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葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女【小説家になろう版】  作者: 深月(由希つばさ)
第3章 過去をとむらう者

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第3章9話 曼珠沙華の揺れる墓地で

挿絵(By みてみん)


「……ルリアさんの代わりはいらない。彼女にそう言ったのね?」



 アスターは、小鳥の声を聞きながら、静かにうなずいた。


 イリーダの穏やかな微笑みは、まるで春の木漏れ日のようだった。

 気付けば、アスターは胸のうちに溜めたことを、ぽつりぽつりと話していた。


 エイニャとレタのふたりは、今は少し離れたところで墓石に花を手向けたり掃除して清めたりしている。


 こうして聖堂長とふたりきり、洞窟のそばの木陰にいると、まるで子どもの頃にかえった気がするのだった。今は滅びた故国での、穏やかな日々。



「なんでそこにルリアが出てくるんだか。あいつとルリアじゃ全然違う。年も性格も、全然」



 アスターは言った。

 実際、普段のたおやかな振る舞いはともかく、戦場でのルリアほどおっかない女はいない……と思っている。


 相手が亡者の大群だろうが何だろうが、遅れをとらずについてきて片っ端から容赦なく魂送りする。……でも、大抵はみんな、彼女の優しい笑顔にだまされる。そのことを相棒だったアスターはよく知っていた。



「……っていうか、あいつはいつもいつも……。ひとに死ぬなとか亡者に突っ込むなとか言っときながら、自分は戦えもしないのに亡者の中に突っ込んでくる。戦ってるときも、あいつのことが頭にちらついて。危なっかしくて見てられない」



 足手まといだ……、とこぼすアスターにも、イリーダはにこにこ笑っている。嬉しそうに。



「まぁ、ほんと。よかったわねぇ」


「…………ひとの話、聞いてます?」


「あなたが楽しそうにメルさんのことを話してるのは聞いてるわ」



 アスターは眉根を寄せた。

 ……楽しそう?



「……俺のどこが」


「あなたがこんなふうに誰かのことを話すなんてね」



 アスターは口をつぐんだ。


 言われてみれば、こうして誰かに愚痴をこぼすのは、故郷が滅びてからなかったかもしれない。ルリアが死んで、クロードの行方が途絶えてから……。

 いつの間にか、ルリアの名前を平気で口にしている。



「…………。別に。ただ、拾った責任が……あるから」



 腹の傷がうずいた。故郷で負ったのではない、少女に助けられた傷の痛み。もうろうとした意識が回復するまで、ずっと看病してくれた。──でも。


 そのぬくもりが、温かければ温かいほど……。

 その手を取ってはいけない、と思う。


 ──はじめから、誰も、いなければ。


 いつか喪うかもしれないという恐怖も。

 永久とわに届かぬと知ったときの絶望も。

 過去の追憶に揺れ惑う痛みも、感じなくて済む。

 そして、いずれどこかで亡者との戦いに果てたなら。

 砂塵の中に、ひとり、埋もれて逝ける……。



「……もう、誰かを喪うのは、たくさんなんだ……」



 片膝を抱えるようにしてつぶやいたアスターを、イリーダは黙って見つめた。憐れむように。


 ひとは、変わっていく。

 誰かと出会って、言葉を交わして。

 時には、傷付けあったりもするけれど。

 お互いの姿を映しあって、気付かなかった「自分」を見つけていく。



「ねぇ、アスター。ひとは、過去を生きることはできない。選べるのは、今をどう生きるかということだけなのよ。いつかメルさんが、あなたの道を照らす光になるかもしれないわ……」



 イリーダの言葉を聞きながら、アスターは顔を上げた。悲しいぐらいに青い空だった。


 いつか、なんて言葉なんか知らない。

 自分が生きてるということすら、ひどくあいまいで。今は「過去」の延長戦上でしかなくて。二年前のあの日から、一歩も進めてる気がしない。


 泥の中で足踏みをしているように、ただ時間だけが過ぎていく──自分のことを置き去りにして。


 無意識のうちに、チュニックの上から、服の下の十字架ロザリオに触れた。



「……──」



 そのとき、墓地の片隅で、甲高い悲鳴があがった。大人になりきらない少女たちの声──エイニャとレタ。


 アスターは弾かれたように駆け出した。

 若い謡い手ふたりは、墓地の片隅で、青くなって立ちすくんでいた。



「どうした。何があった?」


「あ、あれ……!」



 いつもは冷静なレタが真っ青になっている。指さした向こう、袈裟けさ斬りにされた血まみれの女が倒れていた。

 駆け寄ったイリーダが手早く女の脈をとった。



「大丈夫、息はあるわ。……しっかりして!」


「待て。何か言おうとしてる」



 アスターが耳を寄せた先、女の意識がつかの間、浮かび上がって、必死に何かを伝えようとした。うわごとのように。



「……墓……泥棒…………襲、われて……」


「襲った奴らは? どこに行った?」


「…………──」



 それきり、女はまたぐったりとなって意識を失った。

 イリーダの判断は早かった。



「エイニャ、手当てを手伝って。レタはお医者様を呼んできなさい」


「は、はい」


 硬直していたエイニャが息を吹き返したかのように身じろぎし、慌てて女の怪我を確かめる。レタも町の方へと駆けていった。


 アスターは辺りを見渡した。


 女が倒れていた場所から少し離れたところに、異様な穴があった。まるで巨人の手がごっそりと地面をえぐり取ったかのような大穴。


 ……もとは棺桶が収まっていたであろう場所が、ごっそりと掘り返されたのだと知れた。……だが、何のために?


 辺りにひとの気配はない。女を襲った者の姿も……どこにもない。



(この魔力の残滓ざんし……魔術か? バカな。ありえない。そんな遣い手がなんだってこんなとこに)



 ──それに、あの鋭利な傷跡……。

 ぞわりと総毛立った。

 今、試練を受けているメルは……独り。



(……っ!)



 きびすを返したアスターをイリーダは見逃さなかった。



「待ちなさい、アスター。どこに行くつもり?」


「洞窟の中に、この女を襲った奴がいるかもしれない」


「神聖な試練の途中で私たちが入ることは許されないわ。聖女アウグスタ様のご意思に反し……」



 ──試練? 意思?


 頭に血がのぼった。思わず怒鳴り捨てた。



「……っ! そんな悠長なこと言ってる場合か!」


「アスター……!」



 試練など知ったことではなかった。イリーダが止めるのも聞かずに、アスターは洞窟に飛び込んだ──奈落の底に続くかのような暗がりへ。


 墓地にひっそりと咲く曼珠沙華が、そんな人間たちをあざ笑うかのように揺れていた。

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