『物語は続く』
死屍累々――屍だけが空間を支配していた。
隣ではバルトが、そしてプリカがテーブルにうつ伏せてぴくりとも動かない。大切な仲間の無残な姿に眦が濡れ、堪え切れなかった涙が一滴、テーブルクロスの染みになる。
倒れているのは二人だけではない。招待された冒険者通りの組合員達は、見当たる限り全員が意識を失っている。それは全員を同時に襲った、避けようのない悲劇だった。
「どうしてだ、ノエル……解呪は……ティファの呪いは解けたんじゃないのか……?」
言葉一つに多大な代償を払いながら問うと、正面のノエルは普段と変わらない態度で、
「呪いは解呪されていますヨ。ティファさんの味音痴は、これで治っているのですネ」
「だってのに、これは……どうして……」
ティファの料理の呪いが解呪され、それを祝しての食事会が今の惨状のあらましだ。
結果は惨敗――全員が敗北し、そしてその猛攻はかつてを上回るほど激烈だった。
「どうしてこんなことに……呪いは、ドノヴァンがいなくなって、もうないのに」
「推測ですが、ティファさんは長らく味覚の狂う呪いにさらされ、遠のく客足を取り戻そうと試行錯誤を繰り返したはずデス。それを突き詰めた結果、まともな料理の作り方を忘れてしまったのではないかと……愚考してみたりするわけですヨ」
「まさかそんな悲劇が……。何とかならな……ノエル? ノエル!? ノエルーッ!!」
飄々としたいつもの笑みのまま、眠るように動かなくなった戦友に黙祷。
呪いが解けたことを知ったティファは大喜びし、厨房で次々と料理を仕上げている。運ばれてきた料理の皿に、待ちきれないとコボルトが手を伸ばしたのが悲劇の始まりだ。
せめてそのコボルトが先陣を切れば被害は最小限で済んだのだが、誰かが内緒で平らげて、次の料理を運んできたティファを驚かせようなんて提案しなければ、全員が共倒れになることは避けられたのだ。ごめんなさい、提案したのは自分だ。
ちなみにロッテはどうしても外せない会合が入ったとかで不参加だった。後で合流する手筈になっているのだが、彼女の危機回避能力は神懸かっている。
「お待たせ~って、あれ? みんな、どうしたの?」
新たに完成した地獄への片道切符……失礼、料理の皿を片手にティファが戻ってきた。そして倒れる全員を見回して、僅かに目を細めてから「はは~ん」と手を顎に当てる。
「さてはみんなアレね。あたしの料理の呪いが解けてないみたいに振舞って、あたしを驚かせようっていうんでしょ。まったくもう、子どもなんだからっ」
憂いなく料理ができるようになったから、ティファのテンションは変な方向に高い。
倒れている面々を見渡し、皆が頑固に演技を続けていると思ったのか、なおのこと楽しそうに「そうはいかないんだからっ」と可愛い笑顔でエプロンドレスを翻らせる。
「さっきアルがおっきな声でノエルを呼んでたの、聞こえてたんだからね~。打ち合わせだったのかもしれないけど、みんなったら詰めが甘いんだもの」
ちらりと視線を向けられるのを感じながら、アルはテーブルにじっと突っ伏し、覚醒していることを隠匿している。これも全て、ティファのためだからね。
ティファは動かない人々の様子を見ながら、途中で料理の皿が空になっていることに気づいて手を叩いて喜んでいる。その部分だけは無残な犠牲者達の心意気が届いたようで切ない気分になるが、もういっそ哀愁さえ漂う反応にも思える。
「頑固ね。誰も動かないんだから。仕方ない……じゃ、二皿目はあたしが最初っ!」
そう言ってテーブルの上に置いた一品に、ティファは躊躇いなくフォークを突き刺し、もったいぶるように宙を巡らせて、深く味わうように口の中に――そして卒倒した。
「やったーっ! おめでとう、ティファ! 呪いはちゃんと解けてるぞ!」
自分の料理を食べて卒倒できるということは、味覚が通常に戻ったということ。つまりはノエルの推測の正しさを証明することになるが、今はただ賞賛の気持ちでいっぱいだ。
かすかな麻痺の残る手足を動かしてティファの下へ。彼女はその場に四つんばいになって、咽ながら口内のものを吐いているところだった。おいおい、ヒロインよ。
「な、な、な、なんでマズイのよ――っ!!」
絶叫する彼女の背を優しく撫でながら、アルは慰めるように囁きかける。
昨日の自分より、今日の自分が優れていることが、夢を叶える大事な一歩だとすれば、以前は気づかなかった自分の料理の酷さに気づくというのも、また大事な一歩だろう。
「そんな感じにまとめてみると、この料理も違った風に見えたり」
「するかぁ――っ!」
「ぶあぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃぢゃ――!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ミドガルド大陸最北端、ミドガルド王国王都エルベルムの冒険者通り。
暴虐の限りを尽くす魔王軍、それに対抗する勇者や冒険者達。その彼らの厳しく険しい道筋を明るく照らし、背を支えて、優しく送り出すことを至上とする店が立ち並ぶ。
その冒険者通りの真ん中で、その大きな門扉は客を待っていた。
扉を開くと来客を報せるベルが鳴り、店内に展開される多目的な商業スペースが客の求めるあらゆる願いに応えてくれる。
武器・防具屋の頑固そうなドワーフが、届かない足をぶらつかせながら重々しく頷く。
薬師のエルフが頬に手を当て、たおやかな、しかしどこか妖しい微笑で客を出迎える。
表情の見えないシスターは常時トランスに入っているが、模範的なほど敬虔な神の僕。
入り口正面のカウンターに、記入されることのない宿帳と笑顔を絶やさないオーナー。
それらの間を忙しなく駆け回る店員がいて、次々と頻発するトラブルに対処している。
騒ぎと歓声の絶えない店内に、個性豊かな店員と客。そして休む暇もなく訪れる大混乱。
――ベルが鳴り、また誰か新しい冒険者が足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ!」
出迎えの声が重なり、これから苦難の旅を続けるだろう冒険者に一時の安らぎと旅の安全を。
――ようこそ、ここは冒険者通り十三番目『カインド・ベル』
――お近くにお寄りの際、是非、お気軽にお尋ねください!
『冒険者通り十三番!』これにて完結でございます!
ここまで彼らの物語にお付き合いいただき、ありがとうございました!
続編の構想はいっぱいあるのですが、今はもうひとつの作品の方に専念したく思いますので、ひとまずはここでお別れです。
では、彼らの冒険を読んでいただいて、ありがとうございました。
ぜひ、別の作品でもお会いできれば幸いです。




