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葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女【小説家になろう版】  作者: 深月(由希つばさ)
第2章 さまよえる亡霊のごとく

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第2章7話 戦いにおぼれて

挿絵(By みてみん)


(あいつは向こう岸に行ったか……)



 亡者と戦いながらも、アスターはちらりと橋に目を向けた。

 対岸は相変わらず白く霞みがかって見えない。が、視界の利く範囲にいないのなら上出来だ。


 生死を分ける戦いの中で、なぜ少女の居場所を気にかけるのか、アスター自身も疑問に思った。

 そんな必要はないはずだ。

 なりゆきで拾ったものの、彼女の保護者に──ましてや持ち主にも──なった覚えはない。



「嬢ちゃんは向こう岸に行ったみてぇだな」



 アスターの背後から迫っていた亡者を豪腕で斬り倒しながら、ガレッツォが同じことを言った。心を見通されたようでおもしろくない。憮然としてみせたら、反対に、余裕の笑みを返された。



「……別に。また亡者の中に突っ込まれたらやっかいだと思っただけだ」


「そう言うなって。アスターを傷付けたって、すげー落ち込んでたぞ。あんただって嬢ちゃんに八つ当たりしたの、気にしてんだろ? 無事に切り抜けたら仲直りしろよ」


「余計なお世話だ」



 言い捨てて、横なぎの軌道で近くにいた亡者どもを吹き飛ばした。剣撃に巻き込まれた亡者どもの腐った手足が宙を舞う。斬ってもじき本体に戻ってしまう以上、ただの時間稼ぎにしかならないが。


 亡者は首を飛ばしても左胸を突いても死なない──もともと死んでいるのだから、それ以上、死にようがない。


 とどめを刺せるのは、亡者の魂を彼岸に送り返す魂送りだけだ。



「あーあ。嬢ちゃんが魂送りできたら、もっとラクできたのに……よぉ!」



 軽口をたたくガレッツォの声に疲れがにじんでいる。

 運搬班と護衛班、ふたつに分けたせいで、いつもの半数の人員で亡者どもを足止めしているのだ。

 当然、消耗するのも早い。



「必要ない。こいつらの足止めなら俺ひとりでも十分だ」


「言うねぇ」


「あいつはまだ子どもだ。子どもを守るのが大人の役目だ。そんなこともできないようなら傭兵稼業なんて廃業するんだな」


「けど、あの子はあんたの役に立ちたがってるぜ?」



 亡者を斬ろうとしていた剣が空振った。

 右脇──すきができたところにつかみかかろうとした亡者を、ガレッツォが蹴り飛ばした。豪快に。亡者が間抜けにもんどり打って倒れた。

 礼を言う代わりに、ガレッツォをにらんだ。



「関係ないだろ」


「いやいや。あんたを助けようと亡者の中にまで飛び出すなんてけなげじゃないか。あんな相手、なかなかいないぞ? 大事にしなきゃバチが当たる」


「……別に。助けた相手がたまたま俺だったってだけだ」



 アスターは言った。本心だった。


 鳥のヒナの刷り込みと同じだ。卵から出て、最初に見たものを保護者と思い込む。奴隷という役目から解放されて、最初に出会ったのがアスターだったというだけの話だ。


 けれど、それが危険を冒して亡者との戦いに身を置く理由にはならない。──なっては、いけない。



「……今更なんだよ。もう、守るヤツも、いないのに……」



 知らず知らずのうちにこぼれたつぶやきは、愚かな敗北宣言にも似ていて。


 いつからだろう。捜している相手がこの世にいることを信じなくなったのは。

 それでも、最初のうちは一縷いちるの望みにすがって、必死に訪ね歩いたのだ。


 生き延びたのなら、主人よりも先に逝くことは許されない。もしあの優しい幼なじみが生きているのなら、なんとしてでも捜し出さなければならなかった。


 なのに、月日が経つほどに、希望はどんどん薄れていった。

 クロードは死んだと、何度聞かされただろう。けれど、実際に最期を見た者はなく、でも、生きているという者もいなくて。

 つたない手がかりも、いつしか得られなくなった。


 なぜ自分が生き残ったのか、わからなくなった。

 あいつがいないなら、なんのために──?

 守るべき者たちは、みんな死んだのに。

 家族も友達も、愛する者たちも。

 もうどこにもいないのに……。


 不意に、死臭がした。

 亡者どもの腐臭とも違う。

 見渡す限りの、死体の山。

 一瞬の幻覚に、ギクリとして振り仰いだ向こう──



「おい……アスタ……離れ……な…………っ!」



 ──誰だ。知らない男の声。

 耳鳴りにまぎれて、音が拾えない。

 前後の記憶があいまいだった。

 今はいつだ。ここは……どこだ?


 死地を走っている。ひとりで。戦っている。亡者と。

 襲いかかってくる相手を、剣で片っ端からなぎ飛ばした。渇ききった喉が痛む。あまりの疲労に、目が霞んでいた。

 味方はどこにいった? 残っている軍勢は──


 亡者を斬り飛ばした拍子に、軍靴ぐんかがずるりと滑った。何かをぐにゃりと踏んで、かろうじてとどまった。死体だった。血まみれの。同じ軍服を着た仲間。城で話したことがある。若い奥さんをもらって幸せそうな──


 一瞬の隙を突いて、四方八方から亡者が襲いかかってくる。軍靴に、脚に、腕に、亡者どもの腕が絡みつくのを振り払った。


 斬らなければ。斬ル。あやメて。殺して。やられる前に。斬って。斬ッテ。斬っテ。斬tte──



「アスター……」



 視界に広がった、プラチナブロンドの髪。

 目の前で、女がくずおれようとしていた。戦場にあっても無垢な白いドレスが、赤い血に染まって。口の端から血をこぼした唇が、アスターに向かって開かれた。



「……──」



 彼女のもとに群がる亡者どもに一閃を浴びせかける。

 踏み出したアスターの足元に──地面はなかった。


 どこまでも広がっていた一面の死体が、一瞬で、切り立った崖と、その遥か下の濁流のうねりに取って代わった。


 今になって、背後でガレッツォの警告が聞こえた。正気に戻った頭が、遅れて意味を理解した。



「アスター、崖だ! 深追いすんじゃねぇ。死ぬぞ!」


「……っ!」



 亡者どもを振り切って、ガレッツォが崖の縁から手を伸ばす。

 不思議と、その動作がひどくのろくさく見えた。自分の体感がおかしいのだと理解した頃には落ちていた。

 視界いっぱいに死んだような灰色の空が広がった。崖下の濁流の音が迫ってきてうるさい。


 落ちていく。落ちていく──……。


 全身を息も詰まるような衝撃が襲って。

 安寧あんねいの無へとアスターをいざなった。

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