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冒険者通り十三番!  作者: 鼠色猫/長月達平
第三章  『働くのは大変』
10/21

『開店初日前半戦!』


「あのね、誰も彼もがドラゴンや破壊神や親の仇と戦うわけじゃないのよ? こんな目玉の飛び出す値段ばっかりつけても、買っていくのは好事家ばっかりになるんだから」


「だが素材に拘り強力なものを作るのが儂のやり方だ。それとも意図的に手を抜いたものを作れというのか。それは儂だけでなく全ての鍛冶師への冒涜だぞ!」


 翌日の早朝、店開きを間近に控えた店内では、ティファとバルトの元気な怒声が飛び交っている。いざ店に品物を並べた途端の、スタート地点以前の話だった。


「お客のニーズを考えるの。みんなが伝説級の剣を欲しがるわけでも買えるわけでもないでしょ。こんな高い武器、身を持ち崩す冒険者が続発するわよ。羨ましい」


 ティファが手で示すのは、バルトの店に展示される剣や鎧といった商品だ。そのどれもがアルの素人目からも逸品とわかるものばかりで、中には系統付与された魔剣まで入っている。当然、値段も危うく家が買えそうだ。


「バルトの腕なら材料のレベルを落としても逸品が作れるはずよ。今は安い剣しか変えない冒険者でも、実力がついて収入が増えれば強い武器を揃えるようになるわ。そのとき、かつて自分を助けた剣を売った鍛冶師を思い出すでしょうね」


「むぅ……長い目で見た先行投資ということか。しかしな」


「仕方ありませんよ、バルトさん。ここは王都のお仕事に一日の長があるティファさんの意見を受け入れましょう? 私も、この値段はちょっと手が届かないと思います」


「他人事みたいな顔してるけど、プリカのお店にも問題点があるわよ」


 唸るバルトを諭すプリカに、険しい顔のままティファが指を突きつける。


「まあ。何事でしょうか。ドキドキワクワクしますね」


「とりあえず摩訶不思議大冒険な秘境になってる店の状況を何とかしなさいっ!」


 ティファの怒声の行き着く先、プリカの店がある。店内の使われていなかったスペースをバルトと二人で半分ずつにした結果、意外と立派な店構えになったと思う。向かい合う二人の店は片や伝説級の武具が並んで足を踏み入れにくい店と、片や蔦や茨があちこちから飛び出して物理的な意味で足を踏み入れにくい店という悪状況ではあるが。


 プリカは指摘された密林のような自分の店構えを仰ぎ見て、


「まあ。……何がどこにあるのか、ちゃんと私にはわかりますよ?」


「散らかった自分の部屋の言い訳みたいなこと言わないの! 誰が成長促進しすぎたジャングルショップに入ろうとするのよ。リフォーム必須! レッツビギン!」


 ティファに叱られ、プリカは悲しそうな顔で自分の店を取り巻く植物に声をかける。蔦の何本かが慰めるようにプリカの肩を撫で、その勢力範囲を縮めていくのが見えた。

 その様子をテーブルに頬杖ついて眺めながら、アルは眠気の残る目で欠伸を漏らした。


「おやおや……お二人とも、ティファさんにだいぶ絞られているようですネ」


「あ、トランス終了? おはよう、話しかけづらかったわ」


 膝立ちで見えない何かに必死で祈りを捧げる姿は、邪魔したら呪われそうで近寄りがたかった。朝の日課らしいので、口を挟むのは悪いと放置していたのだが。


「意外にもあの二人の店の方が問題あるんだな。ティファの奴が意外とノエルには何の口出しもしないのが意外と釈然としないぞ、意外と俺は」


「意外性の塊ですネ、私。個人教会はノウハウもありませんから、ティファさんもアドバイスしづらいのかもしれませんネ。あるいは神の信徒たる私には神以上に助言するに相応しい方はおられないと察していらっしゃるのかモ。素晴らしいですヨ、ハレルヤ!」


「何が原因で火が付くのかわからなくて扱いづらいなぁ」


 天を仰いで発光しているノエルを無視して、ティファの淹れてくれた紅茶に手を伸ばす。彼女の壊滅的な味音痴は茶道に影響しないようだ。魔王軍の遠回しな侵略か何かかと疑える料理に対して紅茶はおいしいので、これを活用して宿屋を流行らせられないものかとアルは後ろ向きに頭を悩ませている。


「あー、気力が回復していく。体力の最大値が低いのはどうしようもないけど」


「夜更かしでしたからネ。お二人の掛け合いがずっと聞こえていましたヨ?」


 カップをテーブルに置いたまま傾けて飲むという行儀の悪いノエル。その口元以外がフードに隠れた顔で、低い位置からアルを上目に見ているのがわかる。


「何だよ、その含みのある視線」


「イェイェイェ、べっつにーですヨ。若いお二人の急接近は素晴らしいことですネ。我が神もきっと祝福してくださるに違いありませんヨ。ハピネ~ス」


「どんなイチャシミュか知らないけど、朝方まで俺は頭を燃やされてただけだ」


 まだ微妙にカールしている後ろ髪を見せて、昨夜のティファのスパルタを証明する。ノエルは強制パーマに赤の魔法の名残を確認し、感慨深げに頷いた。


「お二人がどんなアブノーマルな外法で愉しむかは自由ですガ、翌日や私達にまで影響を及ぼすようなことはしないでくださいネ」


「何一つ伝わらないことがはっきりと伝わったよ」


 紅茶を飲み干して匙を投げると、アルは未だに論争を続ける三人に歩み寄る。どうやら大部分はティファの意見に納得したらしく、バルトもプリカも神妙な顔でティファの基礎商売の講釈に耳を傾けているようだ。


「いい? お客はお金なのよ。生きていくのに最重要なお金の袋。そのお金袋が気持ちよく中身を落としていくようにお金……じゃなくお客様の気持ちになるのが大事なの」


「俺が思ってたよりも即物的な黒い商売談義だな!」


「寝ても覚めてもお金お金お金……って、あ、ごめん、ちょっと夢中になっちゃった」


 虚ろな瞳で「ゴールド……ゴールド」と呟いているバルトとプリカの額を叩き、やりすぎだよとティファに苦笑を向ける。彼女は自分の発言を思い返して真っ赤になった。


「と、とにかく、自分本位の自己満足じゃダメよ。ちゃんと商売で身を立てようってんなら、そのこと覚えておいてよね、ふんっ」


「む……よくわからんが、了解した。つまりはまだまだ要熟考ということだな」


「伝わったか微妙な感じね……ま、今日は初日なんだし、とりあえずお店を開いてみましょ。それで問題点とか不安要素が浮き彫りになると思うから」


 気合いを入れるように手を叩き、ティファは店の模様替えをするプリカの手伝いに回る。その背中を見送って、アルは首をひねっているバルトの肩を叩いて笑いかけた。


「ずいぶんとダメ出しされてたじゃないか」


「ふむ……だがまあ、一理ある。ただ偉そうに好き勝手言われるのは好かんが、ティファには恩着せがましさも見下げた卑小さもない。本心から他者を思って間違いを正そうというなら、ドワーフはそういう人間が嫌いではない」


「自分が、とは言わないんだな」


「わざわざ掘り返す人間は好かんぞ。察しろ、若造」


 店の展示の位置を直しながら小さく笑い、それからバルトは思い出したように、


「時にアル、昨日はお前さんが儂の部屋の目張りをしてくれたわけだが……」


「ああ、自信作だ! 日除けという観点から『光あるところに影がある』という二面性をモチーフに、なおかつ王都での輝ける未来という意味を込めたレリーフがな……」


「ややこしいから夜の間に張り直した。言いづらいがお前のセンスは悪い」


「な!? あ、あの芸術性がわからないのか!? 待て、今、一から説明するっ!」


「いらん。お前は鍛冶師には絶対に向かんな」


 目指していないとはいえ、はっきり言われるとそこそこショックだった。


「それと、あまり深夜遅くまで騒いでいるのも感心せんぞ」


「ああ、そっか。バルトも仕事で起きてたんだっけ。うるさかったか?」


「少しな。まあ、若い男女が仲良くすることは悪いことではない。だが、ほどほどにな」


「あんたもノエルと同レベルかよ!」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 店開きが始まって数時間、意外なことにそれぞれの店は結構な盛況を見せていた。


「本当に意外だ……」


「そうかしら? 冒険者通りの組合に所属したからには当然の盛り上がりよ。王都は魔王討伐を謳うエセ勇者とかわんさか来るし、北の大陸に向かう冒険者の準備地点にぴったりだしね。その冒険者通りなんだから新店舗はみんなチェックよ」


「なのか。そのわりには相変わらずティファの店の客足は絶えて久しいけど……」


「あ、アル。首元に虫が止まってたから焼き殺してあげたわ」


「過去形で言うあぢゃぢゃぢゃぢゃ」


 ティファは昨晩から突っ込みに赤魔法を使うのを躊躇わなくなっている。アルとしては何かしら格調高い水的なものを飲めば回復できる体質なので手軽にリフレッシュできるが、逆にそのお手軽感覚がティファの暴挙を増長させてやいないだろうか。


「いいか、ティファ。俺は体質的に無事に見えるかもしれないけど、心の傷は目に見えないんだ。それに他の人にやったら後ろに手が回るぞ」


「そうよね、ごめん。何かアルは不思議な体質だから気楽に思わず手が出ちゃって」


「おいおい、気楽に思わず本音が出てるよ」


 微熱の名残がある手を撫で、ティファはため息をついてカップを磨く作業に戻る。

 店内はバルト達の店を訪れる客で大いに賑わっているが、その中にティファの宿屋に記帳しようという猛者が現れる気配はない。合間合間にお茶の催促はあるのだが、積もり積もっても雀の涙ほどの収入にしかならないだろう。


「いっそお茶の代金を十倍ぐらいにして……いやいや、そんなお客様の心を踏みにじるような決断はお祖父ちゃんの商魂に反す……でも採算が……」


「葛藤してるとこ悪いけど、俺はヘルプってくるぞ。お茶休憩が長いとバルトが短い手足ばたつかせて怒るから」


「えっ? ああ、はいはい。邪魔しちゃダメだかんね」


 給仕服の少女に手を振って、アルはとりあえずバルトの店に向かう。ラインナップが武器防具だけに居並ぶ客層は屈強な男が多く、視覚的に男臭い光景だ。


「休憩は終了って感じだけど、お店の感じはどんな感じになってるって感じ?」


「最近の若い奴の喋り方は矯正したくなることが多いな。特にお前の」


 不機嫌に鼻を鳴らすバルトに曖昧に笑い、思い思いに品物を選ぶ客達に目を向ける。


「流石にまだ売れてはいないか」


「ふむ。いい作品だと褒めていくものは多いが、買っていくものはおらんな。やはり値段が問題らしいが、魔王を倒すために無一文になる勇気のある勇者はおらんのか」


「そんな裸一貫な勇者は嫌だ。商品全部が数十万だからなぁ。冒険者の平均収入を考えるとなかなか手が伸びないもんだと思うぞ」


 王都で暮らす人々の平均月収から見れば、バルトの店の品物は失禁しかねない値段だ。ティファは正気を失いかけていたし、浮き沈み激しい冒険者にはなおさらだろう。

 手近な高額の剣を持ち、伝わってくる魔力の力強さに思わず身震いする。紫紺の刀身は血を求めるように妖しく輝き、赤と青の複合系統魔法の余波を感じさせる。


「それはダマスカスソードだ。素材の多くに屍竜を使用しているから、紫の属性ダメージが追加される。白の属性の白銀龍などにも効果的だろう」


「ノエルとか斬ったらクリティカルするかね」


「あれがシスターなのか未だに疑わしい儂としては軽々しく頷けんな」


 アルが次々と剣を手に取ると、バルトがそれに補足説明を加えてくれる。気づけば周囲は会話を聞いている男達が集まり、逸品にいちいち驚嘆の反応を返していた。


「街頭で実演販売してる気分だな。HEY、バルト。こっちの光る自己主張の激しい剣は一体どんなサプライズな武器なんだい?」


「その胡散臭い煽り文句をやめろ。それはエスカリボーだ。聖石を粉末にしてまぶしてある……おい! 刀身の光をこっちに向けるな。痒くなるだろうが」


「これ日光じゃないだろ?」


「気持ちの問題だ。打ってる最中も汗まみれの血まみれだったぞ」


「髭の小さい親父が汗まみれの血まみれか。想像しただけで購買意欲が萎えるな」


 眩い聖剣を元の場所に戻して、周りで見ている客に商売人としての笑顔を向ける。これは言葉と同じく、故郷を出る前に夢の一歩として習得した技術の一つだった。


「お客さん達も気軽に店主に聞いてくれ。ちょいと見てくれは頑固そのものだが、展示された逸品の打ち主だ。武具の相談にも乗る大らかな人柄だよ」


 アルがバルトをそう評すると、自然と周囲の態度にも軟化が見られた。難しい顔で不機嫌そうに客を見るバルトの姿が、居心地の悪い萎縮を生み出していたらしい。


「営業スマイルは期待しないけどさ、せめて眉間に皺寄せるのはやめろよ」


「貴様、あまり儂を下に見るなよ。愛想笑いぐらい容易くやってのけてやるわい」


 そう言ってバルトは『愛想笑い』を作った。それを見てアルは何度か頷いて、


「営業スマイルは期待しないけどさ、せめて眉間に皺寄せるのはやめろよ」


「寸分違わず同じことを繰り返すな! ドワーフを馬鹿にしただろう!?」


 怒鳴るバルトを煙に巻くと、客が思い思いの商品を手にバルトに駆け寄っていく。売れるかどうかは別だが、面倒見のいいバルトだから丁寧に応対することだろう。


 にわかに騒がしくなるバルトの店はひとまず置いて、アルはノエルの個人教会へ。距離的な感覚ではプリカの店に回るのが正しいのだが、アルは自分から魔窟に飛び込む勇気を最大体力値が低下している現状では持ち合わせていなかった。

 客席を横切って広間の奥の扉に向かうと、そこには五名ほどの男女が順番待ちをしている。ノエルの個人教会も列を成すほどには流行っているようで何よりだ。


「えっと、教会のお客さんは外で待たされてるのか?」


「あ、お店の人ッスね。そうなんスよ。何でも神通力が切れるってんで、祝福の対象者意外は表で待つようにって話で。代金は安いんでそれぐらい全然いいんスけど」


 人懐こい笑みを浮かべ、先頭に立つ青年が答えてくれた。短い金髪に緑のバンダナを巻いた青年は装備からしてレンジャーがシーフ。まだ駆け出しかなと目星をつける。


「ライズッス。まだまだ駆け出しの冒険者ッスけどね」


「俺はアル。この店の、今はまだ雑用兼マスコット。近々道具屋を開くから、そのときはお得意さんになってくれると嬉しいな、ライズッス」


「いや、ライズッスじゃなくてライズッス」


「ライズッスじゃなくてライズッス?」


「いや、ライズ……ッス」


「ああ、ライズか」


 互いに手を出して固い握手。王都に来て初めて同性の同年代に、否応なく親近感が湧こうというものだ。ライズは微笑みすぎてもはや笑顔がベースになっているような満面のスマイルのまま店内を見回し、それから感激しましたと頭を叩く。


「それにしても、一軒の中に色んな店の複合なんて珍しい試みッスよね」


「そこには様々な思惑と事情と世間体とかあってのことなんだ。単純に便利な店だって思ってくれてるとありがたいんだけどさ」


「それにそれに従業員さんが皆さん可愛らしいッスねえ。給仕服の子は強気な感じ、薬師のお姉さんは天然っぽいッス。意外と教会のお姉さんも……」


「おっと、ライズ君、落ち着きたまえ。まだ彼女らと付き合い浅い君にはわからないかもしれないが、これだけは忠告しとくぜ……花は、遠くから愛でてこそ美しいってね」


 人生を悟りきった遠い目をするアルに、ライズは若干引きつった顔で神妙に頷いた。前者二人の見目がいいのは同意するが、最後の一人に至っては素顔も見ていない。そして三人ともそれぞれ性格に難があるのだからオススメはしなかった。


「蘇生の祝福終了ですヨ~。お連れさんはお待たせしましたネ」


 内鍵が外れて扉が開き、噂の黒ローブが全身鎧の冒険者を連れて姿を現した。彼女はライズと、それからアルを見て首を傾げる。


「オヤ? アルさんは一体全体どうなさいましたかネ? もしや、私の宣教に感銘を受けて神道に入る決意を固めてくださったんですかネ!?」


「純粋に手伝いに来たと好解釈してくださると俺は実に助かる」


 黙らされたノエルは心底残念そうに肩を落とし、それから背後の人物をライズの前に導いた。甲冑に大剣を腰に下げる姿を見るに、戦士系の相方だろう。


「お疲れさんッス。無事に復活して何より何より。じゃ、代金のお支払いッスねー」


 ライズが設定金額としては欲の薄すぎる代金を出し、ノエルはそれを厳かに受け取って商売が成立する。


「さて、アルさんのお手伝いですが、残念なことに教会は私一人で手が十分に回るのですヨ。お気遣いは誠に嬉しく思いますので、今日のところは我が神の名を崇め奉るように店先で天に向かって声高に祈りを叫んでいただければ……」


「初日から俺までトランス入ったらティファが憤死するから断る」


 手伝うことがなく、順調に店が回転しているのなら喜ばしいことだ。外に並ぶ人数から見ても、個人教会という新たな試みはそこそこにうまくいっている。


「そうですカ……では残念ですが、次の迷える子羊の方、どうぞですヨ~」


 ノエルが再び残念そうに肩を落とし、次なる迷える子羊を伴って薄暗い部屋に消えていくのを見送ると、横に立っていたライズがアルの脇を肘で突いた。


「なんか不愉快なアクションだけど、どういう意味?」


「またまたぁ。傍から見ててもお二人の仲の良さが伝わってきたッスよ。あんなに邪険にすることもないじゃないッスかぁ」


「ライズがレンジャーかシーフか知らないが、その視力の悪さは致命的だと思うぞ」


 心からの訂正にライズは「照れちゃってぇ」などと自己完結して聞いてくれない。そのまま憮然と押し黙るアルに向かって、思い出したように相方を紹介してくれる。


「そうだ、アルさん。こいつ、俺の旅仲間のカイリッス。ちょいと無骨な格好しちゃいますが腕はあんましで、今もリタイア状態を治しに来たんスよ」


 な? と同意を求めるライズに対し、カイリと紹介された相手は何の返事もしない。全身鎧に顔も見えない兜を被っていて表情は見えないが、長身から見下ろされるとライズの言葉を真に受けられない迫力があった。


「あ~っと、俺はアル。この店の手伝いなんだ。どうぞよろしく、カイリッス」


「いや、カイリッスじゃなくてカイリッス」


「カイリッスじゃなくてカイリッス?」


「いや、カイリ……ッス」


「ああ、カイリか。まあ、とにかくよろしく」


 友好的に握手を求めたが、残念なことに優しい対応はされなかった。アルの手を無感情に見下ろし、未だに一言も喋らない雰囲気を取り成すようにライズが手を振る。


「すいません。どーも、寡黙で人見知りするタイプなんスよ。俺もここ二、三日声聞いてないなーと思うぐらいッスから」


「そりゃまた強情な無口っぷりだな。意思疎通できなくて連携取れるのか?」


「そりゃもう。ガキの頃からの付き合いなんで、喋らなくても何となーく考えてることがわかるんスよ。だから全然大丈夫ッス……あだっ!」


 裏表のない口ぶりが照れ臭かったのか、カイリがライズの後頭部を強打して会話を中断させ、そのままライズを引きずって出口に向かってしまう。


「ちょっちょっ、カイリ!? ったく、アルさん! また寄らせてもらいますッス~」


「ああ。次は教会だけじゃなく、宿屋の方にも記帳してってくれ」


 連れ出されるライズの苦笑いを見て、どうやらティファの料理の噂は王都では広く知れ渡っているものと伝わってきた。リピーターもいないわけだ。


「アル、サボってるの?」


 教会前で何もしないでいるアルにティファが歩み寄ってきた。ちなみに彼女も茶の催促以外は基本的に暇で、料理の下ごしらえをする姿はいっそ悲しみを誘う。


「何で急に哀れむような目であたしを見るわけ?」


「気のせいだよ。今のはティファじゃなく、ライズって奴への哀れみ」


「ライズって、今話してたバンダナの? 何か問題あったの?」


「何か失言の度に相方に後頭部を殴られてるみたいでな。微妙な同類意識が同情心を掻き立てるというか、そんな感じで納得どうよ?」


 言ってる間に火傷がしくしく痛み出す。ライズも殴られ慣れしているらしく、結構な威力に適応していた。それを話すとティファはわかるわかると何度か頷き、


「相手の耐久力と回復力があると、どうしても威力を比例してつり上げちゃうのよね」


「今、物騒なこと呟かなかった?」


「全然。それより手持ち無沙汰ならプリカの方に回ってよ。他の二人よりどう考えたって手伝いがいるじゃない」


 手にした盆でプリカの店を示すティファに、アルは心底嫌そうな顔を見せる。

 言われなくてもわかっていたが、人間誰でも嫌な現実からは目を背けたがるものなわけで、言ってしまえばあれは嫌な現実そのものなわけで。


「アレはアレでいいんじゃないかと思ったりもする。そりゃ手が足りないのはわかるが、そこに俺が入ってくと逆に空気の読めない奴っていうかお呼びじゃないっていうか」


「時は金なり! 大量の客を捌いて捌いて捌きまくる。これも商人の本懐、行きなさい」


 盆の裏で軽く小突かれ、仕方ないと首を振ってから歩き出す。ちらと視線で振り返るとティファは頑張ってと言いたげにガッツポーズしていて、そこに少しの羨望が見えた。

 それを見せられればやるしかないと男の子なら思う。だからアルもそう思った。


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