見覚えのない天井
目の前が、真っ白だった。 視界を埋め尽くす無機質な天井。鼻を突く消毒液の匂いと、一定のリズムを刻む機械の音。 落合深月が重い瞼を開けたとき、最初に喉の奥から漏れたのは、乾いた吐息だった。
(ここは……どこだろう?)
全身を刺すような寒気。肺に残る潮水の苦みが私の意識を覚醒させていく、それと同時に、濁流のように断片的なイメージが脳裏をよぎる。 冬の夜の黒い海。自分を「売春婦」と呼び、いじめたクラスメイトたちの嘲笑。 「お前のような汚らわしい娘は死んでしまえ」と叫びながら両親に殴られた記憶。
けれど、それらの「恐怖」の残像は、霧の向こうにあるようにぼやけていた。 あれは誰の顔だったのか。自分は何をしていたのか。 自分の名前さえ、思い出そうとすると頭の奥が鋭く痛んだ。
「……あ」
ベッドの傍らで、一人の少女が息を呑んだ。 透き通るような肌に、凛とした佇まい。見覚えがある制服を
着たその少女——苅田那月は、深月と目が合った瞬間、その大きな瞳から
大粒の涙を溢れさせた。
「深月……っ、ああ、よかった……! 目を覚ましてくれたのね……!」
那月は深月の冷え切った手を両手で包み込み、顔を埋めて子供のように泣きじゃくった。 その涙は温かく、深月の手の甲を濡らしていく。深月が海に"落ちた"と知ったあの日から、どれほどの絶望の中にいたのかを物語るような、激しい嬉し泣きだった。
深月は焦点の合わない瞳で、泣き続ける少女を見つめる。
「……だれ、ですか……? わたしは……」
その問いを聞いた瞬間、那月の肩がびくりと跳ねた。 顔を上げた彼女の瞳の奥に、深い悲しみと——そして、何物にも代えがたいものを手に入れたような、ドロリとした濃密な「歓喜」が宿ったのを、深月は気づくことができなかった。
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