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冒険者通り十三番!  作者: 鼠色猫/長月達平
第三章  『働くのは大変』
11/21

『開店初日後半戦!!』

「プリカ! 何か手伝うこと……ある……りますか」


 やる気の湧き上がった顔で店内に飛び込んで、向けられた十対以上の怨念じみた視線で早くもやる気がへし折られた。店内に十数名いる客は全て男性客で、全員が何やら凶悪な視線で牽制しながら鬼気を高めあっている。


「まあ。アルさん、お手伝いにきてくださったんですか?」


 そんな男達の血と火花散る戦場の空気に気づかず、おっとりとプリカがアルに手を振る。曖昧な笑みで手を振り返し、ますます剣呑になる視線をくぐって彼女の下へ。


「大盛況じゃないか。もっと早く手伝わなきゃとは思ってたんだけどさ」


「まあ。お気遣いいただいてありがとうございます。おかげさまでたくさんのお客様がいらしてくださっています。がっぽり儲かってウハウハですね」


「ウハウハ自重。とりあえず、売り上げについては問題ないかな。男性客が多いのもまあ、予想の範囲内ではあるし」


 エルフといえば見目麗しさで有名だ。王都には人類種も多いが、昨晩の冒険者の館に集まった面々にもエルフは見かけなかった。もともと森で永遠を過ごすのがエルフの常識と聞いているので、プリカの方が異端なのだろう。店内の客も純粋に薬草を求めてくるというより、プリカ目当ての人が多いのではないだろうか。


「特に問題とか起きてないのか?」


「ええ。皆さん、次から次へと商品を買っていただけて、ホクホクです」


「ホクホク自重。この雰囲気で無問題はちょい意外だな。このハーブっぽい匂いが少しは緩和に作用してんのかね」


 店内を漂うのは鼻腔をくすぐる甘い芳香だ。懐かしいような、郷愁を誘われる香りは心に穏やかな風を吹き込ませる。痺れるような疼痛が頭の片隅を刺激し、横に立つプリカの透き通る肌に目が釘付けにされ、その果実のような口唇に引き寄せられ――、


「記憶に新しい三度ネタァァァッ!!」


 テーブルを砕きかねない威力で頭を打ちつけ、持っていかれそうになった意識を取り戻す。流血沙汰になりかけたが、心を侵される苦しみに比べればマシだ。


「まあ。ポーション使いますか?」


「ご厚意感謝。それより聞きたいんだが……この匂いは何だ?」


 渡された緑色の液体を飲み干しながら聞くと、プリカは頬に手を当てるいつものポーズを取った。そして小首を傾げて芳香の源を取り出す。


「これは前、アルさんが嗅いでくださった誘蛾香の別種です。以前のものは強制的に相手の意思を奪ってしまうのですが、今回のものは多少意識の方向を誘導するもので……」


「自然に俺が自発的に嗅いだように言うのをやめろ。っていうか、これって洗脳商法とかになるんじゃないか。聞いたことないけど違法の印象がすごいぞ」


 アルの懸念がわからないと首をひねるプリカが可愛くて不安だ。アルは咳払いして、


「ちょっとアウトかセーフかティファに聞いてくる」


「まあ。いってらっしゃいませ」


 ちょいと広場に戻り、ティファに気軽に問いかけて戻ってきた。


「まあ。ポーション使いますか?」


「……ご厚意感謝。っていうかすごい剣幕で燃やされたぞ。混乱したティファが怒鳴り込んできて商品燃やされる前に、その芳香剤は引っ込めとけ」


 無味の液体で体力を回復させながら、チリチリ頭で芳香剤を回収。ティファの錯乱ぶりはすさまじく、無目的に発射された火球を身を挺して止めた結果だった。


「さり気に重罪らしいぞ。ばれる前に隠すんだ。さあ、早く、ハリーハリー!」


「まあ。残念。効果はともかく、香りを気に入っていたので。何か別の香草を……チュベロースとガンベレイのどちらがアルさんのお好みですか?」


 問いかけと同時、魔法のようにプリカの両手に出現した赤と青の花を見比べ、


「綺麗だけど……これ、どういう花なんだ?」


「チュベロースは戦場に咲く花と呼ばれていまして、人の隠れた闘争心、一種の興奮剤の効果をもたらします。一方でガンベレイは薄幸草という別名もありまして、鮮やかな青と花粉が人の深層意識の負感情を刺激します。野生動物はガンベレイの群生している場所に遭遇して、入水自殺を行うケースも……」


「流暢な説明はありがたいけど、自分で説明してておかしいと思わないのか?」


 顔の前に手を差し出され、プリカは数秒考え込むように視線を巡らせる。それから手に持った二つの花をじっと見つめて、咎めるようにアルを見た。


「危ないですよ? めっ」


「俺を実行犯にするな! だから女性陣の癖が強すぎるって言ったんだ、ライズーッ!」


 ここにいないバンダナの青年に向けて絶叫し、周囲の怪訝な視線を大量に浴びた。

 それぞれ一筋縄ではいかない問題が発生しつつも、開店初日はこうして過ぎてゆく。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「残念だけどバルトの店のお買い上げはなしだ。途中で一回、腹の出たオッサンが買いそうになったんだけど『豚の調理なら包丁を使え!』と売る気があるのかないのかな発言でご破算に。午後は俺に店番任せてたから、明日はもう少し安いのが出るかな」


「そ。ま、予想通りね。評判の程もわからない店の品物にぽんと大金出せないもん。それより問題はプリカなんだけど……」


「ちゃんと引っ込めさせたから大丈夫。客にはばれてないはずだから通報はされないと思う。今回はほら、エルフと人間とのカルチャーギャップということで一つ」


 実際そんな軽い話じゃないのだが、さほど重大な問題じゃないと言い聞かせることで徐々にそんな気分になる。幸不幸は人の捉え方次第だから。


「カルチャーギャップ、でいいのかな。なんかちょっとそんな気分になってきた」


「そうだろそうだろ。振り返ればあれもいい思い出だったなぁと、そんな感じで」


 逃げ道が欲しかったらしくあっさり洗脳され気味のティファ。そうして今日一日を振り返りながら最終的に到達した感想はやはり――、


「しかし、まさかノエルの店に最初から最後まで何の異常も発生しないなんて……」


「変ないさかいも悪魔崇拝者も訪れないで普通にお客さんを消化していったしね。……しかも都通りの教会より値段が良心的だから、回転的には一番よかったくらい」


 ノエルについてはティファも心配していたらしい。思えばバルトも似たようなことを言っていたので、ノエルの性格を違和感なく受け入れているのはプリカだけだろう。奇妙なほど意気投合している二人の組み合わせは単体の五倍疲れる。


 ただ、腕のよさと性格は無関係。今日の集客率と昨晩の試験を軽く突破した実力、ノエルの聖職者としての実力は疑うべくもない。彼女の信念と慈愛の精神についても、本人の口から聞かされたアルは忌憚なく尊敬に値すると思っている。


「でもやっぱり性格が……」


「いつまでもノエルの話題で引っかからない。いい加減、今日の勉強始めるわよ」


 机に参考書を広げて、ティファは気を取り直すように羽ペンを振って笑みを見せた。

 今日の他の面々の店の評判はおおむね好評だ。そのことを振り返るティファは表向き平穏を装っていたが、実際は強がっていたのは誰にでもわかることだった。


 ティファの宿屋の売り上げは予想通りというべきか、惨憺たるものだ。昼食や夕食の時間にもお茶以外の注文は一切入らなかった。ライズの反応からもわかることだが、どうやらティファの料理の腕前のことは周知の事実らしい。


「文字は何回も書いて覚えるのが一番。だから昨日の分をそのまま復習して、今日の分を追加しましょ。ちょっと量が増えるけど頑張るように」


 指を立て、笑顔で今日の課題を課す姿は給仕服の悪魔に見えた。

 溜まっている彼女の鬱憤を思えば、この程度の憂さ晴らしは授業料か。うんざりした昨晩の内容にさらに追加される山を見て、アルは陰鬱なため息を漏らす。


「ねえ、アル。今日の勉強のことなんだけど……」


「鬼、悪魔、限度知らずのスパルタンなんて思ってないぞ!?」


「……ふーん」


 燃やされた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 勉強会が始まって二時間ほど経過した頃、ティファが可愛らしい欠伸をした。

 終業と明日以降の話し合いが色々と立て込み、勉強会の開始がそもそも遅かった。激動で心労の重なった一日を思えば疲労が募るのも当然だ。


「待ってました! 今日は色々あって疲れただろうし、そろそろ終わろうか? イエイ」


「本音が最初と最後に駄々漏れてたわよ。こういうのは一度自分を甘やかすと後を引くの。やると決めたところまでキッチリやらなきゃダ~メ」


 優しく額を突かれたが、その指先は高温を帯びていて実は優しくない。軽い火傷の痛みを訴える額を押さえて恨めしげに見ると、彼女は部屋から出ていくところだった。


「お、おい、どこに行くんだよ」


「それはアルの課題。ちゃんと明日までにやっておくのよ。あたしは寝るから」


「鬼、悪魔、限度知らずスパルタンの冷血女仕立て!」


「アルの丸焼きがメニューに載るときはそういう品名にするわね」


 炎上覚悟の発言はかわされ、ティファはひらひら手を振って部屋を出ていった。その背を唖然と見送って、行き場のない不満で羽ペンを振り上げたり下ろしたりする。


 このまま投げ出して寝てしまうのも選択肢の一つだが、明日の成果確認で因果応報するのは確実だ。頼み込んだのも自分なら教師を選んだのも自分。その教師がどれだけ過酷な試練を出そうとも、途中で投げ出すのは男の子失格だろう。

 そう自分に言い聞かせると、アルは気合いを入れ直して懸命に本に向かった。


 それにこれだけ文句たらたらで信じられないかもしれないが、文字の勉強は楽しかった。眠い目を擦ってする努力が夢を叶える一歩になるのだ。文字が幾何学的な模様にしか見えなかった昨日に比べて、少しずつでも理解できる今は楽しむことができた。


 アルは自分を高めるのが好きだった。それは知識でも、体力や技術の面でもだ。その方向性の違いが両親とのすれ違いの切っ掛けになったのは皮肉だが。

 故郷のことで最初に浮かぶのは両親、続いてユニークな住人達だ。父親には苦手意識が残っているが、母や知人に碌な挨拶もしなかったのは後悔している。


「あー、なんか脳裏に肉体派親父が浮かんだせいでやる気が削がれたな……」


 切りがいいところで羽ペンを鼻の下に挟んで背筋を伸ばす。課題が全部終わったわけではないが、大部分を消化し終えた状態を見ればティファの逆鱗にも触れまい。ここで明日に備えて眠るか、それとも課題をやり切るか。


「……水、飲んで考えっか」


 喉の渇きに思考を保留して、水を飲みに厨房へと向かう。

 リュングダールと違い、王都は青の魔法を利用した上下水道が完備されているので、基本的に飲み水に困ることがない。とはいえ水場は厨房がメインなので、居住スペースから店側にぐるりと回る必要があるのだが――、


「……厨房から、光?」


 すでに全員が寝静まっている時間、厨房から魔法灯の光が漏れているのが見えた。

 一瞬、侵入者かと全身を緊張させたが、そっと扉の隙間から中を窺って、中の光景に思わず意識が奪われた。


「ん……今度は火力が強すぎたのかな」


 厨房の真ん中、小型の鍋を真剣な目で見据えるティファがいた。彼女は沸騰した鍋から小匙で中身をすくい、味見して不満を呟いている。


 寝る前に小腹が空いて――という感じではない。その証拠に調理台に並べられた材料は夜食を作るにしては過剰な量だし、出来た料理を載せた皿も一人分ではない。

 眠ると、そう言って出た彼女はまっすぐに厨房に向かって、アルが机に向かっているのと同じだけの時間を自分の努力に充てていたのだ。


 ――なぜか、そんなことは考えるまでもない。


 アルは自分を高めるのが好きだった。同じように、自分を高める努力をする人間も。

 だから厨房の扉にくるりと背を向け、首の骨を鳴らしながら部屋に戻ることにする。

 ああ言って、自分の努力を隠した少女だ。隠れて努力しているところを見られるのが嫌いなのだろう。恥ずかしいとか、そんな言葉で飾れる覚悟ではないのだとも思う。


 喉の渇きは潤っていないし、眠気が冴えたわけでもない。

 でも、課題を終わらせるまで、もう少しだけ頑張ろうという気にはなった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ――そして、ちょっとだけ山吹色の髪の少女を好ましく思った翌日。


「うわ、ホントにあのバカみたいな量、全部やったの? 正直、ちょっとあたしの鬱憤晴らしみたいなとこあったかなって、大人げないって反省してたのに」


「そんな素直な爆弾発言の方を反省してほしいかな、俺は」


 やり終えた課題を前に感心するティファ。クマが盛大に残るアルの顔を見て頷き、


「とりあえず、この量がこなせるなら今夜からも大丈夫ね。その感じで予定組むから」


「ぐぼぁっ! 俺の頑張り屋さんめっ!」


 自分の行動の後先考えなさを呪う。その前で本を閉じたティファが少し躊躇いがちに顔を背け、それから指先を擦り合わせて、


「あ~、それから、その……アル。ちょっと今朝はお願いがあるんだけど」


「うん? よくわからないけど、何でも言えよ」


 上目づかいの懇願に、日頃の感謝も込めて請け負う。彼女は安心したように微笑み、


「実は朝ごはん、ちょっと作りすぎちゃって。アル、食べてくれないかしら?」


 そこが底なし沼だと知っていて、足を突っ込んだ愚か者の心境やいかに。

 ――いや、ティファの昨夜の努力を思い出せ。彼女は懸命に努力をしていた。その頑張りを信じていれば、ここで逃げる道を選ぶはずがない。


 威勢よく立ち上がり、アルは最高に頼れる不敵な笑みで親指を立てた。


「じゃあ、とりあえずノエルをスタンバイさせておいてくれ」


 逃げ道ではなく、保険を用意することは悪いことではないと思う。

 そんな風に自分を正当化する自分が、ちょっと好きだ。


 あと、なんか不機嫌になったティファが出した料理は全部真っ黒だった。



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