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葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女【小説家になろう版】  作者: 深月(由希つばさ)
第3章 過去をとむらう者

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第3章1話 葬送の鐘の下で

挿絵(By みてみん)


 ──あなたがメルさんね? アスターと一緒に来た。


 ──はい。聖堂長様。あの……私とアスターのこと、受け入れてくれてありがとうございます。


 ──いいのよ。アスターのことは昔から知ってるから。気にしないで。ここはもう安全だから、ゆっくり休んでいってくださいね。


 ──ありがとうございます。……あの、私、何をすればいいですか?


 ──え?


 ──巫女様たちのお手伝いでも、なんでもします。


 ──いいえ、気を遣わなくていいのよ。これまでの旅路で疲れたでしょう。ゆっくり疲れをとっていってくださいね。


 ──そ、そんなわけにはいきません。何をすればいいですか? 掃除? 洗濯? 私、なんでもしますから。


 ──……。そうね。では、魂送たまおくりの修行はどうかしら?


 ──え?


 ──あなたが旅を続けるつもりなら、きっと役に立つと思うわ。


 ──……っ! ありがとうございます!



 そうして、ひとりになった執務室の中。

 脚に鎖を巻き付けた少女が去っていった扉を、女は物憂げに眺めた。……ひとりごちた。



「…………あやうい子だわ」



  ☆☆



 死者をとむらう聖堂の鐘の音がおごそかに鳴り響いていた。


 ガノー渓谷けいこくのほど近く、カルドラの町の郊外を、黒服の集団が影のようにひっそりと歩いていく。


 先頭を行く者たちが掲げるひつぎの中、今朝方病死した若い娘が目覚めることなく眠っていた──永遠に。


 娘の死をいたむ者たちのすすり泣きが、途切れることなく続いていた。


 娘の棺を運んだ一行は、やがて墓地へとたどり着いた。


 冷たい石の墓標が立ち並ぶそこかしこで、赤い曼珠沙華まんじゅしゃげが悲しげに揺れている。


 そこに、真新しい墓穴が掘られていた。奈落の底へ続くかのように、ぽっかりと黒く口を開けている。


 町の男たちが娘の棺を墓穴に入れた。

 参列者たちが手にした花を捧げ落とし、棺に土を被せる段になって、ひとりの女が墓穴の前に立ちふさがった。


 娘の母親だった。

 手にナイフをもって、土を被せようとしていた町の男たちを威嚇いかくしている。



「やめて。埋めないで! この子はまだ死んでない!」


「おまえ……やめなさい。おかしなことを……!」



 娘の父親が、悲嘆に暮れながらも気丈に言う。その彼を、女がきっとにらんだ。



「死んだなんてウソよ。明日になったら目を覚ますわ! そうでしょ?」


「いい加減にしないか。そのナイフをこっちに渡しなさい」


「この子とふたりっきりにさせて! 誰も近付かないで。そうしたら、わかるから! この子がまだ生きてるってわかるから!」



 支離滅裂だった。けれど、ナイフを振り回す相手に向かって何もできない。みなが困惑した。


 その彼女に向かって、静かに歩み寄る者たちがいた。

 町の巫女であることを示すグレーの聖性服。三人の巫女たちが、うたい手であることを示す杖を手にしてたたずんでいた。


 先頭にいる柔和そうな巫女の手にした宝杖ロッドを見て、さすがの女も黙った。カルドラ聖堂の長──イリーダ・アルゴール。



「あなたのおつらいお気持ち、とてもよくわかります。ですが、死者の魂はとむらわなければなりません。この世に未練を残した魂は、亡者となって舞い戻り、地上を永遠にさまようことになります。……お嬢さんのためを思うのであれば、私たちにきちんと葬送おくらせてください」


「……『私、たち』……」


「はい。私たち──カルドラ聖堂の謡い手に」



 カルドラの町で暮らす者たちにとっては周知の事実を、イリーダ聖堂長はあえて繰り返してみせた。そうすることで、女の正気を呼び戻そうとしたのだ。


 聖堂に属する謡い手たちのいない小さな町が多い中で、このカルドラでは、死者の魂はきちんととむらわれ、神聖な歌と踊りをもって彼岸へと葬送られる。

 それこそが町の誇りであり、イリーダ聖堂長が尊敬を集めるゆえんだった。



「この子を……葬送る……?」



 娘の母親の目から狂気の光が徐々に弱まっていった。


 イリーダ聖堂長の静かな瞳には、女を黙らせるだけの何かがあった。

 それは海よりも深い慈悲であり、数多くの死者をとむらってきた彼女自身の悲しみでもあるのだった。


 娘の母親が、膝からくずおれた。

 手にしていたナイフが力なく地面に転がった。その肩を、娘の父親がそっと抱いた。慈しむように。

 父親の方が言った。



「謡い手様、娘の魂はちゃんと忘却レテの河の向こう側に行けますか? 苦しむことも悲しむこともない美しい世界へ逝けるでしょうか」


「ご安心なさい。そのために私たちがいます──エイニャ、レタ」


「はい、イリーダ様」


「私たちの歌で、死者の魂をなだめます」



 イリーダ聖堂長の後ろに控えていたふたりの若い巫女がこたえた。

 その唇から、甘美な旋律が流れた。


 死者の生きた軌跡を想い、抱いてきた喜びも苦悩もたたえ、死後の世界での満たされた安寧あんねいを祈る──そんな意味のこもった古語が、複雑精緻な演算を施されながら、世にも美しい調べとなって響き、空に溶けていく。


 謡い手たちの切なる祈りと踊りに、娘の母親が泣き崩れた。

 娘が死後の世界で幸せになることを祈った。

 それこそが、彼女ができる最後のことだったから……。



 ──安らぎたまえ。安らぎたまえ。

 ──あなたには平安が約束されているのだから。



 最愛の娘を喪った母親の泣き声が、いつまでも響いていた。

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