(5ー2)
ともあれ、次は合議。末梢の記録係としては、思考は、そちらに向けるべき。
我ら水の一団だけ先に戻る、お出迎えのため。
舟着き場へ。ここからだと我が宮の全貌が仰望できる。パッと見、夜陰ににじむ白峰連山の中腹に、青い光のすばるの一団。でも、実相は、斗型の山脈の屈折点に設けられた、7つの祭祀場の集合なのだ。金の宮で精製された精水銀はため池に流され、殺気によって、そこで精気と龍血ーー辰砂だーーに分離する。精気は低空から高空までの全天に満ち、まさに乾、それが気流に乗って東に流され、急峻に起伏をあらくする斗型の山脈ーーつまり、水の宮ーーに、薄緑いろの雪をしんしんと降らせる。これが堆積し凝縮し、淡い緑の氷河となって、毎時毎分、自重で斗の南端におりてくる。この下垂の力を活用し、われわれ水の宮一統は、精気を東に運ぶのだ。東北には維線にそって豊恵川が流れる、そしてその左には、大地のいかりのような艮の山脈がそびえ立つ。つまり、水の宮の東には、精気の流れをはばむ峻厳たる連峰が、いかなる者をも阻害する険相で立ちふさがっているのだ。この山越えをなすのが実に難問で。精気を甕に入れて山越えするわけにもいかないし、もちろん、舟運だって不可だ。で、先賢は考えた、山の頂きまで貫道をしき、そこに砕いた氷河を乗っけて、滑りくる氷河の重圧で、押し出してやればよいのでは、と。一大プロジェクトだったはずだ、それこそ中津国のどてっ腹に、星湖を現出させるような途方もない。でも、それはなされた。なんでも艮の堅固な山肌をけずって道を敷いたのは、若きころのスワ殿だとか。
「スサのやつに輪切りにされての。ありゃ、痛かったぞ。なんせ致命傷だったからの。ドワハハハハ!」
もしかしたら子から申まで続く8節の水道も、スワ殿の事跡かも、とはシオガマ殿の談。ともかく。先達がたの偉功のたまもので、現在は、氷を砕き、貫道に乗せる、この作業だけで済むってこと。で、峠を越えた氷は春陽にとけ、火の宮まで敷かれた下る貫道ーーつまり、これが水道だ、この水道によって他の宮の神々様に、精気を届けられるってわけ。
なだらかな登坂の伸びる参道に入る。黒炎ともす灯籠がたち並び、鈍いグレーの瞬きが、導きの道を作りだしている。黒曜石が左右交互に敷きつめられ、それらが時折、鋭いかがやきを閃かす。で、この外側は、白黒まだらの墓碑のむらだ。黒曜石だったり、花崗岩だったり、玄武岩だったり。なかには刀剣や卒塔婆、小児の遊ぶ木偶まで。素材はさまざま、でも共有するのは、ここが祈りの斜面だってこと。そしてこの霊祀の頂きにこそ、水の宮の御殿がある。
登りきらないうちに雪が降ってきた。水の宮は常冬、ずっと雪ぐもの下だから。
7室の入口から漏れる青黒い光に照らされて、正面に正門がみえる。といっても背丈ほどの方形の岩石と、砕氷で出た氷の粉末を盛ったかまくらを連結しただけだけど。この方形と円形の構造物に穴が空いて、これが門。この門を起点とし、斗の尾根にそって、ときに屈折し、ときに高下する、宮の裏参道が1室貪狼星まで延びている。もちろん屋根、欄干つき。で、この屋根瓦に溝が走り、くだる間に融雪の雫を集めて、門前で勢いよく落下する。これが門戸だ。ウサ殿がやっていたけれど、脇に備えた石剣で、断水すれば、水はたちまち左の迂回路に逃れ、門はあく。ま、僕らは開門なんて大仰やらず、右の更地から入出するけど。
門を過ぎると、黒曜の橋がかかっており、これは何を渡るかといえば、もちろん氷河。北西より流れ来る氷河は、ここで削られ配管に乗せられ、国をめぐる南下の旅に出立する。で、その配管と氷塊が、丑の台地の起伏を這って、はるかに霞む艮の山脈を昇騰していくのが見える、蛍の河なすハイウェイみたいに。で、正面には尾根たどる巡礼の裏参道だ。まあ、登りはじめたすぐ先で、さっそくの7室が、氷室の青黒いともしびを漏らし、入場者を歓迎しているのだけど。ここが合議の間で、掘削隊とはここでお別れ、僕は室に向かう。
「オモヒ!」と、そのとき旧故の仲間から声がかかる。「居眠りすんなよ!」
「寝るのは夜だけにしときな、ベイビー!」
孤影としてはこんな応援でも心温まる、わずかでも。
「うん! 可用性、高めておくよ!」
入り口で垂れる雫をきって、中へ。7室はロビーだから基本なにもない、暗い、空虚な、ただの室だ。でも今は、合議の飾りつけで多少豪華に。ドームの壁面に立つ40の松明や、5角の台座、72ずつある色とりどりの座布団に、中央の紅炎だって、平素より、二くねりくらい長く立ち上っている。ただ恨事なるかな、7室は、黒曜石を多く含む岩盤で、床にしろ天蓋にしろ、黒い血痕のような染みがあまたあって、不吉な印象が強かった。
自席で立って待っていると拍子木が打ち鳴らされ、聞こえてきたのは行進マーチ。火の宮だ。入堂するとーー不敬でもはっきり言おうーー、ミワ殿の来光で、一気に凶相はれる様相に。氷は淡く澄んで、中に閉じ込められた黒曜石や石英が、一輪のバラの星雲みたく煌めいているのだ。ただスサどの来臨ののち、まいどの注文で、すっかり元の暗室に戻るんだけど。
続いて拍子木なって、金の宮、土の宮、木の宮、ご到着。インバ殿以外、我らも着席する。
拍子木が鳴る。
「本日はご来堂いただき、水の宮一統、心より厚く御礼もうしあげまする~(「申し上げまする~」と我らも唱和、反り返るほど腕を伸ばし、寄せ波のごとく一礼)。では、さっそく」
で、インバ殿は腕を途中まで開いての弱い拍、可動域いっぱいでの強い拍、で、掌を擦り合わせ、また弱い拍、強い拍。
「開会にございます」裾を整え腰をおろす。「それで本日ですがーー」
「待て」とヒダ殿。謹厳の調子でピシャリだ。「まず前提として、貨車への要望はほぼ受け付けんと述べておく。窪地への対策を急がねばならん。おそらく、その手数でかかりきりになる。よろしいな?」
「わかりました。では本日は、まず最優先として窪地の対策、それから蓬莱の難所、最後に祭器の調整について話あえればと。ヒダ殿」で、横をむき「なにか腹案はおありになるか?」
「ない。ないから参っとる。逆にミヌマ殿はあるのか?」
「押すか牽くか。終極的にはこの二択かと。いったんコマを車から下ろして別々に運ぶというのも、試案としてはありますけど」
「コマの分離は無理やねぇ」とウカ殿。「松は動かせんし、切ったら上のフロア無うなってまうもん。したら、氷の補給、できんくなるよ?」
「なら牽くしかない。押すとなれば剛強な押し棒ひつようになるが、あの重量を押せるだけの押し棒は多数準備できん。少数ならべつだが」
「なんや渋ってはりますけど、牽くのはなにが問題なん? やっぱり重量?」
「ウカ殿よ」とスサ殿の介入あって「牽くとなれば、牽引ぞ。太き綱あまたいるのだぞ。それだけでない、車と綱だからはがねと蔓じゃ、これはよくない、直に結べんぞ。接合部に緩衝用の土、いや岩じゃのう、岩も必要になる。すると大綱おおく必要になり、応分の固き岩、生まねばならん。まだあるぞ。例年だと荷は薪じゃ。木材じゃ。じゃが、今年はコマに氷。例年なら車かたむき、薪落ちても、踏み消して新たな薪を追加するで事足りた。じゃが、今年は水ぞ。炭ぞ。こぼれたら火きえるぞ。水除いて炭焼きなおし、車に敷き詰め直すロス、けっこうなものぞ。危惧せんといかんぞ」
「予備資材もよけいにいるのう」
「つまり」とインバ殿。「木の宮が大綱多数で、土の宮が接合部の岩、我らが氷を増産し、火の宮が炭を増産する。加えて、もし不足なら木の宮が炭のための薪木を増産する。これらが追加で発生するとなるとーー(各所から「無理ぞ!」「日たらん!」「人手たらん!」の切言、執政官からも)」
「これは」とヒダ殿。「中津国にも殺くるかの、ホッホ。木の宮の御仁がた。覚悟めされよ、秋殺たる白虎は、まず木局から襲う(「ヒッ!」「お、脅しぞ!」と恐怖を吐露する御方、すすり泣く御方、柄杓をぶち折り破れかぶれに後ろに放り投げる御方。いずれも木の宮の御方)」
暗愁に暮れる沈思、場内をつつみ、諦念や放棄や逃避が充満しているのは明らか。柄杓で頭を小突くもの、力なくうなだれるもの、堂を見上げるもの、とつぜん髪を櫛ですきだし、うっとり見つめるもの。が、視界のはしに違和感あって、あれ? なんかまぶしくなってきたような? ーー陽差し? 顔をあげ、すると視界のはしに、突き刺すばかりの明光一点。そして、その光源たる御方が、絶妙の気息を整える、まるで一同が、同日同刻同瞬に、陰の極みに達するその針の穴のごとき一瞬を、運命に介入し、私意で作りあげるように。
口がうごく。
「スサ」と、響く清音、鈴のようなお声。「みなを集めてください」ミワ殿だ。
「集める? 集めてどうするのぞ?」
「祭器をかつぐ検証をします」
「祭器をかつぐじゃとぉ? あのバカでかい祭器をか? 牽くのだって一苦労だのに、かつぐとはーー、いや、確かに、考えてみたことないぞ」
「総力を結集すればできるはず。さいわい、員数だけでいえば今年は最大、やってやれぬことはない」
「じゃがな、ミワ殿」とヒダ殿。「コマはどうするんじゃ? かつぎながら回すのか? いや、そもそも中身のこぼれをどう防ぐおつもりだ?」
「コマは回しません。かついで進む間の揺れでもって、中身の循環を図ります。コマは4綱で張りつけにし、漏出を防ぎます」
「でもねェ、ミワはん」と今度はウカ殿。「蹇の谷はどうするん? あの吊り橋、そんな大勢では渡られへんよ?」
「ミヌマ殿」
「ハッ」
「スワ殿に助力を打診してください。今年の車は橋を通れません。御身を橋として御貸しいただけないでしょうかと」
「それならば」とインバ殿。「既に手配済みであります」
「さすが。ありがとうございます」
「じゃあ、あとの難所いうと、咸の沢、小過の雲海に、旅のぐらつき階段ーー。そやね、なんとかなりそうや。ま、かつげれば、やけど」
「そうじゃの。まずはそこからじゃ」
「ヒダ殿」と、しっかりと向き直って「そこでヒダ殿にお願いしたいことがあります」
「う。やな予感。なんじゃ?」
「さきほど少数ならば押し棒を用意できる。そう仰いましたね」
「いかにも」
「それらをかつぎ棒として利用できるよう、改修していただけませんか? できれば今日中に」
「今日中じゃと!」
「明日、明後日でもかまいません。でも、できるだけ早急に」
「むぅ」腕組みし、瞑目、考え込んで「底面に2本の棒を通すーーダメか、長さ足らんの。4本格子ならばーーうーむーーよし」目を開き、ミワ殿をみて「明日の午の刻じゃの。それより早くを望めば棒が曲がる(「もうへそなら曲げとるぞ!」「しぃー! 今大事な場面ぞ、だあっとれ!」と金の御方々)
「それでけっこうでございます」そして寸分、顔の向きを変え「金の御方がたにはいつもご無理を言って申し訳なく感じています。しかし今は国難、いましばらくは、ご助力いただけるとありがたいのです(金の御方々が唾を飲む。その音が聞こえた気がする)」
が、突如スサ殿が
「ヌアハァー!」
片膝立ちになって、歌舞くポーズ。「
四季分かち あめつち分かつ ちゅうたらん 土たらん 我らを欠くば 祭器落つやも
待つのぞ。我ら土の御方がたを抜きにして、かつぐ云々語れんぞ。我らは土ぞ。柱石ぞ。確かに押し牽きは金の御方がたに敵うべくもなし。じゃが、陰陽の狭間で、両儀を媒介しつつ、画別する、その中たる柱、支柱の力において、我ら土の宮に勝るものなし。その我らをまぜず、かつぐかつがずなど笑止千万。(「そうだそうだ!」の激賞あって)祭器かつぐ。けっこうじゃ。ご創案、まことにけっこうけっこう。しかし4綱の土の御方がた、持ち場そのままでよいのか? 再思いるでないか? 車ひく役おすお役、この御方がたは、そのままかつぐお役に移行するで異論ないと思うぞ。だが4綱。この御方がたどうする? 等倍の力で4綱引いてコマ止める。理屈は立つぞ。じゃが、4綱の土の御方がた無くばコマのとどめ、成らんと思うのぞ。そもそも我らはコマを中立にするために配置されたのだぞ、その我らを祭器かつぐお役に引き抜けば、コマ引く力、4方でバラバラ、コマは真ん中でとまらんぞ。一方で、土の御方がたを4綱にとどめれば、今度は祭器かつぐ力足らんことになる。この配当の綱引き、いかなとどめとするのか?」
「ミヌマ殿」と素早く視線が移って「なにか妙案ありますか?」
「三合を活用すれば力の均衡は可能です。ただーー」
「それじゃ力足らんの」とヒダ殿。
「はい。力を分散させた分、今度は引く力そのものが不足してしまう。といって、土の御方を綱引きには割けない、なぜなら、祭器が倒れれば水がこぼれるのは確実。祭器の安定こそが最優先」
「つまり引く力を増せれば目処は立つと」ミワ殿。「そうですね?」
「はい」
「そして引く力が不足しているのは、割当られる神様がいないから。あっていますか?」
「あってます」
「わかりました。ならば、我ら5宮筆頭も綱引きに加わります。もちろん執政官の御方がたも」
「ええっ!」
「なんじゃと!」
「ええっ、ウチも? ウチもなん?」
「針路の決まっているときに高所からの視座など不要。当主だろうが、人手たらねば綱も引く。そしてこの祭り、そうするだけの意義がある」そして、厳粛を全身にまとって有無言わさぬ辞色のまま「スサ。明日の正午、もういちど全神様がたを招集してください。祭器をかつぐ検証をします。各宮への通達、土の宮に任せていいわね?」
「承知ぞ」
「こたびの祭り、祭器牽いていけない場所はかついで進みます。かつげぬようであれば、太綱引いて牽いていく。これを基本方針とします。いいですね?」
「「「「「ハッ!」」」」」
「それからスサ」
「ええ、またワシ?」
「火の綱はあなたが引くのですよ。どうせあなただけ背丈違って、かつぎには加われないんですから」
「えぇ、またかよ姉ちゃん!」
「適材適所です」とニッコリ。そして高らかに「さあ、みなさま、いよいよ本番です。かつぐにしろひくにしろ、これまで以上に他宮と密接に関わるのです。くれぐれも連携と協調の精神を、忘れずに。これを深く強く、肝に銘じるのですよ」
「「「「「あい、つかまつったなり~!」」」」」
翌日、見切れた窪地の稜線から、まばゆい光に照らされて、横に縦に、微動しつつも、だんだんと浮上してくる祭器の姿が。元気一杯な、こんな掛け声とともに。
「わぁーしょい! わぁーしょいィィィ!......」
その一角から、ときどきこんな訳わからん絶叫が。
「ムワハァ~!」
「どわあああ、た、倒れる~!」
「スサ殿! スサ殿、そう興奮しないで! どうかすり足で頼みます、どうかすり足で!」
多少の地揺れをともなって。




