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第1話:「聖戦は半年後! だが勇者は未定」その3~前倒される実践投入~

***


「……というわけで、本案件の主たる開発部門は、武装技術課および応用魔導課の連携チームが中心となり、補佐業務および運用連携は技術管理課の方で……」


 上級官僚が淡々と読み上げる指示文。

 内容が理解される前に話は進み、決定事項だけが着々と積み上がっていく。


「なお、これに伴い、既存の研究案件および低優先開発ラインは全凍結。プロジェクトコードはフェルザ計画。関係者には即時招集をかけます」


「……フェルザ、って……」


「フェルザ・レガリア。名前だけは決まったってさ」


 隣でレーナがタブレット型の魔導端末を指でなぞりながらぼそっと言う。


「かっこつけた伝説風ネーミングだが、中身はゼロ」


「ネーミング先行型プロジェクトか……悪い予感しかしねぇ」


 技術管理課に所属する俺たちのところにも、当然ながら「召集通知」が届いていた。

 しかも、レーナと俺の名前は副管制統括補佐という聞いたこともないポストに一括登録されている。


「副管制って何だ? 補佐ってどういう意味だ? 誰の?」


「大丈夫。大体こういうのは何でもやれって意味よ」


「そういう意味で大丈夫って言うなよ……」


 俺は苦笑しつつも、すでに現場が軽く炎上の匂いを放っているのを肌で感じていた。

 ――そしてその予感は、案の定、すぐに当たることになる。


***


 数日後、俺とレーナは、初期プロジェクトのブリーフィングに参加していた。

 というか、なぜか主担当代理という立場で呼び出されていた。


(代理って誰の代理なんだ……)


 理由は簡単だった。

 当初の技術開発責任者が――飛んだのだ。


「予算が降りないなら無理ですって言って、机に辞表の魔導印を置いて消えたって聞いたわ」


「勇者だな……」


 勇者とは何か。俺たちは今、ひとつの答えを見たのかもしれない。

 だが現実には、逃げた勇者の穴埋め という地獄が待っていた。


「エルク、あなたがこの計画の進行責任者よ。安心して、名前だけだから」


「その名前だけって言葉が一番信用ならないんだが!?」


 この手のプロジェクトで名前だけで済んだ試しはない。

 責任者にされた時点で、何かトラブルが起きればそのまま火責めにされるのが目に見えている。


「だってさ、レガリアっていうからには、王族も名前出すくらい期待してるのよ。

 下手な失敗したら、首飛ぶレベルで洒落にならないってこと」


「レーナ、お前、俺の心をえぐりにきてないか?」


「いや、事実を淡々と述べているだけよ?」


「それが一番こたえるんだよ!!」


 会議室では、今後の開発ロードマップが魔導スライドで展開されていた。


「まずは試作第零号のベースとなる素材とエネルギー源の確保、設計は既存遺物の転用でコストを抑え――」


(遺物の転用?)


 耳慣れない単語に、俺は眉をひそめた。


「ちょっとレーナ。既存遺物って何のことだ?」


「知らないの? 技術倉庫の地下に、二十年前に開発された未使用兵器があるって話」


「そんなのあったのかよ!?」


「うん。動かし方が分からなかったからって理由で保管されたままのやつ」


「そんなヤベェ物、転用すんのかよ!!」


 まさか、これが伝説の武器になるとは――

 このときの俺は、まだ知らなかったのだ。


***


 開発会議は、「問題はあるが進める」の一言で終了した。

 仕様は未確定、素材も未定、責任者は代理で指名、使用技術は遺物転用――。


「いや、これ絶対炎上するだろ……」


「いいじゃない。面白くなってきたわ」


「楽しむなよ……」


 半ば諦めのため息をつきながら、俺は「フェルザ・レガリア」と名付けられたプロジェクトに片足を突っ込むことになった。

 この半年――俺の人生最大の炎上案件が、幕を開けたのである。


***


 翌朝。

 技術省の地下格納庫、そのさらに奥。

 通常は立ち入りすら制限されている保管区画の扉が、キーキーという音を立てて開いた。


「ここが……例の遺物か……」


 魔導照明の青白い光に照らされて、巨大な鉄塊が姿を現す。

 その形状は、武器とも機械ともつかない無骨なフォルムで、所々に旧式の魔導素子が露出していた。


「フェルザ・レガリア候補、旧式多目的魔導制御兵装プロトタイプ。

 通称、レガリアβってとこね」


 レーナが小さな端末を操作しながら読み上げる。

 俺たちは技術管理課の責任者代理として、この遺物の引き渡しを受けに来ていた。


「で、これ……動くのか?」


「さあ? 触ると爆発するかもしれないから気をつけてね」


「怖いことさらっと言うなよ!?」


 記録によれば、この装置は二十年前に試作された多機能型兵装ユニットで、

 当時の技術では安定動作させることができず、起動テストの段階で封印されたらしい。


「でもさ、逆に考えれば、未起動=壊れてないとも言えるでしょ?」


「ポジティブすぎるだろお前……」


 俺は溜め息をつきつつ、レガリアβの魔導制御核に繋がるパネルを開いた。

 中は驚くほど綺麗で、保存状態は悪くない。


「ただ、これ……制御言語が旧仕様どころか、今じゃ使われてない禁則構文ばっかだな……」


「解読できる?」


「頑張れば、たぶん……一週間くらい寝ないでやれば……」


「じゃあ、それやって」


「冗談だよな!? おい、レーナ!?」


 レーナはすでに横で魔力測定を始めていた。

 現場は、完全に「動くか分からないモノをとりあえず使って形にする」という最悪の流れに突入していた。


***


 作業場に戻ったあと、俺たちはレガリアβの解析に着手した。

 まずは起動に必要なエネルギー量を調べるが――


「魔力量、多すぎる。てか、現行の供給規格、これ対応してなくない?」


「だよね。魔力流圧制御方式・Ver0.97αって、規格としてすでに廃止されてる」


「ということは、現行の施設じゃまともに試験できないってことか……」


「うん。でも動かせって言われてるよ?」


「……地獄かな?」


 フェルザ・レガリアの名のもとに引っ張り出された試作兵装は、

 現代のどの基準にも準拠しておらず、言うなれば仕様書のない黒魔法みたいな存在だった。


 それでも、俺たちはやらなければならなかった。

 半年という無理スケジュールの中で、それっぽく動くモノを用意するために。


「エルク、これ見て」


 レーナが制御コアの側壁を指さす。

 そこには、古びた彫刻のような術式が浮かび上がっていた。


「……これ、旧時代の自動適応戦術システムじゃないか?」


「通称、ドラゴン対策モードね」


「やっぱり出たか、そのワード……!」


 対ドラゴン仕様――それは、過去の王が「神話上の存在にも通用する技術を」と言い出して作らせた無茶な構想の遺物だった。


「つまり、今の仕様って、意味不明な過去技術+現代の競技要求ってことだな」


「うん、そして納期は半年。しかも二ヶ月は仕様変更で潰れる予定」


「……詰んでない?」


「詰んでるね。でも納品はしなきゃいけないの」


「IT業界の闇を感じるな……」


 俺たちは、汗とため息の混ざった空気の中で、謎の兵器との格闘を始めるのだった――


***


 翌日、技術省の開発室――通称実験棟3号にて。


 俺とレーナ、そしてプロジェクトに巻き込まれた数人の技術者たちが、レガリアβを囲んで沈黙していた。

 解析用の結界装置、旧式魔導素子の接続ケーブル、変換式魔力安定器……部屋の中はすでに小規模な研究施設の様相を呈していた。


「……起動試験、行くぞ。魔力供給、ゆっくり開いてくれ」


「了解。魔力制御圧、5%から開始。いくよ、スイッチ・オン」


 レーナが操作パネルに手をかざすと、淡い青の魔力光がパネルからレガリアβへと流れ込む。

 その瞬間――


 バンッ!!


 天井に設置されていた照明結晶が炸裂した。


「わっ!? ちょ、爆発した!!?」


「出力跳ねた! 抑制系が逆流してる! 抜いて抜いて抜いて!!」


「待って、制御結界が歪んでる!? 起動コマンドを止めても停止信号が反応しない!」


「まさか、入力された魔力で勝手に自己最適化始めた!?」


 レガリアβの中枢制御核に組み込まれていた自動適応戦術システムが、現代の魔力制御方式と想定外の衝突を起こしていた。


「なんで旧式システムが現代インターフェースに割り込んでくるんだよ!?」


「……これ、もしかして、魔力指令構文が多層式自己展開型になってる」


「最悪の地雷構造じゃねえか!!」


 俺とレーナは顔を見合わせ、同時に叫んだ。


「これ、解析できるやつ、技術省に何人いる!?」


「……二人」


「誰と誰だ」


「私と、あんた」


「詰んでんじゃねぇか!!」


***


 その日のうちに、俺たちは仮設チームを立ち上げた。


 参加メンバーは、もともと技術省内で「使える人材」リストに載っていた技術者を片っ端から招集。

 現場からは「半年で動かすにはどう考えても無理」だの、「別の試作品で誤魔化した方がマシ」だの、予想通りの声が飛び交ったが――


「もう、それっぽく動けばいいんだ。完璧じゃなくていい。凄そうに見えるが最重要だ」


 レーナの一言で方向性が決まった。


「それ、仕様に書いてもいい?」


「書いたら殺されるからやめといて」


 こうして、フェルザ・レガリア――いや、レガリアβの見た目重視の誤魔化し開発が始まった。


 とはいえ、どれだけ外装をいじっても、中身の不安定さは変わらない。


 エネルギー供給を安定させるための魔導素子は、毎日誰かが焦げるか爆発するかで飛び交い、

 記録ログは1日動かしただけで解析用タブレットの容量を食い潰し、

 制御スクリプトは書き換えるたびに謎の自己増殖ループを始める。


「おい、コードがまた自動生成されてるぞ。しかもコメント文が全編古語なんだけど!?」


「さっき訳したやつが、書き換えたらこっちの方が合理的であろうって返してきた」


「AIかよ!!」


「いや、アーティフィシャルじゃなくて、本当に呪的に意思があるかもしれない……」


 フェルザ・レガリアは、まるで意思を持っているかのように暴れ続けた。


***


 そんな中、王から新たな指示が届いた。


「大会本番に備え、そろそろプレゼンターを選定せよ」


 つまり――勇者役の選出である。


「技術が何も完成してないのに、プレゼンター決めるの!?」


「そもそも、現段階じゃ起動しないけどカッコいい装置でしかないのに……」


「いや、でも王の方でイケメンで、プレゼンが上手いって候補が決まってるらしいよ?」


「何それ……国の命運をかけたプレゼンが、イケメン枠で選ばれてるのか……?」


「……でもまぁ、ある意味合ってるわよ。中身がよく分からないものをそれっぽくプレゼンするって、技術発表じゃ最強のスキルだし」


 そう。もはや俺たちは、まともな技術を作るという目標からは遠く離れ、

 「それっぽく動く謎の装置を、いかに完成品として見せるか」という方向に舵を切っていた。


 ――それでも、納期は変わらない。


 半年。


 そのタイムリミットに向けて、炎上プロジェクトのギアは容赦なく回り始めていたのだった。


***


 一週間後、技術省第七開発棟の仮設デモルームにて。

 俺たちは、とりあえず動く何かを目の前にして、黙り込んでいた。


 レガリアβは、今や外装だけはゴージャスに装飾され、

 魔導銀と龍骨装甲のハリボテがそれっぽい威圧感を醸し出している。

 技術的には中身の9割が制御不能、1割が「たぶん何か反応してる」状態だ。


「……まあ、起動すると光るようにはなったな」


「たぶん起動時にエネルギー漏れで光ってるだけって説もあるけどね」


「やめろ、希望を持たせてくれ」


「それっぽさが大事って言ったの、あんたよ?」


「ぐぅ……」


 操作パネルのボタンは動作しないが、触れると「ピッ」という音だけは鳴る。

 魔導端子の反応も不安定だが、見た目だけは最新技術風に仕立ててある。


「今の状態、言うならハッタリ特化型兵装って感じね」


「それ、もう兵装じゃねぇだろ……」


「じゃあ、技術っぽいアート?」


「なんだよそのジャンル……」


 それでも、会議では上層部が満足そうにうなずいていた。


「うむ、非常に威厳がある」


「見た目は申し分ないな」


「これぞ、王国の威信!」


(……この国、大丈夫か?)


 そんな不安を押し殺しながら、俺は今日も魔導コンソールにエラーを垂れ流させていた。


***


 その日の午後、王宮にて。


 技術コンペの予選資料が、ついに発表された。


 大会の競技内容は以下の通り:


 ・指定された仮想敵(他国想定技術)との模擬対戦

 ・防衛性能のプレゼンと再現実験

 ・技術的な合理性・革新性のアピール

 ・パフォーマンス(見た目含む)も審査対象


 そして――


 ・勇者による発表演出(任意項目)【強く推奨】


「勇者、強く推奨されたぞ」


「つまり、イケメンプレゼンターは必須ってことね」


 勇者、という言葉はすでに「本番のプレゼンで装置をうまく見せるための看板役」という意味で使われていた。

 エンジニアがどれだけ頑張っても、舞台上で格好良く使いこなす人間がいなければ、点数は伸びないという理不尽さ。


「で、勇者って誰がやるの?」


「もう決まってるわ。公爵家の三男坊、シオン・エル=フェイン」


「うわ、名前からしてもう勇者じゃん……」


 貴族家の出身、若くして士官学校主席卒業。

 魔導学・語学・演技・政治学すべてを修めた才色兼備。

 イケメン、で、プレゼンがやたら上手い。


「こんなん実質、勇者じゃなくて営業エースだろ……」


「むしろ、それが今の勇者よ。王国的には技術が何か分かってないけど、それっぽくすごく見せる人が重要なのよ」


「まるでIT展示会のデモブースだな……」


 こうして、シオン・エル=フェインが王国の勇者として、正式にプレゼンターに就任した。


***


 数日後、初の勇者と技術の顔合わせが行われることになった。


 場所は、技術省第七棟の仮設プレゼンルーム。

 レガリアβは、控えめに言ってまだ不安定な美術品の状態。

 俺とレーナは、真っ青な顔で装置の裏配線をチェックしていた。


「お願いだから、今日は光るだけにしておいて……」


「起動だけはするけど、制御はできないって言っといたほうが良くない?」


「でも、それ言うとじゃあお前たち何してたのって言われるだろ……?」


「その通りです!」


 ドアが開き、爽やかすぎる声が飛び込んできた。


「はじめまして、勇者役のシオン・エル=フェインです! よろしくお願いします!」


 光が……差している……?


 まるで登場SEが流れたかのような気すらする中、

 完璧な微笑を浮かべたイケメンが、俺たちに右手を差し出した。


「すごいですね、この装置。見た目だけでも十分インパクトがある。

 ――さて、どう演出していきましょうか?」


(……この人、強い……!)


 技術的知識がなくても、自信満々にそれっぽく見せる力に満ちている。

 プレゼンターとしては間違いなく適任――だが、だからこそ俺たちは焦っていた。


(こんな中身で……あの完成度の人間に、何を渡せというんだ……!?)


 だが、それでも、渡さなきゃならないのだ。


 俺たちの地獄は、まだ始まったばかりだった。


***


 顔合わせから三日後、技術省第七棟は、いわゆるデモ地獄へと突入していた。


「本番の半分くらいの演出で、一回通しでやってみましょうか」


 爽やかな笑顔でそう言ったのは、もちろん勇者――じゃなかった、プレゼン担当・シオン様である。


「えっ、通しで……?」


「今? この状態で……?」


 俺とレーナの声が完全にハモった。

 というのも――


「レガリア、昨日の夜に自己再編始めて、ボタンの配置変わってるから注意してね」


「起動時の魔力入力も微妙に変化してる。安定化フェーズが短くなって、ピークが早く来るから、光った瞬間にもう暴発ギリギリよ」


「演出っていうか、マジで扱い間違えたら誰か死ぬんじゃね?」


 そんな危険物の隣で、シオンは屈託なく笑っていた。


「大丈夫ですよ、ちゃんとそれっぽく動いてさえくれれば。

 勇者が覚醒させた神秘の装置って設定で見せますから!」


 この人、こっちがどれだけ胃に穴あけてるか全然分かってない……!


 というより――


(なんでプレゼン担当の方が、この装置に自信持ってんだ……!?)


「じゃあ、準備できたら、合図くださいねー!」


 シオンは軽やかにステージ(仮設)に立ち、観客役(王宮関係者+神殿数名)の方を向く。

 まさに完璧な勇者ムーブである。


 俺たちは、その背後で焦げた魔導回路を必死で配線し直していた。


***


 「起動3、2、1……」


 シオンが剣――レガリアβの操作部に触れる。


 ――ピカァァァ……


 白く発光する本体。


 光だけは……美しい。


 見た目のインパクトは抜群だ。シオンの演出力もあって、周囲から感嘆の声が漏れる。


「おぉ……!」


「これが、王国の新技術か……!」


(そうだ、見た目だけでいい、見た目だけで……!!)


 だが、事件はその直後に起こった。


「……え?」


 シオンが一歩下がる。

 レガリアβの魔導核が、想定を超える光量を放ち始めた。


「ヤバい、これ暴走しかけてる!?」


「ダメ! 出力制限が抜けてる! 魔力導管が開きっぱなし!」


「停止シーケンス入れても、レスポンスが帰ってこない!!」


「ちょ、誰か勇者下げて!!」


 装置は振動し、魔力結界が軋む音を立てる。


 ――そして。


 ボンッ!!


 巨大な閃光と共に、空間が揺れた。


 爆発ではない。

 だが、起動したまま収まらない魔力が、周囲の結界を膨張させ、空間そのものを圧縮したのだ。


「げほっ……! な、なんだ今の……!」


 レーナが咳き込みながら立ち上がる。

 装置の出力はギリギリのところで収まっていた。

 だが、仮設ステージの半分が吹き飛んでいた。


 王宮関係者たちは顔面蒼白、神殿の高僧たちは目を剥いている。


 シオンだけが、爆風を受けながらも、なぜか微笑んでいた。


「――すごいですね。

 本当に、制御できない神秘って感じで」


「感じじゃねぇよ……現実だよ……!」


 俺たちは、心底思った。


 これはもう、ただのプレゼンじゃない――演出型自爆装置だ。


***


 その夜。

 俺とレーナは、開発会議室で上層部に頭を下げていた。


「――事故は大変遺憾である。だが、魔力の暴走演出は高評価だったという意見も出ている」


「いやいや、あれ演出じゃなくて、普通に暴走なんですけど!!?」


「ギリギリで制御するスリルが、見ている者の心を揺さぶったそうだ」


「それ、プレゼンの感想じゃなくて、災害訓練のレポートですよね……!?」


 上層部は、もう完全に「問題をなかったことにして進める」方向にシフトしていた。


「技術的な安定性については、あとから詰めればよろしい。

 今はまず、凄そうに見せることが優先である」


「うわ、出た! 凄そうに見せるフェーズ!」


「これ、技術開発じゃなくてイベント企画のノリじゃねーか……!」


 だが、上層部の空気は揺るがない。


「――開発の主責任者は、引き続きラドクリフ君。

 勇者との連携を深め、プレゼンに耐えるシナリオ構成と起動調整を頼む」


「マジで言ってるのか……俺がこのプロジェクトの顔になれって……」


「期待しているぞ。王国の未来は君の肩にかかっている」


「やめてくれえええぇぇぇぇ……!!」


 こうして、エルク・ラドクリフは、王国の希望と炎上の全てを背負う勇者サイドの技術責任者として任命されるのだった。


 次回――

 「仕様変更で2ヶ月無駄に! まともに動かない試作品でデモへ」


***


「とりあえず、今わかってる仕様を全部リストアップしてくれ」


 翌朝、俺は技術省第七棟の開発室で、プロジェクトチームに向かってそう指示を飛ばしていた。

 もはや、現場は試作品の調整ではなく、情報の整理から始めなければならないほどに混乱していた。


「えっと、まず――本体は起動する。たぶん」


「魔力を入れると光るけど、出力が毎回違う」


「昨日の爆発で、起動スイッチの反応が1秒遅延するようになりました」


「あと、自己判断で回転するパーツが出てきたよ。誰もプログラムしてないけど」


「それって……勝手に演出機能が追加されてるってことか?」


「そう解釈するしか……」


 情報は混沌そのものだった。


 何が仕様で、何がバグなのか。

 そして、バグなのに仕様扱いされているものの方が多いことに、誰もが黙るしかなかった。


「よし、一旦まとめよう。

 起動後、確実にできることと、やらかす可能性があることを別で出せ」


「やらかす可能性があることの方がリスト長くなりそう……」


「知ってる!」


 レガリアβという存在は、いまや演出重視の不安定装置として、ある種の恐怖と共に扱われていた。


「ていうかさ、そもそも仕様って誰が決めたの?」


 新人技術者の一人がぽつりと呟いた言葉に、開発室が静まり返る。


「……仕様?」


 全員が顔を見合わせる。


「そういえば、具体的な動作仕様書って、誰も見てなくないか?」


「え、だって神話に伝わる武器だから、凄いことが起こるっていうのが仕様って……」


「それ、プレゼンの台本でしょ?」


「……あ」


「うちの技術省、プレゼン台本で開発進めてたのかよ……」


 その場の誰もが、言葉を失った。


***


 その日の午後、俺とレーナは上層部に呼び出されていた。


「ラドクリフ君、現在の進捗を教えてもらえるかな」


「……はい。現状、レガリアβはそれっぽく光ることは安定してきました。

 ただし、内部の出力制御が不安定で、動作がランダム化しており、仕様として確定できる機能がありません」


「うむうむ、それはつまり……?」


「演出映えだけはするが、技術的には不定な不安定要素の塊です」


「なるほど、わかりやすい」


「いやいや、わかっちゃダメだろそこは!!」


 だが、上層部は悪びれた様子もなく続けた。


「ところで、技術競技大会の前哨戦が一ヶ月後にある」


「…………は?」


「ちょっとしたデモ公開程度だが、国内外の使節団が見学に来る。

 そこである程度動いてる感を見せてくれればいい」


「待って、それ完全に完成品前提で見にくるイベントじゃないですか……!」


「安心したまえ、あくまで雰囲気が出ればいいんだ。

 実際に戦うのは半年後の本戦だからね?」


「その半年のうち、もう2ヶ月分演出用の調整に持ってかれてるんですけど!!」


 完全に仕様未確定のまま、デモだけ先に来るという、IT案件で最も地獄なパターンに突入していた。


「……これ、現場回るの?」


「回らないね」


「詰んでんじゃねぇか!」


 俺とレーナは、帰りの廊下で揃って項垂れていた。


***


 その夜、開発室で。


「さっき、シオンから連絡きたわよ。演出案を詰めたいって」


「は?」


「しかも、操作中に剣が浮いて回るような演出はできないかって」


「浮かねぇよ! 回さねぇよ! 魔力暴走で人が吹っ飛ぶぞ!!」


「でも、イケてるって言われちゃうとねぇ……」


「うちのプロジェクト、イケてれば何でも通る風潮やめないか!?」


「それを言うなら、この装置がここにある時点で終わってるわよ」


 俺は天を仰いだ。


(半年という納期のうち、すでに1ヶ月半が対応できない仕様変更と謎の演出要求で消えた)


(あと4ヶ月半で……これ、ちゃんと動くものになるのか?)


 レガリアβは今日も、魔力を入れると光った。


 でもそれが、仕様通りなのかバグの副作用なのか――誰にも分からなかった。


***


「――エルク、いいからこれ見て」


 レーナが放り投げてきたのは、仮設会議室で回されていた技術競技大会の予選参加チーム一覧だった。


「王国、北部連合、東方公国、西島工房、そして……」


「隣国ミストリア技術庁」


 その名を見て、俺は眉をしかめる。


「出てくるか……あの魔王が」


 技術競技大会において、常に王国の前に立ちふさがってきた――ミストリアの天才技術者。

 名前はファルク・グランダイン。

 だが、王国側では揶揄と畏怖を込めて、彼のことを魔王と呼んでいた。


 設計思想、魔導技術、プレゼン、全てが圧倒的。

 我々のような現場開発者からすると、彼の存在は勝てる気がしないバグみたいなやつだった。


「ま、今年はこっちも勇者がいるから、バランスは取れてるかもね」


「いやいや、向こうの魔王は設計から発表まで一人でやるってタイプで、

 こっちの勇者は中身を知らずに格好良くプレゼンするだけだからな?」


「……やっぱりアンバランスか」


「だろ?」


 だが、今年のグラン・アークは、ただの国威発揚イベントでは済まない。

 技術を外交カードにするこの大会は、各国の商業連携や条約の条件にすら影響を及ぼす。

 だからこそ、王も神殿も勝ちにこだわっている。


「エルク、あと3日で演出仕様の一次案、出さなきゃよ」


「……え、マジで?」


「王の秘書室が勇者のプレゼン台本に合わせて、技術側で光り方と効果音を調整してくれって」


「そんなアホな……こっちは起動すら安定してないのに、光り方を決めろ!?」


「優先度が上なのは、光ってカッコいいからしいわ」


「ふざけんなあああぁぁぁ!!」


***


 だが、どれだけ嘆いても、プロジェクトは止まらない。


 毎日届く「演出要望」は増える一方。


 ・「勇者が構えたとき、風が吹くようにできませんか?」

 ・「台詞と同時に、剣が震えると感情が伝わると思います」

 ・「最終段階で空間がねじれる演出があると神秘性が増します」

 ・「エネルギーが剣に集まっている様子を見える化してもらえますか?」


「……これはもはや、技術じゃなくて舞台演出じゃねぇか」


「うん。でも上からの指示書、ちゃんと技術的対応希望って書かれてるわよ」


「希望じゃなくて命令だろ、これ……」


 現場は混乱していた。

 プログラマーは、演出仕様を実装するたびに物理演算エラーで爆発するコードと格闘し、

 魔導エンジニアは、魔力で風を発生させる回路の理論を開発から実装まで三日でやらされ、

 UI担当は、勇者の気合いに応じてゲージが波打つ表示を作らされていた。


「レガリアβって……なんなんだろうな」


 俺はぽつりと呟いた。


「兵装のはずだったのに、今じゃ勇者の舞台装置だよ……」


 レーナが言う。


「でもね、エルク」


「ん?」


「……これが勝てば、みんなが王国は凄いって思うのよ」


「中身が空っぽでも?」


「うん、それっぽければいいの」


 彼女の目は、どこか悲しげで、どこか楽しそうだった。


***


 開発室に戻ると、部屋の隅で新人が倒れていた。


「おい、誰か手伝ってやれ!」


「昨日から寝てないって。あと魔力切れで意識飛んでたらしい」


「水と砂糖用意しろ! ってか、これ人員足りてねぇぞ!!」


「もう、他部署から応援も出せないってさ。予算も出てないし」


「それなのに、要望だけは倍増してるって……!」


 技術省プロジェクトフェルザ計画は、完全にリソース崩壊モードに突入していた。


 にもかかわらず、上層部からは新たな指示が飛んでくる。


「次の週で勇者によるデモ演習を予定しています。

 そこで、本番に近い動作再現を行ってください」


「ふざけんな! 無理だ!」


 誰かが叫ぶ。


 俺も思った。ここまで現実を見ていないプロジェクト運営があるのか!?


 でも、王と神殿と勇者は、誰一人それを「無理」とは思っていない。

 むしろ、当然だと信じて疑っていない。


「……行くか、レーナ」


「ええ、地獄のスケジュール会議へ」


 俺たちは、真っ赤な進捗表を抱えて、また上層部の部屋へと向かっていく。


 そしてその時、俺はようやく気づいた。


 ――これはもう、戦争だ。


 兵器も、魔王も、勇者も、魔法も――全部、パフォーマンスの裏側で炎上している。

 俺たちがやっているのは、見た目を作る作業じゃない。

 王国のメンツを背負って、とにかくすごそうに見せる開発競技。


 ――その中で、本物の技術なんて、誰も見てない。


 これが王国の勝ち方なら、

 俺は、たとえ中身がバグだらけでも、最後まで完走させてやる――!


***


 翌日――。


 俺とレーナは、演出担当のシオンとともに、王宮の中央広場に立っていた。

 今日は、使節団向けの事前視察プレゼン……つまり、ミニデモ本番である。


 あくまで内部向けの進捗報告という名目だが、

 参加するのは王、神殿代表、各貴族、そして隣国の特使――。


 これは、もう本番だ。


「今日の動作目標は、起動時に剣が浮いて光り、風が吹いて止まるです」


 シオンは、にこやかに説明してくれた。

 笑顔のまま、無理ゲーを叩きつけてくるこのイケメンに、

 俺の精神がどれほど削られているか、彼はまるで分かっていない。


「うん、わかった。でもね、それ、今朝3回試して3回とも暴走したんだよ?」


「なら、4回目は成功するかもですね!」


「いや、どういうポジティブ思考だよ!?」


 技術者側は全員、青ざめた顔で準備に追われていた。


「魔力制御、3系統だけに絞りました!」「浮遊回路、マニュアル制御に切り替え!」「風演出は、扇子振って対応します!」


「扇子て……!!」


 演出スタッフが「せめて風を感じさせたい」という理由で、手動扇風装置を使うという暴挙に出ていた。

 もうこのチーム、根性だけで動いている。


「それでは、準備が整い次第、演出試作No.07を始めます」


 司会役の神殿補佐官が声を上げ、会場が静まる。


 舞台中央に立つ勇者――いや、シオンが剣を構える。

 背景では、俺とレーナが震える指で、制御パネルに魔力を流し込んでいた。


「いけるか……?」


「……わからない。でも、祈るしかないわね」


 その瞬間、剣がふわりと浮かんだ。

 魔力の紋章が軌跡を描き、淡い光が剣の刃を包み込む。

 風が――いや、扇風機の風が――優しく吹き、シオンのマントがはためいた。


 そして、決め台詞。


「この力が、王国を守る!」


 剣が収まり、光がすっと消える。

 暴走しない。爆発しない。


 ――完璧だった。


 王が立ち上がり、盛大な拍手を送る。


「素晴らしい! まさに、王国の誇るべき未来の力だ!!」


 神殿も貴族も拍手を送る。

 その中で、俺たちは小さくガッツポーズを交わした。


「やった……! 暴発しなかった……!!」


「成功……なのか?」


「たぶん、成功……いや、たぶんね……!」


 演出に過ぎない。それでも演出が通ったという事実は大きかった。


 だが――


 その夜、俺の机の上に、次の指示書が届く。


『本番まで残り4ヶ月。次は遠距離制御モードの実装を検討されたし』


 ……今度は、遠隔操作!?


「待て、いつそんな話になった!?」


 付箋のように貼られたメモには、シオンのサインと一言。


『やっぱり、戦場で剣が自動で動くとか、燃えません?』


「この野郎ォォォォ!!」


***


 後日。


 開発室の会議ボードには、新しい進行表が貼られていた。


【現状:演出対応済】

- 光る(OK)

- 浮く(運次第)

- 音が出る(たまに異音あり)

- 風が吹く(人力)


【今後の要望】

- 遠隔操作(未対応)

- 自動応答(希望)

- 勇者とのリンク起動(神殿推奨)

- 時間差で爆発しない(重要)


 レーナがコーヒーを飲みながらぼそっと言う。


「仕様が決まらないまま、増える一方って、ある意味このプロジェクトらしいよね」


「らしいけど、地獄だよこれ……」


 そして、納期は変わらない。

 残り――4ヶ月。


 まともに動くものを作る時間は、すでに半分削られていた。


***


 深夜の技術省。

 開発室の灯りはまだ消えていない。


 俺は冷めたコーヒーを片手に、仮設ホワイトボードの前で頭を抱えていた。

 白板に貼られたメモは、もはやカラフルな地雷原と化している。


「なんだよ……このやってほしいことリスト……」


 パフォーマンス強化、エフェクト追加、勇者演出連動機能、音声レスポンス、遠隔起動、空中分解しない、

 「勇者が叫んだら剣が光って震える」仕様はまだわかる。

 「周囲の気温が1度下がると雰囲気が出る」って何のホラー演出だよ。


「俺たち、何作ってるんだろうな……」


「見せることが目的の装置を、命かけて作ってる気がする」


 レーナの言葉に、俺は思わず笑った。


「でも、もう引き返せないな」


「うん。だって、フェルザ・レガリアは王国の切り札だもの。

 たとえ、中身がバグまみれの装置だったとしても」


 それでも、俺たちは手を止めない。


 なぜか。


 ――この装置は、もう俺たちの人生を背負ってるからだ。


***


 技術省本部、上層部会議。


「勇者シオンとの調整は順調か?」


「演出についてはほぼ合意。あとは動くかどうかだけです」


「それが一番問題だろう」


 うっすら苦笑した上官の言葉に、俺はうなずいた。


「ですが……いえ、やります。間に合わせます。

 どれだけ仕様が曖昧でも、デモを通せば――現場は、生き残れる」


 会議後、レーナがぽつりと呟いた。


「なんだかんだ、あんたも勇者っぽくなってきたじゃない」


「は? どこが」


「それっぽく動くものを、なんとか動いてるように見せる。

 それで世界を納得させるってのは、もう立派な勇者ムーブよ」


「……それを言うなら、俺たち全員、炎上プロジェクトの勇者だろ」


「勇者(社畜)ね」


 笑い合った数秒後、メール通知が同時に届いた。


 《【緊急】次回開発発表会に向けて、新仕様検討会開催》


 件名の下には、こう書かれていた。


 「魔王側が巨大多脚兵装を投入予定につき、王国側も対抗案を提出せよ」


「うわ、出た! またやってないことを前提に仕様決めるやつ!!」


「これ、完全に自分たちが勝てる前提でプレゼンしてくるパターンね……」


「魔王っていうか、あれもう普通に敵国の営業プレゼン上司だよな……」


「しかも、部下の資料を勝手に改変して話進めるタイプ」


「まさか、魔王ってあだ名、プレゼンスタイルが語源じゃ……?」


 俺たちは、来たる対決に向けて、新たな地獄の扉を開くことになる。


***


 こうして、王国技術省の最下層技官、エルク・ラドクリフは、

 王国の名を背負うことになった。

 それが兵器なのか、見栄なのか、すら曖昧なまま――。


 次回、第2話「試作品ゼロのままエントリー確定!」


 仕様未確定、納期半年。予算見通しゼロ。

 それでも、「技術力は国の誇り」と、上は言う。


 現場は今日も、うっすら煙が上がっている。


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