表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次代開きの大祭り  作者: 荒野銀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

(1)

 話は5ヶ月前に遡る。僕、オモヒトノカガミ(意人鏡)は、水の宮代表団の末席として5宮合議に参加していた。僕の役目は書記、といっても議事を丸暗記するだけだけど。まあでも、最新参の僕が登用されたのには、ちょっと訳がある。議事を映像を含めて再現できる、ちょうど人間界での録画再生のように。水鏡に手を入れる、すると波紋とともに映像が、投影されるのだ。もちろん随意の箇所から再生可能だし、総括や説明も、筆記口述りょうほうで可能だ。

 と、得手な部分のみ挙げてきたけど、この能力ーー既往写しーーには、重大な欠陥がある。一つには、映写時に、音声が僕の声になってしまうこと。二つには、映出は、止水の明鏡でせねばならないこと。一つ目は単純、音声すべてが僕の声で再現される。困ったことに、他人の声音だけならまだしもーーま、それも大概だがーー楽器の演奏まで、僕の喉で再生されるのだ。要は鼻歌、これがすこぶる不評で。太鼓も花火も巨岩の落盤にいたっても、すべてドン!なのだ。弦楽なんて、周囲のためいきの方が大きいくらい。二つ目は、基本的に映像は死水でしか再生できないという制約。というのも、原理上、過去は静であり、未来は動、だから過去は、静止した止水でのみ映出できる、しかも、手指の接着点より波紋の広がる範囲まで。つまり、波紋が途中で遮られれば、それ以降は映らない、景勝地をパネルで隠すクイズ番組みたいに。

 5宮合議は木火土金水の順に各宮で行われ、祭事の5ヶ月前から開始される。まずは木の宮、だからその日、僕は水の宮の代表団の末尾に付着して、木の宮に向かおうとしていた、少しばかり緊張して。水の宮総勢72柱(欠1)、水の宮を出立して列となり、星湖まで一直線に延びる玄武岩の石畳を進行する。太陽は北の空高く、漆黒に輝き、景色はモノクロ調を帯びて、参道には黒い炎を灯した灯籠が、整然と立ち並ぶ。空は快晴、まあ、いちめん、紫紺色ではあるけど。時期は8月、申月初旬。葦は繁茂し、互いに角逐し、ゆいいつ優美たる優美といえば星湖の精金くらい。距離があってもわかる、空を映す紺の水面のより奥に、金の宮から逃れた精金が緑の蛍火のように舞い踊っている。

 星湖に着くと4人ずつ舟に。それ以上はワニが曳航できず、仮に請願すれば、脅迫めいた取引が返ってくる。「旦那、これ以上の労苦は、腕の1本も頂戴せずには、水底に住んでもらうことになりまっせ!」歯牙をわずかにチラつかせて。もちろん、下位の者が降りる、例えば僕などが。

 上位の方々から舟に乗り、右回りの周航へ。で、最後尾の僕の番。舟は2人がけ2列の席列仕様で、前列に2柱、だから後列は、自動的に僕1人となる。桟橋から大股に踏み出し、舟に乗船する。揺れに気をつけ、謙譲のつもりで座席の右端に座ると、

「キミキミ、右に寄るな。真ん中に座らにゃ舟のバランスが取れんだろ」先達の御方から忠告がある。

「あ。すみません」

 尻をずらし、無事出発。ワニの縦に裂けた黄色い瞳孔が先行し、舟がゆっくり進む。暗澹の湖面を眺め、密かに感嘆のため息。そこには遠く近く飛び交う精金の乱舞、さらに奥には、陸海空と緑雲を、ギュっと球に丸めた瑞々しき惑星、地球が、白銀の令嬢たる月を相手に、華麗にスピンダンスをしている。地球ーーいまだ色褪せぬ、思い出ぶかき、わが故郷。

 先刻の先達たちの態度のとおり、僕は歓迎されていなかった。しぶしぶ同道を許す、許可してやる、だって、上の御方々がそう言うから。言い分はわかる。本来、僕のような新参者は挙用すべきでないのだ。もっと星霜を経た信望あつい神様でなければ。嫉妬というより、懐疑。本当にこいつ、役に立つのか、前任者と差し替えてまで? それに僕は人間の理知を祭った神、どうしたって人間臭がプンプンする。その点も好感されない理由だった。でも良いのだ、書記一人くらい、末席一人くらい、宴のつまに添えられたって。それに、抜擢したのは、あのスワ殿だ。特異な能力を演芸にという予想、あながち間違ってない。要は踊ればよいのだ、先達たちの手の内で。その懸命な姿が、きっと神々様を喜ばすはず、他の宮の神様がたも含めて。

 水の宮を離れ、湖岸のふちに沿って進む。葦は旺然、既に伸びきって、次は余所の群生地にまでなんとか領地を伸ばそうと躍起になっている。無駄なのに。どうせ秋深まれば皆枯れるんだから、一様に。

 そうしてしばらく。葦原の密生は薄まり、茎の間に木の宮の領地が見えてきた。木の宮は耕作、だから領地は、ほぼ耕地で占められている。今年は知の陽、つまり黒陽だから、作物も、みな黒みがかった物ばかり。敷地は広大で、水耕の稲は低く、一面黒色の葉がさやかに揺れる。そんな稲たちを見るうちに、葦むらの上方に、神樹と木の宮の社殿が見えてきた、まあ神樹だけは巨大すぎて、水の宮からだっておがめるのだけど。葦の柵が突如切れ、その全容が、あらわになる。

 まず神樹、幹は3又で、あまりに巨大なため、木の宮の敷地をほぼ隠してしまう。樹高はたぶん太陽より高い、だって影ができないから。紫紺の空に枝葉の影がうっすら走る。樹幹はサルスベリのように白くスベスベとしており、でもなぜか妖精の肌のようにみずみずしく、微かに光っている。そしてまっすぐ伸びた円柱の表面に、螺旋状に輝く銀の点、まるで芳紀の女性が着けるピアスみたく。でもこれは階段、金の宮謹製の鋼の鉄板なのだ。これを3本の幹に3つとおりに突き立て、階段となし、その年の秋、上空のバカ枝をすうほん頂戴して1年分の薪とする。そして、鉄板からは樹液が流れだし、その香気に誘われたオオムラサキが集まって、まるで神樹の外周に藤の花が開いたようになるーー無風でも瞬き、躍動する藤だ。そして、木の宮はこの根本に、神樹と合一して生えていた。

 まるでタコが足を持ち上げたみたいに、神樹の根が3本めくれ上がって木の宮の社殿はなっていた。3本の根からは3枚の屋根が生え、それぞれの屋根が、なだらかに滑りくだる。艶やかな銅板が敷き詰められ、はしばしに金の留めがね、柱も梁もあでやかな辰砂と黒がねで塗り固められて、実に絢爛豪奢。まるで人間界の神社仏閣のようだけど、でもこれらの処方は、樹の生長を抑制するため。神樹も生きているから。

 桟橋が近づいてきた。ワニが水をかく静音のなか、先着した神々様たちが次々と立ち上がっては桟橋に上がる。みな黒装束に肌色の指貫。他には目もくれず謹厳一様、木の宮の参道に向かっていきーーよかった、まだ飲酒者はいないみたい。

 舟を降りる。渡しの階段だけが湖面に飛び出すように伸びていて、舟はこの下にもぐり込む。先達2柱が黙して下船、僕も倣う。桟橋を歩き、地に足を着ければ、そこはもう常春。まっすぐ伸びる参道に、瑠璃の石が交互に敷かれ、その道の両脇は、やはり瑠璃の灯籠が立ち並び、翡翠色のきつね火が、冷たい炎の渦を巻いている。でも、ここまでは春ではない、春はこの外側。参道の両側に、白いツツジの大垣根。そして、垣根のさらに外、そこは一面の菜の花だ。モンシロチョウが好事の材料を見つけた株のように昇降し、複雑怪奇な飛翔で踊り狂って、花の密に酔いしれたあと、もしかしたら荘子になる夢でも見て、羽を休めているのかもしれない。ミツバチにしたって、口にしまえない分の蜜まで腹の繊毛に塗ったくって、なお花の発掘に余念がない。ここでは争いがない、リソースがふんだんにあるから。木の宮、別名、春の宮。仁たる徳。春の極みの仁の徳かぁ、なるほどなぁ。

 水の代表団は参道の坂のいりぐちで整列していた。2列縦隊。僕も最後尾に連なり、隊が半歩ずつ前進する。菜の参道を、柏木を打ちながら登坂する。先頭はインバ殿。乳白色の肌に、紅蓮の目、カラス色の長髪を振って歩く玲瓏の女神、水の宮NO.2。NO.2でも実質トップだ、というのも、NO.1のスワ殿は、常に不在だから。巨体すぎてどの宮にも入らないのだ。もちろん、水の宮にも。

 目の前には神樹がそびえ、それは丸みのある光る絶壁みたい。参道を登っていくと、きわに直角に曲がっては真っ直ぐ伸びるを繰り返す2対の紅梅があって、右の梅のみ、光線銃のように枝を真横に伸ばしている。もちろん満開、随所から発火したみたく花びらを吹き上げている。で、樹幹にはエンドウの蔓が無数の蛇のようにからみつき、横串の枝に集まると、今度はのれんのように足元まで垂れーー、たぶん、これが木の宮の門。

 インバ殿が前に出る。

「たのも~! 水の宮代表団である!」名乗りを挙げる。

 すると奥から男神の声で

「ようこそいらしった! どうぞお進みくだされ!」

 インバ殿が進み出る。で、梅に縄でぶら下がる木片を手に取り、両手で引き延ばすと、割れる木片から出でる銀の刀身。それは短刀、木の宮の門は、切って開とするらしい。で、蔓を切断し、短刀を戻して、再度前進を開始。

 門をくぐって中へ。地は一面の緑、瑞々しい新芽がびっしり芽吹き、まるで稚児がいたずらの密計をしているみたい、クスクスッとした笑いが聞こえてきそう。そして、それを庇護するように、優しい微光を発する神樹の幹。で、その足元には、朱と金と白銀で艶美に装飾された木の宮の、その3社が、強い春の日差しのなか、いっそう明媚に鮮烈に、華奢の栄華を誇っている。

 出入口には出迎えの神様がたが待機していた。どの神様も碧色の装束をまとっていて、

「ようこそいらしったなぁ、水の宮の御方々。中でウカ殿がお待ちですよぅ」隊の先頭の者がいう。

「本日は、お招きいただき、ありがたく」とインバ殿。

「さぁ、どうぞぉ。こちらです」隊の一人が手を延べる。

 朱のきざはしを上がって社殿へ。中は広大で、床は蒼々とした畳、はるかな天井は銅板で、四周はふすま、そして、水墨の煙雲が、枯淡な画風で描かれている。この図画は、なんでも灰の原の土を用いているとか。奥の方から優雅な琴の音が漏れていた。

 中央に左右二分の碧色装束の一団、木の宮の御方々だ。中央に栗色の髪のふくよかな女神がいて、それは木の宮のトップ、ウカ殿。両手を前に組んで人の良さそうな相貌で、微笑んでいる。

「まあまあ、遠いところ、よう来なはりましたねぇ。それはそうと。ミヌマはん。いいお揚げ、用意してますよ、味つき! 一貫どうどす?」

「そんな、ふざけないで! 今日は代表団として来たんですよ」が、インバ殿は顔を近づけ、何やら密語の様子。で、ウカ殿はウンウンうなづき「そりゃもう絶品! 絶品ですよ。当分アテには困らんのやないですか? ほんで」と、指三本を立てる。「これでいかがでっしゃろ?」

 インバ殿は無言、でも素早い仕草。背の髪が揺れる。

「じゃあ、これは?」両手で二と五を作り、つまり二.五かな?

 インバ殿がまた何か所作を返し、ウカ殿がさらに二.三を出す。で、インバ殿がさらに所作で返事し。

「うーん、まあええでっしゃろ。長い付き合いやし、喜んでもらうために作っとるんやし。ほな、奥へどうぞぉ。一番乗りぃですよ」

 ちなみにミヌマ殿とはインバ殿のことだ。古い神様はインバ殿をそう呼ぶ。

 ウカ殿に促されたとおり、さらに奥の間へ。しだれ桜とユキノシタのふすまが勝手に開き、次の間があらわになる。そこも巨大な空間、床と天井は先の間と同じ、でも各ふすまの情景は、いっそう明媚。どの水墨も、花樹と草花のペアで描かれ、八重桜と菖蒲、白梅と鈴蘭に、桃とカキツバタ、牡丹とレンゲで、古雅な彩りで花だけ彩飾が施されている。

「水の宮は奥でございます」ふすまの係らしきお方が案内する。

 見れば中央に翡翠の台座ーー五角形で、その一角、10時の方角の頂点に黒燭と黒い座布団群ーー3座、5座......と奇数個に増えていくーーが敷かれている。燭のすぐ横手には簡素な座卓も。どの宮も色は違えど配置は同じ。

 先頭の燭の座にインバ殿が座り、僕も、先達がたに続いて下座に移動する。が、途中で

「こらこら、君は書記だろう、前だ、卓のところだ」

 なるほど、あれは書記用のだったか。礼を述べ、前へ。ここでも1列1座、僕一人。所在ない。前後の古い神様がたの時論だけが耳に入る。

「若神ばかりでどうしたもんかの、彼らはなんならできるんかな」とか、

「そもそも統制の手が足らんのじゃないか?」とか、

「根本はヒトとかいう新種が増えすぎだからでは? 山は崩す、沼は埋める、しかも生存本能だけは一丁前で、土(これは人界での植物だと思う)も大神様も遺忘して、自分達だけ繁栄したいと申す。優良な株だけ残して、あとは焼いてしまったらどうだ?」。

 そうしていると、笛の音が次第に近づいてきた。ふすまが開き、銀色装束の一団が、ふんぞりかえって入ってくる。これは金の宮の御方がた。先頭はヒダ殿で、ヒダ殿は背が低く、そのぶん横に広く、樽のような体型、歩くたびカッチャカッチャと音がする。常に鎧武者の格好をしていてーー髭のあるマスクも装着済みーー、膝やら肩やら兜から、刀剣が、4本ずつ飛び出している。なんでも鎧は肉体の一部で、着脱不可能なんだとか。他人にぶつかると「峰打ちじゃ、安心せーい」と縫い針をくれるらしい。

 で、座るやいなやインバ殿に

「おいおい酒が出とらんぞ?」

「そのうち出ますよ」

「まだやらんのか?」

「これから合議ですよ」

「どうせ管巻くんじゃろうに」

「真実でも言っていいことと悪いことがあるんですよ!」

 続いて地鳴りに鈴の音、ふすまが開いて入ってきたのは土の宮の代表団。先頭はスサ殿。豪放磊落の巨人で、背丈なんて常人の4倍、横幅なら5倍だ。厚みはちょっと控えめで、3倍ってとこ。でも何か窮屈な感がある、というのも、四肢隆々としているが、節の部分だけ、戒めにあったように異様にほっそりしてるから。ボサボサの髭を胸まで垂らし、装束の慣行なども放擲して、すりきれそうな麻の着物を召している。しかも異様に土っぽい。腰に差した黒い大剣なんて鞘にすら入っていない。

「やあやあ皆の衆! ご健勝、けっこうぞ! ご苦労ご苦労!」

 で、地響きを立てながらどっかと腰を下ろしては、常に落ち着かなげに蓬髪や髭に指を突っ込み、土ぼこりを撒き散らしている。ただ宮の神々様は普通で、こがねが基調の玉虫色の装束を着用し、静粛に座していた。

 続いて太鼓の音、入ってきたのは火の宮の代表団。先頭はミワ殿で、とても眩しい。純白の玉肌は煌々と輝き、七色の幻視さえ視野にうつって、肩より上は特にまぶしく、相貌なんてとてもとても。ミワ殿は非常に優雅に静粛に、半歩づつ間をとって歩んでくる。

「うわっ、眩しい! 光度下げてよ姉ちゃん!」とスサ殿。

 ミワ殿はゆっくりとスサ殿の方に顔を向けーーたぶんだけどーー、了解したのか調光ツマミを絞るように減光していく。で、薄曇りの雪原くらいになって、ようやくその総身が、あらわになる。ミワ殿は美麗円満な女神だった。背光の中でもくすまぬ玉容に、白絹の装束、夕日より鮮烈な鉄火色のはかま。胸で榊を奉持し、額に日輪の金冠を装着している。そしてそのシルエットは、異様に手足が長いのか、常人よりも余計になだらかに末広がりになっている。ただ常に無味の真顔なのだ、思案しているようでもあり、呆けているようでもあり。内心のお声が、まったく聞こえてこない。で、男神のような威厳の仕草で長い袖を振ったかと思うと、前倣えの姿勢で止まりーーお? 何かするのか? と思ったら何もせず、静かにその場に着座する。で、いっそうなだらかな形態に。

 最後は木の宮の代表団。ウカ殿に続いてゾロゾロと入室してきて、12時の方角に腰を下ろす。でも座るのは団員のみで、ウカ殿は翠の座布団の前に起立したままだ。ソワソワとしたざわつきの中、一同の視線が一斉に集中する。するとウカ殿は、組み合わせた手を浅めに開きーー艶やかな銀糸のウグイスが見えたーー、弱い柏手を打った。1拍。次は水平になるまで目一杯開き、骨に響くほど鋭い1拍。で、掌をすり合わせ、続いて弱く1拍。最後にまた鋭い1拍の計5拍を打ち、指を組み直し、1礼する。

「皆々様、ようお出でくだはりました、今日の合議を設けさせていただきます、木の宮のウカどす。(そのとき金の宮から「まず酒を出せー! 酒を出せー!」の野次)ホホッ、金局のお方は殺気が強うて敵わんわ、ハイハイ、今出しますよって」で東のふすまに合図を送り、奥からたすきを掛けた若神様たちが、酒瓶いだいて入ってくる。で、金の宮には丸々と太った人頭ほどの徳利、我らにはその半分ほどの徳利とマスで、木の宮にはさらに半分ほどの徳利とお猪口だ。

 行き渡り、場が鎮まる。ウカ殿が再度、辞を述べる。

「本日の目的は各宮の担当確認と認識合わせ、その後には他宮との懇親会を予定してます。どうぞ楽しんでいっておくんなまし。くれぐれも役割の確認だけ、手落ちせんようになぁ。ほな、あまりなごなると殺気にやられてしまうさかい、口上はこれにて終いィ。ほな開会いたします」

 金の御方々が一斉に酒瓶の紐に手を通し、酒器とのほどけぬ愛のちぎりを交わす。で、栓を弾き飛ばし、相手を一気にあおる。二口三口四口、溶け合う陶酔のちぎりをかわす。

「美味い! 美味いぞォ!」ヒダ殿の号砲のような叫び。「これは良い酒じゃあ!」

 我ら水の宮もマスに注いで二口三口。たしかにこれは!ってほど、旨味が強い。よそでもドヨドヨと驚きの声が上がる。木の御方々には既知らしく、むしろ成果を誇る雰囲気が。(その時、木の宮から「出来映えやいかに!」の問い。で、「感服した!」と金の宮からの激した応え、喝采)

「ほんで今回の祭りのお題目やけど」拍手が止んでウカ殿が言う。「今回は無難、が、ええと思うんです。というのも、昨今、若神さんがぎょうさん増えたやろ? やから、今回の祭りを通じて、若神さんには体験学習してもらお思てな。なら、例祭でええかなぁ思て」

「でも、それでは大神様にお喜びいただけないんじゃありません?」とインバ殿。「大神様にお喜びいただかねば、そもそも岩戸は開かれませんよ。なにか方策があるので?」そう言いつつ、手元はすでに二杯目の手酌に夢中になっている。

「おいおい」と密語のヒダ殿。「やりすぎなんじゃないか? お主、弱いんじゃから」

「だって美味しいんですよ、やめられません!」

「あちゃー。これは駄目そうじゃのぅ」

「大神様への奉納ですが」とウカ殿。「人稲をもうに焚こかと。ちょうど人稲がもうアホかっちゅうほど実りそうやさかい」

「人稲って、あの黒い稲のことですの? 新種の」

「そうどす。飛び切りの新種やさかい、人稲、と呼んどります。去年ためしに栽培してみたんやけど、これがえらいぎょうさん実ってな。も、ほんにぎょうさん! で、酒作りにも使てみたんどす、そしたら、これまたええ酒になるやないか。これはドえらい儲け話や思うてな、大々的に耕作してみたら、なんと早稲だけでもう六十俵! 従来の百倍の獲れ高や。今年は酒も穀も大豊作や」

「じゃがウカ殿よ、そんな豊作で地は駄目にならんか?」とスサ殿。「普通、今までの百倍実るなんて奇異な事ぞ。逆に憂うことぞ。未来の収穫を前借りしてるだけと違うか? 地の様、天の象、精の湧にいたっても勘案だいじ、調和だいじぞ」それに応じて、土の宮の代表団から「そうだそうだ」の掛け声。

「じゃが酒は特上じゃ。少しでいい、来年も作ってくれ」とヒダ殿。(「頼む!」と冗談めいた掛け声あって、一同、笑いに包まれる)

「少数なら異存なしぞ」

「それで」とインバ殿。「その新種の米はどのくらい獲れそうですの? 例祭なら神樹の枝を一本丸々焼きますが、それに代わるほどの精気を含んでいますの、その藁は?」

「そりゃ精気の密度でいえば神樹は圧倒的ですよ、だって神樹やし。一方で人稲は草や、しかもそのワラともなれば精気の含有量なんて微々たるもんどす。でも、今回は藁だけでなく実ぃの部分も焚き上げよ思とるんどす。実ぃなら、精気をふんだんに含んどりますし、今年はほんに用途に困るくらい実りそうやさかい」

「だがウカ殿よ、穀は我らの糧ぞ、命ぞ。豊年はけっこうでござるが、焚き上げてしまって後で食うに困るではおのれの痴愚に泣くことになるぞ。それに我らの困窮は、大神様にも地上世界にも悪影響。大神様の世はわからん、でも地上世界の荒廃に紊乱、目も当てられんことになるぞ。簡便はけっこうなこと、だが、安易よくないぞ。慎重だいじぞ」(「そーだ、そーだ」)

「その辺は勘案しとります」

「待つのじゃ、まだ言いたいことあるのぞ。稲たちじゃがな、せっかく育てた穀を糧ともせず燃料とするのではあんまりでないか? 彼らも生きとるのじゃぞ。精ぞ、粗末厳禁、ハア!

 一分とて 一粒たりとて 五分の価値 ただ焼くならば 我も焼くやも」(「そーだそーだ」や「いよっ! 名調子!」の声)

「せやかて余って余ってしゃあないんですもん。鯉のエサに撒いてもまだ余る、鳥のエサに撒いてもまだ余る、捨て置いたかて芽が出て際限なしに繁茂する。あの繁殖力やもん、すーぐ中津国のあちこちに広がってまうで。もう焚く以外、用途が思い付かんのや」

「余った分で酒を作ればいい」とヒダ殿、悦楽ぎみに。で、金の宮から今日一番の「そうだそうだ、酒を作れーい!」の声。で、「さーけ! さーけ!」の大合唱。場内沸いて、ウカ殿が、

「でも、樽も倉庫ももう一杯、もう作る余地あらんのや。(「だが勿体ないぞ!」の声がして)そないゆうなら金の御方はん、あんたんとこに樽も倉庫も、置いたらええんやない? どうどすヒダ殿?」

「む。我らでは殺の気が強すぎる。精気が飛ぶ」

「そうでっしゃろ? ほな、やっぱりウチらの宮に置くしかない。で、それは無理やっちゅうこっちゃ」(木の宮の御方から「ワニたちに馳走してやって直行便で飲みにきなされ!」の言。一場笑いに沸く)

「じゃが、ウカ殿よ。具体的にどのくらい獲れるんじゃ? その、人稲、とかいう新種」

「約千俵と試算してますよ」

「千俵! 裕に三年は食えるではないか! これはますます天地持たんのと違うか? 調和だいじぞ、節度いるぞ」

「じゃが美酒爛漫、最高ではある」

「ヒダ殿!」

「わぁーっとる。そう熱くなるない、冗談じゃ」

「ウカ殿」とスサ殿は改まった調子になって「土の宮の代表として、篤くご賢慮お願い申し上げまするぞ!」で、あぐらの膝に手をつき、辞儀をした、すると土の宮代表団が追随して

「お願い申し上げまするぅ~」と声をそろえる。

「あい、わかりました。木の宮代表として、熟思の一事とさせていただきます」とウカ殿も丁寧に辞儀。

「それでぇ」と弛緩した声。「もうに焚くとは、具体的にどのくらい焚くのれす?」インバ殿だ。見れば徳利の蓋も閉め忘れたまま、正座は崩れ、結い髪は骨抜きされたみたいにくたっとなっている。

 一場あぜん、もののけでも見たかのよう。というのも、それが無礼を通り越して、無分別の領域に達していたから。度を越した異常が発生した場合、神さまだって機能を停止させるのだ。

「おいおい、さすがに飲み過ぎと違うか?」非難色こいスサ殿。

「言わんこっちゃないのぅ」とヒダ殿。

「ミヌマ殿もじゃが」とスサ殿が続け「水の方々もご同様でござるぞ。飲み過ぎぞ。節度なくば栄えなし。まして今は合議のさいちゅう、しかも、稲の栽培で節度いるか話しているところ。水の御方々が乱れれば、我らの気が乱れる。我らの気が乱れれば地上界の気も乱れる、するとただでさえ暴食の新しい稲がのさばって、ますます調和おかしなるのだぞ。地上界乱れれば精気の湧出乱れて、我らの気もますますのますますに乱れ、それがまた地上世界に返って、さらのさらに乱れてと、こうなるのだぞ。止めるの大変ぞ。節度いるぞ」

「わかってますよ」そういいながら口にマスを持っていこうとする。

「わかってないではないか!」そして背後の土の宮の代表団から「控えよ!」「節度だいじ!」の売り言葉、で、我が方からは「なにを!」「守っとるわ!」の買い言葉。金の宮は相互を取り持ち、火の宮は土の宮に賛同する。すると、スサ殿が両腕を水平に広げ「静まれ~い!」と騒ぎを制しーー、お! 調停に入るのかな?

 と思ったら、スサ殿は「ハア~!」と座したまま歌舞伎のポーズ、で、「三三七拍子よーい!」

 さ、三三七拍子? 続けて「せ、せ、せ!」のリズムとともに、腕が、次第に持ち上っていく。

「せ、せ、せ! せ、せ、せ! せ、せ、せ、せ、せ、せ、節度だいじ! さ、皆々も!」

「せ、せ、せ! せ、せ、せ! せ、せ、せ、せ、せ、せ、節度だいじ!」......

 同調者が応じ、ついには火の宮から太鼓の音頭まで加勢し、さらに酔った我が宮の神様まで音頭に加わる始末。この糾弾にインバ殿は「だって~! だって~! いったん勢いづいたら止めらないんです~!」屑折れるように泣き出してしまう。で、ウカ殿にすがるように倒れ

「ウカ殿~! ウカ殿ならわかってくれますよね!」

「まあ、分かるような、分かりたくないような」

 混乱は極みの極みに極まって、僕はもう、ある種しずけささえ感じていた。この混乱、どう収拾つけるのだ?

 そのとき「ウカ殿」と高次の神様のようなお声が。それは大きいわけでもなく激越の感じでもない、むしろ透明で、かすれた感じさえある。でも響くのだ、骨髄に。尊貴で天啓のごとく、無視できない威力がある。で、周囲の喧騒がピタッと止み、その声に一斉に視線が行くーー、でも分かる、そこに誰がおわすのか。それはミワ殿、今日一言も発していない火の宮のトップ、ミワ殿だ。

「今年は古来よりの祭式、塞ノ祭りにしましょう。で、火種には新種の藁と実を使います。ウカ殿、お焚きに使える穀物はどれくらいになりますか?」

「二百俵ほどどす」

「備蓄は考慮してますね?」

「万全どす」

「わかりました。仮に収穫が思わしくない場合、例祭どおりに神樹の枝を薪とします。あくまで現段階の方針ですが、どう思いますか?」

「ええ、ええ。問題ないぃ思いますよ」

「ではスサ」と、スサ殿を通常のスピードで見て「祭りは塞ノ祭りよ。貨車の台座を用意して。千俵分の藁と二百俵分の穀を燃焼させるのだから、それなりの岩盤が必要になるはず。一番の大役だけど手は足りそう?」

「そんなこと言っても、練ってみんことには分からんぞ!」

「必要なら各宮に相談して。それと、三三七拍子は後にして。調子に乗り過ぎよ」で、ヒダ殿を向き「ヒダ殿。ヒダ殿には岩盤を運ぶ貨車を用意してもらいます。かなり重厚な岩盤を運ぶ貨車です、おそらく二番目に大変な役どころとなるでしょう。引き受けてくれますか?」

「うむ。承ったぞ」

 で、我らの方を向き「ミヌマ殿には防火の水と飲料を用意してもらいます。道中、藁を多量に焚きながら進むのです、例年と違って粉塵も相応の増加が見込まれるはず。なので、用水も比例して増加することになるでしょう。用意できそうですか?」

「可能れーす!」

「運搬は可能ですか? 容器は足りそうですか?」

「容器は不足でーす。でも、事前に散布しておけば容器の不足は補えると思いまーす」

「なるほど。では、頼みましたよ。あと飲み過ぎはいけません、ほどほどに」

「ずびばせん」

「我ら火の宮は火種の管理と、人手の不足する宮のバックアップに回ります」

「あ、きったねぇ、一番楽な役回りぞ、姉ちゃん!」

「火の保全は例祭どおりですから卑怯でもなんでもありません」とにっこりと笑い「さあ大骨子は決まりましたよ。皆々様動いてください。くれぐれも連携と協力の精神を忘れずに」

「「「「「あい、つかまつったなりぃ!」」」」」

 5色5方の装束が一斉に旗めき、会同者がみな、承知のポーズをとる。


 このあとはご恒例の大宴会。スサ殿がもう許せん、八重垣作ると暴れたりーーいつもらしいーー、ヒダ殿が管まいたインバ殿に刀剣談義かましたり、ミワ殿が飲むにつれ話しかけられるにつれ、どんどん光度を増していったり。「うわっ、眩しいって、姉ちゃん! だから嬉しなると眩しなるのやめてって!」インバ殿はおのれの失態をつまみに泣き、化粧の下の鱗が露出してると注意されたり。しらふでいたのはウカ殿だけだ、上品にお猪口でくちを湿らせつつ、インバ殿をなだめつつ、また酒宴の進行も仕切っていた。僕はあまり酔わなかった、たぶん、金局の一面を持っているからだと思う。

 で、この三日後だ、我ら書記官が火急で呼び出されたのは。なんでも「内密な」相談があるらしい。水の宮は斗型の7つの氷室で出来ていて、インバ殿はその第二室ーーコの字の先から二番目ーー巨門星で執務していた。我ら三人渡り廊下で合流し、インバ殿のもとへ。

「書記一同、到着してございまする~」

「入ってよいぞ」

 掛け流しの雫のカーテンを土器で遮断し、室の中へ。そこには平素のインバ殿と執務官五人。我ら書記官は入り口付近に横一列にすわる。

「合議の議事を読んだんだけど」とインバ殿。手前には麻の巻物3つ、あきらかに短いのがきっと僕のだ。「三人が三人とも内容が違うって、どういうことなの?」なにか非難めいた気配。

「まあまあミヌマ殿」と白髪白眉の明朗そうな男神。で、こちらを向く。「なにも叱責しようというわけではないのだ、我らも酔ってぱらって何も覚えてないのでな。ミヌマ殿を筆頭にだぞ」

「ちょっと!」

「事実ではないか」がっはっはっ、と豪気な笑い。「で、議事を確認しようと思ってな、まぁ読んだわけだが、最初こそ同じでも次第に錯綜してきてな、こりゃ方針書作成できん、祭りに差しつかえるぞと思ってな、ま、来てもらったわけだ。で。率直にきくが、この内容に自信のあるものは? 言っておくが、さっきも言ったとおり叱責が目的じゃない。方針書が作りたいのだ。で、そのために合議の議事がいる。正直に答えてくれよ、でなければ祭りが失敗する。祭りが失敗すれば、今後5年、大神様を拝めんようになる。そんなん誰が悪いとかどの宮が悪いとか、そんな矮小ごとでは済まされん。世の破滅ぞ。この世のみならず、現世も、大神様の世も。相当な痛みを伴うだろう。とまあ、これは脅しだ、そう深刻に受け取らんでよい。が、こう釘刺した上でもう一度聞くぞ。この内容に自信ある者は? いないなら恥を承知で他の宮に聞くしかないが」

 先達2柱はうつむいて悔悟の表情、肯定の素振りはない。が、僕はそうでない。正直に、だが、恐る恐る、僕は手を上げた。

「ほう。お主か。で、どう正しさを証明する? いや、事の始終を話してもらって、都度こちらで質問する方がよいか?」

「いえ、それより記録を丸々再生した方が速いと思います。えっと、桶ありませんか、水を張った桶」

「おけ? 何に使うのだ?」

「合議の様子を映します」

 で、用意してもらい、雁首そろえて桶をのぞき、僕は、手を水に突っ込んでの奇術「既往写し」を披露した。スサ殿の三三七拍子や、インバ殿の狂態ーー悲鳴が上がったーー、その他なにもかも包み隠さずまるっと映った。

 で、ミワ殿の采配が写し終わり、酒宴の幕になって、

「もういい」隣に座してた先の男神がいう。「お主、便利だな。名はなんと申す?」

「オモヒトノカガミです」

「新人か?」

「はい」っていうか、この御方こそ誰だっけ?

「その顔、わしを知らんな?」だっはっはっ、と豪気な笑い。加えて肩を強く叩いてきて「まあよい、まあよい。わしはシオガマだ。老けて見えるがな、これでもまだ中堅だぞ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ