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葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女【小説家になろう版】  作者: 深月(由希つばさ)
第5章 逢魔ヶ時の邂逅

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第5章8話 迷子の亡霊

挿絵(By みてみん)


 夜のとばりが降りて静まりかえった街路を、アスターは歩いていた。ずるずると、自分の棺桶を引きずっているかのように。


 そうしていると、自分が本当に亡者にでもなったかのような気がしてくる。どこかから来てどこへ逝くのかも忘れ果てた、憐れな魂のなれの果て。


 ひどく喉が渇いていた。

 最後に水を飲んだのは、いつだっただろう。


 ……メルはちゃんと食事してるだろうか。

 自分がいなくても──


 そこまで考えて、自嘲に唇をゆがめた。


 どの口が、心配などといえる?


 一言も告げることなく置き去りにした。心配するなとか、待っていろとか。いくらでも伝えられたはずだった。


 それよりも、クロードの隣にいることを選んだ。……なのに、それすらも中途半端で。


 メルの気持ちもクロードの気持ちも、踏みにじった。


 自分の都合のいいときにだけ彼らのそばにいて、勝手に、守っているつもりになった。自分勝手な主義主張を押しつけて、彼らの弱さに付け込んで甘えた。


 ──その結果がこれだった。


 クロードの宿にもメルのいるはずの宿にも戻れず町をさまよって、気付けば大きな石造りの建物の前にいた──商人ギルドの商館。


 昼間は商人たちの会合や商談でそこそこにぎわっているが、今はひとけがなく静まりかえっている。



(…………)



 鍵がかかっているかと思って扉に手をかけたら……──開いた。少しだけ迷って、中に入った。


 待合を兼ねているロビーは閑散かんさんとしていて、受付の前に並んだ長椅子がひとの体温を失って物足りなさそうにしている。

 奥の事務室から蝋燭ろうそくの明かりが漏れていた。


 事務室のかしの机で、サリーを着た褐色の肌の女が物思いにふけっていた──ひとりで。



「……パルメラ?」


「! アスター……!」



 椅子を蹴倒す勢いで、パルメラが必死の面持ちで駆けてくる。心配で泣きそうな顔で駆け寄った──刹那せつな


 パン、という乾いた音が室内の静寂を打った。


 頬のじんとした痛みで、アスターは自分がぶたれたことを知った。



「アスター。あんた、どのツラさげて帰ってきた! どんだけ心配して捜し回ったと思ってんねん! メルちゃん置いてけぼりにして……見損なったで!」



 化粧でごまかしていただろう、数日前に比べてやつれた目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれた。……メルたちの前ではけっして見せなかったほんね



「自分が大事にすべきもんはき違えんな! あんたは過去に生きてるんやない。今、生きてるんや! 目の前にあるもんも見えんで何が『保護者』や! 何が『見守る』や! そんなんで誰かを守れると思うな、このくそったれ剣術バカ野郎!」


「…………悪い」



 パルメラに頬を張られた痛みで、夢うつつにさまよっていたのが現実に帰ってくるみたいだった。

 雲の上を歩くようにおぼつかなかった地面に、しっかりと足がついていく感覚がする。

 ……自分がまだこの世界にいたことに、気付かされる。


 パルメラがくしゃりと顔をゆがめた。



「しっかりしなよ。そんな幽鬼グールみたいな顔して何があったんや。何のためにうちらがいると思ってんねん。あんたに亡者と戦ってもらうためとちゃうで。見損なうな。勝手にひとりで突っ走って、うちらの知らんとこで自滅すんな!」



 アスターは目を見開いた。

 パルメラの叫びに、クロードやルリアではない過去の声が重なって。



『なんであんなムチャな戦い方するの!』



 カルドラの町に向かう途中、亡者との戦いに身ひとつで突っ込んできたメル。


 あのときは、なんて無謀なんだろうと思った。

 戦うすべももたず、魂送りさえできず、ただアスターを止めるために走ってきた。あの場で亡者に殺されて死んだとしても、全然おかしくなかった。


 ひとりで亡者と戦うな、と。

 いつか死ぬぞと言われて。

 ……死んだらそれまでだと、冷めた想いで聞いていた。


 生きるのも死ぬのも、何も変わらないように思えて。

 いつかどこかで、亡者と戦ってのたれ死ぬんだと思っていた。

 それも仕方ないと、投げやりに過ごしてきた。


 でも、あの意味は……。

 もしかしたら本当は──



「…………。……悪い」


「言っとくけど、謝る相手がちゃうで」


「わかってる。でも……」



 うなだれたまま口ごもったアスターに、パルメラはやっと溜飲りゅういんを下げた。

 ……アスターが、わざとぶたれたのが、わかっていたから。


 面と向かったパルメラの平手を、アスターがよけられないわけがない。


 でも、アスター自身、誰かに罰してもらいたいような途方に暮れた顔をしていた。叱られるのがわかっていて、家に帰れない子どものような……。


 クロードでもメルでもない。本人は無自覚でも、自分を叱ってもらえる相手のところに来たのが、わかったから。他ならない自分をその相手に選んでくれたのが、わかってしまった。



(……いい大人がでかい図体して世話の焼ける……)



 ──それでも、自分のところに帰ってきてくれたから。

 パルメラは、まぁいいか、と思ったのだ。


 こいつだったら叱ってやってもいい。憎まれ役だって何だって引き受けてやる。夢うつつでさまよっているなら、引っぱたいてでも目を覚まさせてやる。


 亡者に滅ぼされたノワール王国に、迎えにいったときのように。何度でも。

 そのために自分がいるんだから……。



「……。……メルは、どうしてる?」


「ピエールと一緒にあんたを捜しにいって、まだ外。もうすぐ宿の支払いが切れるから、焦って遅くまで捜してるんやと思う。……ったく。全っ部、あんたのせいやからね。メルちゃんに会ったら、特大雷は覚悟しなよ」



 特大雷どころか、今度こそしがみついて離れなくなりそうだった。


 そういえば……、とアスターは思う。カルドラの町に向かう途上、亡者と戦っていた自分が半日戻ってこなかったあと、似たようなことになっていた。



(今度は何日、ひっつかれるんだか……)



 先が思いやられるな、という想いが浮かんで。……心が少し軽くなっていた。


 ここ数日感じることのなかった安らぎに戸惑った。まるで冬の寒い戸外から、暖炉の燃える暖かな室内に踏み入れたかのようだった。


 ──帰ってきた……。


 クロードといるときには、少しも感じなかったぬくもり。……そのことがひどくさびしかった。


 ノワール王国で過ごしたクロードとの月日が、今度こそ過去のものになってしまったことを知って。


 けれど、そのことを認めてしまうには、まだあまりにもクロードのことを知らないのだった。


 ──クロードの真意おもいが知りたい。


 初めて、そう思った。

 そうすれば、まだわかりあえるのかもしれなかった。


 旅の途中、メルがアスターにぶつかってきたように。

 パルメラが叱ってくれたように。

 お互いの想いを知らなければ、わかりあうことさえできない。


 アスターは顔をあげた。どこか清々とした気持ちで。



「メルのこと、迎えにいってくる。ここに戻ってくるならその辺にいるかもしれない」


「……。あのな、迎えにいって、そのままトンズラとかはナシやで? うちがメルちゃんに合わせる顔がないわ」


「──帰ってくる」



 きっぱりと言ったアスターにパルメラが目をみはった。



「もう約束はたがえない。……けど、信用ならないなら証文でも交わそうか?」


「……。信じるわ。あんたがそういう顔してるときは、絶対や。うちの商人としての勘がそう言ってる」



 パルメラは微笑んだ。涙でうるんだ瞳をなごませて。

 アスターも目元をやわらげた。



「行ってくる」


「……ん。気をつけて」



 パルメラと別れて商館を出ていこうとした──そのときだった。


 玄関の扉が乱暴に開かれて、少年がひとり、飛び込んできた。メルと一緒に出かけたはずの商人見習いの少年──ピエール。



「!?」


「ピエール? あんた、どないしたん?」


「……う……」



 ピエールは、頭の傷から血を流しているのもかまわずに、血相を変えて叫んだ。



「パルメラさん、大変だ! メルが……さらわれた!」


「何やて!?」


 アスターは、不吉な予感にさっと青ざめた。



 ──彼女が今は君の、大事な大事な相棒ってわけだ……。



 昼間に別れたクロードの苦々しげな言葉が、まがまがしい不協和音となって胸に響いていた。

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