージ通り。ただバルトの私室に負けず劣らず窓を目張りして、揺らめく炎に光源を限定した怪しい空間作りの狙いはわからない。礼拝堂というより悪魔崇拝の雰囲気をかもし出しているが、まあ都会の教会はこれがスタンダードなのかなと思考を投げ捨てておいた。


「それで、アルさんは何をしに来られたのですかネ? 一応、プライベートルームを兼ねていますからジロジロ見るのはマナー違反ですヨ。エッチですネ」


「今後ますます人の出入りが活発化する場所だと認識してんのかその発言」


 やり場のない疲労感を漏らしてから、ノエルが長椅子を運ぶのに四苦八苦しているのを見かねて、後ろから椅子の背もたれを掴んで軽がると持ち上げる。


「手伝いに来たわけだから力仕事ぐらいは任せろ。で、どこに置けばいいんだ?」


「……ますます気に入ってしまいましたヨ、アルさん」


「適当に放るぞ」


「アン、つれませんネ」


 いつまでも聖職者らしからぬノエルに辟易としつつ、手伝いなら存分にとばかりに遠慮なく言い渡された仕事を淡々とアルはこなしていく。


 大方の重量級を設置し終えて、そろそろ最後かと荷物置き場に向かう。そこに残った大物は二つ――手前は金ぴかの十字架で、奥はやや薄汚れた聖像だ。値打ち物なのは手前だろうし、重そうなのは奥だ。アルは当然のように奥の聖像に手を伸ばしたが、


「それは我が神の聖像なのですヨ。お気遣いはありがたいのですが、アルさんにも触れさせられませんネ。運んでくださるなら十字架の方をお願いいたしますヨ」


 やんわりと手で遮られる。ノエルの口調は普段と変わらなかったが、その言葉に込められた思いには無視できないほどの強い重みが感じられた。

 敬神の思いを茶化すつもりはない。アルは聖像を見つめて、うんと頷く。


「そっか。これがノエルの信じる神様の像なわけだ」


「ハイ。我が神こそが世界を混沌から救済されると、心から信じておりますヨ」


 陶酔や心酔と似た、己の信じるものを語る人間特有の満足感が溢れる言葉だった。


「ノエルは何で個人教会を? 個人教会ってのは宣教師とか修道女が通りがかりの宿とか茶屋で、冒険者相手にちょろっと仕事するもんだろ。町にどっかりと腰を据えて、一人でやるなんて負担がかかりすぎるんじゃないのか」


「あやや。ひょっとして私に興味が湧きましたかネ? いけませんヨ。この身はすでに神に生涯を捧げることを誓った身ですので……」


「茶化しているわけじゃない。……答えにくいならいいけどよ」


「あや、シリアスなお話がお望みでしたカ。別に隠すようなことでもありませんから言ってしまいますけどネ。私、ちょっと教団の方で問題を起こしてしまいまして、所属教会にいられなくなってしまったんですヨ」


「ああ……そうなんだ。納得」


「アラ? そこに至る経緯とか説明してないですヨ? 『ノエルがそんなことするなんて思えない。きっと何かの間違いだよ!』とか知った風に言ってくれないんですかネ?」


「ノエルのことだからそんなこったろうと思ったよ。きっと全部正しいだろう」


 イヤンイヤンと大根役者に首を振る姿にため息をぶつけ、十字架を担いで礼拝堂の奥へ向かう。と、その背中に声の調子を落としたノエルが、


「私も教会を出て、あちこち放浪しながら洗礼を続けましたヨ。でもですネ、今の時代はどこも人手不足なのデス。正規の教会だけではとても手が回らないのですネ。ならば教会に戻れぬ身なれど、せめて救いを求める人々を少数でも救いたいと思ったのですヨ」


 それはノエルの偽らざる、心からの真剣な言葉だった。


「魔王軍と人類種全体の戦いは長いですガ、ここ数年の猛攻は敵が本腰を入れてきた証拠でしょうネ。アルファズル教の『予言の年』から十数年……敵も必死なのですヨ」


 アルファズル教の予言の年とは、世界創世の神アルファズルが魔王軍との長きに亘る戦いに終止符を打つため、劣勢の人類種族を救わんともたらされた神託だ。

 神は強大な力を持つ魔王を打倒する力を秘めた勇者を人間族に産み落とし、その勇者が一人前となって魔王に挑めば必ずや世界が救われるという予言をもたらしたのだ。

 その予言によって勇者が生まれたとされる年から十数年の年月が過ぎ、勇者が旅立ちを迎えるとすればそろそろいい塩梅という月日が流れたわけだ。


「世界中の誰でも知ってる、夢物語みたいな話だ。一応、俺だって知ってる」


「故に魔王軍も滅ぼされまいと必死。結果、冒険者の方々や無辜の民が傷つくのですヨ。ですから私は一人でも多く手助けするため、教会を開く決意をしたのですネ……ううっ」


 金の十字架を礼拝堂の奥の壁に設置すると、アルは背後で嗚咽のような声を聞いた。感極まったのか、それとも自分が救うと心の決めた人々を思ってのことなのか。

 ただ、話を聞く前と後で、ノエルに対して抱いていた印象はずいぶん変わっていた。


「そっか。ノエル、俺、お前のことちょっと誤解して……」


 晴れやかに振り返った先――たじろぐような鬼気を発しながら、ノエルは亀の歩速で聖像を背負って運んでいるところだった。


 顎先を汗が伝い、全身が限界を超えた筋力の酷使で震え、ギブアップを叫んでいる。

 それでもノエルはむしろ恍惚とした形相で、差し伸べようとするアルの手を拒んだ。


 すごい……神への信仰心です。


「フフフッ……この苦難、辛酸さえも神が与えし試練! この艱難を乗り越えることで、私はまた一つ上のステージに上がるわけですネ! アァ、神ヨ! 我が父ヨ!」


 トランス状態のノエルは口角泡を飛ばす勢いで、自分を励ましながら進んでいる。

 触れて手伝うことが許されなかったアルは、とりあえず一生懸命応援した。




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