第1話:「聖戦は半年後! だが勇者は未定」その2~全部入り仕様~
***
開発会議が招集されたのは、その日の午後だった。
全技術課、研究課、応用機構課、古代技術資料班、果ては補助魔力理論研究室まで――技術省の中核部署が一堂に会する光景は、年に一度あるかないかの異常事態だ。
「例の通達、見ました?」
席に着いた俺に、隣のレーナ・フォルテンが声をかけてきた。
彼女は同じ技術省所属の同期で、魔導解析と技術翻訳のスペシャリスト。
俺とは別の部署だが、よく補佐業務で同じ案件を担当することがある。
「……ああ。半年で最強の技術を作れって、例のやつな」
「ヤバいわよね。何作るかすら決まってないのに、期限だけはガチっていう」
「典型的だな、あのパターン」
2人で目を合わせて苦笑する。
いわゆるあのパターン――それは、プロジェクトの始まりが「納期」からスタートしてしまう炎上案件の最たるものだ。
「で、今日のこの会議、何が決まると思う?」
「開発体制とか……開発方針とか……せめて予算の話くらい……?」
「ふふ、それ、決まらないやつよ」
レーナが悪い笑みを浮かべた。
俺も同感だった。
案の定、会議は、壮大な内容の割に――中身がなかった。
「さて、では本プロジェクトにおけるコンセプトですが――」
最上席に座る上級官僚が、難しい顔で資料を読み上げる。
「王国としては、圧倒的な威信と安全保障を誇る技術を目指すべきと考えます」
「……?」
「例えば、他国が最も恐れる存在――ドラゴンですね。そう、ドラゴン。
これにすら対抗できる技術であれば、評価は非常に高くなると予想されます!」
その瞬間、会議室全体がフリーズした。
「……え、待って」
レーナが隣で小声を漏らす。
「……対ドラゴン?」
俺も耳を疑った。
今、何気なくとんでもないキーワードが出なかったか?
「つまり、今大会の目標は――」
上級官僚が、誇らしげに続けた。
「《対ドラゴン技術》の開発と、それを活用したアピールです!」
――いやいやいやいやいや。
「待ってください、ドラゴンって競技テーマに入ってましたっけ?」
会議室の隅から誰かが手を挙げて問いかけたが、返ってきたのはこれまた驚きの一言だった。
「ありません。しかし、ドラゴンにも対応できることを想定して作るのが、真の汎用技術というものでしょう!」
技術省全体に、頭を抱えるような空気が広がる。
(これはマズい。スコープが、一気に跳ねた……!)
「魔王と対峙する技術」――つまり、隣国がエース技術者を出してくることを想定して作る開発。
それだけでも相当な無茶振りだというのに、「ドラゴンにも対応できる」などという仕様追加がここでぶち込まれた。
「ちょっと、レーナ」
「うん、これは地獄ルートね」
「スコープ拡大の地獄じゃねぇか!」
しかも、「ドラゴン」なんて技術的にも倫理的にも何の定義もされてない。
それに対応しろって、無理ゲーにも程がある。
「そもそも、ドラゴンって実在するんだっけ……?」
「伝説上の存在ってことになってたはずなんだけどね。神殿が言い出してから、信仰対象みたいになっちゃって……」
「なるほど、実在するか分からない存在に対抗できる装置を半年で作れ、と」
笑えねぇ冗談だ。
「ちなみに、そのドラゴン対応って、どういう要求なんですか?」
また誰かが手を挙げた。
「そうですね……耐ブレス処理、飛行干渉、魔力遮断、あと火属性無効化。できれば氷も……」
「うわー、出た、全部入り仕様!!」
俺とレーナの声が重なった。
完全に、開発現場の破滅が見えた瞬間だった。




