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次代開きの大祭り  作者: 荒野銀


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(2)

 木の宮の合議から一ヶ月、今日は火の宮での合議の日。

「お! オモヒトノでないか、今日も酒が出るからな、記録、しっかり頼むぞ」代表団の末尾にならんで待っていると後ろから声が掛かる。

 シオガマ殿だ。恐れ多くも僕の議事なんかが採用されることになったあの日以来ーーしかも銘入りーー、僕は二度、執政室に呼び出されていた。議事の内容が云々。でも、その過程で、僕の仕様が理解され運用が案出され、つまり、僕の使い方が「開発」されたってわけ。特に好事家だったシオガマ殿には強く刺さったみたい。議事と無関係のリクエストまで送ってきたりして、インバ殿に「執務と関係あることだけにして!」とツンケンされるほど。

「しっかし、ヒトもすんごい物作れるようになったなぁ」と、これはシオガマ殿の言。「ほんの数年前だぞ、塩の作り方を教えたの。これも知の陽の賜物か。いやはや」

 以来、シオガマ殿には渡り廊下などで声を掛けてもらうようになった。で、それが周囲の僕を見る目を変えないわけがなく。同期の神々様からは嫉妬や羨望を、先達の神々様からは認知を、一方的に押し付けられることになった。聞くところによると、先達の御方がたの間では、僕が失敗せずにこたびのお役を完遂するかで賭けになってるとか。水の宮だなぁ。

 で、火の宮への行列で待つこのときも、シオガマ殿から信頼を寄せる言。ま、ジョークなんだけど。シオガマ殿は僕の肩を強くたたいて豪快に笑い、補佐の二柱を従え先頭へいってしまった。それからも続々と神様がたが外出してくる。

 全員揃うのを待って前進。二列縦隊は、拍子木鳴って、二歩進む。僕は隊の末尾で一人きり。あいかわらずだ。

 黒炎ともる参道を下って船着き場へ。今回はショートカットの大舟を利用する。席列三名×四列の大収容船だ。ワニも五匹、これは高速化を企図したもの。というのも、本来はクレーム入れたり、火急の用件に対応するためのものだから。

 船に乗り込みワニに声掛け出航する。水の宮には女神が多いから、船上はもう姦しいの一言。若輩のうえ、男神の僕は黙りこくっていた。風景に逃げる。黒陽はもうすぐ秋分。光耀の陰りを見せ、葦は初秋の涼風に呆けている。「こんなに伸びてどうすんだ? これから秋深まるってのに」そんな絶句が聞こえてきそう。もちろん、星湖の精金も多少量を減らしていて、それにつれ、地球をとりまく精気の緑雲にも紅葉の兆しが。陽が短くなっているんだから、当然なんだけど。

 そうしていると舳先の水平線が揺らぎはじめた。あれは陽炎、火の宮は、炎上と鎮火を繰り返す焦土の三角州なのだ。州は湖畔を頂点とする2等辺の三角形で、間欠泉から吹き出す細流で小さい三角州に区画され、その州がさらに細流で区画されてと、小さな州の集合によって、1つの三角州を形成していた。で、宮殿はこの州の最前、つまり、三角州の先端に位置している。だから、湖畔は水辺でありながら、炎の裏庭を負い、常に陽炎に揺らめいている、まるで戦火の城下町を負う戦国の城のように。そのメッセージはこうだ。侵略こそ正義、拡張を賛美せよ。そして、その建物の先っぽが、水平線から昇ってきた。

 火の宮殿は白磁に輝くなだらかな円錐のピラミッドだった。外周は炎火でサークル状に囲まれ、その燃え立つ火炎に当てられて、白磁の宮はわずかに紅潮している。で、さらに外周には間欠泉から湧いた水による堀だ。もちろんこれは州を網羅していく水源なんだが、目的は庭園の外への類火を防止するため。襲撃に備えて? いや、それはヒトの世の事、神様は、んな愚行は犯さないよ、だって秋殺に備える方が賢明なんだもの。で、そんな下界のあれやこれを超越して、超然と輝く存在、それが宮殿の頂きの燦爛だ。小さく、しかし、鮮烈な閃光をまとうその白点は、宮の上部から清浄な光輝の滝を浴びせかけ、白磁の宮を、浄なる白に瞬かせる、陽光を散らす湖水と比べてもいっそう明媚に。そして、その輝きの中心には燦然を発する女神がいる、火と熱線の女神、ミワ殿。この方のおわすあいだ、火の宮はどんな厄災をもはね除ける破魔の堅城となる。

 船着き場について下船、先月に倣って二列の縦隊、火の宮までの軽微な登坂を開始する。でも、前には先行する翠の装束の一団が。木の宮の代表団だ。火の宮とは隣だから到着が早いのだろう。そういえば、先月は我らが一番乗りだった。火の起こす風の音に混じって、前方から、のんきな琵琶の音が聞こえてくる。

 拍子木が鳴る。半歩前進、それを二度。いったん停止。参道は、紅玉の灯籠が立ち並び、深紅の炎は灯るものの、あまり目を楽しませるものでない。というのも、舞いちる燃えかすがすごいから。参道は水路によって区切られていたが、一歩外に目をやれば、そこはなみたつ焔の海。墨となった棒切れから消し炭がはがれ落ち、業火の風にいざなわれ、粉塵の乱舞をくりひろげる。それは僕らの頬や手指、裾のなかまで侵入してきて

「うわ、濁る!」

「汚れるのイヤ!」

 隊列に、若干の活気をもたらす。かと思えば、そこかしこで細流の警邏に捕まった炎たちが、ブスブスとまつごの気息を吐き。でも、これだけの炎、いったい何がそんなに燃えているのか? それは草木。ここは南局、つまり、常夏の地。しかもミワ殿による光耀と、加えて渇することない地下水が、常に植物たちの胃に滋養をぶちこみ続けている。ほとんど無理やりに生長させられているといってもいい程で、実際、僕らが歩くうちにも州の一角が緑化したりした。きっと根は燃えてない、表層はともかく。で、否応なしに生長させられ、より多くの光を得るための高所争奪戦に邁進させられるのだ、ここの植物たちは。で、灰となって飛び、西方にたまって原となる。中津国の南南西が灰の原と呼ばれるのは、そういう所以だ。

 そんな考察をしてるうち、正門が見えてきた。見上げるほど大きい炎の柱7本、これが正門だ。脇には水を張ったかめと両手で持つほどの柄杓。

「たのも~!」とインバ殿。「水の宮代表団である!」

 すると火影の奥で黒ずみが微動し、

「ようこそいらしった! どうぞお進みくだされ!」

 インバ殿が進み出て、柄杓で水をくみーーが、重いのかヨロヨロとあちこちに水をこぼし、見かねたシオガマ殿が進み出て

「どれ、わしがやろう」

 再度かめから水を汲んで、火柱を鎮火する。これで開だ。

 隊列が火の囲いの隙間に進んでいき、末尾の僕も門を通る。坂を登りきって視界が開けると思ったら、逆に狭まった、というのも、眼界のほとんどが、純白の光輝散乱する巨大な陶器でふさがったから。それは継ぎ目もくるいもない完璧に平滑な鏡面仕上げの円錐で、それがミワ殿のランダムな発光を照り返し、眼前はさながら一面の光吸い上げる白い大海のよう。そして、これほどの超構造物であるにも関わらず、なぜか重厚でなく軽量で可憐な感じがする。きっと水気を思わすガラスの被膜が、潤いと浮遊感を与えているからだ。で、床には紅玉が敷き詰められ、その頂点では光の女神が燦然と灯り、足元は、優しい朱の薄明を照り返している、なにか古代の魔方陣が作動してるとでもいうように。紅白。この2層について、艶美さ秀麗さに完成された社。これが火の宮かぁ。

「高所より失礼つかまつる。ようこそいらしった、水の宮の御方がた」

 と、頂点から神魂を揺らす清音が。ミワ殿のお声だ。

「お招きいただき感謝する、火の宮のお方々」とインバ殿。

 すると背後から鉄火色の装束の神様が恭しく中腰で駆けてきた。

「さ、こちらです、水の宮のお方がた。さ、どうぞ」

 促されて前進する。よくみれば先には小高い階段と四角い影ーー洞だと思うーーがあり、どうもこれが入り口らしい。隊に続き入っていく。

 意外にも、中は外に負けじと明るかった。というより、入り口の間の四面は頭上からの光線で遮られ、奥の間取りを隠しておりーーつまり、この光が壁か! で、壁の手前には夕焼け色の装束の方々が、列を二分して待機しており、そのまま直進せよと示唆している。先導役がそのあいだを通り、光の幕を浴びて消えていった。

「ようこそいらしった、水の宮のお方がた!」

 火の宮の代表団はキビキビとした一糸乱れぬ挙動で腰を折り、こうべを垂れて、我らが通るあいだ、身じろぎもしない。

 光の壁に身をいれて、奥の間へ。ここも光のベールで区画され、でも間は広大だ。木の宮のときと同じく五角形の紅玉の台座が中央にある。5色の燭台も座布団も先回と同様だが、火の宮の位置ーーたぶんミワ殿の座す辺りだーー、そこには先端が輪となった太い綱が垂れ下がっている。なんだこれは? 頭上を見ると、光をたたえる満天の天井、しかし綱の箇所だけ四角く影ができており、そこだけ穴が空いていると分かる。でも、その意図がわからない。しかし、1つわかったことが。天井はダイヤ交じるガラスの板で、きっとその上は水の層だ。つまりこの光の壁、水の屈折でなっている!

 先達の神々様につづいて黒い燭台へ。今度は書記の末座に違えずすわる。木の宮のお方がたは既に座って歓談モード、先月の慇懃なムードは霧消している。光のベールの奥から太鼓の音。ドン、ドドン、ポンポン、カッカッと多少耳障りなボリュームだ。

 シオガマ殿とインバ殿は座るなり部下の相談詣でをくらっていた。あっちの神様と話したと思ったら、今度はそっちの神様。とても忙しそう。

 そうしていると金の宮のお方々が到着した。一団が白炎の座につき、ヒダ殿の着座で鎧の音も止まる。

「なんじゃ、酒が出とらんぞ?」とインバ殿に話し掛ける。

「ここは火の宮ですよ。合議中は出ません」

「でも隠し持ってきとるんじゃろ? ほれ、その袖の膨らみ、違うか?」

「おしろいですよ、失礼な」

「でも、ウカ殿が持ってきてたら一献やるんじゃろ?」

「ウカ殿はそんな大判振る舞いしません」

「でも、持ってきていたら?」

「そ、そりゃ口を濡らすくらいはするかもしれないですけどね。で、でも飲みたいとは言ってないですから」

「あ~、先月の酒は格別じゃったな~」想い馳せるように上がるあご。「また出んもんかのぅ~」

 するとつられて上がる白い顎。が、すぐにはっとなり、ヒダ殿と目で会話し、

「きぃー! いまいましい! お酒に弱すぎる自分もお酒がおいしすぎるのも。なによりお酒を絶てない自分が、は、ら、だ、た、し、い、い!」

 相変わらず仲がいい、この御方がた。

 そうしていると地響きが。天井の水の層が波うち、部屋に光の乱反射が走る。地鳴りは近づいてきて、入り口の光の壁から毛むくじゃらの巨大な頭がぬぅと顔を出す。

「やあやあ、皆の衆。ご健勝であるな。けっこうけっこう!」

 土の宮の代表団と、スサ殿だ。スサ殿は室内を見渡し「む。姉ちゃんはまだ上か。ハァ~!

 手綱とり 光の女神 寄せたまわん いにしえの 目鼻の結び 横においても

 わしらで最後じゃろ? 姉ちゃん、わしが下ろしてよいか? って、火の御方がたはおらんのか」で、後方に向かって「オォーイ! 姉ちゃん下ろしてよいかぁ?」

 が、即応なく光の向こうで相談の気配、何やら迷っている様子。すると、

「かまいません」天井より響く御声が。ミワ殿だ。「スサ。お願いね」

「承知ぞ、姉ちゃん」で、火の座に垂れる綱をつかみ、カーテンレールでも引くように軽々と繰っていく。連れて部屋の照度が高低し、綱の通る穴が凄まじく光りだして、その穴から、光る雛人形のような御方が現れた。ミワ殿だ。

 地のすれすれまで下り、ミワ殿がガラス盤から降りて「ありがとう、スサ」

「それより光度ぞ、姉ちゃん!」

 黙したまま光量が落ち、ミワ殿は高貴な歩みで紅の燭の座へ。が、座らず、榊を奉持した直立の姿勢だ。

「火の宮の代表団、拝眉いたしまする~!」

 いつの間にか光の壁が消えていて、火の宮のお方々の隊列があらわになる。見れば四囲の光も消えていて、殿内が一個の巨大な虚室が視認できる。が、落ち着かないからか、屏風代わりに松明が配置され、天井の光もすべて暗転しておりーー、ん? あ、そっか、室内の照明と壁、光源はミワ殿か!

 ともあれ、これで5宮がそろった。まずミワ殿の開会の儀。

 私語が次第に治まり、ミワ殿に注目が集まって、もはや松明の爆ぜる音まで催促と意識されるほど。しかし、榊も口も1ミリも動かない。今度は逆に、私語が拡散し、

「スサ」とミワ殿。「開会の儀、やってくれません?」

「えぇ。そりゃおかしいぞ。こたびは火の宮の仕切り、わしが出るは変ぞ、道理なしぞ」

 それもそうだなという間。で、「チホ殿」

「ハッ」と言って起立した男神ーー、いや女神か? 声涼しく、少年のような御声。凛々しい女性のようでもある。長髪に五色の玉の首飾り、胸ほどまで伸びた前髪は真ん中で分けられ、ソバージュがかかって直線的にカクカクしている。美男とも美女とも老若さえ判然としない。でも、どエライ神様だ、それは間違いない。

「すみません、開会をお願いできませんか?」

「ハッ!」

 で、ミワ殿は座り、衆目は、一斉にチホ殿へ。

「火の宮のチホであります」と堂々たる気をつけの姿勢。「ミワ殿のご意向により僭越ながら開会の儀を執り行わせていただきたく。では」で、手を広げ、弱めの1拍。つぎに両腕を水平まで開き、骨肉に響くほどの1拍。それから手を揉むだけの動作に、また弱めの1拍、強めの1拍。5拍、丁寧に打ちならす。一礼する。「祓え、完了いたしました。開会でございます」

 緊張がほぐれ、歓談が始まる。

「ウカ殿」とインバ殿。「そのーー人稲、でしたか? 生育はどうですの? 見込んだ収量を確保できそうですの?」

「ええ、そりゃもう。早稲の刈り入れは終わって収蔵に取り掛かっとります。粒も大きいし、量も多い、ほんで味もええと来とる。ほんに良か稲やて」

「酒はできそうか?」とヒダ殿。(「そうだ」「メシより重要だぞ!」の追撃、もちろん金の宮からだ。それに対し土の宮から「メシより大事とはなにごとだ!」のお叱り、笑い)

「酒造は冬、これからどすえ。でもォ? たぶん?」と合いの手を誘うように。

 が、ヒダ殿は沈黙、まるで酒肴に関する冗談は好かんとでもいうように。でもそれはヒダ殿の奸計。で、好餌に釣られたインバ殿が

「そ、それで。で、出来映えはどうですの?」

「なんじゃ、気になるのか?」とヒダ殿。

「気になるんだ~?」

「気になりませんよ! わ、わたしはただ、ぐ、具合はどうかなって。今後の、今後の宴の質にも関わることですし? 他の宮のことも考えて、その」と尻すぼみに。

「気になるって素直に言えばええのにィ」(木の宮と金の宮、土の宮まで揃って「そうだそうだ」の大合唱)

「うわーん、ミワ殿! ミワ殿はわたしの言ってること理解してくれますよね?」

 が、ミワ殿はなんでしたっけの顔。一拍おいてインバ殿を見、口を開く空気をムンムンに醸しだし、が、けっきょく何も言わず。首の角度も戻って「スサ。なにかコメントを」

「ええ、ここでわしィ?(火の宮から「スサ殿、頼みます」「スサ殿しかおりません」「スサ殿、なにとぞ!」のラブコール)わーったわーった。そうじゃのう、うーん」(ここで金局から「流れだいじ」「お頼み申すぞ」、対する我らからは「ご加勢くだされ」「スサ殿いい男!」の世辞まで飛び出し)「よぉーし! 決めたのぞ! ハア~!

 火水とて 金木とても 結び合う 中に黄あらば 冲とけるのに

 我らは黄ぞ、真ん中ぞ。4局どこにも肩入れせん、じゃが、4局どこにも肩貸すぞ、仲人するぞ」(「さすが!」「それでこそ我が宮の主」の喝采、声援、もちろん土の宮からだ。一方、金木からは「ええカッコすな」「空気読め」、火局からは「そうだそうだ」、我が宮からは「もう一声お願いいたしまする」「助勢をォ!」の声)

 が、スサ殿は両手を広げて静まれのポーズ。圧すごく、かいな広く、みな舌鋒おさめていき、

「ほらの、4宮ともわしの文句でまとまったじゃろ?」(「おお~!」)それがおさまって

「で、予定どおり収量は確保できそうなんじゃな?」とウカ殿に。

「えぇ、えぇ。上振れはあっても落ち込みはないィ思いますよ」

「ならば祭りの前提は整いそうじゃな。もちろん、収穫まであとひと月、様子はみるぞ、経過みねばならんぞ。急使いるなら急使も大事、4方5宮に不測の事案、出れば知らせなならんのであるぞ。ま、なければないに越したことないがの」

「獲れ高に変更ないと確認できたので」とインバ殿。「先月決まった作業の進捗に移ってもよろしくて?」

 異議なしの沈黙。

「ではまず我が水の宮から。わが宮は塞ノお焚きの消防用水の確保を仰せつかってます。計画の立案、順調でございます。そもそも資材は星湖の水なので......」云々あって、

「ま、ええんじゃないかの」とヒダ殿。「ちょっと焦げたとて大過ないからの」

「そんなことないぞ、葦が焼ければ灰が出る、灰は豊恵川に入って川くだり、下界に流入して、精気の異常増幅をもたらすぞ。精気あふれれば魑魅魍魎もばっこするのだぞ。それが巡り巡って、中津国に返って、さらに大神様の世にも昇るのだぞ。一度乱れれば戻すの大変ぞ、用心いるぞ」

 が、このときは「そうだそうだ」が続かない。おや? と思っているとウカ殿が

「まあまあ。丑原は凍土なんやからそう心配せんでええんやない? 丑原が焼けたなんて聞いたことないよ」(ここで木の宮のお方々から「神経過敏」「百理あり!」の声)

「じゃな、実はわしも言いながらそれはないなと思っとったんじゃ」がははと笑って膝を叩き地面を揺らし「それでミヌマ殿。十月、十一月は人員に余裕出そうかの?」

「ええ、多少は。でも.....(そのときわが宮から「黄土の助太刀お断り~」の声。笑い)そういうことです。濁りますから」

「なら、我が方が手伝いを頼もうかの」とヒダ殿。

「それならかまいません」(「大船に乗ったつもりでござれーい」「たーんと仕事積んでおくぞ、沈没するなよ」の応酬、笑い)

 それから金の宮、土の宮、火の宮と計画と進捗、課題の報告があった。金の宮、土の宮は十月、十一月と人員不足で、金の宮は我が宮が、土の宮は火の宮が助勢することとなった。まあ陰陽マッチするから。

 で、木の宮の報告になって

「さっき生育は順調いうたんですけども」とウカ殿「確かに収穫は問題ないんどす。でも、刈った藁を置いとく場所に難儀してましてなぁ。穀だけでも倉庫一杯なのに、藁なんて置いておけん、せやかて放置しておけば悪い虫も寄ってくるさかい、どうしたもんかなァ思うて。例年なら焼いて肥にして終いなんやけど」で、チラチラと、インバ殿の方を見る。

「それなら」とインバ殿。「我が宮で保管いたしましょう。ウカ殿はきっとこう言いたいんでしょう。火の宮では延焼のリスクがあり、土の宮では芽が出て、金の宮では殺気が強過ぎる。でも、水の宮なら蓬莱に近く、敷地のどこに置いても虫がわくことも腐敗もしない。凍結にだけ気を付ければ格好の保管所だと」

「お見事! お見事どすなぁ、お礼にええ酒、融通しますよってからに」

 が、インバ殿は扇子を広げて縁から横目でウカ殿をうかがうだけ。その目は疑惑の象で細められておりーーなにやら駆け引きのにおい。「それ、清酒ですの?」

「もちろん!」

「どぶろくは嫌ですよ?」

「もちろん清酒! 清酒でご用意させていただきますよ」

 インバ殿は後ろに振り返り、黙して首肯、ガッツポーズ。その狂喜のまなじりといったら。そうか、扇子! 口元のゆるみを隠すためか!

 で、元の姿勢に戻り、

「シオガマ殿」嬉しさで声が震えている。「い、一任してよいでござるか?」語調までおかしく。

「ハッ。任せてござれ(ここで「飲み過ぎてお漏らしせんようにな」と木の宮から)おうよ! 凍結せんように大きい方でやるぞ」(シーン)「ガハハハハ! 場の方が凍ったか」

「では、ウカ殿。そういうことで」

「おおきに」

 合議が終わって恒例の宴席に。ここでもヒダ殿、ウカ殿が徒党を組んではインバ殿を泣かし、スサ殿が四股を踏んでは地揺れを起こして反省の歌を詠み、ミワ殿は黙りこくって時に輝く、何事かと思うほどに。各宮の代表団も酒に旧交に大盛り上がり。でもーー、と気づく。だからだ、古来より人が、祭りのあとを寂しんだのは。この狂騒もあと三ヶ月。楽しめるときには目一杯たのしむ、それを刹那的と言わないのは、神様がたもわかっているのだ、とくに、高位の神様は。


 水の宮に帰還して3週間。合意にもとづき藁が運び込まれてきた。船着き場から不凍のみぎわに運ばれたらしくーー、あとは関知していない。

 と思っているとシオガマ殿からお呼びがかかった。執政官の居室ーー北斗二室の巨門星ーーに移動する。すると、そこには知らない女神の後ろ姿が。黒色の畳に座し、シオガマ殿とクツクツ談笑していたが、そのさまが、なにかシャボン玉にでも乗っているような感じで、言いえぬ浮遊感がある。一瞬、木の宮の神様かと思った。でもーー、そうか! この御方のお召し物、桜色の布地に牡丹やアジサイ、フジまであしらわれ、広がる裾や袖、その端々にまで春の陽気に豊満している。だからかーー、いや、それだけでない、かな?

「おお、来たか、オモヒトノ」とシオガマ殿。「さ、座れ座れ」差し伸べた手は未見の女神の隣。

 広がる袖を踏まないように座る。

「どうだ、最近? 忙しいか?」

「暇です。どうも僕、信用ないみたいで」若輩すぎて仕事を回してもらえないのだ。

 ガッハッハッと笑い「そうだろう、そうだろう。なにせ新人だからな、歩く火薬庫みたいなもんだ。が、腐らず専心してやることだ。何事もな。それが信用を生み、次はこれをやらせてみようかとなる。で、その成果は......おお、いけるではないか! かもしれんし、こりゃ駄目だ、かもしれん。ま、いずれにせよ次につながる。上司もアホじゃない、お主の働き、しかと見ているぞ。成果だけでなく、態度もな。上司は誰だ?」

「ヤヒコ殿です」

「ああヤヒコ殿か、んー、ヤヒコ殿か。うーん、ヤヒコ殿」なんだ、含みあるぞ。「電波系なんだよな。まぁともかくだ。暇していそうなお主に仕事をやろうと思ってな、呼んだわけだ。大役だぞ」またしてもダッハッハッ。「で、内容だがな、藁あるだろう、藁?」

「祭りで使う藁、ですか?」

「さすが代表団、話が早い。で、その管理をな、お主にやってもらおうと思ってな。ここにいるイワヌマ殿とともに」

 促されるように視線を向けると、相手もこちらを見ていた。目が合い、ただその一見で、相手が穏和順良な精神の持ち主と見てとれる。イワヌマ殿は清廉な聖母のような女神だった。まなじりは柔和に垂れ、口角は友好を示して少しく笑み、両手の指は腿の上で自然な調子で組み合わさっている。その穏健っぷりったら! 幻想の中だけの牧歌的離郷、その郷愁を、思わず掻き立てられるほど。でもこの御方、お歳はいくつなんだろう? 人間なら20代後半、でもシオガマ殿との会話では、もっと遥かに由緒あるっ御方っぽいが。

「あなたが例の新人君?」声まで冷涼で清々しい。

「オ、オモヒトノカガミです」軽く辞儀する。

「あら、これはご丁寧に」すると脚を滑らせ体を正面に転回、袖をサッと旗めかせる。それはまさに春が波打ったかのよう。そして三つ指ついて深々とお辞儀をする。「初めまして、イワヌマと申します。このたびはオモヒトノ殿の上役を仰せつかりました。至らぬ点は多々ございますが、どうぞよろしくお願いいたします」そしてこうべを上げ、目が合い、目元がいっそう優しい印象に。

「では、イワヌマ殿。あとを頼みます」とシオガマ殿。

「はい。承知しました」

 イワヌマ殿に続いて室を出る。

「ああ、オモヒトノ!」が、マツシマ殿に呼び止められ「お主の特殊芸能、イワヌマ殿に伝えておいてくれ、きっと気に入るはずだ」

 そうかなぁ。ま、ともかく「わかりました」

 今度こそ退室し、イワヌマ殿に続いて渡り廊下を進む。

「それで」とイワヌマ殿。「どんな芸当なの?」

「聞こえてましたか」

「シオガマ殿はお声が大きいから」袖で口元を隠し、クツクツ笑う。

 僕は軒にしたたる雫を掌に溜め、今ほどの光景を再現する。屈みこんで見つめてくるイワヌマ殿。艶やかなお顔が近づき、緊張で、自然と体がのけぞる。

 ある程度まで披露し、水を捨てる。

「スゴいじゃない!」それは驚異を目にし、ミワ殿を思わせるような輝く顔。「まさに書記にピッタリねぇ! それに......、えーと、ほら、んー。あらやだ、今のとこ、それしか思い付かないわねぇ」

 ですよねぇ。

 が、それが役に立つときがやってきたのだ、もっとよい場面で活躍してほしかった、そう思わざるをえない状況で。

 翌日、僕はイワヌマ殿の代役で、藁の保管所に足を運んだ。保管に関する書類を届けてほしい、そう頼まれて。保管所は丑の原。第七室、破軍星の南東にあるらしい。

 野分ちかづく強風の日で、星湖は波立ち、舟同士は腹芸あまっておしくらまんじゅう、乾いた音を立てていた。船着き場には山と積まれた米俵の尾根。水しぶきが少しかかってる。これを切り崩し、手押し車に乗っけて、保管所で再び峰を築くわけか。難儀だな。リアカーを追って作業場へ。風で帽子が吹き飛ばされないように頭を押さえて歩く。

 現場に着くと監督らしき青年の神様が集積の仕方について細かく指示を垂れていた。

「あの」と話しかける。

「あん?」

「イワヌマ殿の使いで参りました。オモヒトノカガミです。これを」裾から書類を抜き、提示する。

「使いぃ?」受け取り、紙面を見たかと思うと僕を一瞥、で、再度読み込みに入る。

「では、よろしくお願いいたします」拱手して去ろうとすると、

「あ、ちょっとちょっと。ここ誤字ってんだが。修正してきて」

「誤字?」気付かなかったな、ま、作成したのは僕じゃないけど。でも非はこちら、かな? 書類は役人の命と、口はばったく、説かれているしな。「わかりました」

「ったく」

 それがどんな表情で述べられたのか、定かでない。が、それより集積所の入り口で風に頭を吸い上げられる黒炎が気がかりで。この松明、辛抱たまらずちぎれたりしないよな? ま、若輩の僕なんかが介意すべきでないか。濡れてるし。

 が、半日後、夜半の第七室の南東で、それはそれは見事な巨大なモノクロの火柱が。

「な、何事ぞ!」

 確かにシオガマ殿、お声が大きいな。


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