『持ち込まれた火種その2』
「お店の人! いるッスか!? 大変なんスよ!」
両開きの扉を勢いよく押し開き、転がるように飛び込んできたのはバンダナの青年。
「ライズじゃないか、どうした!」
「あっ! アルさん! 大変なんスよ、カイリの奴が――っ!」
こちらの姿に気付き、安堵の表情を浮かべかけたライズが慌てて身を伏せる。その頭上を大気を薙ぐ轟音を纏い、大剣が店の扉を切り裂いて横断した。
次の瞬間、周囲の歓声とも悲鳴ともつかない声が響き渡り、パニックが伝染する。
てんやわんやになる店内をライズが逃げ惑い、それを追う甲冑の騎士の斬撃がテーブルを叩き割り、床を削り、壁に笑って見過ごせない斬撃の傷を刻んでいた。
「おい! パーティー内のいざこざぐらい余所に持ち込まないで処理しろよ!」
「違うッスよ! アンデッドッス。カイリ、いつの間にかアンデッド化してたんスよ!」
ライズは身軽な動きで斬撃を避けるが、その度に被害が拡大していく。その有様にティファは声もなく硬直し、これといった反応もできずに呆然としている様子だ。
「くそ! 早く止めないとティファが爆発して収拾つかなくなるか!」
アルは店内を見渡し、バルトの店に飾られている輝く剣を手に取った。エスカリボーと呼ばれる光の聖剣は、それを握った持ち主の勇気を奮い立たせる。
「バルト、借りるぞ!」
返事も待たずにアルは疾走、大剣をこともなげに振り回す甲冑の巨体に接近する。
竜巻のような縦横無尽の斬撃に剣を差し込み、いなしながら近接戦へ持ち込む。その鮮やかな技量に後ろで助太刀のタイミングを計っていたバルトが呆気に取られた。
「――隙ありっ!」
振り下ろしに軽く剣を当てて、大剣が床に突き刺さる大きな隙を作り出す。その間隙を縫ったアルの一撃が甲冑の隙間から胴体を貫き、アンデッドは倒れ伏した。
剣を鞘に収め、鮮やかな手並みに見惚れている観衆の中、ノエルが駆け寄ってくる。
「イェイェイェ、見事なお手並みでしたネ。次は私の出番ですヨ」
「ああ、蘇生の祝福の出番だ」
そそくさと倒れる騎士に向かう背中を見送り、肩を激しく上下させながら安堵の表情を覗かせているライズに近づく。
「問題を持ち込むなよ。いっそ途中で斬られた方が被害が少なかったのに」
「そりゃないッスよ。にしても、アルさんはずいぶんと強いんスね……」
「家庭の事情でちょっとな。まあ、それはいいんだが」
剣を肩に担い、アルは惨状を声もなく見ているティファに視線を向ける。
ティファは荒らされた店内を愕然と、感情の消えた瞳で見渡しているところだ。ショックが強すぎて、まともなリアクションが取れないのだろう。
ティファの店への思い入れを考えれば、法外な値段を要求されるかもしれないなと、ライズへの同情が浮かぶがそれはそれ。思い出は値段に代えられないプライスレス。
「ともかく、アンデッド化なんて特殊な攻撃する敵のいる場所に踏み込むなよ。治療のアイテムも持たないなんて、ティファに借金の相談するくらい自殺行為だ」
「いや、そんなはずないんスよ。今回は王都の周りをぶらついてたんス。ここいらに特殊攻撃する敵なんか聞いたことないッスし、カイリも攻撃を受けてないはず……」
言い訳と切り捨てられるようなライズの発言を中断したのは、ノエルの祝福を受けていたカイリが獣のような絶叫を上げ、再び大剣を構えたからだ。
周囲の誰に被害が及ぶよりも早く、アルは神速で踏み込んで剣でカイリを打ち据える。倒れ込んだ身に剣を打ち込んで、再びアンデッドを沈黙させた。
「おい、何か厄介な状態異常に嵌まったんじゃないか?」
「いえ、これは恐らくは相性が悪いんですヨ。この方はアルファズル教の敬虔な信者の方ではありませんかネ」
「そッスよ。カイリは親類が教会関係者なんで、生まれつきアルファズル教信者ッス」
質問にライズが答えると、ノエルはそれで納得がいくというように強く頷く。
「この方はアルファズル教を堅く信じてらっしゃるので、私の神とは折り合いが悪いのでしょうネ。我が神は万民を愛するが故に、等価の愛を求める寂しがり屋なのですヨ」
「――おい、ちょっと待て」
慈母の微笑みを浮かべるノエルに対し、傍で聞いていたバルトが低い声で割り込む。
「今の発言を聞くに、まるでノエル自身はアルファズル教と関係ないように聞こえたが?」
「その通りですヨ。私はアルファズル教のシスターではありませんネ。私が信じる神の名はオリアレス。アルファズル教の教えと外れる、別宗教ですヨ」
どこか厳粛ささえ感じさせるノエルの態度にアルは驚きを隠せないが、さらに衝撃を受けているのはバルト達のようだった。中でも驚いた様子で血相を変えたのは、呆然とした体からようやく回復したばかりのティファだ。
「オリアレスって、アルファズル教の外典にある異教……いえ、邪教じゃないっ!」
「邪教……聞きなれた排斥の言葉ですネ」
沈んだノエルの言葉に、ティファが慌てた素振りで口を押さえる。咄嗟のこととはいえ、ノエルの信仰を貶めたことを悟ってのことだろう。しかし、
「アルファズル教じゃないのを信仰するのは、そんな驚くことなのか?」
「って、アルさん、それマジッスか?」
信じられないものを見るようなライズの態度に頬を掻き、
「実は田舎育ちでな。おのぼりさんな俺に驚きの理由を教えてくれ」
「あー、田舎育ちなら仕方ないッスね。じゃあ、お答えしましょう」
こほん、と一度咳払いをしてから、ライズはご高説を垂れるように背を伸ばした。
「現在、この世界全土で広がっている宗教は全てアルファズル教であるとされてるッス。アルファズル教が一神教であり、異教の排斥に容赦がないことが主な理由ッスね」
「異教を……許さない?」
「何でも結構なやり方で異教徒狩りが行われた時代もあるそうッス。やるのは神様ではなく人間とはいえ、未だに異教には厳しいなんて話もあるんスよ」
だから、異教徒は厄介ごとの原因になるとされて歓迎されない。その考えが根底に染みついているというのが、ティファやバルトの反応なのだろうか。
「それはそんな大変なことなのか?」
「ばれなきゃ誰も疑わない話ッスよ。暗黙的に教会は全部アルファズル教ってなってるッスから『君、アルファズル教信者だよね』って尋ねて回る人間なんていないッス」
「故にお膝元で活動しても何の沙汰もないわけですヨ。まあ、聞かれれば偽らずに答えるつもりですガ。――神への信仰は隠すことではありませんのでネ」
「しかし、異教徒とはね……なるほど、問題児じゃないさ」
未だにプリカに支配権を戻すつもりがないのか、薄紫の髪を弄りながらサロメが言う。その表情はどこか愉しげで、ノエルに歩み寄ると口元を歪ませて顔を近づけた。
「曰くつきだと思ったんだよ、アンタは。アタシと似たような臭いがするってね」
「信仰の対象が違うだけで異端とされる……排斥される意味では近いかもしれませんネ」
何がしかの同意に達したのか、サロメは愉快そうに喉を鳴らした。プリカとも仲のいいノエルだが、同一存在であるサロメも条件付きで心を許したようだ。
「指名手配犯に異教のシスター……」
ふらつきそうになるティファの肩を支え、その暗中の心を思いやる。確かにやや個性の強い面々に、個性の強い曰くが付いたものだ。
「そっちも黙ってりゃこのままやっていけるだろ。問題は客がアンデッド化するなんて事態が知れたら事だぞ。そっちはどうする」
「今後は蘇生の祝福の後には注意することにしますヨ。今回の方は甲冑を外さないでと強く希望されましたので気づくのが遅れましたけどネ。それがなければ蘇生の祝福の後にアンデッド解呪して、事態を闇に葬って抜かりなかったはずですヨ」
「事態を闇に葬るとかいうシスターはどうよ……ライズはそれでいいか?」
今回の件はむしろこちらの落ち度なので、損害賠償を求められてもおかしくない被害を与えたはずだが、ライズは人の良い笑顔のままで「いいッスよ~」と気楽に了承した。
その好意に甘えて結論に達すると、項垂れているティファを椅子に座らせて休ませる。騒動を見守っていた客達に今日のところは店仕舞いだと伝えねばなるまい。
長時間にわたって商売が中断しているし、今の騒ぎで店の至る場所が破損している。修繕を急いで、明日に営業再開できるかといったところだ。
「とりあえず、ライズの相方を復活させよう。蘇生の祝福と解呪の祈りでOKだろ?」
「その通りにしますヨ。では、祈祷に入りますネ」
ライズが見守る傍ら、ノエルが衆人環視に晒されながら軽くひかれるトランスに入る。その様子を見届けてから、アルはやれやれと首を振って店内を顧みた。
「プリカとノエルには困ったもんだ。まさかバルトまで曰くつきじゃないだろうな」
「儂が? ふん、そこいらのエルフや小娘と一緒にするな。儂はドワーフ。世界で最も勇壮で賢明な種族の一員だぞ」
胸を張って答える態度には自信しかない。確かに他の二人に比べ、バルトは年齢の分だけ落ち着きがある。エルフのプリカと年齢がどれだけ違うのか知らないが。
――残念ながら、次なる騒ぎによってその質問を投げかけることはできなかった。




