第24章4話 血濡れた共犯者
──亡者の存在は、まるで未知のウィルスが世界を席巻するがごとく、またたく間に世界中に広がった。
救世歴九六三年、国王としては若い二十歳の青年オズワルド・アルス・ジークンド・ヴィ・ノワールが戴冠した。
彼の国王としての最初の仕事は、先代国王の時代より戦火を交えていた神聖ガルム帝国との停戦協定を結ぶことになった。世界中に突如として現れた謎の怪物──亡者の登場により、どちらの国も人間相手の戦線を維持できなくなったためだ。
時代は、これより人間同士の戦争ではなく、人類そのものの存亡を懸けた決死の共同戦線へと移行していく……。
──……その陰で。
オズワルドは、城の地下に足しげく通った。
『──オズ、来たのね』
白衣の研究者たちと話していた黒髪の少女が微笑む。
地下の実験施設は、いつも鼻を刺すホルマリンの臭いと死臭がただよい、燭台の煤の臭いが立ちこめている。
立ち並ぶ棺の間、透明なガラスでできた円筒形の実験装置の明かりが青白く辺りを照らす。まるで巨大な墓場のように。
『……また死体が増えたね』
『えぇ、生きてる子たちもね。聖性の実験に使うために、グリモアから奴隷たちを輸入してるの。……もちろん、世論は納得しないでしょうけど』
だから秘密よ? ……と、少女は指を立てる。
オズワルドはあいまいに笑った。
──黒髪の少女と再会したあの日。
死なない軍隊の研究を受け入れたときから、自分はきっとどこかが壊れて狂ってしまったのだと思った。
きれい事では生き延びられない。
罪の意識は厳重に蓋をして封じ込めた。
『再建したセントバース大聖堂を、本格的に巫女たちの養成所にしようと思ってるの。聖性の育むための実験施設として。他国からの留学生たちも受け入れるわ。亡者討伐の先進国であるノワールに留学したい巫女たちがこぞって訪れるように』
『……それはかえって危険なんじゃないか?』
この頃、ノワール王国は、亡者討伐のために新しい制度を導入しようとしていた。
亡者と戦う剣士と魂送りをする謡い手がペアを組み、亡者のいる戦場を駆けるという初の試み──葬送部隊を編成しようというのだ。
本来は死者たちの魂を葬送する聖職者である謡い手を戦地登用する、まさに前代未聞の試みである。もともとが巫女である彼女だからこそ、思いついた発想ともいえる。
はたして、黒髪の少女はニンマリと笑った。
『だからこそよ。各国から有能な謡い手が留学生として集まれば、非常時には大切な人質になる。万が一、どこかの国がノワールを攻撃しようとしても、人質の存在がそれをはばむ。……有能な人材は国の宝よ。どこの国も手出しできなくなる』
『……ちゃっかりしてるな』
オズワルドは舌を巻いた。
時々、この少女の方が自分よりもよっぽど為政者に向いていると思う。
『言ったでしょ。──あなたの国は私が守る。誰にも手出しさせない』
『…………頼む』
……後戻りはできない。
自分たちは、とっくに共犯者だった。
亡者という存在を世界に生み出した極悪人。
それがどれほど責められることだったとしても──
オズワルドはこの少女を喪いたくなかった。
『──ねぇ、またあの丘に行かない?』
『え?』
『君にリュートを弾きたいんだ』
思わぬ申し出だったのか、少女は目をしばたたく。……らしくなく視線を泳がせて、おずおずと言った。
『……それって、デートのお誘い?』
『そ、そうだけど……』
『…………ふぅん』
ほんのりと嬉しげに頬を染めて唇をひん曲げる。……嬉しがってるのか嫌がっているのかよくわからない。勇気を振り絞ったオズワルドは、ちょっぴり傷付いた。
少女は口の中でゴニョゴニョ言っている。
『どうせ誘うなら舞台とか舞踏会とか夜景のきれいなデートスポットとかにすればいいのに……』
『え、ごめん。そっちがよかった?』
『べっつにー』
『なんなら今からでもそっちに……!』
『…………いい。考えとく』
王子として純粋培養されたオズワルドの恋愛偏差値は高くない。それは聖女として蝶よ花よと育てられた──本人は否定するだろうが──少女も同じで、だからこそ、なんだか妙に変な空気になるのだ。
『──じゃあ、返事待ってるから』
『…………えぇ』
研究のことになれば饒舌なのに、ここぞというときに内気な少女は、こうした話題になるとひどくつっけんどんになる。
嫌がられてるのかな……と思いながら、オズワルドはたじたじと帰路についた。
(舞台、か……。なんとかしてお忍びで街に出られるようにやりくりするか。けど、目付役のサイラスが見逃してくれるか──)
『陛下! オズワルド陛下!』
──慌ただしく呼ぶ声にドキリと振り向いた。
『な、なんでもないよ!』
『? まだ何も言っておりません』
忠実な老臣が妙な顔になる。
オズワルドの方は、心臓が口から飛び出しそうなほど暴れている。……コホン、と咳払いをした。
『……サイラスか。どうした』
『どうしたではありません。今までどこにいらっしゃったのですか。……いえ、過ぎたことは申しません。至急、玉座の間においでください』
『?』
執務室──……ではなく玉座の間。
オズワルドは首をひねった。
『今日は特に来客の予定はなかったはずだけど……』
『先ほど神聖ガルム帝国から密使が到着しました。──オズワルド陛下にお目通り願いたい、と』
──⋯⋯神聖ガルム帝国からの使者。
オズワルドはさっと表情を引きしめた。




