004 迷宮鯨来襲3
時は少し遡り、迷宮鯨来襲前のトルキョウールの港である。
「ここから立ち入らないでください! 荷馬車が通ります! 道を開けてください! 押さないで、ほら! 危険ですから!」
若き警察官ジューベ・ジュールは叫んでいる。
「邪魔しないでお巡りさん! ソージ様に花束をお渡しするのよ!」
「一歩でも近くソージ様のお顔を拝見したいのよ!」
彼は女子の群れをロープで必死に押さえつけている。
残暑が過ぎて涼しくなったはずだが、制服のシャツもズボンも汗だくだ。
「落ち着いてください。まだ海洋騎士団は着岸もしていません! パレードが通るのは、まだまだ先です!」
必死になって叫ぶが、女子どもの群れには馬耳東風であるらしい。
「とにかく前をキープするのよ! 最前列で見たいわ!」
聞いちゃいねぇ。姦しい限りである。
ここは洋の東西を結ぶ島国の港、トルキョウール港である。
海洋王国ホツマの王都の玄関口。メロヂア海の花と謳われた美しい港である。
貿易の要衝で、文物が行き交う拠点だ。
商船がずらりと繋がれ、倉庫が立ち並ぶさまは圧巻である。
日々、商談が繰り広げられ、山のような物資が取引されている。
海外の名産品や金銀財宝、芸術品。ここで取引される品目は数えきれない。
同時に、観光地でもある。
舶来の工芸品や、秘境の動物や、未知の料理を売る屋台が立ち並んでいる。ウインドウショッピングをするだけでも楽しい。
海外の奇人変人が集まって、物見客を相手に大道芸をすることもある。
毎日がお祭りのような賑わいぶりだ。
その中でも今日は特別であった。
海洋騎士団が凱旋パレードをするのだ。
『大海賊ドレーク』の討伐に成功したのである。
ドレークは正体不明の海賊で、最近は特にこの港を中心に荒らしまわり、数十もの船を沈めた大悪党だ。
そのアジトを突き止め、打ち倒したのが海洋騎士団である。
彼らはエリートたちで構成された精鋭だ。
特に切込隊長『天才ソージ』は剣の達人であるうえ、役者のような美男子だ。少女たちが熱狂するのも無理はない。
その活躍は毎日のように新聞紙面に踊り、王国民を歓喜させた。
今日は英雄の凱旋だ。見物客が溢れかえるのは必然であった。
ジューベ・ジュールだって本来なら楽しみたい。一介の王都民としてパレードを眺めていたい。
しかし、この若者の職務は警察官である。
「はい! また荷馬車来ます! 身を乗り出さないで! 轢かれちゃいますよ!」
交通整理に必死だ。
こんな祝祭日であっても交易は動いている。むしろ活発である。
海賊被害を恐れて出せなかった船が多いのだ。倉庫は荷物でパンパンだ。
商売において在庫は常に悪である。一刻も早く吐き出す必要がある。
交易はホツマの主産業だ。
公僕であるジューベの給料も、もとを辿ればここから出る。少女たちに邪魔されるわけにはいかない。
「ジューベ、そのまま観衆を抑えておいてくれ。あと1~2時間もすればパレードが通る。それまでの辛抱だ」
声をかけたのは中年の警官だ。熊のような大男である。
彼は港湾警備隊の隊長ムネト・イジューインだ。
数キロに及ぶパレード予定の道のりを巡回している。
「海洋騎士団は中央桟橋から乗りつけて、そのままノンビリここを通過して御城に向かう予定だ」
港を抜けた先には、花街やら住宅街やらがあり、その先に御城がある。
海を臨む小高い丘に築城された東洋風の天守閣は、港と並び王都のシンボルである。
この御城での勲章授与が、パレードのゴールというわけだ。
「おかげでとんでもない混みようです。パニック状態ですよ。人員を増やしてください。抑えられませんよ」
とジューベは上司に愚痴る。
「俺もそうしたいのだが、お願いしようにも上が不在なんでなぁ」
港湾警備隊は細かく分かれた警察組織の一部である。他部署から人を借りるには上層部の許可が必要だ。
「警察長官はじめ、上層部勢ぞろいで海洋騎士団を出迎えているからな。本部にはだれも居らん」
「なんで? そんなとこに集まっても役に立たんでしょう」
「さあね。まあ、特等席でソージと握手したいだけかもね。奴らはミーハーな連中だからな」
「そんなことする暇があるんなら、この現場を手伝ってほしいんですけど……」
「期待するな。とにかく気を引き締めて頑張ってくれ……リコ! お前もな」
「うぇーい」
桃色髪のリコ・ピンクヘッド婦警が答える。
「少女たちの身体に触れる必要があるのなら、まずお前がやれ。下手にジューベが動くとセクハラで訴えられるからな」
「めんどくさいハナシっすねぇ」
リコ・ピンクヘッドの返答は婦警らしからぬ適当さであった。
身だしなみも適当で、だらしなく制服の前を開けて、バキバキの腹筋をさらけ出している。明確に規則違反の着こなしだが、長身の彼女には妙にそれが似合っていた。
「お前は貴重なパワー系婦警なんだ。頼んだぞ」
「なんすかパワー系婦警って……」
「頼んだぞ」
ムネト隊長は言い残すと荷馬車を連れて倉庫に向かう。
異変が起こったのはその直後であった。
「ああ! なんてこと!」
海洋騎士団の着岸を待ち構え、海を注視していた少女たちが叫ぶ。
ジューベが振り向くと、遠くに軍船の帆が揺れているのが分かった。
しかし不自然である。
海洋王国の民はみな船を見慣れている。
騎士団船の入港というのは優雅なものだ。あのように船体が揺さぶられるはずはない。
「座礁か?」
とジューベは思う。しかし港の海底は平たい。そういう風に整備されている。
皆、視線が釘付けになる。
不穏なざわめきが人々を支配する。
遠雷が鳴る。
ドンッっと轟音が響き、雨が降る。ショッパイ。海水である。水柱が上がっている。
突風が吹き荒れゴゴゴッと地面が揺れる。
激しい。立っていられない。
どこからか飛んできたガレキにぶち当たり。ジューベ・ジュールは意識が途絶える。
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