第24章8話 屍(しかばね)の上で……
──少しの間、意識を手放していたらしかった。
「……う……」
アスターは、自分が地面に寝転がっているのに気が付いた。同じく吹っ飛ばされたエヴァンダールが近くで上体を起こしている。
ルリアの死体人形が起こした魂送りのような攻撃の衝撃波を真っ向から受けたのだ。あの瞬間、剣技を発動させていなかったら死んでいた。
……よくふたりして生き延びたものだ。
内心、かたわらにいる褐色の王子の技量に改めて舌を巻いていた。
「どこだ、ここは……」
「礼拝堂の裏庭……だろうな。ずいぶんと辛気くさい場所だ……」
褐色の王子は、顔半分をおおった仮面の下で眉間にしわを寄せる。土埃が晴れるに従って、アスターにも「辛気くさい」の意味がわかってきた。
「…………墓地……」
そこは──……巨大な墓場だった。
「……こんなにたくさん……」
灰色の墓石が、荒れ果てた大地に見渡す限り広がっている。立ち並ぶ墓標を見ていたアスターは、妙なことに気が付いた。
「刻まれた年がみんな同じ……?」
救世歴一五○四年──およそ三十年前。
「何だ、貴様。……知らんのか」
「?」
まぁ、他国出身ではムリもないか……、とエヴァンダールは──自国の第三王子はぼやく。
「この交易町リビドは一度、亡者によって滅ぼされた地域だ」
「……は?」
「亡者に襲われて滅ぼされた町を、商人たちが貿易の要として再建した。……町に古い建物がないのに気付かなかったか。目抜き通りも王立劇場も、グリモア王家の出資によって整備された。そして、復興のために貢献したのがロギオ商会の初代会長──貴様らが根城にしていたあの商館の所有者だ」
意外な名前に、アスターはあぜんとする。
ロギオ商会の会長といえば、パルメラの祖父にあたる。
「この礼拝堂はその当時にうち捨てられたものだろう。生き残った誰かが元の住人たちの墓を建てたか。……律儀なことだ」
半ば独白に近いつぶやきに──……圧倒された。
視界に入るだけで数百数千を超える墓石が延々と続く。これだけの住人たちが一度に死に絶え、その死を悼んだ誰かが墓を作り続けたという事実に。
……いったいどれだけの年月がかかっただろう。
どれほどの時間を、喪った日々を嘆き悲しみながら生き続けたのだろう。
それをアスターは他人事とは思えない。彼自身、故国が滅んでからはクロードやルリアと過ごした日々をよすがに生きていたのだから。
メルと出会わなければ、きっと現在も……。
いまだアウグスタと名乗る少女の術中にいるメルを想った。
──……今の自分が、守ると決めたもの。
(……メル、待ってろ。今、助ける)
その心中を読んだかのように……──
礼拝堂のくずれた壁の向こうからプラチナブロンドの髪をした戦乙女が現れた。漆黒の花嫁衣装と巨大な鎌という出で立ちで、幽鬼のようにふらふらと歩く。
「…………私は、王子、の婚約者…………」
「! ルリア……!?」
「……純白の、戦乙女……防国、の、双璧……う、ぁ」
痛む頭を押さえるかのように押さえてブツブツとつぶやく。熱に浮かされたような黄玉色の瞳に、相対するアスターの姿は映っていない。
「私はお父様のお父様のお父様お父様のお父様のお父様のぉぉぉ!」
支離滅裂に叫ぶその背後から──
「──!?」
エヴァンダールが迫って両腕をひねり上げた。
肩の関節が抜けるゴキリという嫌な音がして、美しい戦乙女が白目を剥く。
「うぐぁ……っ!!」
「──ふん。さすがの死体人形もこれは不快か。いくら筋力を強化していても、関節自体抜いてしまえば動けまい。……縛り上げる手間が省けたな」
「うあぁぁ……があぁっ!」
羽交い締めにされて獣のように暴れる元相棒と、それを拷問する王子という取り合わせに、さすがのアスターも動けなくなった。
「……何してる、英雄。こっちは俺が押さえておく。貴様はさっさとメルとかいう小娘のところに行け」
「…………っ!」
アスターは息をのんだ。
はらわたは煮えくりかえるが……今はエヴァンダールが正しい。
「ルリアをしばらく預ける。……いいか、手荒な真似はするな」
その言葉に、エヴァンダールは煙たげに肩をすくめた。




