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葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女【小説家になろう版】  作者: 深月(由希つばさ)
第2章 さまよえる亡霊のごとく

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第2章6話 女の子だから……

挿絵(By みてみん)


 深夜過ぎから、土砂降りになった。

 冷たい一夜が明けて、ぬかるみの中を隊商は進んだ。


 馬車の先に吊されたランタンが、頼りない明かりをゆらゆら灯す。足元のおぼつかない馬たちが不安げにいなないた。


 降りやむことのない雨が視界を遮って、世界は明けることのない薄闇の中に沈んでいるようだった。

 カルドラの町は、目と鼻の先にある……はずだが。


 幌馬車の垂れ布が開いて、大柄な男が身を縮めるように入ってきた。ガレッツォだ。難しい顔で眉間にしわを寄せている。

 雇い主である商人のいる馬車へ出向いて、戻ってきたところだった。



「……ダメだ。この先で土砂崩れが起きて、道がふさがってるらしい。迂回うかいするしかねぇ」



 傭兵たちが、落胆の色を隠せずにざわついた。異議を申し立てたのはアントニオだ。



「おいおい、ガレッツォ。これ以上進むってのか? 雨がやむのを待ってからの方が……」


「カルドラで取引相手が待ってる。これ以上、遅らせられないとよ」


「でもよぉ……」


「──迂回する道はあるのか?」



 傭兵たちから少し離れて、アスターは淡々と問う。

 ガレッツォは机代わりに、木箱の上で地図を広げた。印だらけの紙面はくたびれて、よく使いこまれているのがわかる。



「ここだ。ちっと遠回りになるが、この森を抜けたところに橋がある。そいつを使えば日暮れまでには町に着けるはずだ」


「橋って……ガノー渓谷けいこくのところじゃねぇか。視界も利かないのに、あんなとこ、落ちたらそれこそ一巻の終わりだぞ」


「うだうだうるせぇぞ、アントニオ。何か代案があるなら聞こうじゃねぇか」



 黙り込んだところを見ると、アントニオにもこれといって打開策はないらしい。他の傭兵たちも互いに顔を見合わせたまま何も言わない。

 アスターはため息を逃がした。



「どうせここで立ち往生してても、亡者が出れば危険なことには変わりない、か……」



 幌馬車のすみで縮こまっていたメルが、ぴくりと顔を上げた。が、アスターと目が合うと気まずそうに顔を伏せる。

 おびえた小動物を見ているようだった。


 むしろその方がいいのかもしれない、と思った。……いくらあいつでも、わざわざ嫌いな相手のために亡者のただ中に飛び込んだりはしないだろう。



(まぁ、愛想を尽かされても仕方ない。どうせただの行きずりだしな……)



 元の持ち主に捨て置かれたところを拾ったのがアスターだったというだけで、出会ったあの状況なら、誰が相手でもなついたように思う。


 そう思うと、かすかに胸がうずくような気がしたが、アスターは、それ以上深くは考えなかった。


 地図を丸めたガレッツォが報告のために出ていって、進路を森に定めた一行はまた進み出した。


 カルドラの東にある森の中に入ると、雨の勢いが弱まって馬車の震動がゆるやかになった。

 実際には、枝葉が雨を受けてくれるからそう感じただけで、天気はそう変わらないのかもしれなかったが。


 幌の外を見ていたメルが言った。



「……水音がする……。近くに川があるの?」


「あぁ……ガノー渓谷の下に流れてんだ。ほら、ここ。雨でよく見えないけど、崖に沿って走ってる」



 言って、地図を見せてくれたのはアントニオだ。


 子どもに手を出すなとガレッツォに叱られて以来、これといった素振りも見せない。むしろメルの脚の鎖を気にせず気さくに接してくれるのがありがたかった。

 あの夜の醜態しゅうたいは、単に酒に酔っただけだったのかもしれない。



「気をつけなよ。落ちたら怪我じゃすまない高さだから」


「は、はい……」



 森を抜けると、やがて橋が見えた。



「え……ここを渡るの?」



 メルが言った。無理もなかった。

 二頭立ての馬車がやっと通れるかどうかというせまい橋だ。積み荷の重量も考えると心許ないのは、誰の目から見ても明らかだ。

 はたして、ガレッツォが言った。



「積み荷を出して馬車を軽くするんだ。運搬班と護衛班、ふたつに分ける。──異存のある奴は?」



 誰もいなかった。

 そして当然のように、メルとアスターは別組だった。細腕のメルは護衛班でもよかったのだが……。どうやら魂送りよりも、物運びの方が適任だと判断されたらしい。

 隊商と一緒に来て以来、一度も魂送りは成功していなかった。メルは、



(ちょっぴりショック。ちょっぴり安心)



という複雑な心境を味わった。



(そりゃあ、アスターと顔を合わせなくていいのはラクだけど……)



 もしかしたら、それもガレッツォなりの配慮だったのかもしれなかった。伊達だてに傭兵仲間たちをまとめ上げているわけではない。



「メルちゃん、重いだろ。もつの手伝うよ」


「アントニオさん。い、いいです。私、力持ちですから」


「まぁまぁ、そう言うなよ。女の子に重い物もたせてたら、男がすたるってもんよ」



(……女の子……)



 もともと主人にこき使われていたメルである。ちょっと新鮮な感動を味わった。


 アントニオはメルがもっていた小麦袋をひょいと取り上げて、自分の木箱の上にのせてしまった。

 メルも慌ててその後を追った。



「あの。なんで私なんかに優しくしてくれるんですか?」


「なんでって……女の子には優しくするもんだろ?」


「でも私、何の役にも立たなくて……」


「はぁ? わかってないなー。女の子には女の子ってだけで価値があるんだ。むさ苦しい男どもの中に女の子がいるだけで華になる。ゴミ溜めの中に女神! 救世主!」



 ──人間じゃなくて、奴隷でも?

 そう言いたかった。


 アスターはメルのことを人間みたいに扱う。

 アントニオはメルが「女の子だから」優しくすると言う。


 でも、ふたりの間には何か根本的な違いがあるような気がした。

 その正体がわからないまま、雨にけぶる橋を歩き出した。


 晴れた日にはカルドラの町が見晴るかせるという橋の向こう側は、霧に包まれたように霞みがかっている。

 崖の下の水音が耳に響いた。

 はるか足元で、雨のせいで水かさの増した川が濁流だくりゅうをうねらせているのが見えた。辺り一帯の地盤がゆるんでいるせいか、雨に流されたらしい倒木が瞬く間に沈んでいった。


 メルが、思わずつばを飲み込んだそのとき──



「まずい。亡者が出たぞ!」



 背後で、誰かが叫んだ。

 メルとアントニオが振り返った先、橋を守って戦っている仲間たちが見えた。



「……っ。アスター!」


「メルちゃん、今は逃げるんだ」


「でも、アスターが戦ってるのに……!」


「俺たちが橋を渡れなきゃ、その分、護衛組に犠牲が出る。急げ!」



 アントニオの真剣な眼差しにされて、メルは後ろ髪を引かれる想いで駆け出した。橋の向こうへ。アスターと正反対の方へ。

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