(3)
まだ九月、酉月。一月経ってないが、でも合議だ。もちろん先夜の件で。
昨夜、巨大なかがり火が葦の原野を照らして、はるかな蓬莱が、モノクロに明滅を繰り返した野分の夜、我ら水の宮は、総出でパニックに陥っていた。もっとも恐れたのは木の宮への延焼。ここは穀物の倉庫、つまり、収穫したてのすべての糧がある! もし、ここに燃え広がったらーー。大禍だ、詳述はなしにしよう。一方で、類火防止に動けば祭りに支障が生じる! これも大禍、「世の破滅」とはシオガマ殿の言であり。このはざま。この危地の二極の真ん中で、我ら水の宮一統は、なんと、三つ目の選択肢をあみ出した。秋の空に火がともる。だから凝議をつくし、みたび意見の一致を見れば、君子豹変す、つまり、吉だ。よぉーし、みんなで、様子見するぞォ! と、こうなった。先達の御方がた、それも高位の御方ほど自信をもって、賛同するのだ。人智しか持たない僕は唖然。君子豹変してなぜに吉? この状況で様子見をする? この御方がた、気が狂ってる!
が、事態は予期せぬ方向へ。兆しはなかった、だからそれが起こったとき、欄干を握って廊下に立ちつくす同輩の御方がたが、一斉にビクッとするのが見てとれた。この偶発的なキャンプファイアの程近く、そこを流れる豊恵川が、突如、爆発したのだ。水しぶきが四散し放物線を描いて落下していくなか、その中心に、白く輝く巨大な根。うねうねと動きーー、さいしょ、川が縦にせり上がって乱舞しているのかと思った。が、そうでなく、根と思った先端には蛇の頭。そしてその赤い目は、細長くゆらめく黒い炎をねめつけるように指向してーー、まるで己の対をなす黒い蛇と対向するかのよう。
「どえー、ペッペッ。間違ってクソ川に入りこんでしまったぞ」怒涛のような野太い声。「皆の衆、ひっさしぶりじゃのう。元気しとったか? 今年の酒はよい酒ぞ、ドワハハハハ! ウウッ、気持ち悪い、吐く」
で、怒号を立てて倒れこみ、その先端から大量の泥水が。同時に蛙や鹿の頭なんかも吐き出され、辺り一面、水びたし。もちろん対向の悪の頭領も、あえなく御用だ。
「なんじゃ、急にくろうなったぞ? まあよいわ! 吐いてすっきりしたぞ、ドワハハハ!」地揺れを起こしつ身を起こす。
(そこかしこから「ありがとうございます、スワ殿ー!」「助かりましたスワ殿ー!」の声)そう、この御方こそ水の宮のトップ、スワ殿だ。
「なんじゃ? 消してよかったんか? 花火しとったんじゃろ?」
(「違います、スワ殿ー!」「火事です、スワ殿ー!」)
「なんじゃよう分からんが、丸く収まったならそれでよし! ドワハハハ! 花火なんぞしょっちゅうやっとるからの。それより吐いてすっきりしたからな、今から現世に戻って2次会やるぞぉ! 誰ぞ、ついてくる者はおらんか?」
(「まもなく土の宮で合議です、スワ殿!」の声)
「知っとるぞぉ、もうすぐ十月じゃからのぅ。じゃが、スサの所はパスじゃ! むかーし『お前はでかすぎる! もう来んでいい』と追い返されたからのぅ。親戚じゃいうのに薄情すぎるじゃろ、あの髭モジャ。風呂入れ。それよりウカ殿はご健勝か?」
(「おかわりなくあられます」「商魂たくましいであられます!」)
「おー、よいよい、いくらでも払ってやれ。たっぷりとな。ドワハハハ! あとな、今年の酒が、いいできじゃと伝えてくれ。じゃ、ワシは帰って飲み直す。ほんに2次会ついてくる者はおらんかぁー?」
(無言)
「よいよい。それじゃ、祭りの準備、しっかりやるんじゃぞ? あ、いや、こうしよう。ワシが『祭りの準備、頑張るんじゃぞ?』と聞くから、皆の者、『よーしきた!』と答えるんじゃぞ? いいな? では、祭りの準備、頑張るんじゃぞ?」
(「「「よぉーしきた!」」」)
「ドワハハハハハ! よーし、よしよし。ではミヌマ殿!」
「ハッ。ここに!」見れば第五室の渡り廊下の欄干で、こうべを垂れている。他の執政官たちも。
「巨細あると思うが、よろしく頼みますぞ!」
「ハッ」
「大事なりそうなら呼べよ。見事、解決してみせるからな。ではな!」
そして長躯を倒し、元いた場所に次の体躯を進ませては徐々に管を細らせていく。頭はすでに豊恵川に潜っており、どうも川の流れにのって現世に下るらしい。
が、わからない。なぜ君子豹変して吉なのだ? 真だったけども。これが僕ーー人智というものの、限界なのか?
で、さっそくの翌暁だ。土の宮から急使訪れ、土の宮参宮と号令が下ったのは。
叩き起こされ、急ぎ支度、宮のきざはしへ。すでに8割りがたの御方がたが参道に集結していた。
「なーにやっとるオモヒトノ! はよう並べ、並べ」整列を指揮するシオガマ殿からお叱りが。
さしぬき持って駆け足、隊の末尾に付着する。他にも出遅れの神様方がお出ましになり、シオガマ殿の威喝を浴びつつ参列。なにやらピリピリとしたふんいき。すると
「イワヌマ殿も、はよう、はよう!」
「あらっ。ごめんあそばせ」
口元に袖をあてながら、小走りに駆けていく。清涼剤だなぁ。
全員そろって隊は出発、ただし、拍子木はなし。参道を下って、舟着き場で乗船する。
喧騒離れた舟の旅。
「おい......」前列に座る御方がとなりの神様に耳打ちをし、相手もなにやら耳語する、もちろん僕に一瞥をくれて。
人智でもわかる、非難がましい目つきから。昨夜の失火、原因が僕にあるとの噂が広まっているのだ。無根ではない。しかし事実でも。ただ、僕は言い訳はしないと決めていた。僕も水系のはしくれだ、負けがこむほど、逆境であるほど、逆巻く心の怒涛が、強く凶猛と化してゆく。それは噴出するのでなく、むしろ心を冷たく凝集する方に進められ、己一個をある執念の切っ先に変貌させていく。飢虎が獲物に襲いかかるその一時を、眼を凶意で瞬かせつつ、気配を消し、ただじっと、待つように。
地球を見る。殺気充満の時節。でも、緑雲はいまだ鮮やかでーー、ああ、そうか。昨日のボヤで、季節はずれの精気が豊恵川から流れ込んだのか。
葦は脱色、根に気を移し、仮死の準備は万端のもよう。
舟は火の宮で転回、湖心のほうへ。土の宮は湖岸でなく、湖の真ん中にあるのだ。が、それは入り口だけで、実態は、地下に広がる岩窟穴居の交雑帯であり、その坑道は、卐を描いて4宮の右方、四維にまで伸びている。通称、根の国。かつて巨人族が掘削したとの伝承があり、スサ殿はその末裔だとか。若神様は笑殺、でも由緒ある神様がたは黙秘だ。そこがまた怪しく。
で、その土の宮の入り口が、湖面の果てに見えてきた。ただっ広い水の真ん中に、突如出現する黄金の小島。砂金でできており、狭く、剛健な岩が5枚、洞をなすように組み上がっている。島にはただそれだけで、ほかに天板をなす岩から黄金の豆の木が生え、その木から、黄金の実がなるばかり。
ワニが上陸、舟も船首を乗り上げ、先達の御方がたが下船し、そのそばから金ピカののれんを掻き分け、穴に消えていく。空いたスペースから我らも下船。のれんを掻き分けーーと、のれんと思っていたのは木の根だったーー、奥に進む。
なかは土ぼこり舞う巨大な縦穴の室だった。薄暗く、かなり暖かく、壁から生えた桃の木が灯って、それがぼんぼりに似てほの暗く瞬き、浮世絵の空気感をかもし出している。アメジストやルビーの原石が壁から生えて固く輝き、桃の明かりに引き寄せられた玉虫が、明かりの加減でわずかに色むらを変える。まるで黄泉、中津国の3分の2の広さを持つという伝説上の陰の世界。左右に1対だけある黄炎の灯籠がなかったら、ここがそうかと思うくらい。灯籠は青黒い岩石でできており、舗装も同系の岩質でーーん? この岩石、どこかで見たことがあるな、どこだっけーーそうだ、蓬莱! すると蓬莱から切り出し、ここまで運んできたってのか、あの険路を通って、はるばる......? そうか、巨人! でも、まさかな......。いやでも……。ええ、ほんとうにィ?
手前は坂、闇だまりに落ち込んで、先は見えない。黙々と前進する先達の御方がたに追従する。
坂は螺旋を巻いていた。松明代わりに桃の実があちこちに生え、提灯のようなともしびで、室の淵をほのかに照らす。でも底は見えず。漏水なのか雫がたれて、闇溜まりに消えていった。この沈殿する闇を迂回するように神々様が、ぐるっと回って下りていく。三周くだった辺りに、碧の装束の御方がた。木の宮の御一行だ。
「どえ~くしょい!」
と、そのとき、水の列内でおおくしゃみが。他の場所でもあって、さらにひとつ。土ぼこりアレルギーだ。我が宮に多く、症候持ちの御方がたは、目の下に手拭い巻いて、さらに帽子から、麻のすだれを垂らす、目口鼻の防護用に。それでも不全だから、静粛な参道に、不定期の失敬がこだまする。でもこのときは、どの御方からもチャチャが入らない。木の宮の御方々からも。(「なんじゃ、くしゃみばかりしおって。氷室よりだいぶ暖かいぞ、乾布摩擦たりんのじゃないか?」)このくらい、あってもいいのに。
下を見ると木の宮の御方がたが螺旋の外にはずれていき、そこが終端とわかる。
くだるとそこは分岐の道。片方は横穴で、もう一方は行路を塞ぐ巨大な石碑。
「ここより日に1000人を殺す国。ならば我、日に1500人を生まん」
そんな辞が。重要なのは5の倍数で3:2ってことか? ともあれ、螺旋を外れ、横穴へ。
抜けるとそこは広大なトンネル、そして眼界いっぱいに、玉虫色の巨大な繭。それは四偶に立つ黄炎の灯籠に照らされて、そのゆらめきで、虹の弦でも弾くように、一糸一糸が七色の光華を波立たせる。天井から大きく弧をえがく黄金の木の根が支柱となっており、繭はその湾曲する根に包まれて、接着面で木の根と同化。心房みたく拍動しているようでもありーー、まるで黄金の血脈を受け、万物を胚胎する寓意のよう。土の宮殿、別名、ようらんの宮。社殿がそう呼ばれるのは、ここから来る。
手前に玉虫色の装束の2柱の神様がた。出迎えの土の御方々だ。側に繭に伸びるきざはし。
「ようこそ、水の宮の御方がた! どうぞ中へ! 中へ!」
端の御方が繭をはぐって開きながら号し、みな腰折ってなかへ消えていく。僕も続く。
なかは七色の染みの入り乱れる夢幻のような空間だった。床はグネグネとしていて踏むと沈む、次元の壁に足を突っ込んだみたく。あちこちから菌糸を凝集してできた桃の木が生え、幽暗な明かりを灯し、それがやはり生えでるルビーやサファイアといった原石を固く照らす。ほつれた糸の先から上体だけの玉虫や、腹の半分まであるやつや、胸の途中までのなどが垂れ下がり、これはどうも「製作中」といったところ。天頂からは次元を切り裂く霹靂のような金の亀裂が走って降り、たぶんこれは黄金の木の根。根は壁面に走る本流のほか、天頂で分枝して、繭内に垂れてさらに5本に分岐、で、それぞれが中空で湾曲して床まで降りる、外の繭と同じように。で、もちろん、この湾曲部に繭が成るのだ。これが部屋。この5つの繭の前には五色の石の囲いと階段で、これは5宮を模している。我が宮なら黒曜石の囲いと階段で、位置は北。土の宮なら金塊で、中央だ。で、その囲いを股にかけ、屹立する毛むくじゃらの大男。長い腕を振って、行進を催促する。
「よう来なすった、水の宮の御方がた。難儀でござるが、もう一苦労ぞ。はよう、はよう!」
この宮のあるじ、スサ殿だ。金のサークルの繭に誘導しており、脇に繭を開く係の神様が。先達の御方がたがよじ登るように高い階段を昇り、僕も大股で昇ると、
「お主で最後か?」
思わず声がかかって仰ぐ。そこには剛毛の暗い眼窩の真ん中に、黄金の宝珠のごとき真円の輝き二つーースサ殿の双眸だ。黄玉は4色の玉をさらに中にはめ込み、内側から発光させたかのよう。
「そ、そうですけど」
威圧感にひるみつつ答えるが、すでに顎は上がり、僕などもう眼中になく。
「あとは金の宮か。なにやっとるんじゃ、今日は議題多いというに」
すでに意識は大局にあってーーやっぱり、高位の神様はこうでなくっちゃ!
繭の中へ。なかはさらに小粒の繭がなり、なかでも一番大きな繭に係の御方。糸束を開き、待機している。くぐって先へ。
そこが合議の間だった。五角の黄玉の台座があり、各かどには5色の燭台。火の宮と木の宮はすでに到着、我が宮も、ほとんどが埋まっている。私議し合うものなく、土の宮の奏楽なのか、トライアングルのようなか細い清音がときどき打ち鳴らされる。が、応ずる者なく。かき消えていくのみ。何か難産の待合室といった感じ。
忍び足で進み、着席。待機していると金の宮の御方がたが入ってきた。どの御方も奥歯を噛んだような面持ちで、ヒダ殿の鎧の音を茶化す声はおろか、インバ殿とヒダ殿の掛け合いすらない。
つづいて土の宮が入室、着座。これで5宮がそろった。そのなかで一人、拳を握り繭に両足をつっこんで崛起する巨人に注目が集まる。
「土の宮の代表、スサであーる!」各宮にゆっくり視線を配り「みなのもの、本日は急な招集にも関わらず、よう集まってくれた。厚く御礼申しあげるぞ。ではさっそく」
そして腕を垂直に開き、弱強すり揉み弱強の順で、一息に手を打ち鳴らす。
「開式じゃ」で、座りーー、と思ったらまた半立ちになって「そうじゃった、そうじゃった。今日は水の宮への糾問はなしとするぞ。糾弾はせねばならん、過失は咎めねばならん。だが今ではないぞ。後日ぞ。穀も藁も燃えてしまったからの、もう水の宮で保管することはない。つまり、原因がァー、改善点がァー、と話しおうても実むすばんのぞ。今は祭りをどうするか、この1点がなにより肝要ぞ。肝心かなめであるぞ。なんぞ異議あるものはおるか?」
ティーン、とトライアングルの音がし、それが消えるまで沈黙が続く。
「では改めて開会じゃ」
「では、まずわたしから謝辞をのべさせてください」とインバ殿。「このたびは皆々様に多大なるご迷惑をおかけしたこと、誠に申し訳ございません。わが水の宮一統を代表して、深くお詫びいたします」と深々と腰を折る。続いて代表団がならい、僕もあわてて低頭。そのまま停止し、周囲に合わせて頭をあげる。
「それで」とインバ殿が続ける。「まずは状況を整理したいのですが。具体的にいえば塞の祭りが続行可能かどうか」
「穀は全部燃えたんどすか?」
「はい」
「藁も?」
「はい」
「ほんにぜんぶ?」
「はい。すべて、きれいさっぱり」
「ほならもう、お焚きはできないィ、ですねぇ。残りは来年の食糧やし、備蓄を出すゥわけにもいかんもん」
「例年どおりに戻すことはできんのか?」とヒダ殿。「神樹の枝を薪にする方式の」
「木ィは切れますよ。でも、精気の残存量がネックでなあ。これから仕度する、で、当たりつけて、登って切って。うーん、ぜんぶで、2週間くらいぃ......、ですかねぇ。すると最短で十月の下旬から作業開始やろ、それやと落とした枝に、肝心の精気が残っとらんかもしれんくてなァ。十月にもなれば、殺気縦横、神樹はんも枝葉から精気ひき上げとる思うんどす、だから、どれだけ精気が残ってるか」
「予測はできますの? 残量がどのくらいか」
「例年の3割りィ......、あればええほうかと」
「なら4、5本あればいけるーー、ということか?」とヒダ殿。「単純計算じゃが」
「あんねぇーー。まあ、先に説明しといたるわ。その場合やと解体運搬する時間が足りんのや。例年は8月に準備して9月に伐採、10月に解体して、11月に運搬と、こんなスケジュール感なんどす。もちろん、平行して刈り入れや脱穀の作業もしとるから、今回だけは例外的に、他をとめて、祭りに専念すれば間にあうかもしれん。でもな、それで止まるの酒造やさかいな」
(「ならん!」と金の宮からの怒声が。「それはならん!」同様の気勢で口々に続く)
ヒダ殿が振り返らず背後に掌をかざし、静まれの指令。「聞いたとおりじゃ。ワシ個人としても、それは承服しかねる」
「そうでっしゃろ? なら、神樹をお焚きに使ういうんはできんっちゅうことや。大体、神樹をそんな粗末に扱ってバチ当たらんとでも思ってはりますの?」(木の宮から「そうだそうだ!」「けしからん!」などの激語)
「むぅ。確かに、失言じゃったわい」
「まあ神樹は使えんとは了解したぞ」とスサ殿。「そうじゃな、ウカ殿?」
「そうどす」
「ヒダ殿も、それでよいな?」
「うむ。迷惑かけたの」
「なら、他にお焚きに使えそうな資材があるかどうかじゃな。どうじゃ、ウカ殿?」
「ないぃ、やろねぇ。あれば神樹を傷つけるようなまね、毎年せぇへんもん」
「となると方針転換しかない。しかも残り2ヶ月しかなく、かつ、塞ノ祭りもできない」とインバ殿。それから独言で「期間を引き延ばすーー? 無理ね。要員を捻出してはーー? 考慮の余地ありね。備蓄を消費したらーー? だめ、凶荒となったら目も当てられない......」額に扇を当て、なにやら思案しているもよう。
「こりゃあかんの、ホホッ」と笑うのはヒダ殿だ。「殺伐じゃ。腕がなるわい」どこか楽しそう。
ウカ殿、スサ殿は腕組みして黙考の様子。
が、そのとき木の宮の一座から「祭りが行われなかったらどうなるんスか?」と呑気な声が。一斉に視線が収束する。かなりの若神様だ。が、閉塞した気の格好の逃避先となり、他の神々様から「知見不足!」「浅学浅慮!」「春眠厳禁!」など怒号の雨あられ。
「待った待った」とスサ殿。が、一度で制せず「待てい、待てぇーい!」両腕に威力をこめて広げる。
ピタッと静かに。「確かに! じゃ」で、小声になる。諭すように。「若い衆は狐疑しても致し方ないのぞ。口にするのも憚られるゆえ、先達の御柱どのからは具体を聞かされていない、そういう者も多いはず。じゃから申しておくぞ。まず大神さまがお隠れになるのぞ。そして国が乱れる。葦たちは春の陽気に震動せず、夏のみぎりに角逐せず、晩夏のみぎりに成熟しない。とうぜん、秋の殺気もどこ吹く風じゃ。冬の陽気凝集にしてもしかり。穀類にしても同様ぞ。とうぜんじゃ、大神さまの気をいただかねば、万物は生育せん。すると、中津国が荒涼無惨となり、ここで生まれる精気は地上世界に流れなくなる。地上に精気そそがれんことになるから、地球は枯死じゃ。もしくは凍結。するとどうなる? 精金川に湧出する精気が衰滅する。それだけでないぞ。それもだいぶの大災難じゃが、それだけでない。我らのうち、かなりの者が消滅する。我らを祀る地上世界が枯れるのじゃ。祀る者のいなくなった神は消え滅ぶ。道理じゃ、我らが誕生した反対を考えてみれば、とうぜん分かろうな。これが生じの5年。続く5年が成就の5年、次の5年が極めの5年じゃ。いったん生じてしまえば、陰きわまるまで落魄つづくぞ。基本、生じの5年では切り返せん。減衰は、次の次の5年までつづく。で、減りに減った頭数で次代を開く、これがまた難儀であるぞ。なにしろ人手激減のうえに、残った神々様は飢渇にあえいでいるからのう。一時はこの場の座布団が埋まらんこともあった。我ら5柱でひとり何役もこなしてのう。あるときは水の宮だ、あるときは火の宮だ、と。また、我らの衰退は、大神さまの世でも不作となって顕れるから、次代開いたとて顕れる大神さまも弱々しくての。ひもじいなか、その弱々しい気を我らが享受する分と、我慢して地上に流す分、あ、地上に流す分とは地上栄えねば我らも栄えんからぞ、むさぼれば滅びるのぞ。で、この調和の綱を渡りながら、再興を期すのは、まこと難儀な事業じゃった」
議場に幕間。絶句による静止だ。破滅がなにか、みな思案中なのかも。僕なんて人智で、かつ新鋭だから、きっと真っ先に消滅する! でも、想像つかないな、消滅なんて。
「スサ殿」と、先鋒をきったのはもちろんインバ殿。「話を聞いていて思ったのですが」
「うむ。たぶん、ワシも同じこと思っとった」
「塞ノ祭りの方針転換は避けられない、なら、どう転換するか? これが次の題目かと。それで、祭りの方式を温泉祭りにするのはどうでしょう? これなら実績もありますしーー」
(が「ならん!」と火の宮から怒号が。つづいて「ならんならん!」「そうだぞ!」「第一、火種がないではないか!」の激した追撃)
「火種がないことくらいわかっています。だから今回はーー(が、その間も火局から「見識不足」「北斗の智謀も地に落ちた」「蛍雪して出直せい」など非難号々)って、どうせ濡れるのが嫌なだけでしょ、あんたたちは!」
(すると水局から「そうだそうだ」「小器なるぞ火の宮の御方がた」「陰徳おもいだせ」で、それに反発する火局の有志が圧縮炭うんぬん言い出し、圧縮炭のワードに過敏反応した金局と相まって、もはやわんぱくキッズパークの様相に)
「チホ殿」
「ハッ!」
火の宮から清廉なるお声。ピタッと喧騒がやむ。
「混乱を収めてください。お願いできますか?」
「ハッ!」すると片膝ずつ威儀をただして立ち、振り返りながら「うま、とら、いぬ! そこに直れぃ!」
「「「ハッ!」」」呼ばれた3柱は起立、気をつけの姿勢。詰めよるチホ殿。
「軍規による戒めとはなんたるか!」
「ハッ! さらなる炎上の糧をうるものであります!」
「よろしい! ではこの3打をもって薪とする。歯を食いしばれぃ!」
(すると静視していた火の宮の御方がたが、異様な低音で唱和する「薪の生数、3のすう。あそーれ、いっち、にぃー、さーん」)
カウントにあわせてチホ殿が右右右で平手を食らわす。
「ありがとうございました!」
「成るや否やは今後にかかっている。しっかり精進めされよ!」
「ハッ!」
この儀式が三度くりかえされた。済むとチホ殿は議場を軽く眺め渡し、
「お目汚し、失礼致しました」
浅く一礼、脇を締め、小走りのポーズ。走って自席に戻る。
「ミヌマ殿」平生の声。何事もなかったかのように。もちろんミワ殿だ。「続きを述べてくださいますか?」
「え、ええ」ひとつ咳払い。「温泉祭り、と申しましたが内容は先回どおりではありません。前回は人足不足もあって、要は精気の奉納ができればよいとの方針のもと、溶岩だまりに水をかけ、その蒸気でもって精気を捧げた。この方式でした。しかし、こんかい提案したのはその踏襲ではありません。火の宮のご指摘のとおり、火種ーー溶岩炉を用意するのは、祭りまでに不可能と拝察します。なので、今回は溶岩に水をかけるのでなく、ちょくせつ水を煮炊きする。で、その蒸気を奉納する。そういう方式ではどうでしょう、というのが提案になります」
「水の準備はできますか?」とミワ殿。「必要とされる精気は膨大です。水を煮炊きするなら相当量の水を蒸発させねばならない。水の確保はできますか? また、運搬は?」
「水は北斗1室の万年氷を使用します。(「ええ、万年氷を?」「大丈夫なのか?」と我が宮から。木の宮も。一方、火の宮、土の宮からは「その手があったか!」の声)さきほども申し上げたとおり、重要なのは天に捧げる精気の量です。通常の水では濃度は低い。でも、遥か古来より年々その自重で圧縮されてきた万年氷では? 計ってみねばわかりません、でも、通常の水の10倍は精気を含んでいるはず。これなら生活水の緊縮も、運搬の人足確保も、せずに済むと考えます」
「でもなぁ、ミヌマはん」とウカ殿。「万年氷なんてホンに使て大丈夫なん? あれは皆にとっての生命線、精気枯渇したときの最終備蓄よ? あのスワ殿でさえ秘中の秘として1ミリも手ェつけんかったんに、いま使てしもてもホントにええのん?」(「木の宮から「そうだそうだ」)
「今こそ危急存亡のとき。ここで使用するべきです」(火の宮、土の宮から「そうだそうだ」)
「ホンに大丈夫? 後でスワ殿にケチつけられてちゃぶ台返し、なんてなしよ?」(「まず確認ぞ」「持ち帰り検討いるのでないか」対して「悠長なこと言っとる場合か」「果断いるぞ」ここで我が宮でも「風火家人! インバ殿に任して吉ぞ」「いやいや風山漸でないか、順序こだわるべきぞ」と、水局内でも分裂が)
「スサ」とミワ殿。静まり、チーンと尾を引くトライアングルの音。「仮にミヌマ殿の案を採用した場合、祭具の修正は可能ですか?」
「我が宮は塞ノ祭りの岩盤を製作中ぞ。ただいま粘土状、で、これから焼き固めるところぞ。形状変更だけなら修正可能。だが、強度あげるなら再生成せねばならん。それは精気の量、残り日数から考えても、おそらく無理」
「ヒダ殿。用意していただいてる貨車ですが、現状は岩盤と穀を積載できる設計と推測します」
「いかにも」
「仮に岩盤と同程度の重量の氷を荷として追加する場合、貨車の修正はどれくらいになりますか?」
「むう。岩盤と同程度の氷じゃと、積載量はほぼ倍、か。倍は厳しいのう、剛性が足らんわい。設計からやり直しじゃな、ホホッ」
「一.三倍ならどうですの?」
「それなら車輪と車軸の全取っ替え、台座の補強で済む。が、やるかどうかはウカ殿の『協力』の程によるのう」
「そりゃもう、ええ酒ご用意させていただきます」
「焼酎はつかんのか、あー、つかんのか、つかんのか。そうか」
「国の一大事っちゅうのに、がめついやっちゃなぁ。ま、ええでっしゃろ! 秘蔵の倉、開けさせてもらいます」
「ミヌマ殿、ミワ殿」とヒダ殿。嬉しげに。「今しがた可能になったぞ。ホホッ」
(金局では狂喜乱舞、所はばからぬ快哉のあらし。涙をうかべ抱き合うもの、なかには何故か相撲をとるものまで)
「静まれ、静まれ~ぃ!」とスサ殿。騒ぎだんだん小さくなり「まだ話の途中ぞ。油断厳禁ぞ。それでミヌマ殿。氷の重さが岩盤の一.三倍で済むとはどういう了見なんじゃ? 貴重な万年氷とはいえ、節約の腹づもりなら、勘定甘いのと違うか?」
「出し惜しみではありません。祭式が塞ノ祭でなくなったため、防火水の事前散布が不要になり、そのぶん人員に空きができる。それを砕氷の事前配置に回そうとの想定です。祭り当日にすべての氷を貨車に載せて運ぶ必要はありません。あからじめ参道に氷を配し、都度土器に注入すればいい。それに、祭は晦日。万年を経て凝縮した氷ならば、前もって設置したとて融解することはありません。どちらかと言えば、解かすだけの火力があるかが心配です。(ここで火の宮から「なにをー!」「ボッコボコに沸かせたるわい!」の声。が、負けず我が宮からも「その場になって、火ィー火ィー言うなよ!」の邀撃。笑い)ともかく。先の言のとおり、今は危急存亡のとき。必要なものは十二分に拠出いたすつもりです」
「なるほど。水の御方のご心算、さすがであるぞ。じゃが待つのぞ。まだ疑雲のすべて、晴れてないのぞ」で、ヒダ殿を見「さきほどヒダ殿は車軸車輪の作り直しと申したが、資材たりんのでないか? 手持ちで足りなくば、新たに生成せねばならんぞ。で、生成は我が宮の役目。じゃが、我が宮はすでに手一杯じゃ。かりに人手工面するにしても、今度は精気たらんぞ。精気いただかねば気は生じず、気が生じねば、物成らんぞ。精気の工面、考慮する必要あるぞ」
「川から濾す金を増やせばええんやない? ほら、ちょうど今、季節外れの緑雲、地上にかかっとるやろ? すこぉし、供出してもろたら?」
「むぅ。じゃが、地上はいま殺ぞ。減退ぞ。殺の候に精気しぼったら、地上干上がるぞ。人は近目、知らせておいたとて十日とたたんうちに争いはじめるぞ。我らの落ち度で地上に精を注ぎ、我らの都合でその精を奪うのか? 残るは嘆きぞ。悲嘆ぞ。それ、あんまりでないか」
「じゃが陰陽の帳尻はつく」とヒダ殿。
情理のはざまと見え、どの御方も口を開かない。チーンと、トライアングルが響くのみ。
「ウカ殿」とミワ殿。「仮に温泉祭りに変更した場合、薪は用意できますか?」
「そうですねぇ。薪を用意するゥなるとーー、水を熱するだけなら、神樹でなくともええなぁ。林木の伐採やなぁ。はい、人員の手配さえできれば用意できますよ」
「わかりました」そこで間の中央に視線を戻し「こたびの祭りは温泉祭りといたします」と高らかに宣言。で、横を向いて「スサ」
「おうよ」
「岩盤を変形して煮炊きできる土器にして。負荷はそんなに増えないはずよ、員数が不足する場合は捻出して。焼き入れは来月の経過を待って行います。まだ行わないで」
「わかったぞ」
「ヒダ殿」で金の宮に視線を移し「金の宮には貨車の修正を行っていただきます。万年氷を浮かべた土器を載せられるようにしてください。不足する材資は土の宮で新たに生成します。そのため、精金の抽出を8割まであげてください」
「ねえちゃん!」
「これは大神さまの世にも関わる事。挙国して当たりますが、それで不足ならば助成を願い出るほかありません。失敗すれば事なのです。ここはこらえて、スサ」
「ぬぅ。わかったのでない、わかったのではないぞ。が、ここは従うぞ、ねえちゃん!」
で、視線は再びヒダ殿へ。「いちぶ再設計からのやり直し、精金の増産が追加になります。ですが、どの宮も余力がない状態です。なので大事になる場合のみ他宮に相談するーー、こんな無茶なお願いになりますが、引き受けてもらえますか?」
「ホホッ。荒れくれ者の我らにはちょうどよいわい」
「よろしくお願いいたします」
で、次にインバ殿を正視し、
「水の宮には万年氷の提供と、その事前配置に携わってもらいます。作業は純増で、砕氷と運搬、くわえて水の増産です。金の宮と同じく、基本、応援は望めません。小難は水の宮ご自身で解消いただくことになりますが、引き受けてくださいますか?」
「陰の極みで陽はらむのが我らが役目。この危難、みごと支えてみせましょうぞ」
「ありがとうございます」
でウカ殿を見「木の宮も作業は純増で、煮沸用の火種を用意してもらいます。燃料を何にするかはお任せしますが、陽の気、光、いる場合は我らにご用命ください。養分たりない場合は、スサから搾取すればよいでしょう。(「おーい、オチに使うなよ、姉ちゃん!」の声。笑い)世のため国のため、ご助力いただけますか?」
「そらもう。しゃかりきにさせていただきますよって」
「お願い致します」そして正面を向き「我が宮も臨戦体勢でのぞみます。通常業務を最大限けずり、かつて他の宮に属していた御方はその宮へ、そうでない方は滅私の雄志で、他宮への派遣を命じます。4宮の御方がた、どうぞ使い潰すおつもりでご下命なさってください」
と、そこで火の宮の一団、威儀ただし唱和し「炎上のいただきにこそ鳳凰くだる。灰塵なるこそ我が本望」
「チホ」
「ハッ!」
「配属を頼みましたよ」
「ハッ!」
「それでは皆さん、ここが正念場。ここが陰陽の分かれ目ですよ。くれぐれも協力と連携を忘れずに」
「「「「「あい、かしこまったなりぃ~」」」」」
五日後、僕はシオガマ殿に呼び出され、北斗二室巨門星に。かけながしの水を断ち、雫を止めて中へ。そこには春の庭と見まごう錦糸で織られた振り袖の綾。イワヌマ殿だ。
「おお、来たか、オモヒトノ」とシオガマ殿。
にこやかに会釈してくるイワヌマ殿に辞儀を返し、隣に座る。
「どうだ、調子は?」
「ひとり我慢大会中です。触れば祟ると見なされてるみたいで、だぁーれも! 近寄ってこない。早い話、ハブられてます。でもまあ、しょうがない、僕は初六ですから。基本、忍従するしか」
「でも、仕事はちゃんとしとるんだろ?」
「してます」
「ならよい、ならよい」ガッハッハときて「若いときの失敗なんぞ投資みたいなもんだ。たーんと失敗せよ。心配いらんぞ、後始末なんか、上司に押し付けてやればよいのだ。部下の尻拭いも含めての上役なんだからな。といって、あまり盛大にやらかしてくれるなよ。ほどほどがよいぞ、ほどほどが」ガッハッハと続き「ところでだ」調子が変わる。「今日呼んだ件だがな、ひとつ、お主に挽回のチャンスをやろうと思ってな。それに、今度のはお主にピッタリの仕事だぞ。用いぬわけにはいかん。いま、祭りの成否、かかっとるのは知っとるな?」
「はい」
「実は各宮で連携役という役所を設けてな、祭具の進捗や課題を逐次共有することになったのだ。で、ここにおるイワヌマ殿にご担当いただこうと呼んだわけだが、補佐はだれがよいと聞いたら、お主と言うてな」
「あら、だって便利じゃない、視覚をそのまま映写できるなんて。どの宮の、どの祭具の、どの場所が問題か、一見で伝達できるでしょう?」
「こうくるわけだ。ワシも同意見だぞ?」
連携役は複数ひつようで、現状は人手不足、つまり、力ある神様は温存したい。で、補佐に若輩を、の流れか。断れないな、これ。
なら、
「雪辱を誓うならば、この北斗、この霊廟をおいて他になし」両掌を眼前にかざし「拝命します!」
「おお、どうした急に。まあよい。では、頼んだぞ!」




