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消えた木苺サンドの謎③

 使ってない部屋を捜索していく中で、やはり犯人は見つかった。


 物置小屋の一つ、その片隅に隠れるようにして、少女は居た。煤けた褐色の肌に腰までありそうな黒髪。赤く切れ長の瞳は、威嚇するように僕たちを睨み付けていた。

 ボロ切れを纏い、手枷で自由を奪われている姿は痛々しい。


「というわけで、師匠。犯人を見つけました。彼女が木苺サンドをこっそり食べたんです」

「待て待て待て!」


 師匠は狼狽した様子で、僕と少女を交互に見やっていた。なぜ知らない人間が此処に? そもそもどうして誰かが潜んでいるって分かったんだ? そう言いたげだ。

 いかに絡まった謎を紐解き真実を解明したのか。その論理を披露するのは、やはり探偵の責務だろう。


 しかし、その前に。


「とりあえず、場所を移動しましょうか。この子も相当にお腹が空いているでしょうし、このままでは僕たちが餌になりかねない」

「あたし、人は食べない」


 それは失礼しました。


 僕たちはリビングへと場所を移動する。少女も最初は警戒しているようだったが、師匠が魔法で手枷と足枷を破壊すれば、僕たちに敵意が無いことを理解してくれたのか、睨みながらも着いて来てくれた。

 少女は席に着いてからも何も喋らなかったが、師匠が食事を用意すれば、彼女は夢中になって食べ始めた。意外なのは、用意したカトラリーを丁寧に使って食べ始めたことだ。これは偏見だが、もっと勢い良く食べると思っていたのだ。手掴みとかで。

 明るい場所に来て初めて気が付いたが、彼女は僕とあまり変わらない年齢に見える。僕も、師匠に拾われなければ同じ境遇にあったのかもしれない。そう思うと、彼女には悪いがゾッとした。


「さて。ソーイチはすっかり謎を解いてスッキリしているのかもしれないけどね」


 師匠は頬杖を突き、わざとらしく溜め息を吐く。


「私はまだ困惑の渦に居るんだ。可哀想だと思わないかい? このままでは、大声で泣いてしまうかもしれない」

「分かりましたから、そんな目で見ないでください」


 では、役目を果たすとしよう。事件を解き明かすには、やはり最初から振り返るのが良い。


「まず、事件の始まりは、バスケットに入っていた筈のサンドイッチが無くなっていることでした。師匠がバスケットから目を離したのは五分間。その間に何者かが奪ったのだろうと仮定しました」


 もっとも、これはあまりにも行儀のいい推理だ。ここに魔法が介入すれば事件はより複雑さを増していただろうが、今回は幸いにも師匠によって否定されている。


「では、何者か、とは誰か。動物や魔物の存在を考えましたが、その場合は足跡や体毛等の痕跡が残るはずですが、それが無かった」


 うんうん、と師匠は頷いている。こうも興味深そうに聞いてくれるんだから、探偵役冥利に尽きるというものだ。


「では、人間です。しかし、それだとおかしなことになる。泥棒だとして、五分間も時間があったのに、サンドイッチを一つ盗んで撤退とはあまりにもお粗末だ。だから、僕は誰かがこの家に潜んでいる可能性を考えました」

「ちょっと待ってくれ。それは、論理の飛躍じゃないか?」

「確かに、最初は複数ある低い可能性の一つに過ぎませんでした。しかし、調査の中で、僕は第三者がこの屋敷に潜伏している痕跡を三つ見つけることが出来たのです」


 僕はわざとらしく指を三つ立て、一本目を折り曲げる。


「まず、水瓶の周囲に零れていた水です。俺は師匠がうっかり零したことに気付いていないだけかと一瞬思いましたが」

「おい」

「それは違いました。そもそも、師匠は僕が起きる数時間も前に家を出ています。少量の水を零した程度だったら、僕が見る時には蒸発して消えている筈なんです」


「……確かに。仮に私が水を零していたとしたら、それは大量の水でなければいけないのか。さすがにそれなら気付いた、筈だ」


 ぜひ自信を持って言い切って欲しかったな、そこは。


「では誰が零したかというと、第三者です。師匠が家を出て、僕が眠っている時間帯に水を飲もうとして、少量の水を零したのでしょう。そして、恐らく気付かなかった」


 僕はちらりと少女を見やる。実際に気付かなかったのかは本人に直接聞けば分かることだが、まだ必死に食べているようなのでここはそっとしておく。


 さておき、僕は二本目を折り曲げる。


「次は、倉庫の床です。埃が一切無かったことで、僕は第三者への疑いをより強めた形になります」

「待て。確かにアレは不思議だったが、何も無かったんだから証拠も何も無いんじゃないか?」

「逆ですよ。師匠、考えてみてください。埃の積もった倉庫に侵入したら、踏んだ部分は埃が拭え足跡が残ります。それを消すには、埃を全て掃除してしまうしかなかったんです」

「……段々と、ソーイチの言いたいことが分かってきた。つまり、この少女は倉庫に侵入した。しかし、足跡が残っていたら侵入していたことがバレてしまう。だから、掃除したと」


 僕は首肯する。


「この時点で、僕は犯人像を以下のように定義しました。衣食住に困っている状況だが、何らかの後ろめたい事情があって僕たちの前に姿を現せない人物であると。この時点で、僕は逃亡中の犯罪者や奴隷が犯人だと想定していました」


 前者の場合は、見つかれば国の騎士団に引き渡されてしまう。後者の場合は、見つかればどんな酷い目に遭うか分からない、といった具合だ。この世界において、奴隷の扱いは消耗品と変わらないらしい。


 集中して話を聞いていた師匠だが、不意に顔を上げる。


「待て。そもそもいつ侵入するんだ。普段、玄関や窓には鍵が掛かっている筈だ」


 そこに気付いてしまうか。それについても分かってはいるのだが、正直あまり言いたくない。しかし、言わないわけにもいかない。


「……恐らく、師匠が薬草を摘みに行っている、かつ僕が裏庭で薪割りをしていた時間帯でしょう」

「いや、それならソーイチが気付くはずだが」

「……単純作業だから、ちょっとだけ、気を抜いていましたので」

「……侵入されていたとしても、気付かなかったと?」

「はい」

「…………」

「…………」


 気まずい沈黙の中、少女の咀嚼音がやたら大きく聞こえる。責めるような師匠の視線からは目を逸らし、誤魔化すように大きく咳払いをする。


「と、とにかく、そこで行商人の馬車が襲われていたという話を師匠から聞いてピンと来ました。恐らく、その最中に何人かの奴隷は逃げ出したのでしょう。その一人は当ても無く森を彷徨い、僕たちの家に侵入し、使っていない部屋の一つに潜伏した」


 推理も大詰めだ。自然と言葉にも熱が乗る。


「そこで、最後の問題です。仮に第三者が逃げ出した奴隷で、一週間前から潜伏しているなら、彼女はどうやって飢えをしのいでいたのか。水は水瓶から飲むとして、食糧庫には鍵が掛かっています」


 水だけでも一週間は生きていけるという話がある。しかし、それは死なないだけという話であり、飢餓状態には違いない。


 ここで、三本目の指を折り曲げる。


「最後の違和感、やけに少なかった朝食です。正確にはミルク粥とスクランブルエッグですが、僕は最初、食糧事情が厳しくて切り詰めていたのかと思いました。しかし、師匠は全く心当たりが無さそうでした」


 ところで師匠、と二の句を継ぐ。


「ミルク粥もスクランブルエッグも、流体的なものです。仮に多少減ったとしても、気付くことができるでしょうか」

「……ああ、そうか。そういうことか」

「そうです。師匠が僕の朝食を作り置きしてから出掛け、かつ僕が目覚めるまでの数時間。そこは誰にも見咎められない時間帯でした。元から満足な食事も得られていなかったのでしょう。そこで、僕の朝食を拝借した」


 しかし、と二の句を継ぐ。


「一昨日から事情は変わりました。献立が変更になったんです。ロールパンに目玉焼き、これは、はっきり形があるものです。だから、盗み食いすれば確実に気付かれてしまう。つまり、彼女はこの三日間何も食べていなかったんです」


 師匠は腕を組み背もたれに体重を預ける。当時のことを思い出しているのか、視線は天井を見つめている。


「そんな時に、私が瓶を探すため彼女が隠れている倉庫に入った。火で照らしたとはいえ、部屋の中は薄暗かった。こっそり出て行かれたら気付かなかっただろうね」

「そして、キッチンに逃げます。すると、そこには木苺サンドの入ったバスケットが入っていた訳です。彼女には、さぞ蠱惑的に映ったことでしょうね。取ったら確実に気付かれる。しかし、その魅力に抗うのは本能的に難しかった」


 場面を想像する。耐えがたい空腹の状態で、目の前には木苺のジャムが挟まった美味しそうなサンドイッチ。きっと、どんな財宝よりも甘く魅力的に映ったのではないだろうか。


「少女は木苺サンドを手に取り蓋を閉めて、後は師匠が戻って来る前に適当な場所に隠れれば、消えた木苺サンドの謎が誕生、というわけです」

「……納得した。流石だな、ソーイチ。私に愛想を尽かされても、探偵としてやっていけるんじゃないか?」


 軽口にしては内容が怖すぎる。もしかして、僕が侵入者に気付かず呑気に薪割りしていたことをまだ怒っています?


「しかし、何故一つだけ盗んだんだろうな。どうせ気付かれるなら、二つ盗めば良かったのに」

「それは、本人に直接聞いた方が良さそうですね」


 少女はいつの間にか食事を終え、こちらに向き直っていた。果たして今の話を聞いていたのだろうか。質問をしようと口を開く前に、少女が堂々と語り出す。


「全部、アンタの言う通りよ。あの連中から逃げている途中に、この家を見つけて忍び込んだ。少し休んだら出ていくつもりだったけど、自分で思ったより疲れていたみたい。それに、枷が邪魔で遠くに行くなんて無理だったし」


 そうひらひらと手を振る彼女の手首には、サイズが合っていなかったのだろうか、生々しい赤い手枷の痕が残っていた。


「それと、一つしか食べなかったのは途中でそこの女の人が戻って来る気配がしたから」


 ふと、少女が空にした食器に視線が行く。食べ残しも無く、綺麗な状態だ。カトラリーの件を思い出す。食べ方に育ちは現れるというが、もしや彼女は良いところの生まれだったのかもしれない。


「もうバレちゃうのは分かり切っていたから、逃げ出すタイミングを窺っていたのに。まさか、こんなに早く見つかっちゃうとはね」

「フフッ、私の弟子は優秀だからね」


 それは、どうも。


「それで? 私をどうする気?」


 僕たちが口を開く前に、彼女は大きな声を上げる。


「分かってるのよ。優しくして安心させて、その後で辱めるつもりでしょ。上げて落とすってやつ。その手には乗らないんだから!」


 何やらとんでもない被害妄想が始まっている。

 しかし、妄想でない場合もあるからこの世界は恐ろしい。奴隷時代の彼女は、いったいどのような屈辱を味わってきたのだろうか。義憤に駆られるほど熱血漢でも無いが、それでも暗澹たる感情が胸中に渦巻く。


 掛けるべき言葉が見つからず押し黙っていると、師匠が相好を崩す。その笑顔には見覚えがあった。


「この家は二人で済むには広すぎてね。君さえ良ければ、一緒に住んで欲しいと思っている。どうかな?」


 数か月前、僕と師匠が出会った日のことを思い出す。何も知らない、誰も頼れない。そんな絶望的な状況で、師匠が手を差し伸べてくれたのだ。その時と同じ、ホッとするような優しい表情をしていた。

 少女は不意打ちでも喰らったかのように、一瞬ポカンと間の抜けた顔を見せ、すぐに剣呑な顔色に戻った。警戒しているのだろう。当然だ。僕も最初はそうだった。


「まあ、私もすぐに信頼関係を築けるとは思っていない。寝食を共にすることで芽生えるものもあるだろうからね。そうだ、とりあえずお風呂に入った方がいい。あの倉庫は随分と汚れていただろうからね。新しい服も必要だろう。まだ空腹だったら、おかわりだって用意しよう」


 勢い良く捲し立てる師匠に、少女は戸惑ったように眉を下げる。分かる、分かるよ。僕も最初はそうだったから。


「それでね」


 師匠は少女の手を両手で包むように握る。彼女はビクリと身を震わせるが、抵抗する様子は無かった。


「もし、この申し出を受け入れてくれるなら、ぜひ君の名前を教えて欲しい」


 師匠の透き通った瞳が、真っ直ぐに少女を見据える。少女は逡巡するように口を結び、ギュッと目を閉じる。穏やかな沈黙が流れ、間もなくして彼女は小さく声を出した。


「クロエ・セヴェランス」


 こうして消えた木苺サンドの謎は、クロエという新しい同居人を迎える結末に終わったのだった。

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