第12章1話 影の慟哭
活動報告、明日以降になるかもしれませんが、
これからしばらく小説のキャラたちのSSを載せていきます。
よかったら、そちらもお楽しみくださいね(*´ω`*)
子どもが、泣いている。
金色の髪に蒼い瞳をした幼い子ども。地面に座り込んだまま、こぶしをぎゅっと丸めている。……かたわらには、小さな丸突剣が転がったまま。
子どもを見下ろした男が言った。無表情に。
『アスター、剣をとれ』
『……いやだ!』
『バルトワルド家の男児が泣くんじゃない』
(…………っ)
子どもは──幼いアスターは、びくりと肩を震わせた。
バルトワルド公爵家は、ノワール王家に代々仕える武門の一族だった。時代の変遷とともに、時には王家の近衛として、時には亡者と戦う葬送部隊として、その役割を果たし王家の信頼に応えてきた。
バルトワルド家の長男に生まれたアスター自身、物心がつく前から剣をもち、鍛錬を強いられてきた。けれど──
幼いながらに、時折思う。
父は誰を見ているのだろう……と。
男は自分と同じ髪の色、同じ瞳の色──丸突剣に打ちすえられ、痛みに震えながら地面に倒れ込んだ子どもを見ながら……無情に声をかけた。
『いつまでそうしている──立て、アスター』
『…………っ。いやだ』
『そんな弱腰で王家をお守りできるとでも──』
『たたかいたくなんか、ない……っ』
しぼり出した声に、初めて男がけげんに眉をひそめた。
度重なる鍛錬で身体中のアザが痛み、擦りむいた肘や膝には血がにじんでいる。
けれど、もっと痛いのは心だった。
バラバラに斬り裂かれた心が悲鳴をあげていた。
剣をとれば──
その剣は必ず誰かを傷付ける。
人間であろうと……亡者であろうと。
戦いの中に身を置くというのは、そういうことだった。
そして、振りかざした刃はアスター自身をも傷付ける。
……たくさんだった。傷付けるのも、傷付くのも。
それは自分で望んだことではない。
武門の家柄に生まれた──ただそれだけの理由で、ひとはアスターに剣をとることを求めた。
アスター自身が自分の道を決めるのも待たず、貴族の跡取りとして王家に仕えることを期待した。
幼いアスターの気持ちも、何もかも無視して。
亡者と戦う道を、当然のものとして押し付けた。
けれど、本当は……。
戦いたくなんかない──それはアスターの願いだった。
そして、幼い子どものそんなちっぽけな願いも、聞き届けられることはない。
男の目に、こらえきれない失望が浮かんだ。
『憐れだな。弱いおまえには誰も救えない……』
『…………っ!』
有無を言わせぬ父の言葉が頭上から冷たく降ってくる。
丸突剣が容赦なく振るわれて、幼い子どもをたたきのめした。
☆☆
果てしない悲しみが、胸に押し寄せていた。
まるで故国を喪ったときと同じ戦場を駆けているようだった。
亡者との戦いの中、同胞たちが倒れていく。
亡者どもの攻勢はますます激しさを増していった。
無数の爪や牙が迫る中、自分が何と戦っているのかわからなくなる。……頭が混乱する。
戦うのだと、自分で決めたはずだった。
守るべきものを守ると……誓ったはずだった。
なのに──
亡者に振りかざす、その剣の違和感がぬぐえない。
こびりついた不信感が、ますます動きを鈍らせるようだった。
こんな不毛な戦いの先に、何が待つというのか。
絶望の果てに、何が……。
そこへ──
「謡い手部隊だ! カトリーナ王女様!」
周囲の兵士たちが興奮に沸いた。
その狂騒に、アスターの背筋が粟立つ。
謡い手たちがつむぐ、その破滅の歌の不協和音に、脳が悲鳴をあげる。
存在自体を否定されて苦しみもだえる亡者の慟哭が、アスターの心をめちゃくちゃに掻き乱した。
──オマエナンカ、イラナイ。
(…………!?)
不意に聞こえてきた声に、アスターは身体を硬くした。
戦いの混乱の中で、届くはずのない──憎悪の響き。
生まれ落ちたことに絶望し、この世界のすべてを恨むかのような──底知れない嘆きの旋律。
──イラナイ、イラナイ、イラナイ、イラナイ……!
──憎イ憎イ憎イィィィ憎イ憎イィィィィィ……!
「ぐっ……!」
耳を聾する超音波じみた叫びに、うずくまって耳をふさぎたくなるのを必死にこらえた。
相手の存在を滅し容赦なく消し去らんとする殲滅の意志が亡者たちを襲い、引きずり込んでいく──その亡者どもの苦しむ姿が、泣いている幼い自分の姿と重なって見えた。
弱い弱い……自分。
戦いたくないと膝を抱え、うずくまるばかりの。
そんな弱さを、しかし、周囲はゆるさない。
強くなければ価値はないと言わんばかりに打ちすえ、背負わせる──防国の双璧、と。勝手な期待を押し付けて。
(…………っ)
理性も理屈も超えた悲しみが押し寄せてくる。
苦しい息の下で、つぶやきが漏れた。
「……やめろ……」
こんなものは……違う。
自分たちはこんなことを求めて戦ってきたんじゃない。
敵だからといって闇雲に憎悪し──
魂さえ救うことなく打ち捨てる。
こんな戦いは……。
「ルリア……!」
かつてともに戦っていた相棒の名が口をついた──数多の戦場を駆け抜けた純白の戦乙女。亡者たちを魂送りはしても、憎しみの対象としては見なかった。
自分と同じ、救いを求める者。
癒やしを欲している者たち──アスター自身の「影」。
亡者に向かって手を伸ばした。
届くことがないと、わかっていながら……。
「……もう、やめてくれ……」
──それは滅する者じゃない。
ただ逝く先をなくして、途方に暮れているだけなんだ。
嘆き悲しんでいるだけなんだ……。
亡者の魂を葬送っていた女の姿が、刹那、セミロングの髪をした少女と重なった。
少女の鮮やかな微笑みが、困ったときに髪をいじる癖が、アスターの脳裏にひらめいて……。
「…………──メル……!」
足枷付きの少女なら葬送ってやれたかもしれない、さまよえる憐れな魂が──
薄緑色の灯火になることもなく、目の前で灰燼となって……消えた。




