7 半魚人は人か否か
「リン。何か来る。」
「・・セイレーンです。」
海が盛り上がり、無数の魚が蠢いていた。その上に人魚が横たわる姿は、不気味だ。
しかし、人魚の姿は目を見張る美しさだ。赤くきらめく髪。肌の色は抜けるように白い。むき出しの乳房はピンク色の頂を誇示するように、豊かに盛り上がっている。スタイルは勿論分らない。足が魚だ。
そして声は、
「大介!耳を塞いで!」
「・・」
耳を塞がれて、声はよく聞こえなかった。
『トカゲの女!手を除けろ。夢見人を独り占めにするな!』
聞こえないはずの声が聞こえている。
そうか、セイレーンとは海に男を引き込み、生気を吸い取る生き物だった。声は聞いてはいけないのか。
半魚人もいた。人魚を守るように囲んでいた。三つ叉の銛を持っている。顔は魚、手足には水かきが付いている。まぶたのない、顔の真横に付いている目は何処を見ているか分らない。
人の形をしてはいるが、人とは異質なものに見えた。
この魚とも人とも言えぬ奴らとは、通じ合えないのではないか。
こいつらもまた、夢見人の特異な力を求めているようだ。
僕は、この夏の世界にずっといなければならないのだろうか。誰とも分かち合えない、この世界で僕は只ひとりぼっちだ。
一人虚ろになって、考えとも付かない思いにとらわれている間に、リンが、半魚人共と戦いを繰り広げていた。リンは八面六臂の活躍だ。まさに、ちぎっては投げちぎっては投げ、と言う案配なのだ。
僕の手出しは返って邪魔になるだろう。役立たずの夢見人だ。
『早く夢見人を捕まえてこい。もたもたするな!』
半魚人よ、酷い言われ用だな。命がけの戦いを強いられているにもかかわらず、彼等の意思が感じられない。只管戦い、無表情で死んでいく。
僕はなるべくリンの邪魔にならない位置取りをしながら、彼等から逃げ回っている。
暫くして、大方の半魚人が戦闘不能になった。
人魚は悔しそうにしている。
『おのれ!トカゲのくせに、なかなかやりおるわ。』
美しい顔が般若のようになっている。僕は彼女に聞いて見たいと思った。
「君、僕に一体何を望む?何が欲しくて、こんなことをするんだ?」
『そいつらが持っているのと同じものだ。海の恵みを享受しながら我らには一度も夢見人からの恩恵がないではないか。何時も、トカゲばかりだ。』
そう言うことか。彼等には魔法袋が役立つとは思えないが、不公平な立場に憤りを覚えているようだ。
人間が海の中に態々行きたいと思わないものな。浦島太郎くらいだろう。
僕はポケットから魔法袋を取り出し彼等に与えた。
彼女は其れを持って海の中に大人しく入っていった。
リンは少し怪我をしていた。こうなる前に人魚に聞いておけば良かった。戦わずに済んだのに。
ポケットから薬を出してリンの手当をする。
「ありがとう大介。私のために大事な力を使わせてしまった。私は丈夫なので、放っておいても、直ぐに直ってしまうんですが。」
「いや。僕が戦えない代わりに君が戦ってくれたのだ。これくらいは当然さ。こんなの力でも何でも無い。知らない間に持っていたものだ。僕の力とは言えない。」