第23章12話 漆黒の花嫁
『結婚しないのか? ……クロードと』
『え?』
戦場をともに駆ける相棒たる青年からの唐突な問いに、ルリアが目を丸くする。アスターは、視線を逸らした。
亡者討伐の最前線とはいえ、常に亡者がいるわけではない。
他の部隊員とは離れた配置で、アスターは相棒たる謡い手──ルリア・エインズワースと肩を並べていた。
『どうしたの、急に』
『いや、でも、クロードとは子どもの頃からの婚約者だろ。とっくに結婚しててもおかしくないのに……と思って』
その胸の焼きごてのせいか……という問いに、ルリアは合点がいったというふうに納得した。
聖性服で隠れた胸元には、今も包帯が巻かれている。
先日、亡者との戦闘で負傷したのだった。幸いにも傷は浅かったが、駆けつけたアスターに運悪く胸元を見られた。
焼きごて──彼女がもともとグリモア出身の奴隷だったという証。
それがあるからクロードとの結婚に踏み切らないのかと、アスターは心配したのだ……が。
『それもあるわ。……でも、それだけじゃない。結婚しないのは、私の意思』
『……え……?』
意外な答えに、アスターは目をしばたたく。それは──
『クロードと結婚するのが嫌……とか?』
『そんなわけないじゃない』
『じゃあ、なんでだ?』
『だって、結婚したら王子妃になるのよ』
『……そりゃあ、そうだろう』
クロードが王子なのだから、結婚したらルリアは王子妃になる……当たり前だ。
アスターとしては、むしろそうしてふたりが並び立つのを見てみたかった。
子どもの頃から一緒だったふたりが晴れて夫婦になるのだ。……が。
『わかってないわね……アスター』
『……何が』
憮然と、アスターは返す。
やっぱりわかってない……とルリアはため息をついた。
『王子妃は戦場を駆けたりしないものよ』
『……え……』
『お父様も勝手よね……。義娘の私を葬送部隊に所属させて政治広報に活用して軍務卿にのし上がって。なのに、いざ私が防国の双璧って言われるぐらい活躍したから、今度はクロードと結婚させられなくて困ってるってワケ。……自業自得だと思うけど』
アスターは、思わずルリアを見た。
心のどこかで、クロードとルリアが結婚したとしても、自分たちは何も変わらないのだと思っていた。
戦場で自分が亡者と戦って、ルリアが魂送りをするのが当たり前になっていたことに……気付かされる。
『結婚はするわ。いつか、ね。でも、今はこの国を守りたい。クロードが愛しているこの国を。……だから、これは私の選択』
守られるだけが女の幸せじゃないの、とルリアは笑む。美しい黄玉色の瞳で、イタズラげに。
アスターはうめいた。
『…………俺は』
『うん?』
『戦場でおまえよりおっかない女を知らない……』
『──え? 何よ、それ』
たとえ百体の亡者が相手だろうと、後続の剣士たちが出遅れていても、かまわず突っ込んで片っ端から魂送りするその勇猛さと大胆さ。
でも、周囲はなぜかそれに目をつむる。
彼女の美しさと可憐さにコロッとだまされる……。
『…………ルリアが相棒でよかったって言ったんだ』
ぽつりと出た言葉に、ルリアが目をしばたたかせる。
アスターは、その背後に広がる青空を見上げた。プラチナブロンドの髪が風に揺られてなびいていく。
ルリアは耳に髪をかけて……微笑んだ。
お互いに守りたいひとも国も──同じなのだと悟って。
私も、とうなずいた。
あなたが相棒で…………よかった。
『行きましょう、アスター。──私たちの戦場へ』
『……あぁ』
亡者が出たことを知らせる角笛が鳴り響く。
アスターは戦いの烈気をみなぎらせて馬を駆った。
『──見ていて、クロード。あなたの国は、私たちが守るから』
かたわらを走る女のひそやかな決意が、戦いに猛るアスターの耳に心地よく響いた……。
──二年前にノワール王国が滅んだとき、永遠に喪われたはずの相棒が今、目の前にいた。
腰まで伸びるプラチナブロンドの髪に、黄玉色の瞳。濡れたカラスの羽のような漆黒の花嫁衣装にケープという出で立ちで、祭壇の後ろにある扉から姿を現す。
女の胸元には、かつて目にした焼きごてがあった。
「ルリ……ア!」
ふらり……と、アスターは幽鬼のように踏み出した。
駆け寄ろうとしたのは無意識だ。剣をもたない方の手で触れようとしたのも……。
「……っ! 不用意に近づくな、バカ!」
「!?」
エヴァンダールの警告が飛んだ──刹那。
ルリアの手から何かが飛び出した。
投擲式の短剣だった。さっきまでアスターがいた場所──影を縫い止めるかのように刃が突き刺さる。
「なっ……!?」
アスターは目を剥いた。自分に向けられた敵意よりも、ルリアが武器を放ったのが信じられなかった。
彼女は謡い手だ。亡者の魂を彼岸へと葬送る魂送り──歌と踊りしかできないはずの。
ルリアは紫水晶をはめた宝杖を振りかぶった。宝杖──だとアスターが思っていたものは、巨大な鎌だった。一振りで、礼拝堂に並んでいた長椅子がパンか何かのように両断される。
エヴァンダールが舌打ちした。
「……! 剣技を使ってるわけでもないのにあの威力か」
「なんで……ルリアが、あんな……!」
「あのリデラートとかいう小娘と同じだ。肉体は、死体なんだ。筋力も強化されてる!」
「…………っ!」
ギリッ……とアスターは歯がみした。
夢にまで見た再会のはずだった。
二年前、ルリアが死んでから、何度後悔したか知れない。ノワール王国が滅んだときに、彼女を守れなかったこと。そして、クロードから彼女の真相を聞かされてからは、余計に……。
「あなたのせいで『彼女』は死んだ……」
「!」
アスターの心を読んだかのように、黒髪の少女──アウグスタは告げる。
「クロード王子に殺されたあなたを助けるために、みずからの魂を忘却の河に葬送って……。そのことを私がどんなに恨んだか、わかる? あなたのせいでルリア・エインズワースは死んだの。ノワール王国の悲願だった『最後の実験体』──そして『私』の肉体になりえたはずの子だったのに」
あなたが死なせた私の大切なひと──そう言って、少女は暗い目をアスターに向けた。
「帽子屋さんに始末してって頼んだのに、まだしぶとく生きてるなんてね……。でも、もう邪魔はさせない。かつての相棒に殺されるがいいわ……!」
黒髪の少女の哄笑が古びた礼拝堂に木霊する。
かつては聖歌を響かせたであろう高い天井が、嘲笑うかのように音を反響をさせて。
──アスターの堪忍袋の緒が──……ブツリと切れた。
(第23章・了)
※※作者より※※
活動報告に第4章完結ありがとうSSを載せます。
今回は初めて、エリーゼとオズが登場✨
よろしければお楽しみください。




