第24章5話 初めての友達
──それって、デートのお誘い?
──そ、そうだけど……。
オズに誘われたとき、心臓がトクンと跳ねた。
……嬉しかった。
こんな自分をまだ誘ってくれることが。
でも……。
(…………──)
いつになったら言うの?
──年をとらないバケモノだって……。
生者と死者の世界の境界を守る忘却の河の番人──聖女アウグスタ。……それが自分だ。
聖女は死なない。
年をとらないまま在り続ける。
オズもいずれ気付くだろう。
相手が十七歳のまま年をとらないってことに。
……亡者と引けをとらないバケモノだってことに。
『オズの時間も止まってたらいいのに……』
こんなとき、遠い昔を思い出す。
幼い姉妹で笑いあっていた、あの頃を。
──お姉ちゃん、ずーっといっしょだよ。
──うんっ。
無邪気に未来を信じていた、あの頃を。
……そんな日々は、もう訪れない。
時は流れ続ける。自分を置き去りにして。
未来に希望をもつことも、もう忘れてしまった。
ひとりぼっちのさみしさも忘れたと思ってたのに……。
オズがいなければ、孤独を思い出すこともなかった。
ひとのぬくもりがなければ、会えないせつなさを感じることもなかった。
こんなふうに胸が締め付けられることも……。
でも──
さっき見たオズの情けない顔を思い出して、自然と笑みがこぼれた。
(……。明日になったら、返事してあげようっと)
血なまぐさい研究で錆び付いていた心が、ふと軽くなった。鼻歌混じりに歩いた。
──いつかふたりで歌った、あの丘で。
オズがリュートを奏でて、自分が歌って。
王様と聖女なんかじゃなくて。
出会った頃のように、ただの青年と少女として。
ただ吟が好きで、ただ本が好きで。
心のままに世界を旅したいと願った、あのときのままの自分たちとして……。
☆☆
翌朝──
『……ん……。……ふわぁ……』
建て直しをしているセントバース大聖堂ではなく、王城の研究室で寝泊まりしている少女は寝ぼけ眼をこすった。
久しぶりに気持ちのいい朝だった。
聖堂では巫女や侍女たちが身の回りの世話をしてきてくれたが、城の研究室ではそうはいかない。
さすがに、一時期のように血文字を書くわけではないが、研究室の机の上には研究レポートが散乱し、床には本がなだれてある種、天然(?)の要塞を作り出している。
その要塞の上を何日か分の着替えや着回した白衣がおおっている有様で──
『……うん。いい加減、洗濯しなきゃ』
……厳かな神託よろしく、重々しくつぶやいた。
城の使用人区画まで出向いて、下働きのメイドたちに洗濯物を預ける。
ノワールの王城には、高貴な身分の者たちの身の回りを世話する上級メイドたちと、炊事や水回りで立ち働く下級メイドたちがいる。
上級メイドたちはもっぱら貴族の子女たちで、花嫁修業の一環として王城内に仕える者も多い。
一方、下級メイドたちには商家の子女や城下の平民出身者が多く、こっちの少女たちの方が馬が合った。
相手の方も、いつもフーデットケープをかぶった白衣の少女が「聖女アウグスタ」であるとは夢にも思わず、どこからか城にやってきた自分を同じ「労働者」階級だと思って接してくれている節がある。
『や、エリーゼ。まぁた洗濯物溜め込んだの? 懲りないねぇ』
ニヤニヤ顔でからかったのは、下町出身のリッタという少女だ。
仕事の邪魔になるからと、男の子のように短く刈り込んだ小麦色の髪に、勝ち気なアーモンド色の瞳。メイドというよりどこぞの農場で働いている方が似合いそうな、同い年の十七歳。初めてできた「女友達」だった。
『そんなに無精だとお嫁のもらい手なくなるよ? ……って、そうか。あんたのねらいはオズワルド陛下だもんねー』
『ちょ、ちょっとリッタ』
どこで誰に聞かれているかわからない。
慌てて否定したが、リッタはどこ吹く風だ。
『別に、あんただけじゃないよ。お城で働けば、あわよくば王様からお呼びがあるかも……なんて下心抱いてるメイド仲間なんてわんさかいるもん。オズワルド陛下、独身だしさぁ。高貴な方なのに、私たちみたいなのにも気さくだし。イケメンでお優しいし。陛下ねらいの女の子なんて掃いて捨てるほど……』
『そそそ、そんな子たちにオズはなびかないもん……!』
──……思わず声を張り上げた。
初めて会ったときから、オズは孤独だった。
自由を求めて城を抜け出し、吟の世界で織りなされる物語の世界を旅するようにリュートを奏でた。
そんなオズの周りに「オズワルド陛下ねらい」の女の子たちがわんさかいるのを、城にやってきて──しかも最初の数ヶ月は研究に夢中でろくに外部と接しなかった──初めて知った。
『いや、だから。メイド仲間に限った話じゃないんだってば。王子だった頃から貴族の令嬢たちからの見合い話も後を絶たないって聞くし。でも、なんでか身を固めないんだよね。……誰か好きな女の子でもいるのかねぇ?』
…………ドキリ、とした。
(…………。オズの、好きな女の子って──)
顔が火照るのを、自分でも感じた。
……いや。
いやいやいやいや。
いくらなんでも虫がよすぎるでしょう?
自分のために、見合い話を蹴ってるなんて。
でも……──
(もしそうだったら、ちょっと、嬉しいかも……)
王様と聖女、だったとしても。
年をとらないバケモノ、だとしても……。
幸せな勘違いをしたくなってしまう。
──……今この瞬間だけは。
『でもねぇ、さすがの陛下も、今回ばっかりは年貢の納め時よねぇ。戦争を終わらせるのに、これ以上の話はないもの。本当によかった。これでやっとこの国も落ち着くわ』
『……? 何のこと?』
『え? もしかして知らないの?』
きょとんとした少女に、リッタはあぜんとする。
今朝から城中、この話で持ちきりなのに……と前置きして。
『昨日の夕方、神聖ガルム帝国から使者が来て城中、大騒ぎだったんだから。それがすごい話なの。あのオズワルド陛下が、神聖ガルム帝国の皇女様と結婚するのよ!』
『──…………え?』
もっていた洗濯かごがぽとりと落ちて石畳を転がった。
──神聖ガルム帝国からの急使がノワール王国王城に到着し、国王オズワルドに謁見を求めたことは、王城内だけでなく、その日のうちに王国中に知れ渡った。
使者が朗々と述べた口上の内容。
それは──
講和の証として、神聖ガルム帝国の第一皇女ルイーズ・セレナーデ・フォン・ド・ガルムを、ノワール王国の若き国王オズワルドの妻として差し出すというものだった。




