消えた木苺サンドの謎②
消えた木苺サンドの謎を解くべく、僕たちは裏庭を後にする。
片付けが苦手な師匠だが、衛生的な面から水周りだけは清潔にするように意識しているらしい。かなり頑張って。キッチンには整然と調理道具や調味料が並べられており、ここだけ見ると几帳面な人物像が窺える。私室とかは、酷い有様だが。
ジャムを作るのに使った調理場や、バスケットを置いていたシンクの周辺を中心的に探してみるも、痕跡や証拠のようなものは見つからない。
「これで犯人の髪の毛とか落ちていたら楽なんですけどね」
「犯人って、ソーイチは外部犯を疑っているのか?」
「まあ、そういうことになりますね」
とはいえ、やはり可能性は低い。近隣に住民は居なく、泥棒だとしてもサンドイッチだけ盗む理由が無い。しかし、どうしても一番有り得るのは第三者の犯行だろう。師匠がうっかり落としてしまったりつまみ食いしてしまったりを誤魔化している、とかでなければ。
「今、失礼なこと考えていなかったか?」
「滅相もございません」
一応、魔物や動物が侵入した可能性を考えて足跡を探してみたが、そのような痕跡は見つからない。
もしかしたら、僕が知らないだけで一切の痕跡を残さずサンドイッチを略奪できる性質の魔物もこの世界には存在しているのかもしれない。しかし、そこまで例外を考えていてはキリが無いため、その可能性は無視することにした。
結局、キッチンに犯人に繋がる情報は残っていなかった。最終確認として視線を彷徨わせていると、不意に水瓶が目に留まった。
「そういえば師匠、今朝も水が零れてましたよ」
僕としては軽い文句のつもりで呟いた言葉だったのだが、彼女は目を丸くしてこちらを見ていた。
「なんのことだ。た、確かに私はよく水を零すが、その時はちゃんと拭いているんだぞ!」
自慢げに言われても。とはいえ、確かにこの数か月間で水が零れていたのは昨日と今日だけだ。きっと零したことにうっかり気付かなかったのだろう。
……いや、本当にそうだろうか。微かな違和感が鎌首をもたげる。
「おい、何とか言ってくれ」
「え。あ、ああ。すみません。考え事をしていました」
声を掛けられ、違和感は姿を消してしまう。しかし、喉元に小骨が引っ掛かったような感覚は拭えない。
ひとまず、キッチンの現場検証は充分だろうと判断する。
「とりあえず、師匠が向かった倉庫も見てみましょうか」
「それは良いが、倉庫なんて関係あるのか?」
「分かりません」
何かを掴みかけている気はする。しかし、確信に至るにはまだ材料が足りない。その切っ掛けが倉庫にありそうな予感がした。
僕たちが倉庫の扉を開ければ、埃の臭いが鼻腔を撫でる。室内は暗くて何も見えなかったが、すぐに周囲が少し明るくなる。
師匠の指先、そこに小さな炎が燻っていた。魔法だ。流石に慣れてきたが、最初に目撃した時は本当にビックリしたものだ。
「確か、瓶はこの辺にあったな」
先導する師匠に着いて行き、倉庫の一角に辿り着く。灯りがあるとはいえ周囲がぼんやりと照らされているだけだ。見落としが無いようにしっかりと目を凝らす。しかし、何か目ぼしいものがあったわけではない。瓶があった場所の荷物を動かしたりもしてみたが、服が汚れるだけだった。
何か落ちたりはしていないだろうかと、床も這ってみる。
「そこまでする必要があるのか? 手が汚れてしまうぞ」
「今度こそ、犯人の髪の毛が落ちていたり……」
違和感に気付く。
「今、汚れるぞって言いました?」
「ああ、長らくこの部屋は掃除していなかったからな。部屋に入る時も嫌な臭いがしただろう?」
「でも、それだと変なんです」
僕は立ち上がり、手の平を師匠に向ける。
「手が全く汚れていないんですよ。よく床を見てください。埃がちっとも積もっていないんです」
僕の言葉に反応して床を確認すれば、師匠も驚いたように目を丸くする。
「ついでに言えば、床だけ綺麗なんですよ。壁や天井は相変わらず埃だらけだし、なんなら蜘蛛の巣だってある」
「……おかしいな。確かに、おかしい。おかしいんだが、ソーイチが気を利かせて掃除してくれた訳ではないんだな?」
「掃除するなら床だけなんて中途半端なことはしませんよ」
「それも、そうか。ふむ、困ったな。じゃあどうしてこの部屋は床だけ綺麗になっているのか。別の謎が増えてしまった」
別の謎。果たして本当にそうなのだろうか。僕はこの奇妙な現象と木苺サンドの消失が無関係とは思えなかった。
様々な仮説が幾つも浮かんでは消えて行く。あともう少しで全容が明らかに出来そうなのに、ピースがあと一つ足りない。
「……ひとまず、食糧庫も見てみましょうか。確か、完成したジャムをしまいに行ったんですよね」
「……フフッ」
「え、なんですか。その不気味な眼差しと含み笑いは」
「失礼な。暖かい目と言ってくれ」
それはそれで、どうかと思うが。
「なに、ソーイチ顔付きが真剣になってきたぞと思ってな。今までもそうだったが……、貴様、結構こういった謎が好きなんだろう」
「…………」
あまり意識したことはなかったが、確かに、元の世界に居た時もそうだった。謎が目の前に転がっていたら、どうにも解きたくなってしまう。分からないものを分からないまま放っておくのが、なんとなく理不尽で気持ち悪かった気がする。
「別に悪い意味ではない。好奇心旺盛なのは良いことだからな。さあ、食糧庫に行くんだろう? 私の木苺サンドがどうなってしまったのか、是非解き明かしてくれ」
師匠に背を押されるようにして、僕たちは食糧庫に向かう。名前が示している通り、この家の食べ物は全てこの部屋に収納されている。
扉の前で、彼女は鍵束を取り出した。
「あれ、食糧庫は鍵をしているんですね」
「略奪されたら困るからな。他のモノだったら構わないが、食糧の不足は命に関わる」
ルーズな師匠にしては意外だった。もっとも、さすがに玄関や窓の鍵は普段閉めているが。
「この辺りも最近は物騒だ。先週、採集の途中で野党に襲われた行商人の馬車を見つけてな。可哀想に。みんな死んでいたよ」
「……ちょっと待ってください」
今まで目の当たりにしてきた違和感の数々が、頭の中で連鎖していく。僕は確信に近い気持ちで、その問いを口にした。
「もしかして、それって奴隷商人の隊列でしたか? 加えて、発見したのはちょうど一週間前ほど」
ガチャンと、鍵束を床に落とす音が響く。師匠は目を見開き、かなり分かりやすく困惑していた。驚かす意図が全く無かったわけではないが、こうも覿面に反応されると少し楽しくなってしまう。
「……おかしいな。この話、もうしていたか?」
「いいえ。更に訊きますが。本当にみんな死んでいましたか? 恐らく、積荷となる奴隷はそのまま略奪されたと思います」
「それは……、そうだ。ソーイチの言う通りだ。死んでいたのは御者に商人、それから反抗したらしき奴隷が二人。あの荷車の大きさなら、奴隷はもっと乗せられていた筈だ」
そうなると、残りの謎は一つ。一週間もどうやって飢えをしのいでいたか、だ。それを確認するにはたった一つの質問があればいい。
「ところで師匠、先週のミルク粥とスクランブルエッグ、どうして途中から量が半分になっていたんですか? 食料が不足していたのかなと思って、わざわざ口にしませんでしたが」
師匠は、皆目見当もつかないといった様子だった。何のことだ? と首を傾げてさえいる。その反応で充分だった。
「じゃあ行きましょうか、師匠」
「うん? 今から食糧庫を見るんじゃなかったのか?」
「大丈夫です。事件は解決しましたから」
もしかしたら、僕は生意気にも得意げな笑みを浮かべていたのかもしれない。
木苺サンド消失の謎は、既に解けていたのだ。