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葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女【小説家になろう版】  作者: 深月(由希つばさ)
第4章 鍵の開いた鳥かごで

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第4章6話 父子の語らい

挿絵(By みてみん)


 メルが部屋に入っていくのを見送って──


 アスターはさっと身をひるがえした。今来た廊下を、反対方向につかつか進む。


 突き当たりをのぞき込むと、飲み直すと言って別れたはずのパルメラが、逃げるに逃げられずに固まっていた。



「……何してんだ」


「あ、はは。立ち聞き?」


「見りゃわかる」



 アスターは憮然として言った。

 大方、メルとアスターがふたりきりでどんな話をするのか気になってあとをつけてきたのだろうが……。



「ちょうどいい。あのザイスって商人、どう思った?」


「どうもこうもないわ。うさんくさいにもほどがある。生きててくれてよかっただの、引き取らせてほしいだの、今更、どの口が言うんや」


「……まぁ、普通に考えたら、そうだよな……けど、」



 メルは迷ってる……。


 めずらしく迷ったようなアスターに、パルメラは深々とため息をついた。



「仮にメルちゃんが迷ったとしても、一時の気の迷いやろ。甘い台詞を言う男に限ってろくなもんやない。……なのに、あんたときたら。言うに事欠いて『こいつ自身が決めること』ってなんや? 見てられんわぁ……。メルちゃんの立場やったら、迷うに決まってるやん。あんたがびしーっと一声、『メルは渡さん』って言えばええ話やのに」


「……」



 なんだか、娘を嫁にやりたくない父親みたいな役回りだった。アスターは眉をひそめた。少なくとも、あんな大きな子どもをもった覚えはない。



「メルちゃん、まだ子どもなんよ? うちら大人が決めたらんと」


「……ついこの間まで俺もそう思ってたんだけどな……」



 アスターはぼやいた。

 アスター自身、カルドラ聖堂でイリーダにそう言った……けど。



「……クロードのこと、覚えてるか」


「は? ……あぁ、あんたが探してるっちゅう王子様やろ?」



 クロードのことはノワール王国時代、パルメラも何度か遠目で見たことがある。他国の王子様ながら、繊細で優しそうな印象の青年だったが……。



「あいつ、おとなしそうに見えて、実は父親に対してはけっこう反抗的でさ……。剣の稽古けいこはすっぽかすわ、ルリアと初めて会うときには敵前逃亡するわ。俺もけっこう振り回されたなって思い出した……」



 思い出したのは、メルに読み書きを教え始めたからだ。嫌なことから全力で逃げ回るのが誰かに似てるなと思ったら……。


 けれど、それが悪いことには思えなかった。以前のメルには、その選択をする自由さえなかったのだろうから。



「……俺が決めたから従うじゃダメだ。それじゃ、あいつはいつまで経ってもこのままなんだ。あいつがもう自由だって言ったのは、俺なんだよ」


「……アスター……」



 この二年間、アスターがこんなふうにクロードの思い出話を語ったことはなかった。


 アスターの中で、凍り付いて止まっていたままの砂時計が動き出す……ゆっくりと。


 パルメラはため息を逃がした。



「相変わらず、損な性分やなぁ……」


「……悪い」



 あんたのそういうとこ、嫌いじゃないけど。


 パルメラは言って、前髪をくしゃりと掻き上げた。あきらめたように、ぽつりとつぶやいた。



「……でもなぁ、今回ばっかりは、それがベストな選択なのかはわからんで……」



 彼方で雷雲がゴロゴロと音を立てている。

 アスターはそのことに、気付かないふりをした。


 翌朝、アスターが目を覚ますと、世界はまだ闇の中だった。


 夜が明けていないのではなく、雨雲が重く垂れ込めていているのだ。山小屋の外では、雨樋あまどいを伝う雨粒がトンテンとリズムを奏でている。


 洗面所に行って曇った小さな鏡を見ると、目の下のくまも顔負けなほど無愛想な自分がいた。……いつもと変わらない。


 けれど、馬車での移動の間、寝るときにはいつも隣にメルがちんまりと丸まっていたのを思い出して、少し物足りなさを感じたのは確かなのだった。


 カルドラ聖堂のときも部屋は別々だったのに、なぜだか急に寒々とした悪寒がした。



(……。冷えるな……)



 部屋に戻って一枚余分に羽織り、暖かそうな階下に向かった。二階建ての山小屋はそこそこ広く、一階の談話室では、簡素ながらも温かな食事が提供される。


 ……が、先客の気配に、アスターは部屋に入る寸前で足を止めた。

 扉の前で、そっと耳をそばだてた。


 談話室にいたのは、メルとザイスだった。



「すごいじゃないか。名前まで書けるようになったのか……! 見違えたな、メル。やるじゃないか……!」


「えへへへ……」



 照れたようにメルが笑った。……驚いた。アスターが聞いたこともない甘えたような声。ふたりの過ごした歳月の重みを物語るように。


 仲睦まじい声は、どこからどう聞いても父子おやこの語らい。メルがずっと求めていた愛情。


 ……アスターは、メルの父親代わりにはなれない。



(……)



 アスターは目を細めて、談話室をそっと後にした。

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