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葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女【小説家になろう版】  作者: 深月(由希つばさ)
第3章 過去をとむらう者

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第3章12話 光と影

挿絵(By みてみん)


(……ダメ………もう……息、が…………)



 口からあふれたあぶくが、頭上高くの水面にのぼっていく。何も考えられない頭が、真白く染まって。


 メルは、沼の中に深く深く沈んでいった。


 相変わらず、身体には仲間たちの手がからみついている。メルを死へと引きずり込もうと、生から遠ざけようと、沼の底へぐいぐい引っ張っているのだった。


 リゼルの腕は、もはやメルの首から離れている。そうする必要もないほど、メルは深みにはまっていた。

 あとはもうただちていくだけ。


 もはや抵抗もできなくなったメルの身体を、リゼルが包み込んだ……愛おしげに。

 一度喪った宝物を、また手にしたみたいに。



「一緒に逝こう? そうしたら、もう傷付くこともないんだよ。悲しかったりつらかったりすることもない。もう私たちの仕事やくめは終わったんだから……」



 ──もう、苦しまなくていいんだよ。


 リゼルのささやきに、メルの目から涙がこぼれた。

 ……ずっと、苦しかった。

 仲間たちが死んで、リゼルが死んで。

 魂送りのために、ただ生かされて。

 それさえも、うまくいかなくて……。

 ──………………さみしかった。

 誰かのそばにいてもいい、理由が欲しかった。



『……ねぇ、私のご主人様になってよ』



 ──理由があれば、生きられると思った。



『絶対、魂送りができるようになるから』



 ──役に立てば、そばにいてもいいと思った。


 アスターのそばにいると、メルはいつも不安になる。彼は一度も、魂送りをしてほしいって言わなかったから。


 亡者の楯になるからとか。

 魂送りができるからとか。

 ……女の子だからとか。


 メルが必要とされるのは、そんなときなのだ。必要とされるなら、生きている理由になる。それだけしか……。


 かしゃん……、と幻の音がした。


 閉じかけてぼんやりと視界に、金色の羅針盤があった。メルと一緒に沼の中をゆっくりと漂いながら落ちていく。



 ──メルさんはどう思うの?



 ゆっくりと、目を開けた。


 問いが、初めて、メルの中で音を立てた。

 ……いな、もともとそこにあったのだ。ただメルが気付かなかっただけで。

 見ようともしなかった──羅針盤。



(…………「私」は、どうしたい…………?)



 亡者の楯になるから。

 魂送りができるから。

 ……女の子だから。


 誰かのそばにいるのに、いつも理由が必要だった。アスターの役に立つから一緒に行きたいんだと、そう、思い込んだ。


 一緒に行きたいのなら、自分からそう頼むべきだった。……たとえ魂送りができてもできなくても。


 最初に助けてもらったとき、アスターは手を伸ばしてくれた。何の見返りもなく。

 いつだって、メルのことをちゃんと、見てくれた……!


 羅針盤の方に伸ばしたメルの手を、リゼルがつかんだ。



「……なんで。また私たちを置いていくの? 自分だけ助かろうっていうの? もう生きてる意味なんかないのに」



 ──ずるい、と仲間たちも言った。

 ずるい。ずるい。ずるい。ずるい……。

 ひとりだけ生き残って、ずるい。



「……リゼル……。みんな…………っ」


「私たちは役に立たないといけないんだよ。それだけしか生きてる意味がないの。だって私たちは奴隷なんだから。そうじゃなくちゃ、生きてちゃいけない。だから、死んじゃえぇぇ!」



 メルは、目を見開いた。

 水底に、幻のような明るい声が降ってきた。



 ──私、いつかあのひとみたいに舞台で歌うの。

 ──奴隷が夢見て何が悪いの。

 ──運命だって笑い飛ばしてやるわ。



 そう言っていたのが、誰だったか、メルは覚えている。

 同じ顔をした、まったく違う存在。

 リゼルは、私よりもずっと強かった。


 あの子は──……こんなこと言わない!



「きゃあっ!?」



 リゼルの顔をした存在が、まばゆい光に顔を覆った。


 金色の羅針盤が光を放って、魂送りの杖として、メルの手に舞い降りてきた。その杖をつかんで、メルは高く掲げた。

 からみついていた仲間たちの手が、聖なる光におびえたように離れていく。



「リゼルは、……みんなは、そんなこと言わない! あなたは私の心が作り出した影だ!」



 ……やっと、わかった。

 死者なんか、はじめから、どこにもいない。

 いたのは、ただ、死者への罪悪感におびえる自分。


 メルを沼に沈めたのは、生き残ったことを悔いた、自分自身の心──聖女アウグスタが見つめて、映し出した、メルの心の弱さ。


 魂送りの杖を掲げた。

 闇をはらう心の強さ──それこそが、聖女アウグスタが求めた謡い手の覚悟。


 誰かのそばにいるのに、理由が必要だった。

 でも、本当は、自分から頼めばよかった。

 自分から手を伸ばして──つかめばよかった!



「導きの光よ、私の中の闇を照らし出せ──聖なる浄化の焔(フェアリー・シャイン)!」



 歌が、踊りが、沼の中だと思っていた空間をまばゆい光で祓い清めていく。


 手をからみつかせていた仲間たちの影が悲鳴をあげながら霧散していく中──最後に残ったリゼルが、メルの胸ぐらをつかんだ。



「なんでよ……! あんたなんか戻っても誰からも必要とされないのに。魂送りはいらないって、そう言われたんでしょ? なのに、なんで戻るの? 私たちを置いて……!」


「役に立てるかなんてわかんない。でも、私はこの先に行く。リゼルたちの想いも、ちゃんと私がもってく……!」



 リゼルが、目を見開いた。


 ずっと会いたかった友達。

 それだけは、本当に、間違いなくて。

 ……会えて嬉しかったのは、嘘じゃない。


 ──リゼルたちがこの先に行けないなら……──



「誰も理由をくれないなら、私が、リゼルたちの生きた意味になる! ()()()()()()()()()()()()()()()()……!」



 信じられないように目をみはっていたリゼルが、やがてあきれたように、ふっと笑った。──かつてのような、はにかむような微笑み。



(……え……?)



 瞠目したメルの前で──

 ……あんたらしいね、と唇だけ動いて。


 リゼルの顔をした存在は、メルの腕にいだかれたまま、浄化の光にかれて跡形もなく霧散していった。

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