〜〜追放オッズ〜〜 追放した側とされた側、どちらが死ぬか賭けてみよう。
それは旅人のサキとその使い魔パティが、その国に来訪して初めて摂る食事での出来事だった。
「なあアンタら……――"追放オッズ"って知ってるか」
ある国の酒場で1人の酔っ払い男が、テーブルを挟んで反対側のサキとパティにそう問いかけた。
サキは世界中を放浪する旅人であり、魔法使いだった。白猫の使い魔パティと共に、空飛ぶ箒に乗って様々な国や村をあてもなく訪れ、人々と交流を交わしては得意の占いや、ギルド(注・法人格を有した冒険者組合の別称。冒険者に様々な仕事を紹介、依頼する団体を主に指す。国や栄えた村につき大抵一団体存在する)から依頼されたモンスターを討伐するなどして旅費を稼ぎ、そしてまた別の場所へと旅に出る。そんな生活を送っていた。
その日サキとパティはこの国に観光と休養の目的で訪れ、夕飯を食べる為にたまたま目に入った酒場に入った。酒場はたくさんの冒険者で賑わっておりほぼ満席だったが、ウェートレスが相席でもいいか?と聞いて来たので了承すると、ある1人の男が座る壁際の2人用テーブル席の、その向かいへと案内された。
サキは椅子に、パティはテーブルの端に座って適当な安い料理を頼んだ後、男と軽く世間話をした。自己紹介や自分達が旅をしている事、職業が魔法使いで占いなどで生計を立てている事、それでも日々金欠であり生活を送るのは大変だ、などのたわいもない話である。
その男は20代前半ぐらいの短髪で、腰には剣が鞘に収められていた。人相が悪い顔は紅く、その原因であるジョッキに注がれたラガーをぐびぐび飲みながら、自分は職業剣士の冒険者をしている事、今は仲間もおらずソロで活動している事、そしてそろそろ冒険者を引退して隠居しようと思っている旨を二人に話した。
「へぇ、お兄さんそんなに若いのにもう引退?」と来た料理を食べるパティが興味本位で聞くと、男は神妙な面持ちで冒頭の言葉を発し、今現在に至るのである。
「追放オッズ……ですか?」
サキがそう聞き返すと男は頷いて、
「この国には他の国にない賭け事が存在する。それが追放オッズ。国民は皆んな知ってるし、国外でも認知度は高いと思うが、聞いた事ないか?」
「いいえ全く」「聞いたこともないよ」
サキとパティが同時に首を振ると、男は「そうか」と一言入れてから、その"追放オッズ"について説明し始めた。
「――"追放オッズ"っていうのは随分昔から、遡るなら何百年も前からずっと続いている伝統行事といったところだ。なんでも当時の王が、『この貧しい国を豊かにする為に!』って作ったものらしい」
「どんな行事なんですか?」
サキが聞いて、男は少し酒を口にしてから、
「王が冒険者パーティを、この国のギルドに登録されている中から基準をクリアした1グループから選ぶんだ。選別基準は三つ、人数が4人以上であり、全員が同じ冒険者ランクではない、そしてパーティランクがBランク以上あること。元々この国ではパーティを組むのに最低4人以上いないといけないから、まぁ実際は全員がCランクやらBランクやらの階級がバラけてて、且つパーティ自体のランクがB以上なら条件は満たされる」
「へー、なるほどねなるほどね。それで?肝心の内容はどんなのなの?」
今度はパティが聞く。男は一間置いてから、こう聞いてきた。
「なぁ、何人か…‥仮に5人程いるパーティの中からあるメンバーを1人脱退させて……つまり"追放"したとして、その追放したメンバー達と追放された奴、『追放した側と追放された側』が戦うとしたら…………"殺し合う"としたら、アンタらはどっちに賭けるよ」
「「???」」
二人は少し驚き、戸惑いながらも、お互いの顔を見合わせた後に「追放した側」と、さも口裏を合わせたかのように同時に言った。
それを聞いて男は少し笑みを浮かべ、何度もうんうんと頷きながら「そうだよなぁ。常人なら普通、そっちに賭けるよな」と呟いた。サキとパティはまだ戸惑っていた。
男は変なことを聞いて悪かったと謝ると、すぐにまた神妙な面持ちになって説明を再開する。
男が説明したその内容はこうだった。
「――ええっとつまりな、追放オッズってのは王が選んだそのBランク以上のパーティの中からメンバーを"追放"して、追放した側とされた側を、国の中央にあるコロシアムでどちらかが"死ぬまで殺し合わせる"んだ」
それを聞いてサキは食べる手をピタリと止め、
「…………殺し合わせる、ですか」
男の言葉を声の調子を低くして復唱した。男は頷いて、
「追放する人数は何人でも良い。1人でも2人でもな。…………そしてオッズっていうからには当然、賭け事もある。コロシアムの観客席で観戦している人達はどちらが勝つかを予想して、当たったら賭けた金額の何倍もの金を貰える。どちらに賭けるかによっても違って、追放"した側"のメンバーが3人、追放"された側"のメンバーが2人で、"された側"に賭けて勝ったら倍率は相当なものになる。
が、逆に"した側"2人、"された側"3人で"した側"に賭けて予想が的中したとしても、さっきの例の、"された側"の人数が少ない時ほどには倍率は上がらない。まぁつまり"された側"の方が基本倍率が高い訳だ。人数の対比によって倍率が変わるけどよ」
「なら"された側"に賭けた方が基本的に良いんですか?」
「いいやそういう訳ではない。大体のパーティは追放する人数を決められるから、追放するメンバーを1人か2人にする。当然"された側"は戦う時人数的に不利になる。だから大体は倍率が低い"した側"に賭ける奴らが多いし、事実"した側"が勝って"された側"は…………まぁ、そういうことだ。どうだ?これが追放オッズのルールだ。要は『"した側"に賭けて安定した金額を貰うか?負けるリスクを覚悟に"された側"に賭けて膨大な金額を得るか?』って選択を迫られる訳だな」
「ほうほう、つまり安定か挑戦かの二択ってところだね」
「一応王に選ばれたパーティは断れる事もできるが、大体のパーティはこれを受け入れる。そして年に2〜3度ほど行われるこの行事は大々的に開かれる。殺し合いの当日にゃあ、国中は騒げ歌えのどんちゃん騒ぎのお祭り状態。実際屋台も出るしな。ここまでの話、理解出来たか?」
「えぇ、ありがとうございます」「まぁ、大体は」
「そうかそうか、そりゃ良かった」
大体の説明を終えた男は手に持っていたラガーを一気に飲み干すと、ウェートレスにもう一杯注文をした。
サキはコップに注がれた水を一口飲んで、ポツリと呟いた。
「しかし、そうですか。そんな行事があったとは。うーん、追放"した側"と"された側"で殺し合い…………」
「…………狂ってると思うか?まぁそうだよな。何で王がパーティを選んで、そいつらに殺し合いをさせんだって話だよな?」
「ええまぁ。殺し合いを断れるのに大体のパーティが受け入れるのも疑問ですし、なんでそんな事をさせようとしたのか。この行事を作った王様の考えが私には分かりません」
「受け入れる奴らが多い件については単純に金と地位だな。相手を殺して勝った方は王から多額の金とランクをSランクにアップして貰えるんだ。金額もかなりの数だし、冒険者にとってSランクは喉から手が出るほど欲しい称号、ギルドからの待遇も格段に良くなるからな。仲間か金と地位かって言われたら、まぁ後者を選ぶ奴らが多く出てくるのも頷ける。アンタも冒険者ならちっとは気持ち分かるだろ?」
「…………ええ、正直言ってどちらも凄く欲しいです。特にお金。今は素寒貧なので」
「ハハっ、正直だな。まぁ、そうだよな……」
笑った後に男は俯いて、空になったグラスを見ながら、何故か、急に哀しそうな表情をした。
本当に急に哀しそうな雰囲気を醸し出すので、なんだろう、何か思い返しているのかなと、サキはまるで過去を振り返って後悔しているように見える男の姿を、不思議に思いながら見ていた。
それから男は顔を上げ説明を続けた。
「そして王がこの行事を作った理由なんだが、なんでも昔はパーティ内のリーダーが弱くて使えないやつを追放する風潮が流行ったらしくてな。今じゃそんな事も殆どないが。そんで今より小さくて貧しかったこの国の当時の王は『……悪い風潮は少し工夫すればより良い利益を生み出すもの。ならばそのマイナスな風潮を国の為に活かせないか?この国の飢えと渇きを改善しうる手段に使えないか?』と良く分かんない事を考えたんだとよ」
「そして作ったのが追放オッズ?」
「そ。王のヘンテコな考えは、これまた見事にハマったらしくてよ。当時の国は本当に貧しくて国民の生活もギリギリ、いずれは崩壊してしまうような国だった。けど追放オッズのおかげで国外から色んな冒険者パーティが集まって移住してくるし、そのおかげで国の経済が回って豊かになるし、人も増えたから国もどんどん大きくなるしで今じゃこの有様さ。今や追放オッズはこの国の名物で色んな冒険者達が来るし、豊かになったから国民は王族を崇拝している。追放オッズも大好きって訳だ。人が死んでも自分達が潤えばそれで良い、昔も今も国中の奴らは…………そして誰よりも追放した側の奴はそう思ってるよ」
「「……………………………」」
2人は男の話を静かに聞いていた。男も少しの間黙った。
何秒かして、サキが口を開く。
「それは……なんというか…………その、言葉を選ばなければ、」
「やっぱり"狂っている"、か?」
「…………ええ、トチ狂ってます。冒険者達も国民も。でもなんだか、正直に言うと、気持ちは分からなくもないです」
「へぇ、というと?」
「私とパティが続けて来た旅は、それは危険な事が多かったです。何度も餓死しかけましたし、モンスターや盗賊に殺されそうになった事も何度かありました。…………でもその時は私も死ぬのが嫌なので、見つけた動物を殺して食糧にしたり、襲ってくる彼らを殺してでも生き延びて来ました。別に殺したい訳ではありませんでしたが、生き延びたいのは言ってしまえば自分の私利私欲の為です。まぁ、追放オッズの件とこれは少し違うかもですけど、でもある意味そういう面では、私もこの国の人々に強く言えませんし、なんとなく、自分の幸せを優先するのは分かるんです」
「…………そうか、アンタらも大変だったんだな。まあでも、例え残忍でも生きてくうえでは逞しくねぇとな。俺も正直に言うと、冒険者の端くれだから良く分かるぜ、アンタの言ってる事」
「分かりますか」
「おお分かるとも」
そう言って、同情した男はウェートレスから貰ったラガーを飲んで、くふー、と少し下品に息を吐いた。
サキもパサパサで小さいパンを一口ほうばって、それからテーブルの皿に乗っているチンケで安そうな小魚をナイフとフォークで綺麗に切り取って、それも一口ほうばる。
「…………てゆうかさ、ねぇお兄さん。それで追放オッズの事は分かったけど、なんでお兄さんは冒険者を引退しちゃうの?僕はそれを聞きたいんだけど?」
しかしここまでずっと黙っていたパティだけは、早く自分のした質問の返答が欲しいのか何も食べずに急かすように聞いた。男はハハッと笑って「分かってる分かってる。これから話すよ」と手でパティを宥める仕草を取ってから、ふぅ、と今度はまあまあ綺麗な息を吐いた。
「ええっとだな。アンタらは追放オッズ…………」
「あーちょっとちょっと!まーたそれ!?もう追放オッズは良いって!!今の僕の言ったこと聞いてた!!?」
「い、いや違うんだ、話すにあたってまずこの事について触れとかないと……」
「えーー、ホントかなーー?そう言ってまた話さない気でしょ、僕が猫だからっておちょくってる?」
「まあまあパティ落ち着いて。もう一回全部話を聞いてみよ?ね?」
「……うーん、まぁ、ご主人がそう言うならいいですけど…………」
サキの言葉にパティが仕方なさそうに納得した後、男が説明を再開する。
「アンタらは追放オッズが明日、開催される事は知ってるのか?」
「……明日にですか?」
「こりゃまた驚いた。グットタイミングですねご主人」
「…………どうやらその様子じゃ知らないようだな。今日来た時に、道路や店舗の前で屋台の準備がされているのを見なかったのか?」
呆れる男に2人が声を合わせて、あぁそういえばと今日の昼頃の事を思い出す。
男の言った通り、確かにサキとパティがこの国に来た時には既に屋台を組み立てる人々が街中のそこかしこにいた。何か祭りでもあるのかなと歩きながら話し合っていたのだが、アレは追放オッズの為だったのかと、2人は今このタイミングで気づいた。
納得した2人を見ながら男は質問を続ける。
「そうなるとアンタらは明日の対戦カードも知らないのか?」
「ええまぁ。どんな人達が戦うのかも全く」
サキがそう言うと、男は「そうか、そうかそうか……」と、トーンを下げて小刻みに何回も頷きながら、またしても俯く。
そして視線の先にあるラガーをぐびっと一口、二口と飲んでから、サラッと呟く。
…………男は言った。
「――――明日俺は追放オッズに出て、仲間だったパーティメンバーと殺し合いをする」
その表情は、まるで今か今かと処刑を待つ死刑囚のように重く暗いものだった。
「「…………………」」
その急なカミングアウトに2人は驚きの声を上げるでも、理由を尋ねるでもなく、静かに男を凝視する。
男は語る。
「俺は実はこの国の出身じゃない。この追放オッズの事を風の噂で聴きつけて半年前に遠くはるばるパーティの仲間達とやって来た。パーティは6人と1匹。リーダーである俺、戦士のヤバン、格闘家のダン、魔法使いのリコ、僧侶のグラスに、…………召喚士のレインと、その使い魔の猫・パクだ。俺らのパーティのランクは一応Bランクで俺や仲間達個人のランクも大体BやCだった。自慢じゃないが地元じゃ名の知れたパーティで『アベル率いる強者集団』なんて言われてたぐらいなんだぜ?ハハッ、まだ半年前までのことだってなのに懐かしいよ」
…………サキとパティは、話す男の相貌が段々と少し後悔の念が混ざった心境のものに変わっていくのをじっと見ていた。
男は両肘をテーブルにつけ、手を組んでから話を続ける。
「……だが1人だけ…………レインだけは最低ランクのFだったんだよ。アイツは俺達の中じゃ一番遅く加入した。俺が『召喚士が魔物や精霊を召喚して、戦闘をもっと楽に進めたい』と思ったから地元のギルドに召喚士を募集する依頼を出して結果アイツを紹介させられたのが加入のキッカケだ。ギルドからはそこそこ使える召喚士と聞いていたが…………それは全くの間違いだった」
男は溜息を吐く。
「普通、一般的な召喚士ってのは3〜4体の魔物や精霊を、大精霊に関しちゃ1体程召喚出来る。優秀な奴はもっといけるらしいが、だがレインは大精霊なんて出せやしないし、せいぜい1体の魔物を呼ぶので限界だった。その召喚した魔物も下級の雑魚が殆ど。戦闘なんてとてもとても。囮になるしか役に立たなかったよ」
「…………………」「…………………」
「最初の頃は俺達も気を遣って、冒険初心者の行くような遺跡や洞窟にレインを連れて、アイツを鍛えようと頑張ったよ。だが…………アイツは幾ら鍛えた所で、強くはならなかった。召喚出来る数は変わらないし、冒険者の才能とゆうのか、いや、そもそも戦闘のセンスがテンでなかったし、パーティとの連携もアイツ無しだった頃の方が正直上手くいっていた。使い魔のパクも何も出来きなかったなぁ。…………本当に何度戦っても、いつまで経っても未熟だったな…………」
「……それで?」
「…………そうなってくるとな。段々と俺も怒りが湧いて来た。戦闘では使えない、連携が出来ない、なんでパーティメンバーとも仲良くならない、使い魔さえ使えない。出来ることは1体の雑魚召喚と荷物待ち。こうなってくるとまぁ…………俺は、俺達はアイツが『要らない奴』と考え始めた」
「要らない奴……ですか」
男が頷く。それから男は眉間を皺に寄せて、
「当然、俺達はレインにパーティから抜けるよう言った。だがアイツなんて言ったと思う?『待ってくれ!確かに弱いかもしれないが、それでもボクだって一緒懸命キミ達に尽くして来たじゃないか!抜けてくれなんて酷すぎる!!』だとよ…………クソ、誰のせいでこっちが迷惑かかってると思ってるんだよ!!」
――バンッ!!、と男は怒りを込めててテーブルを叩き、音がそこらに響く。テーブルの上にあった空のジョッキが踊る。そしてパティも「うおっ」と驚く。
「俺達パーティはレインに武器や防具やら、その他にも色々なものを"善意で"与えて来た!飯を食えるのだって俺達がいたからだ!なのにアイツは「一生懸命」だとか、「酷すぎる」なんてぬかしやがる!なら結果を出せって話だ!!そん時にはもう俺は頭にきていた!!相当にだ!!!…………そんな時期だった。レインに少し殺意を覚えていたのと、追放オッズの噂を聴いたのは」
「………………」「…………殺意ねぇ」
「これは、チャンスだ。そう思った。ハッキリと、ハッキリと言うが…………俺はレインが殺したい程ウザかったんだよ!俺の温情を間抜けな顔して啜るアイツを!!そして追放オッズにもし選ばれてレインを追放すれば殺せる!捕まって処刑されることなくだ!しかも大量の金にSランクの称号!『これ程最高な事はない』、俺はすぐに追放オッズで脳味噌がいっぱいになったさ。そして俺はレインには内緒で仲間達と話し合って、この国に来てギルドに登録手続きを済ましたんだ。仲間達は全員納得してくれた。あ、当然仲間にレインとパクは数えてないぜ?」
「…………なるほど、それで王様に選ばれたと」
サキの言葉に「へへ、ああそうさ」と男は声高らかに笑う。
「いや、まさかこんなに早く王に選ばれるとは。この国の冒険者パーティは相当な数がいるからな。俺は何年でも選ばれるのを待つものだとばかり思っていた。選ばれた時は『きっと神様が優しいお前を苦しめるレインを早く殺して楽に生きるべきって、俺達を選んでくれたんだ』だと…………当時は本気でそう思っていた」
「え、当時は?」
パティが疑問を呟く。男は、ラガーを一口飲む。
「…………王に選ばれて数日した頃だった。1人パーティを抜けた。レインやパクじゃない。その時には脱退していた」
「それじゃあ誰が?」
「僧侶のグラスだ。実はアイツ、レインに惚れていたんだ。なんでもアイツの直向きで真面目なところが気に入ったんだとよ。『レインを殺すんだったら、私だって相手になる』。散々ケンカした後にそう吐き捨ててアイツは脱退、それからレイン側についた。まさかレインに惚れる奴がいたなんてな。世の中分からないもんだ。これで4人vs2人プラス一匹になったが、俺はもう頭に来ていた。『……だったらなら2人とも仲良くあの世に送ってやる!』って本気で思った。まだ俺達に勝機はあったしな」
「"まだ"ねぇ……」
パティに対し男は乾いた笑い声を出すと、
「そう、"まだ"だ。それから1ヶ月後、今度は魔法使いのリコが出ていった。『もう堪忍ならない。なんであんなに穏やかで優しいグラスも殺さなくちゃならないんだ。レインもムカつきはするが殺すまでじゃない。私はどうかしてた。もし殺さなければならないなら、こんな状況にした、歪んだ思考のお前らを殺してやりたい』そう言って出ていった。この時は流石に凹んだし、俺が間違っていたのかと考え始めた。だがそれでもレインに対する憎しみと殺意は消えなかった。これで3人vs3人プラス一匹。でも、こっちにはまだ武闘派である戦士ヤバンと格闘家ダンが残っていたからな。勝つ自信はあった」
「…………」「…………」
「…………ハハッ、お察しの通りだ。当然2人も抜けた。いや、片方は殺した。リコが脱退してから2ヶ月経ったある日、突然ダンが姿を眩ました。俺とヤバンは必死になって捜したが、ダンは俺達が泊まっていた宿に置き手紙を残していた。手紙には短く『俺達が間違っていたんだ。俺もあちらにつく』って書いてあった。
それを見た途端だ。ヤバンが『降参しないか』と言い出したんだ。多分人数的にこっちが不利になったからビビったんだろうな。当然俺は嫌だと言った。当たり前だもう引き返せないからな。……そしたらさ……アイツも……『なら俺ももう抜ける』って、言い出しやがったんだよ…………」
「…………」「…………」
「お、俺とアイツは……ガキの頃からの……親友でよ……遊ぶ時も……いつも一緒だったんだ……大親友だった。『いつか世界に名を轟かす冒険者パーティを作ろうぜ』って……誓い合った仲だったのに……なのに?なのにアイツは、大親友の俺を裏切って、ポッとでの使えないレインなんかにつくって…………なんの冗談だって……思う……だろ?だからなぁ……………………」
そうして男は俯いて黙った。周りの喧騒が聞こえてくる中、この空間だけは無音だった。
やがて、少しの間の後にサキが小さな声で、しかし男に聞こえる大きさで口を開く。
「ヤバンさんを、殺したのですか」
「…………気づいたら剣で心臓を一突きさ。死体はすぐに燃やした。ハハハッ、多分誰にもバレてないから、他言はしてくれるなよ?」
またしても男が乾いた笑い声と共に、その絶望と後悔まみれの笑みでサキにそう呟く。サキは特別表情を変えることなくただ「分かりました、善処します」とだけ応えた。
それから、男は話す。
「そんでまぁ、俺は1人になって現在に至るよ。これで"した側"1人vs"された側"4人プラス一匹。正直もう俺は疲れた。殺すとかもそうだし、仲間とか追放とかどうこうにもな。冒険ももうする気力は湧かん。だからこの殺し合いが終わったら冒険者は引退して、もう隠居して畑仕事でもしてえなとも思っているが、まぁ…………人数的にな。俺が殺されてしまうよなぁ。俺が…………仲間だった奴らから…………そして雑魚なアイツからも…………殺意をむけられるんだなぁ……」
それから、男の瞳からポタポタと雫が一つ、また一つと、テーブルに落ちていく。
「…………これが俺が冒険者をやめる理由さ。分かったかよパティ君?」
「あー、うん、ありがとねお兄さん。理解できたよ」
「……そうか」
そう言って男は残り少ないラガーを一気に飲み干した。同時にサキも皿にあった料理を全て平らげた。その表情は尚も無表情のままである。
「…………食べ終わった事だし、行こうかパティ」
そう言ってサキが立ち上がると、パティはひょいとサキの方に乗ってた。
それからサキは男に話を聞かせてもらった礼をしてから、軽く会釈をして振り返る。しかし男は振り返ったサキの背中に、声をかけた。
「なあひとつ聞いてもいいか?」
「はい?なんでしょう?」
サキは男を見る。その瞳は充血し、目下から頬に一筋の涙を流している。
「アンタらのランクはいくつだ」
「…………それを聞いてどうなさるんです?」
「なぁ頼む、大事なことなんだ応えてくれ」
二人は顔を見合わせて、Aランクだと応えた。
すると男は目の色と血相を変えて、サキの腰に飛びついて来た。
「な、なぁ頼むよ!!今すぐ俺とパーティを組んでくれよ!!え、Aランクのアンタとならもしかしたら勝てるかもしれねえ!!勝った時の賞金も全部やる!!アンタら今は金に困ってるんだよな!?ならなぁ、だから頼む!!お願いだ!!死にたくね!!!俺はまだ死にたくねえ!!!だから…………なぁ…………頼むよぉぉ……死にたくねぇぇ……生きてぇぇよぉぉお…………いきてぇよぉ……」
「「…………………」」
大声で泣き叫ぶ男は、段々と弱々しく床に崩れ落ちていく。
サキとパティが周りを見渡すと、客達はどうしたどうしたと二人と男に視線を集めた。奇異な目で見てくる者もいる。
二人はまたしても、この店に来て何度目かの顔を合わせて、床で泣きすくむ男に目をやった。尚も男は赤子のように泣き叫ぶ。
それから数秒後。サキはふぅ、と息を吐いてから、
「私は別に故意に殺したくも、殺されたくもありません」
と一言かけてから、会計を済ませて店を出た。
…………男の大きな泣き声は、店の外に出た二人にまで届いた。
宿に戻る為、サキとパティは夜の道路を歩く。夜空に、砂粒のように小さな数多の星々がそこかしこに散りばめられている。気温は適温であり、穏やかで涼しい夜風が2人を撫でるように吹き抜ける。
街には男が言っていた通りいくつもの屋台が道路に沿って組み建てられており、明日にはこの道にも賑やかな声が飛び交うの想像に苦しくなかった。
「やっぱり屋台、建てられてますねご主人」
「そうだねパティ」
そばを通り過ぎてゆく屋台を見ながら、2人は着々と屋台に向かっていく。
ポツリと、パティが聞いた。
「あのお兄さん、死ぬんですかねー?あ、ご主人の得意な占いで占ってみてくださいよ。明日の勝敗」
「はぁ、あのなパティ」
「なんです?」
「…………占うまでもないだろ」
「そうですね」
パティがそう呟くと、途端にサキは止まった。そしてパティの名を呼ぶ。
「なあ、パティ」
「ん?なんですかご主人?」
「今、私達のお財布事情は絶望的だ。結構ヤバい」
サキのその言葉を聞いて、パティは呆れて溜息を吐く。
「突然何かと思えばそんな事ですか。いつもの事ですよね?金がないなんてのは」
「ああ、いつもの事だ。今回もこの国で何ヶ月も地道に占いやらギルドの仕事やらで稼いでいこうと思っている…………いや、思って"いた"」
「…………いた?」
「でも、今回に限っては違う」
「えーと…………ど、どういうことですか?」
話の意図がわからないパティが尋ねる。それに対しサキは………………
「私は明日、追放オッズで大儲けしようと思うよ!」
「………………へ?」
「あの人の話を聞いてる時にずっと考えてたんだ。だってそうだろ?今回"追放された側"は4人と一匹に対して"した側"はあの人1人だけ。確か、"された側"に賭ければ"した側"の時より相当儲かるって言ってたよね?」
「た、確かに言ってましたね。人数差で倍率が違うとも言ってましたけど……」
「あ、そうか人数差…………いいや、それでも"された側"に賭ければちゃんと利益はあって、一気に生活が豊かになるよ!今回に関してはどちらが勝つかも分かってるし!」
「えっ、あ、あー…………」
「ああ、お金が入ったら何を買おう。まずは杖や水晶、箒を買い替えてー……いやいや、まずは沢山美味しいご飯が食べたいや。今晩みたいなのじゃないよ、もっと量が多くて、もっと味の濃いやつが食べられる!」
「……………………」
「ん?どうしたのパティ?」
「……いや、人間って随分逞しい存在なんだなぁって感心を」
「?そうかい?」
それからサキが前を歩き出す。どことなしかサキの足取りが軽く、そしてリズミカルだった。もっと言うならウッキウキだった。
「あーあ、明日が楽しみだよパティ!」
「…………こんなに逞しいのはご主人だけかもなぁ」
前を歩くサキを見ながらパティは誰にも聞こえない声で愚痴をこぼした。そして同時に、人間ってみんなあんなに狂ってるものなのかなぁ、とパティは思った。
「よーしパティ、明日は全額賭けよー。もちろん"された側"にー」
…………しっかし自分のご主人はあのお兄さんのあんな泣き喚いてる姿を見たのに、人の心とかないのかなぁ、ともパティは思った。
そして翌日、追放オッズにおいて2人の予想は見事的中するのであった。