第24章3話 「ゆるさない」
「ルリア……!」
さけんだアスターに向かって、漆黒の花嫁衣装を着たプラチナブロンドの乙女が、みずからの背丈を超える長さの鎌を振り回す。
……悪い夢だと思った。
かつて笑っていた相棒は、今は無表情のままにこりともしない。
「ルリア、俺だ! わからないのか。目を覚ませ……!」
礼拝堂の長椅子がバターか何かのように易々と切り裂かれ、擦り切れた絨毯の残骸が花びらのように飛び散った。よけそこねた斬撃が頬をかすって、火花のような痛みが爆ぜる。
「…………っ!」
……ダメだ。剣をもつ手が震える。
剣を向けることができない。……戦えない。
相手が死体だとわかっていても、それはまぎれもなくルリアだった。
かつて自分に笑顔を向けてくれた相棒だった。
「…………ルリ、ア……」
戦おうとする意志がくじかれる。
気力が根こそぎもっていかれる。
ルリアが自分を攻撃するわけがない。
殺そうとするはずがない。
これは夢だ。……悪い夢だ。
死んだルリアにもう一度逢いたいと思った……自分の。
でも──
目の前に、鎌の鋭い刃が迫る。
それを信じがたい思いで見ていた矢先──
「!」
アスターに振りかざされた鎌の軌道に割って入ったのは、褐色の肌をした青年王子だった。
顔の半分を優美な仮面でおおったエヴァンダールは、恐るべき力で押し返される剣に舌打ちした。
「ちっ! ……どいてろ、英雄」
「な、にを……!」
エヴァンダールのもつ剣がほのかな燐光をまとう。亡者を吹き飛ばす比類なき竜巻──……それがルリアに向けて発揮されようとしている。
……そのことを察して。
かすれた弱々しい声が出た。
「エヴァンダール、待て……──」
──死霊乃風……!
「……──っ! くっ!」
間近で繰り出された剣技に、アスターは両腕で自身をかばった。
以前、自分が直撃を受けたときには死を覚悟した攻撃だった。巻き込まれた者を問答無用で吹き飛ばし斬り刻む広範囲の斬撃。
「きゃぁぁぁぁ……!」
戦乙女が悲鳴をあげる。
死の竜巻はそこかしこにあった長椅子を残骸ごと吹き飛ばし、石壁をうがち、礼拝堂の外へとルリアの華奢な身体を吹っ飛ばした。
そして──
「きゃあっ!」
「──!?」
祭壇のところにいた黒髪の少女──アウグスタも、意識のないメルにしがみついて悲鳴をあげる。
天上から落ちてきた巨大な燭台は、しかし、魔石で形作られた結界のおかげで当たることはなかったようだ。
メルに被害がなかったことにほっとした。
アスターは、エヴァンダールの胸ぐらをつかんだ。
「エヴァンダール、おまえ何を……っ。──ぐっ!?」
言ったアスターの目の前に、火花が散った。……エヴァンダールのこぶしが頬にめり込んだのだ。
味方になぐり倒されて、アスターは目を白黒させた。
「ああでもしなきゃ死んでた自覚ないだろ、貴様!」
「……っ!」
褐色の青年王子が激昂している。
「貴様がどこぞで野垂れ死のうが勝手だが、くだらん自殺願望に付き合わせるな。自分と引き換えに死なせた女への贖罪に巻き込むな! あれは貴様の相棒じゃない。ただの死体だ! 本物の戦乙女が貴様の命をねらうものか。死を望むものか! ──この俺を負かした絆がそんな安っぽいものだというなら、俺がこの手で引導渡してやる……!」
……瞠目した。
──それは、限りない信頼の言葉だった。
そで口から包帯がちらつく手で、ガシガシと天然パーマの髪を掻いている。
「あぁ、くそっ! 胸くそ悪いモノ吹っ飛ばした。女のバラバラ惨殺死体なんざ作りたくもない」
「…………エヴァンダール」
「この俺を巻き込んでおいて勝手に死ぬのはゆるさん。──あのメルとかいう小娘を助けるんだろう!?」
「………………悪い」
……少し頭が冷えた。
ルリアが死体人形にされたことが、ショックで。
こんな形の再会など、望んでなくて──……でも。
たとえ相手がかつての相棒だろうと──
……今の自分には守るべきものがある。
(…………ゆるせ、ルリア)
服の下につけた女物の十字架に触れる。
まぶたを伏せて……──
再び前を向いたときには、闘志が戻ってきていた。
「……俺は戦う。たとえ相手がルリアだろうと」
「…………。……当然だ」
エヴァンダールがそっけなく言う。
その様子が、熱くなった自分を恥じているようでもあって……──
アスターは肩の力を抜いた。
……妙な因果だった。
この男とこんなふうに肩を並べるなんて……──でも。
もしクロードが生きていたら、こんなふうにしていたかもしれない。
ノワール王国にいた頃は、それこそ初めて会った王子のことを友と呼ぶようなヤツだったから……。
ふっと口元がゆるんだ。
「…………あんたがいてくれて、よかった」
アスターの言葉に、エヴァンダールが妙な顔になる。降って湧いた感謝の言葉に、どう反応していいかわからないというように。
その反応に気付く間もなく、アスターは前を向いた。
「…………──ルリア」
死霊乃風の斬撃に吹き飛ばされたはずの戦乙女が、壊れた礼拝堂の壁の瓦礫から現れて……──
アスターとエヴァンダールは、臨戦態勢に入った。




