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葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女【小説家になろう版】  作者: 深月(由希つばさ)
第5章 逢魔ヶ時の邂逅

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第5章1話 夢と現実の狭間で……

挿絵(By みてみん)


 やわらかな午後の光が差し込むテラスで、線の細い銀髪の青年と、プラチナブロンドの髪をなびかせた乙女が話している。


 守るべき主君と相棒パートナー──愛していた者たち。


 クロードが「こっちに来いよ」と、微笑みながら手を振っている。

 アスターもそこに行こうとして──


 ふと、手にした剣の重みに気付いた。



(!?)



 いつからいたのか、足元にすがりついてきた亡者どもが群がってきているのだった。慌てて剣をふるおうとするが、亡者どもがその刃を握っていてうまく動けない。


 渾身こんしんの力をこめて、刃を握っていた亡者を蹴飛ばした。自由になった剣を無我夢中で振り回した。もはや剣技にもなっていない。

 ──潰走かいそうの二文字が頭をよぎった。


 ──ルリアはどこだ。クロードは……。


 知らないうちに、死地を走っている。

 軍靴ぐんかが踏む死体。亡者どもの飛び散らした腐肉。それらが混ざり合い、金臭かなくささと腐臭に鼻がもげそうになる。

 城のあちこちから火の手がのぼり、紅蓮の炎がひとも亡者どもも等しくめ尽くしていった。


 アスターは戦いの狂騒におぼれていった。向かってくる者はすべて敵だった。斬らなければ。斬ル。あやメて。殺して。やられる前に。斬って。斬ッテ。斬っテ。斬tte──



「……アスター、ダメ……!」


「!?」



 背後から迫ってきた人影も、振り向きざまに斬り伏せた。

 華奢きゃしゃな身体が鮮血をまき散らしながら転がった。まだ成長途上の少女。スカートからのぞく足枷あしかせと鎖──守ると決めたのに。



「……メル!」



 事切れて、力なくくずおれた少女の死体を抱きとめた。

 そのアスターに、亡者どもが群がった。このチャンスを逃すまいと、むやみやたらに亡者どもが襲ってくるのを、返す刀で斬り付けた。


 悲しみが胸に押し寄せてきた。

 ただ剣をふるうだけの存在と化して。

 自分が生きてるのか、死んでるのかもわからなくて。

 それでも剣をふるっている。何もつかめないまま。

 たったひとつ、守りたいものも守れない……。



「どうして戦うの。あなたにはもう、守るものは何もないのに……」



 亡者どもの嘆きの向こうに、ルリアの悲しげな声が落ちていった。



  ☆☆



 はっと目を覚ましたとき、アスターは自分がどこにいるのかわからなかった。


 小さな部屋の白い天井。開け放した窓の向こう、のどかな山々が広がっていた。少し固いソファの上だった。……昨日たどり着いた、リビドの町の宿屋。



(……夢、か……)



 階下から軽い足音がして、メルが扉を開けた。



「アスター、おはよう。コーヒー飲みますか? 今、下でもらってきたの」


「……メル、」


「あ、勝手にごめんね。宿の女将おかみさんが気を利かせてれてくれたから……」


「いや、飲む。……助かる」


「?」



 あいまいな笑顔で、メルがコーヒーを差し出してくる。ソファの他に椅子がないので、ベッドの上にちょこんと座った。


 ひとり部屋を取って、メルがベッド、アスターがソファを使うというのが、宿をとるときの暗黙の了解になっていた。


 奴隷上がりのメルにひとり部屋を提供してくれる宿が少なかったのと、アスターが断固としてベッドを使わず、メルが先にソファで寝ると、自分は床に座り込んで眠るようになったので、渋々、メルが折れた形だ。



「……さっきの、何が助かったの?」


「気にするな。言葉のあやだ」


「?」



 まさか、おまえが死ぬ夢を見たんだ、とも言えない。


 苦み走った生ぬるい液体で悪夢を押し流して、アスターはメルと連れだってリビドの町に繰り出した。


 山と海に囲まれた交易町リビドは、商人たちの問屋町でもある。

 出店の並んだ大通りの軒先には、鮮やかな布地や工芸品が並び、髪の色も肌の色も様々な売り子たちの呼び声が行き交う。


 キョロキョロとものめずしそうなメルを連れて向かった先は、この町の商人ギルドを運営している商館だ。受付で取り次ぎを頼むと、奥の商談室に通された。


 ほどなくして、木の扉が軽やかに開かれた。



「おふたりさん、昨日ぶりー。元気やった?」


「パルメラさん、こんにちは」


「相変わらずかわいいなー、メルちゃん。うりうり」



 パルメラは南方系の民族に特有の褐色かっしょくの肌に、布地を幾重にも重ねたサリーという、よくも悪くもすきだらけな格好でメルにちょっかいを出す。メルがくすぐったそうに目を細めた。



「こんなヤツと主従なんて不憫ふびんやなぁ。アスターのこと嫌になったら、いつでもうちにくら替えしてええんやで? おいしいものいっぱい食べさせたるからな」


「パルメラ、次にこいつを奴隷扱いしたらたたっ斬る」


「──って、マジで剣の柄に手かけるヤツがあるか!? あかん。相変わらずほんっま堅物なやっちゃ。こんなヤツについてってほんまにええんか。考え直すんなら今やで」


「あ、はは……」



 以前、足枷の鎖を斬ろうとしたアスターに、本当に剣を向けられたことのあるメルは、あいまいに笑ってごまかした。



「で? 世間話しにきたワケやないやろ。仕事の話?」


「商人ギルドの方で護衛仕事でもないかと思ってな」


「そういうことなら。あんたなら大歓迎やで」



 パルメラはにっと笑みを引いた。


 亡者のはびこる森や荒野を移動する隊商は命がけだ。その商人たちを守る護衛は必須の存在だが、その反面、素性の知れない荒くれ者も多い。信頼のおける護衛は重宝されるのだった。まして──



「メルちゃんもおるしな。ふたりして歓迎されるやろ」


「いや、こいつは……」


「私も行きます。亡者が出るかもしれないし」



 メルが背筋を伸ばして、きっぱりと言った。


 アスターは意外に思って目をみはった。……魂送たまおくりをしようとするたびに、怖くて縮こまっていたメル。



「……怖いんじゃなかったのか? ムリしなくていいぞ」


「アスターだけ行かせたら、またむやみやたらと亡者に突っ込みそうなんだもん」


「…………。そんなに信用ないか?」



 これに関しては、メルもパルメラも視線を泳がせた──アスター、単独行動、絶対ダメ。今月の標語になりそう。



「それに──」



 メルが言いよどんで、それでもぎゅっと拳を固めた。



「怖いの、ちょっとずつでも向き合うって決めたから」


「……そうか」



 アスターも蒼氷アイスブルーの瞳をなごませた。

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