プロローグ
薄暗い研修室に、冷たい蛍光灯の光が落ちていた。
壁は無機質な灰色で、窓はない。
空気は張りつめ、誰もが息を潜めている。
白石凌は、列の中央に静かに座っていた。
濃紺の監視官制服は皺ひとつなく整えられている。
その表情は、いつものように無機質だった。
前方のスクリーンに、白い文字が浮かび上がる。
《1980年 黒の内戦》
室内の空気が、さらに冷えた。
上官が短く告げる。
「これより、記録映像を視聴する。
監視官としての最初の研修だ。心して見ろ」
照明が落ち、スクリーンが暗転する。
次の瞬間、映像が始まった。
──崩れ落ちる都市。
──空を裂く閃光。
──能力者同士の衝突。
──そして、理由もなく倒れていく一般市民たち。
老若男女が、まるで糸が切れたように崩れ落ちていく。
悲鳴も、助けを求める声も、映像にはない。
ただ、淡々と“死”だけが積み重なっていく。
新人監視官たちは息を呑み、目を背ける者もいた。
白石凌だけは、微動だにしない。
灰色の瞳は、ただ静かにスクリーンを見つめている。
しかし、膝の上に置かれた拳は、わずかに震えていた。
──この映像を見るのは、初めてではない。
何度も、何度も、繰り返し見せられてきた。
監視官として。
そして、奪われた親友の面影を胸に抱えたままの人間として。
映像が終わると、室内に重い沈黙が落ちた。
上官が淡々と口を開く。
「これが、能力者を野放しにした結果だ。
我々監視官は、二度とこの悲劇を繰り返さないために存在する」
新人たちは緊張した面持ちで頷く。
白石凌は、静かに目を伏せた。
──違う。
これは“悲劇を繰り返さないため”ではない。
国家が能力者を完全に支配するための、都合のいい物語だ。
その真実を、凌は知っている。
研修が終わりかけたその時、凌の端末が震えた。
画面には短い指令が表示されている。
《監視対象:W1-07
配属:本日より》
周囲がざわつく。
W1──国家戦略級。
監視官にとって、最も危険で、最も重い任務。
白石凌は無表情のまま立ち上がった。
静かに、しかし確実に、彼の物語が動き始める。




