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冒険者通り十三番!  作者: 鼠色猫/長月達平
第二章  『部屋の片づけは協力してやりましょう』
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『お部屋の片づけ(男性陣編)』


 人口が百万を超える王都であろうとも、早朝の町並みはそれなりに穏やかで、静々と落ち着いた雰囲気が流れている。冒険者通りに面した騒ぎ刀傷沙汰火の玉大好き店主達も各々の店開きを始め、商品を並べ出したり朝の挨拶を声で拳で刃で交わしている。


 その一日の開始となる元気いっぱいの時間、冒険者通り十三番目『カインド・ベル』は暗鬱とした雰囲気を漂わせ、早くも閉店間近のへろへろ感をかもし出していた。


「ああ、どうも寝入った気にならん。……まるで意識を失っていたかのようだ」


「まあ。偶然ですね。実は私も疲れが取れなくて。枕が違ったからかもしれません」


 二日酔いのように顔をしかめているバルトと、相変わらず微笑を浮かべたまま少し気だるげなプリカが挨拶もそこそこにそう話している。その横ではノエルが朝の習慣らしい神への祈りを捧げているので、全員が死神に勝利して戻ってこれたようだ。ちなみにアルとティファも同じテーブルにいるので、全員がフロアに揃っている形だ。


「まあ頭が痛むのはいい。それより、儂の部屋の窓を目張りしてくれたのは誰だ?」


「それはあたしだけど、ひょっとしてマント使ったのがダメだった?」


「いや、それは構わん。日除けしてくれたのは助かった。ただ、釘打ちまではせんでくれ。剥がすときに引っ張って端が裂けてしまった。マントに代わりはないのでな」


 今も着ているマントの端を指差し、バルトが困ったような顔つきで言う。


「悪い、バルト。マントに釘打ちしたのは俺だ。ドワーフは日に当たると石化するって聞いてたから万が一があっちゃ悪いと思って」


「石化か……まあ若輩者はそうなるものも多いが、儂ぐらいになると石化は大げさだ」


「年齢で弱点って変わるのか? すごいな」


 人間族には想像もつかない話だとアルが呟くと、プリカがそうですねと引継ぎ、


「基本的に人類種は年齢を経るごとに強力になる傾向があります。弱点に対する耐性が上がって無茶できたり、魔眼の効果が強まって傾国させたりですね。千年生きたエルフの伝説はたくさんあります。国を傾けたり権力者を傾けたり……色々ですね」


「使用方法が傾け一辺倒じゃねえか! エルフ恐ぇよ!」


「プ、プリカの偏った説明はともかく、それじゃバルトは日を浴びても平気なの?」


「流石に平気になるほどではないな。儂の場合はあれだ、日を浴びると痒くなる」


 それが非常に苦痛だとこぼすバルトだが、それこそ大げさに嫌がることなのかと全員が思った。その雰囲気を感じ取ったのかバルトが憤慨する。


「貴様らは痒みの恐ろしさがわかっとらん。痛みも苦しみも辛さも我慢できるが、痒さだけはどうにもならん。悲しみを力に変えることはできても、痒さは何にも変わらん」


「はいはい大変大変。まあ、次からは気をつけるよ」


 バルトはまだまだ痒さ談義を続けたがっていたが、朝の祈りを終えたノエルがトランス状態から戻ってきたので話を切り上げた。全員が一堂に会し、さあこれからどうするという雰囲気になったので、ティファが切り出す。


「今夜、アル以外の三人には組合に顔を出してもらおうと思うの。王都で商売をするなら基本的に、店を出す通りごとの組合に所属することになるから」


「まあ。ということは、冒険者通りの組合に所属……という形になるのでしょうか」


「そうなるわね。あたしもそうだし、ロッテ姉さんは組合長よ。組合に所属すれば変なお客とか厄介事を避けられるし、地域の連帯感の強化って感じね」


「なるほどな。儂は異論ない。今夜、ということで構わんのだな」


「ええ。組合にはあたしが連絡しておいたから、組合員の八割が出席できるわ。冒険者通りの店主が一堂に集まるから、顔合わせとか同業と取り決めしとくのがいいわね」


 すでに王都で立派に店を切り盛りするティファの言葉には重みがある。全員が異議なしと頷くのを見て満足そうにしたあと、さらにティファの提案は続いた。


「じゃ、夜まではみんな時間があるでしょ。今日は宿は閉めておくから、それぞれの部屋と仕事場を作っちゃいましょう。早ければ明日か明後日には店も開けられるから」


「そんな早業なのか。心の準備もクソもないな」


「やると決めたら速攻よ。王都じゃ足踏みしてると横からかっさらわれて素寒貧よ。アルもとっとと準備整えておかなきゃね。組合には一緒に顔出しなさい」


「そ、そりゃ是非もない話でさぁ。荷物持ちでも何でもやらせてもらいますよ」


「卑屈ねえ。ま、完全に武装解除状態で王都に来たアルにはちょっと甘い話かな」


 そういう意味では複数人で集まって一つの店というのは幸運だ。頼る人間もいなかったわけで、ティファのように経営観念のしっかりしている人との出会いは代えがたい。


「そうだ、ティファ。実は今後のことで相談したいことがあるんだけど」


「こ、今後!? え、何かしら。はい。聞きます。ドキドキ」


「そんな期待されると言いづらいんだけど! 実はアルケスを教えてほしいんだ」


 予想外の頼み事に、ティファが大きな瞳をぱちくりさせて、


「アルケスを教えてほしいって、あたしに? タダで?」


「微妙に本音が最後に出てるけどそれで頼みたい。会話は大丈夫だから読み書きを。独学でもいいんだが、アルケスのわかる人の助けがあった方が覚えやすいと思うんだ」


 忙しく日々を過ごすティファには厄介な頼み事に違いないが、「タダ……タダか」と少し逡巡してから上目遣いに、


「アルケスならここにいる誰でも教えられるわよ。どうしてあたしに?」


「どうしてって……他の面子は性格に難がある」


「そうね」


「それにティファならちゃんと教えてくれると思って。店で一番頼れるのはティファだ」


 他の面子は致命的に教師に向いていないだろうとアルは思う。と、その言葉を聞いたティファは顔を赤らめ、ぱくぱくと酸素を求めるように口を動かすと高速で顔を背けた。


「し、仕方ないわね。そこまで言うなら教えたげてもいいわ。アルケスの古文書から筆記体、死語から崩し文字まで完璧にマスターさせてあげようじゃない」


「いや普通のだけでいいよ!? やる気になってくれたなら嬉しいけど」


 あまりの意気込みに逆にアルが尻込みするが、ティファの気力は充実したようだ。色々と準備しなきゃと指を折りながら、早速今夜からねと約束してくれるティファは頼もしい限りだった。

 ティファの指示を受けて、それぞれ持ち場に散っていく。その手伝いのためにバルトに続きながら、一足先に王都で店を開くことになる背中に羨望の眼差しを向ける。

 いずれ俺も同じ場所に立つのだと、夢を抱き続ける少年の眼差しで。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「バルトが使うのは部屋と地下室だっけ。やっぱり部屋の目張りから始めるのか?」


「いや、それより手伝ってくれるなら地下室の荷物整理の方が助かるな。目張りも儂がやると血まみれになるから、日に当たって大丈夫なお前にやってもらえると助かるが」


「血まみれって……マジで忍耐力が足りなすぎるな」


「何とでも言うがいい。いずれ貴様も痒さの本当の恐ろしさを味わう日がやってくる。そのときになって、あのときの儂の話を真剣に聞くべきだったと後悔するのだ」


 長期的で不確定な復讐だと思いつつ、居住スペース奥の地下への階段を下る。長々と使っていないというティファの前置き通り、空気の冷え切った埃だらけの空間だった。

 埃臭さにアルは顔をしかめたが、赤のカンテラを持つバルトはその雰囲気が気に入った様子で、埃の積もる地下室に機嫌よく足を踏み入れる。


「いい空気だ。荷も思いのほか少ない。手伝ってもらうことはあまりないかもしれんな」


「この微妙に黴臭くてそれなりに肺に悪そうで親にお仕置きで閉じ込められそうな感じがドワーフのお気に入りなのか? 俺は正直あんまし長居したくない空気だぞ」


「お前は仕置きの経験が多そうだな。空気によどみがなく、石にも生気が溢れている。時間経過に乱されぬ大自然の恵みに満ちておると思うが、人間族には感じられんのか」


「俺には古いものを良いものだって言い張るお年寄りの言葉にしか聞こえなかった」


 嘆かわしいとバルトが首を振り、カンテラを壁にかけると全体が見通せるようになる。天井を含め、床と壁を石造りにされた地下室だ。地下と石造りの相乗効果で室内は冷たく保たれており、空気によどみがないという発言については同意してもいいと思えた。


「とりあえず、一抱えもある荷箱だけ端に寄せてしまえば問題あるまい。儂は力仕事のドワーフだが、お前のように華奢な体では無理ではないか?」


「ほっほーう。そりゃ俺への挑戦状と受け取ったぜ。人間、舐めんなよ」


 箱はアルの胸ぐらいまである巨大なものだ。中身は書物やらガラクタがごった煮してあり、重量は男手が三人は欲しいところか。それが三つ、部屋の真ん中に置いてある。


「どれ。儂がドワーフの力というものを見せてやろう」


 鼻息荒く先陣を切ったバルトが、自分の身長とほぼ同サイズの箱の底を持つ。かけ声と共に短い腕で見事に箱を担ぎ上げた。同時に重量の問題ではなくバランスの問題で後ろにひっくり返って中身をばらまいて全身に浴びる。


「うわぁ。ゴツゴツジャリジャリザラザラしてそう」


「ゴツゴツジャリジャリザラザラしとったわ! 貴様、ドワーフを馬鹿にしたろう!?」


「種族全体はともかくバルトを哀れんだのは確かだ」


 埃まみれのバルトに代わって、木箱をひょいと担ぎ上げる。そのまま壁の端に預け、次の箱も同じように軽々と運ぶアルを、バルトは呆気に取られた顔で見ていた。


「アル……お前、本当に人間か?」


「失礼な。ちょっと家庭の事情で色々あっただけだ。俺の親父なら片手で運ぶぞ」


 バルトがぶちまけた箱を戻し、その箱も壁に寄せると地下室の片付けは終了だ。


「あとは軽く掃除すれば鍛冶道具とか運び込めるかな」


「掃除などいらん。この部屋を鍛冶場にすれば自然と掻き消えるだろうからな。まあ、力仕事の礼を言おう」


「殊勝で意外だ。てっきり『儂の活躍の場を奪いおって。小童がこれで勝ったと思うなよ、ウキーッ!』とか怒るかと思った」


「やっぱり貴様はドワーフを馬鹿にしとるだろう!?」


 怒鳴り声を背中に浴びながら、アルはとりあえず階上に視線を向ける。


「それはそれとして、地下室でやることないなら俺は部屋の目張りなんかしてくるぞ」


「わかった。そっちを頼む。鍛冶場造りは余計な人間がいない方が都合がいいのでな」


「手の届かない高さにうっかり物を置いちゃった時とか呼んでくれ」


「やっぱりドワーフを馬鹿にしとるだろう!?」


 ドワーフ全体は馬鹿にしてないよ、とは言わずにアルは地下室を出た。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 お呼びがかからなかったので、目張りして紅茶を一杯飲んでくる余裕さえあった。

 どのぐらい板張りすればいいのかわからなくて途中からハイになり、少し過剰装飾になったが、アーティスティックな感じになったのできっと気に入ってもらえるだろう。

 そうして誇らしげに地下に戻ると、すっかり様相の変わった部屋に迎えられた。


「うむ、戻ったか。部屋の目張りは終えたのか?」


「芸術的にな。それで戻ってきたんだけど……こりゃ驚いたな」


 木箱と埃とバルトだけだった地下室は、今や立派に鍛冶職人の仕事場と化していた。

 部屋の奥には火床が設置され、中央には鍛冶用の土台もある。昨日、ティファと戦ったときの斧によく似た、仕事用と思われるハンマーがいくつか壁に立て掛けてあった。


「短時間でこんなにリフォームできるなんて、リフォームの鬼だな」


「ドワーフには鍛冶師としての加護がある。魂に刻まれた黄の魔法は、己が仕事場と定めた場所を鍛冶場に作り変える加護の賜物だ」


「はぁ……そうなのか。じゃあ、バルトが仕事しようと思えばあちこちに仕事場が」


「加護の効果も万能無限ではない。一度、仕事場と定めた場所が役目を終えるまでは次の仕事場は生み出せん。とはいえ、儂の方の準備はこれで万全だ」


 火床にはすでに赤が灯り、冷え切っていた地下室の気温をぐんぐん上げている。立て掛けたハンマーから一つを選び出し、肩に担ったバルトがアルを振り返った。


「今夜の組合で、組合員を納得させる作品が必要だ。そうでなくても商売には商品がなければな。儂の持ってきた商品がいくつかあるが、これから早速仕事に入る」


「そうか。それじゃ俺は邪魔になるから、プリカかノエルの手伝いに回るわ」


「うむ。あー、アル……助かった。礼を言う」


 咳払いしてから礼を言うバルトの姿に、素直に言うのが照れ臭いんだなとアルは解釈。


「なに。これから王都で商売する先輩になるんだ。手伝うことは俺にとってマイナスにはならないから、むしろ願ったり叶ったりだな」


「若造にしては感心な考え方だ。そういう手合いは嫌いではないぞ」


 階段を上りながら、好意的な微笑を口元に刻むバルトに手を振って地下室を出る。


「じゃ、棚の裏にコインを落としたけど手が届かない。そんなときに呼んでくれ」


「前言撤回して貴様はもう少しドワーフを敬え!」



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