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葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女【小説家になろう版】  作者: 深月(由希つばさ)
最終章(第6章) 氷と焔の輪舞曲(ロンド)

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最終章3話 雄大なる河のほとりで

挿絵(By みてみん)


 死んだような暗灰色の水面が地平線まで広がっていた。


 膝丈までの水を蹴散らしながら、アスターは走っていた。濡れた衣服が冷たくまとわりついて体温を奪っていく。その水の中から亡者どもがどこからともなく現れ、次々と襲ってきた。


 舌打ちした。キリがなかった。……いつも葬送部隊で援護してくれるルリアはいない。そのことが一層、焦りを掻き立てた。


 ここは、どこだ。

 ルリアとクロードは……。

 部隊のみんなは……。


 そこまで考えて、冷たい思考にぞっとする。


 ──……()()()()()()()()()()



(…………っ!!)



 ……ずっと、そばにいたのに。

 何もわかってなかった。

 クロードの痛みも、悲しみも。


 ──何も知らずに、守った気になって。

 取り返しのつかなくなってから、喪ったものの大きさに気付いた……。


 アスターの迷いに反応したかのように──


 亡者どもが四方から取りついた。

 信じられないような怪力で、四肢にからみついてくる。腐ってウジの湧いた手足で、アスターを拘束した。


 ──動けない。



(……っ! ……くそっ!)



 河の水深が増した──いな。亡者どもに引きずり込まれているのだ。

 こっちへおいで、と落ちくぼんだ暗い眼窩がんかでささやく。

 おまえも、こちらへおいで……。


 生を渇望する魂たちが、同胞を迎える歓喜に打ち震えているのを見て、アスターはぞっと凍り付いた。



『やめろ……っ。俺はおまえたちの仲間にはならない!』



 必死にあらがうにも、身体はズブズブと河に沈んでいく……振り払えない。


 亡者の眼窩が告げていた。



 ──……なぜあらがう?

 ──おまえにはもう、守るべき者は、誰もいないのに。



『違う! 俺は戻らなくちゃいけないんだ! あいつと、もう一度話すんだ……!』



 ──生きていてさえ、おまえは気付けなかった。

 ──大切だとうそぶきながら友の痛みに目をつぶった。

 ──これは、おまえ自身の負うべきとが

 ──おのれの罪から逃れることはできない……。



『やめ……ろっ! 俺は……!』



 膝丈までだったはずの河の水深が、見る見るうちにどんどん深くなって。亡者どもに引きずり込まれて、水面に沈んでいく。


 思考が、まだらに染まって、何も考えられなくなっていく……。


 ……やめろ。俺は、まだ……──

 あいつと、話を……。

 …………。

 …………──


 つかんでいた最後の意識が、沈んで。消えていくばかりだったアスターのもとに、白く清廉せいれんな光が射し込んだ。


 その輝きにおののいて、亡者どもが「嗚於おおっ……!」と退いた。輪郭を保てなくなって、ボロボロと腐り落ちていく。


 不意に、アスターは腕をつかまれ、水面の上に引き上げられた。亡者どもの腐った手足ではない──白くて華奢きゃしゃな女の手。


 水面に引き上げたアスターを見て、彼女は泣き笑うように目元をなごませた。



『……ルリ、ア……?』


『よかった、間に合って……。こっちよ、アスター』



 手を引かれるがまま走り出す。


 いつの間にか、水深が膝丈辺りに戻っていた。ルリアのまとう光におびえているのか、遠巻きに見ている亡者どもが追ってくる気配はない。



『どういうことだ。ここはいったい……!』


忘却レテの河よ。生者と死者の世界の境い目。魂だけが来れる場所……私も実際に見るのは初めてだわ』


『クロードはどうなった? なんでおまえまでここに……』


『…………』



 ルリアは押し黙った。ちらりと、黄昏色の微笑みだけをよこして。


 ……不思議だった。飛ぶように走っているはずなのに、なぜかその背中に追いつけなかった。ただ手を引かれるばかりで。

 それが魂だけの存在となっているせいだと、アスターは気付かない。


 ──やがて遠くに、ほのかに光り輝くものが見えた。


 真っ白な扉だった。

 壁も何もないのに、河の水面に立っている。

 その扉を開けて、ルリアは、アスターをその向こう側に押しやった。



『このまま、まっすぐ進んで。振り返らないで。──さぁ、行って』


『ああ。ルリアも早く……!』



 扉の向こう──忘却の河につかったまま、ルリアはかぶりを振った。



『私はこっちに留まって〈死者の門〉を閉める。あっちの世界に、これ以上、亡者たちを行かせるわけにはいかないの』


『!? 何、言って……!』



 気付けば、扉が徐々に遠ざかっていた。

 アスター自身の魂が現世に引きずられているのだ。

 その引力にあらがって、アスターは、必死に扉に近付こうとした。



「待て……! ルリア、逝くな!!」



 閉まりかけた扉の向こうで、ルリアは静かに立っていた。その輝きが徐々に弱まっていく。


 亡者が一体、また一体と彼女にとりついた。

 ルリアは亡者どもに群がられながら、あきらめたように笑った。



 ──クロードのこと、お願い……。



『ルリア……!!』



 がむしゃらに扉に戻ろうとした──その肩を誰かがつかんで止めた。



『……!?』



(…………誰だ)



 十六、七の少女だった。闇よりもなお濃く深い黒鉄くろがねの黒髪とロングドレスが風にはためいている。



『……いけません。本来、生者と死者が交わることはゆるされない』


『放せ! 俺はルリアのところに……っ』



 少女は哀切のこもった眼差しで眉をひそめて、黒翡翠(ひすい)の宝杖でアスターの胸をトンと押し出した。

 それほど強い力ではなかった。……なのに。



『──!?』



 ルリアをのみ込んで閉まった扉が──その前にいる黒髪の少女が、見る見るうちに遠ざかった。

 すさまじい力で現世へと引っ張られていく──あるべき世界へ。


 ──生者と死者の境界にある、忘却の河の守護者。


 絶叫がほとばしった。



『逝くな……! ルリアァァァァ!!』



 伸ばした手に何もつかめないまま……。

 次元の渦に、なすすべもなくのみ込まれて──

 最後の意識が、砕けていった。

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